第62回原宿句会


   
  秋季鍛錬会下野吟行

第一句会
黒羽芭蕉の館


            利 孟
コスモスや生み立て卵直売所
秋の雨吸ひて井桁に積むほだ木
秋蕎麦や玉藻狐の果てし野に
荒縄をかけ嵩たかき芋茎かな
巻狩の鍋は丸太で担ぐなり
草紅葉梁に墨所の氏子の名
葉を落とし紅を与へるりんごかな
灯油缶積む芦野歯科診療所
丈高く伸び秋茄子の熟れにけり

            杜 子
雨に濡れ動く黒牛独活の花
鈴索を引きて時雨の音に和す
秀明菊翁の句碑のくづし文字
鞘堂の下に身を寄せ初時雨
やや寒や鰻食はする蔵座敷
秋の声柳も石も苔蒸して
寛政の寄進の鳥居鵙高音
秋水を湛たへ鎮もる隠り沼
空井戸の網にからまり蔦紅葉
鳶の輪のゆるく大きく秋曇り

            法 弘
秋深む蔵に家紋の二引両
せめぎ合ふ那須の広野を霧と霧
なかんづく野州黒羽百匁柿
秋謐か何も映さぬ鏡池
障子閉づつくづく県警本部長
神鈴の紐の湿りや神の留主
真筆の句碑と伝へて杜鵑草
行く秋や警視に旅の案内受け
秋服に腕章ボランティアガイド
身に入む柳の精は加藤嘉

            美 子
右折して枯野へ入れば夫婦岩
脛踵冷えて踏み入る那須の原
シテ僧を心待ちして散る柳
鰻屋に身体丸ごと温めけり
秋湿り頭陀に入れたる菓子袋
内臓を熱くして見る刈田かな
目測のひつじ田広し朽ち柳
稲架濡らす夜雨も風狂風羅坊
捨て車輛足元に生ふ黄の小菊
黒羽路奥のこ暗きぶどう棚

            白 美
藁塚の雑兵のごとく並びたり
身に入みて台座に小銭阿吽像
枯尾花見渡す限り九尾の尾
肌寒し二服いただく抹茶碗
コスモスの指で梳くごと風通ふ
藁塚に農夫の癖の顕はれる
おのが身を池に映して鵙の鳴く
覆ひとるパイプの中の温室トマト
竹笊の貼り紙破れ秋の風

            千 恵 子
刈田道下校子三々伍々の影
美女に化けし狐の末期秋の雲
背負籠の老婦の歩幅露寒し
由来記を刻む鳥居や草紅葉
注連縄はYの形に秋深む
北を指す磁石の赤や秋の暮
さきがけの紅葉一葉に露しとど
樒一枝のみの供華や秋社
狛犬の苔むす瞼秋深む

            千 里
鶏頭の鉢一つあり蔵座敷
ショパンのごと遊行柳の秋時雨
雲低く古田の畦の草紅葉
黒羽や歩き疲れて式部の実
これがまあ遊行柳か秋時雨
向き合ひし狛犬二匹苔の顔
くろばねの山紫水明秋の色

            勇
紅葉も染め残したり鏡山
半ば枯れし里芋の葉に露宿る
食む人の少なくなりし柿たわわ
白茸の影を乱して鯉跳ねる
コスモスの土に伏したり秋の雨
第二句会
黒羽雲厳寺書院


            千 恵 子
秋光を窪みに集め吊り魚板
風の音水の落として朴落葉
乱組みの石階に鵯の声ささる
竹樋の水は一筋秋光る
大寺の方丈大屋根竹の春
          白 美

