第50回原宿句会
平成6年2月21日 大蔵省三田共用会議所

   
   第五十回記念句会
兼題 鴨帰る 北窓開く 涅槃
席題 梅


            重 次
声たてず嘆き寝釈迦の目覚め待つ
紅梅を過ぎて流れの力抜く
鴨引きし後湖の真ッ平
北窓を開けグランドの声入るる

            東 人
北窓を開いて父の忌を修す
梅東風や出世稲荷の通学路
膝曲げて嘆く鳥獣涅槃絵図
肉叢を胸乳につけて鴨帰る

            白 美
引鴨やひとりで括る下宿の荷
北窓を開け摺りはじむエッチング
色褪せし発願の文梅二輪
指折りて十二支数ふ涅槃絵図

            利 孟
壁を蹴る馬の不機嫌北開く
身をかばふやうに捩れて臥龍梅
風の中なる澪に乗り鴨帰る
山積の金の供物や涅槃寺

            希 覯 子
引く気配微塵も見せず鴨群るる
北窓を開き滑車を慣しけり
涅槃図や伸び縮みして絵解竹
柴又は寅さんの里臥竜梅

            武 甲
涅槃会や素足に軋む寺回廊
ありったけの水音たてて鴨帰る
五分咲きに襟元ゆるむ梅まつり
北窓を開けて遥かに河光る

            ま こ と
涅槃像耳朶にいのちの虫が這ふ
枝垂梅風にいささか怠けをり
綺羅しぶき沼覚ましつつ鴨帰る
北窓を開き風なぞ喜ばす

            千 尋
モヘアーの編み目くぐるや梅の風
鴨いくやその先もまた都あり
涅槃会や寺町ひそと賑へり
北窓をあけて半日過ごしけり

            法 弘
涅槃図の搖るるは象の鳴けばなり
梅剪れば塔の裳層の雪しづる
北窓を開けんとすれば谿の音
行く鴨に大日如来磨崖仏

            秀 峰
週刊誌の散らばる番屋鴨帰る
北窓を開け白粥のややかため
大靴の人も来てゐる涅槃会かな
早梅の一木だけを嗅ぎてをり

            翁 莞
刺繍の手休めて開く北の窓
城跡を巡るが如く鴨帰る
晩鐘の尾を引く部屋の涅槃像
渓流に突き出す枝に紅き梅

            千 里
ごろりして裾の正しき寝釈迦かな
北窓を開きて髭を剃りにけり
梅の夜屋台の酒の温めなり
方寸の地上げの跡の梅の花

            梅 艸
北窓を開けてチラシの目張りかな
涅槃西風いま土佐堀を遡上せり
掌中の湖臨界して鴨帰る
梅だより「未開」の里の二つ三つ

            美 子
北の窓開けて訛の晴ればれと
仏徒より餓鬼の顔見る涅槃絵図
高層の窓拭き帰る鴨を待つ
開けきらぬ梅林の香を我が物に

            英 樹
トラックの一座フェリーへ鴨帰る
襖絵に唐子の遊び涅槃雪
北窓を開けて港の倉庫群
金色の靴ひも結ぶ梅まつり

            健 次
引鴨の動きに合はす遠眼鏡
梅林や茶釜の鳴りが聞こえけり
北窓を開けて大気が満ちあふれ
見上げれば笑みをたたへる涅槃仏

            玄 髪
うたた寝の極楽妻の涅槃像
北の窓開く日暦まだ浅き
ビル乱立狭まる空に帰り鴨
梅三分鳩に餌を撒く老夫婦

            白 木
引き際の耳打ちをして鴨と鴨
一ト本の梅を囲みし野点かな
お涅槃や五体投地の足のうら
北窓を開くは父の決むること

            千 恵 子
行く鴨や料金不足で来る手紙
大き足持つ僧もゐて涅槃寺
北窓を開けて覚えの山と会ふ
見上げれば日差しに固き梅蕾

            京 子
我ここにありと咲きぬく梅一輪
飛び梅の香もそこのけに受験絵馬
北窓を開く朝の陽のなごみ
涅槃雪こんもり眠る二軒宿

            香 里
梅まつり湯島過ぎ行く羊かん屋
腕まくりして母開く北の窓
梅白く合格祈願の絵馬重し
涅槃寺とぎれず続く僧の声

            明 義
白梅や銀の世界に幹黒し
唐紙の捲れる裏に涅槃図や
ヒナ壇の更地に残る梅二本
孫を待ち北窓開く里の親