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真贋/深水黎一郎

2024年発表 星海社FICTIONS フ3-01(星海社)

 まず〈鷲ノ宮コレクション〉の方は、“本物と見紛うほどの出来栄えだが、残念ながらサインが違う(54頁)という鑑定結果から、サインの偽造というところまではおおよそ見当はつきますが、その具体的な手段まで見抜くのは容易ではない……というか、理事官に渡された資料と瞬一郎の話で、贋作の手口と判別法がおおよそ網羅されている感があることで、素人からみても不可能状況に近い状態であることがわかりやすくなっているのがうまいところです。

 しかして、捜査二課長の口癖に始まって宝の隠し場所のエピソード――宝が見つかった穴のさらにその下に、という顛末が紹介され、それが二重のサインという真相に至るきっかけとなる流れが鮮やか。もっとも、“サインの上書き”という手口自体は作中でも説明されている(203頁など)わけで、そちらと違ってまったく別人のサインではないとはいえ、エックス線などの内部照射でも偽造が発覚しなかった*1ことが最大のネックだと考えれば、寸分違わぬ位置にサインを入れるための“フォト・ペインティングの技法の応用”(273頁)こそがポイントというべきかもしれません。

 絵から油の匂いがしない*2ことで最近の偽造ではなく、したがって玉木(及び現当主・公晴)の犯行ではない――となれば、犯人たり得るのは最後に集められた関係者に限れば笠原しかいないことになるのも納得ですが、相続人の側と思わせてく被相続人の側の企みだったというのはなかなか面白いと思います。決め手となっている指紋はもちろんのこと、犯人の手がかりは全体的に“後出し気味”*3ですが、あくまでもハウダニットが眼目と考えれば、瑕疵とはいえないでしょう。

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 一方の《時乃像》については、すり替えの機会が実質的に見当たらないことから、若月霞山自身が仕掛けた自動的な変容であることは――後述の“わかりやすい動機”の存在も相まって――予想できるのではないでしょうか。そこまでわかると、その先の具体的なところはあまり気にならなくなってしまうきらいがないでもないのですが(反省)、茜のシルバーアクセサリーの件で銀の硫化が事前に紹介されている(168頁)のが周到ですし、蛍光エックス線分析の結果で銀はごく微量しか出なかった”(251頁)と、銀が含まれていたことがしっかり示されているのにうならされます*4

 《紅白梅図屏風》(→「白梅図屏風 – MOA美術館 | MOA MUSEUM OF ART」)や《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》(→「鶴下絵三十六歌仙和歌巻 - 名品紹介 - 京都国立博物館」*5といった琳派の先達の作品によって、霞山が仕掛けを思いついたことに説得力が備わっているところもよくできています。そして、《時乃の像》ではなく《時乃像》である意味――時乃の姿だけではなく、時間そのものを描いた“時の像”でもあったという真相が秀逸です。

 霞山の動機については、茜が飛びついた{失礼}時乃への復讐という“わかりやすい動機”*6の陰から、“奥の深い動機”(?)が飛び出してくるのがお見事で、“私のことなんか、少しも見ていない(12頁)という時乃の言葉に対する“反論”という歩未の解釈も非常に面白いと思いますが、同じ“視る”でも“愛の告白”ととらえた瞬一郎の解釈にはやはり心を打たれるものがあります。さらに、絵のメンテナンスがしっかりとなされていれば、“魔法”の発動を防ぐ(遅らせる)ことができたという、公晴にとって皮肉な真相が何ともいえません。

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 最終的には、〈鷲ノ宮コレクション〉と《時乃像》のどちらも贋作ではなかったという真相ですが、瞬一郎がいうように“油彩画ならではの手法”と“日本画ならではの手法”ということに加えて、“意図した贋作”と“意図せざる“贋作””、“即物的な動機”と“感情的な動機”といったところまで、色々な意味で対照的になっているところが鮮やかな印象を残します。

*1: ただ、紫外線分析に関する説明(199頁~200頁)をみると、サインの部分が加筆されたことまでは判明してしまうおそれがあるような気もしますが……。
*2: “油の匂いがしなかった”ことは明言されていませんが、“サインの上書き”という手口がわかりさえすれば、最近の犯行であれば油の匂いの描写が当然あってしかるべき、ということにまで思い至るのも、不可能ではないかもしれません。
*3: 先代当主・公紀と笠原の関係も示されていませんが、作中で歩未が独白している(274頁~275頁)ように、見当をつけることもできなくはないように思います。
*4: 《時乃像》が“キラキラと輝いて”(99頁)いたという兼房理事官の印象も、よくできた伏線となっています。
*5: クリアファイルホルダーの《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》については、金銀泥で鶴の姿を描いた”(112頁)とされているものが、画像をみると黒い群れとなって”(298頁)いることがわかるので、これも有力な手がかりといえるでしょう。
*6: しかし、描かれた時乃が年を取ることで絵の市場価値が下がり、公晴に対する復讐にもなる、というのはなかなか面白いところです。

2024.07.27読了