第81回原宿句会
平成8年5月14日

   
兼題 山椒魚 蚕豆 麦秋
席題 老鴬


            東 人
蚕豆を茹でて長子の客迎ふ
聖者とも木偶の坊とも山椒魚
鳥の輪の央に尖塔麦の秋
梅雨寒やビルのしかかる佃島
老鴬や金文字剥げる大言海

            美 子
そらまめの荷解けば湿りたる便り
峰よりの風をたらふく麦の秋
山椒魚やミネラル水を買ふ世代
制帽を脱ぎ捨て越ゆる花の関
間引かれて地に敷く桃の花の艶

            利 孟
麦の秋斜め十字の騎士の旗
はんざきや飯盒の飯音で焚く
蚕豆の莢割る指のインク染み
牧の果てより老鴬の長啼きす
ひと叩きして活を入れ山椒の芽

            法 弘
母の日の母より妻へ電話かな
水路に舟唄ながれ麦の秋
親指の爪の三日月蚕豆剥ぐ
向きかへてより山椒魚の五十年
麦秋や風のゆくての海の紺

            白 美
老鴬や半日一本バスの便
背を反らす女のトルソー麦の秋
そら豆の蔓巻きてみる空のいろ
万緑や印鑑入れの小さき朱
風ゆるく棚田をめぐり山椒魚

            希 覯 子
麦秋や無人の島へ通ひ農
老鴬や里程で示す道しるべ
そのかみのはんざきの渓徒渡る
ワーテルローの丘に立ちたり麦の秋
蚕豆の莢にインクの染みこぼす

            千 恵 子
山椒魚太古の眠り覚めぬ顔
老鴬の高音遺跡の空を撃つ
昏れ色を吸ひ込み藤の重さかな
一輪車スイスイスイと麦の秋
莢を出てそら豆翠の目覚めかな

            萩 宏
片耳を失ふ狂気麦の秋
蚕豆や実のなき莢を二度までも
水清く山椒魚の仏頂面
いにしへの武士人も踊れる麦の秋
残鴬の声に忘れし女浮かぶ

            義 紀
眼を閉ぢて山椒魚の思案かな
麦秋や常陸野をゆくローカル線
入梅や玄関脇の三輪車
空豆を剥けばグラブの臭ひして


            京 子
蚕豆の緑で計る塩加減
山椒魚ぬんめり背の斑光らせて
ゴッホ見し庭に鴬老を鳴く
ツンツンと空を指差す麦の秋
麦藁の支柱整へ豆植うる

            正
蚕豆の一粒嬉し機内食
はんざきや水の恋しき頃となり
老鴬のひとしきり啼き昼爛ける
シャルトルの尖塔二つ麦の秋
アカシヤの大連今や摩天楼

            健 一
山椒魚の左右睨みの石の下
沢蟹のつぎつぎ転げ岩の影
麦秋の畝延々と村つなぐ
酔ひ覚めに残り蚕豆つまみ食ひ