第80回原宿句会
平成8年4月16日

   
兼題 風船 山葵 康成忌
席題 花の雨

        

            東 人
根を噛みし小砂を流し花山葵
時間割あれこれ変へて花の雨
風船を抱いて心音確かなり
風船を配る両手で叫ぶ子へ
子の数の長靴干され康成忌

            千 恵 子
水音をたどり隠田山葵生ふ
下校子の傘くるくると花の雨
大泣きに泣いて風船離さぬ子
行き戻り花菜迷路の思案かな
いつまでも動かぬ鴉康成忌

            法 弘
花莚ひとり待つ間の文庫本
花の雨どこか嘘めく私小説
峠道九十九に折れて康成忌
恋風船交互に吹いてふくらんで
花山葵夫婦寄り添ふ道祖神

            京 子
鶴を折る夜のしじまや康成忌
一叢に水のつまづく山葵沢
先細る簗を構へて室見川
ぷくぷくのおとびに結ぶゴム風船

            希 覯 子
花種を下げし風船拾ひけり
花の下くぐりし傘を車内まで
萬葉歌現代假名に康成忌
諸葛菜鉄砲垣の裏表
山葵田や黒のネットを片寄せて

            武 甲
喧噪の失せし城址や花の雨
「背くらべ」競ふ山葵や沢の音
渓流の音色を変へて鳥交る
紙風船飛ばす真顔の薬売り
薄明の分水嶺や康成忌

            義 紀
むづかる子たちまち破顔赤風船
水たまり絨毯となり花の雨
来し方にトンネル幾つ康成忌
花疲れ人の乗り込む終電車
訪ふ人の絶えたる谷や山葵咲く

            正
風船を持つ幼な児に力あり
この國の言葉如何にも康成忌
時差のまだ残る目覚めや花山葵
イグアスの滝の飛沫に蝶飛べり

            琢 磨
獄中の子と会ひし母花の雨
風船の糸追ひかけて夕日かな
日本語を恋しと思ひ康成忌
うふうふと恋風船にふきこんで
掌の文字なつかしく康成忌

            白 美
手のひらに折鶴載せて康成忌
兄妹争ひあつてゴム風船
泣き声をのこし風船空に消ゆ
星条旗立ちしリムジン花の雨
上水の水を引き込み山葵生ふ

            翁 莞
川渦の伸びを消しゆく花の雨
七滝の宿に繙き花の雨
又一つつく風船に若さ見せ
トンネルの天城を越えて康成忌
すべからく冷めたき水や山葵採り

            利 孟
復帰訓練の歩のやや伸びて康成忌
空へ出す手紙黄色の風船に
火の匂ひ残りし朝の末黒の芽
啜り切り蕎麦湯の底に山葵の香
出迎への旗駅頭に花の雨