  秋麗ら訛りで説かる輪廻絵図
菊日和筆新しき拾得図
杜鵑草仏頂和尚の花に似て
コスモスや閂かたき勅使門
菊一葉畳廊下に落ちにけり

            利 孟
水引や禅僧風を捌き座す
陽の照らす辺りへ欅黄葉かな
朝寒の絮に光の芙蓉の実
サルビアの朱や日溜りの門球場
間を伸ばし木魚止め打ちて秋

            京 子
咲き闌けしほととぎす皆露帯びて
橦木には桜の古木秋深し
秋の寺火焔太鼓の打たれ胼胝
とんぼうの頭の白斑空睨む
秋の寺少し傾げる小さき銅鑼

            杜 子
水音の絶えざる響き秋高し
勤行の経ろうろうと花八つ手
衝立の寒山拾得朝寒し
壷一つに秀明菊と実南天
きざはしに蜻蛉のむくろ雲厳寺
第三句会 
黒羽 ホテル花月
袋回し
 焦 蔵 補 夜 交 実 車
 朝 花 参 面 空 海 宇 子 根 焼


            白 美
身に入むや宇宙は丸の一字にて
団栗の転げて参る八幡社
草の実も投げ入れられて投句箱
朝寒や濃きコーヒーを啜りをり
焼栗の爆ぜて正午の時報かな
嬌声もまぎれる街の子規忌かな
実石榴や奉納されし鬼の面
六甲の屋根よりはじむ山紅葉
ボタン屋の明かりの残る夜寒かな
渡り鳥焦点合はぬ双眼鏡
炉を切りし座敷を開く蔵の鉤
雁啼くやスクランブルの交差点
海の幸山の幸あり秋の膳
空耳で聞く菊人形の語り合ひ
腰太き捕手の走りや秋高し
畦道を紫苑ものせて一輪車
大広間演壇飾る花芒

            杜 子
一位の実昔犬追物の跡
面取りを丹念にして南瓜煮る
俯きて陽に実を垂らし秋海棠
山車といふ原酒商ふ飛騨の秋
駅員と交はす挨拶十三夜
木の実降る根本中道太柱
特記事項無き填補表ちちろの夜
残菊や光吸ひ込む夜叉の面
朝寒のホームに「あおば」待ちに待つ
赤のまま焦がれ死にせし美女狐
釣り人の影の動かず秋の空
アンテナを宇宙へと向け竹の春
コスモスや奥深く入る蔵座敷
漬物の人参赤し秋うらら
子の駆ける後を母追ふお茶の花
秋気澄む八溝山塊焼きむすび
久濶を叙し車窓より大花野

            千 恵 子
花野抜け少し心をほどきたり
空瓶の底で秋光遊びをり
秋入陽藏の座敷の鳥剥製
ミステリー読み継ぐ夜や雁渡る
秋深む焦げ目ほどよきクロワッサン
酌み交はす酒白々と良夜かな
篭鳥の良く啼く朝や木の実落つ
島影の一帆動かず秋の海
補聴器の母の寡黙や秋海棠
銅葺きの方丈大屋根秋うらら
すれ違ふ車にこぼれ秋の草
きざはしを降りれぬ子犬あきうらら
一人遊ぶ子の独り言木の実落つ
秋風に嵯峨面軽き音たてり
宇宙よりの音よりかすかに木の実落つ
参道は刈田の中よ開墾社

            利 孟
実紫回せばきしむ経車
秋冷や棹秤り古る蔵座敷
時雨るや補助椅子に置く洋鞄
鵙猛る宇宙より説く転生図
交はりてより蟷螂の太りけり
山茶花の垣や黒羽文化館
悴かめる指のほぐるや参鶏湯
秋彼岸舌に漫画の子供靴
秋の日や東司手拭きの青海波
面篭手の並ぶ縁側秋麗ら
空稲架の広がる割れ目秋の雨
豆殻の豆のくびれのまま焼かる
新米に埋め焦げ甘き鰻かな
朝顔の種子掌にこぼしけり
スワトーのハンカチ夜間飛行の香
行き違ひ待てる車やりんごの実
藁少し取り大根を括りけり

            京 子
秋暑し海上空港人の波
苔を置く古木の根方秋桜
人も木も宇内の秋を楽しめり
櫓田に藁焼く人の影流し
欄干を伝ひ歩きの子鶺鴒