ミステリ&SF感想vol.246

2026.04.19

入れ子細工の夜  阿津川辰海

ネタバレ感想 2022年発表 (光文社)

[紹介と感想]
 『透明人間は密室に潜む』に続く作者の第二短編集で、バラエティに富んでいるのは今回も同様ですが、各作品の執筆時期と思われる2020年~2021年あたりの、新型コロナウイルスが最大の猛威を振るっていた*1当時の世相が積極的に取り入れられているのが大きな特徴です。
 『透明人間は密室に潜む』よりもさらに収録作それぞれの方向性が違っているので、比較が難しい部分もあって甲乙つけがたいのですが、個人的ベストはやはり「六人の激昂するマスクマン」でしょうか。

「危険な賭け ~私立探偵・若槻晴海~
 “おれ”――私立探偵・若槻晴海は、殺された男の足取りを追っていた。殺される前に喫茶店に立ち寄った被害者は、どうやらそこで隣の席の男とカバンを取り違えたらしい。被害者のカバンを持って行った男が、古本屋の紙袋をいくつも抱えていたというので、おれはその男にたどり着くために古本屋巡りをすることになったのだが……。
 私立探偵を主役としたハードボイルド風の物語に、ミステリ古書趣味を組み合わせた作品。殺された男の足取りを追っていた主人公が、古書店店主との会話を通じて、読んだことのない一冊の本にのめり込んでいく姿が印象的で、本が単なるマクガフィン(→Wikipedia)で終わらないのが作者らしいといえるでしょう。思わぬ展開や意外な真相も見ごたえがありますが、何ともいえない後味を残す結末がまたよくできています。

「二〇二一年度入試という題の推理小説」
 2020年、新型コロナウイルス禍を受けて各大学が新たな入試を模索する中、K大学○○学部では小論文「犯人当て」の形式で入試が行うことが発表され、議論を巻き起こす。そして実際に出題された犯人当て「煙の殺人」は、リモートでの誕生日会の最中、突如として煙に包まれた画面の向こうで起きた殺人事件を描いたものだったが……。
 犯人当て入試問題という体裁の作中作「煙の殺人」を中心に、受験生の日記や雑誌記事、ネットのコメントなどをまとめたプリコラージュで構成された、異色の犯人当てパロディです。元ネタの一つ、清水義範「国語入試問題必勝法」を髣髴とさせる“必勝法”も愉快ですが、何といっても作中作と解答の(もちろん意図的な)ダメっぷりが絶妙で、当然のように展開される騒動から何ともひどいオチに至るまで、苦笑するよりほかありません。

「入れ子細工の夜」
 訪ねてきた若い編集者に対して、作家は奇妙な取引を持ちかける。頭の中にある最良のプロットを編集者の会社に提供する代わりに、二人でそのプロットを演じてみて、矛盾が生じないか確認してほしいというのだ。『四十一番目の密室』と題されたそれは、“作家”と“編集者”――二人だけの登場人物が一室で繰り広げる密室劇だった……。
 映画『探偵〈スルース〉』(←未見)に代表される*2、いわゆる〈玉ねぎ型〉*3のミステリ。繰り返されるどんでん返しの手際が最大の見どころとなりますが、謎解きの興味もしっかり盛り込みつつ、あの手この手で鮮やかな逆転を演出してみせる作者の手腕はさすがというべきでしょう。結末が個人的にあまり好みの方向ではないのが少々残念ですが、落としどころとしてはよくできていると思います。

「六人の激昂するマスクマン」
 六大学の学生プロレスサークルの会合に、各大学の覆面レスラーたちが出席するが、定刻になっても現れない〈シェンロンマスク〉は、何者かに殺されていた。しかも、“マスク剥ぎ”のように被ったマスクを引き裂かれた姿で――事件を知らせたリングアナウンサーは、会合の出席者の中に犯人がいると言い出し、一同を問い詰めていくが……。
 『透明人間は密室に潜む』に収録された怪作「六人の熱狂する日本人」に通じる一篇。今回の題材は学生プロレスで、会合の出席者全員が覆面レスラーであり、不織布マスクの上から覆面をかぶったまま話が進んでいく――という色物(失礼)めいた状況とは裏腹に(?)、ミステリとしては本書の中で最もオーソドックスで、実に巧みに隠された真相と、それを解き明かすアクロバティックな推理が秀逸。最後のオチもお見事です。
*1: だいぶ下火になってはいますが、2025年現在でも比較的身近なところに感染者がちらほらと。
*2: 「あとがき」では霞流一『フライプレイ!』なども挙げられていますが、個人的には――やや毛色が違うかもしれませんが――リチャード・マシスン『奇術師の密室』も推しておきたいところです。
*3: 「あとがき」では“誰が言い出したか、こういう構造の作品を、〈玉ねぎ型〉と呼んでいる”とされていますが、「玉ねぎ型 - Enpedia」によれば“我孫子武丸のこのツイートが元祖だと思われる。”とのことです。

2022.08.13読了  [阿津川辰海]

月灯館殺人事件  北山猛邦

ネタバレ感想 2022年発表 (星海社FICTIONS キ1-08)

[紹介]
 “本格ミステリの神”と謳われる作家・天神人{てんじん・ひとし}が統べる館、〈月灯館〉。そこには本格ミステリ作家たちが集い、創作にいそしんでいた。デビュー後二年近くも新作が書けずにいる作家・弧木雨論{こぎ・うろん}もまた、現状を打破すべく〈月灯館〉を訪れるが……。やがて雪に閉ざされた館で、冬至の夜に催された夕食会の席上、“本格ミステリ作家における七つの大罪”が読み上げられ、そして連続密室殺人が幕を開ける。作家たちが次々と殺されていく事件の果てに待ち受けているのは……?

[感想]
 探偵小説研究会・編著「2023本格ミステリ・ベスト10」(原書房)で第5位にランクインした作品……ではあるのですが、個人的には、本格ミステリへの屈折した愛情の産物であることは間違いないと思えるものの、素直に評価しづらい部分が多々あるかなりの問題作になっているという印象。ある意味で面白い作品であることは確かですが、好きな作品かといえば正直微妙なところです。

 作者初期の〈城シリーズ〉の終末的な雰囲気にも通じる、ある種閉塞感のようなものが漂う*1〈月灯館〉を舞台に、“書けない作家”の苦悩なども描きながら物語は進んでいきますが、事件の発端となる夕食会での“告発”はあからさまにアガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』を下敷きにしたもので、そこからしばらくはおおむねオーソドックスな展開*2といってもいいでしょう。その中で、これも初期の〈城シリーズ〉などを思わせる物理トリックによる密室*3が連打されていくところには、作者らしさが感じられます。

 かくして物語は、“ミステリ作家版『そして誰もいなくなった』”といった形を取っていきますが、終盤にきて完全に姿を現すひねくれた趣向が困ったところで、斬新ではあるのかもしれませんが、それ自体に面白味があるかといえば微妙……というか、個人的にはハウダニットに関わる“問い”を突きつけられているようで、居心地の悪さを覚えずにはいられません。それでも、これまた色々な意味で途方に暮れてしまう(一応伏せ字)動機まわり(ここまで)と、いわば方向を重ねてあるところなどは、よく考えられているというべきでしょうか。

 そして結末――最後の一行がまたくせもので、強烈といえば強烈ではあるのですが、カタルシスよりもまず困惑が先に立ってしまうのはほぼ間違いないでしょう。これは、“○○”*4にとらわれすぎているとすんなり許容してしまいそうになりますが、私見では“悪辣”といっても過言ではない手法で、かなりアウトに近いと思います。もっとも、本書の帯に“これは、すべての本格ミステリを終わらせるための、本格ミステリ。”とあるところをみると、前述のひねくれた趣向も含めて、作者は自覚的にやっていると思われるので、なかなか突っ込みづらいところではありますが……。

 さらりと読むとあまり引っかかりを覚えないかもしれませんが、一見するとベタなスタイルの陰に隠れて、麻耶雄嵩『メルカトルかく語りき』とはまた違った方向で“「この先行き止まり」の立て札”の*5を目指したような挑戦的な作品であり――そして「行き止まり」から若干はみ出してしまった感があるのが問題作たる所以です。前述のようにあまり好みではありませんが、色々と考えさせられるところもありますし、一読の価値はあるといっていいと思います。

*1: 「2023本格ミステリ・ベスト10」で市川尚吾氏がいう、“本格ミステリ作家の強制収容所ゲットーという暗喩”にもうなずけるところがあります。
*2: 少なくとも第二の密室殺人が起きた時点で、「おや?」と思わされるところはありますが。
*3: 解明を待たずとも状況からみて、物理トリックによるものであることは歴然としています。
*4: 例によって文字数は適当(今回はちょっと長め)です。
*5: これは『メルカトルかく語りき』の感想から。

2022.09.05読了  [北山猛邦]