真贋
[紹介]
美術にまつわる犯罪を解決するために、理事官の肝煎りで警視庁に新設された美術犯罪課。その課長代理を命じられた森越歩未と唯一の部下・馬原茜に初めて課された任務は、日本有数の名家・鷲ノ宮家の名画コレクションにまつわる相続税の脱税疑惑。時価数百億円とも謳われたフランス近代絵画コレクションの鑑定結果は、何とすべてが贋作という驚くべきものだったのだ。さらに捜査を進めるうちに、当主夫人を描いた日本画までいつの間にか贋作にすり替えられていたことが発覚する。美術犯罪課は、“芸術探偵”神泉寺瞬一郎をアドバイザーに迎えて事件の謎に挑むが……。
[感想]
『詩人の恋』に続く〈芸術探偵シリーズ〉の一作で、今回は美術品がテーマ。シンプルでストレートな題名でおわかりかと思いますが、作中でも言及される「ピーター・ブリューゲル父子真贋殺人事件」(*1)(『大癋見警部の事件簿リターンズ』収録)と同様に、美術品の贋作をめぐるミステリとなっています。
今回は、大癋見警部率いる(*2)いつもの警視庁捜査一課第十係を離れて、新たに設立された美術犯罪課――そこに配属された森越歩未と馬原茜、二人の女刑事が主役をつとめます。(一応は)美術館めぐりが趣味の歩未と、美術オンチの茜、そして美術に造詣の深い理事官に、だいぶ遅れて登場する(*3)“芸術探偵”神泉寺瞬一郎と、美術(美術犯罪)に関して知識レベルに差がある登場人物たちのおかげで、美術に詳しくない読者にもわかりやすくなっているのがうまいところ。また、時おりゆるい雰囲気をも漂わせる軽妙な会話も、親しみやすさを高めている感があります。
そして、当初は理事官に渡された資料という形で、そして後には主に瞬一郎の口から、贋作の膨大な薀蓄が盛り込まれているのが本書の大きな見どころ。トータルでかなりの分量はありますが、まずは古今東西の様々な贋作の手口とそれを見抜く手法が興味深いところで、贋作を真作に見せかけて欺く“トリック”という意味では、ミステリのハウダニットに通じる面白さが備わっているといえます。さらに、贋作の歴史や驚くべきその被害、果ては贋作者の末路に至るまで、贋作をめぐる様々な逸話が紹介されており(*4)、まさに“贋作づくし”の一冊といっていいでしょう。
その中にあって、ミステリとしての目玉となるのは西洋画と日本画の“二本立て”の贋作騒動ですが、被害者である鷲ノ宮家当主の反応からして正反対で、全体的に趣の異なるものになっているのが目を引きます。ある種不可能状況に近いところもあり、ハウダニットとしての興味は十分で、ある程度までは見当がつく部分もあるものの、いずれもそれぞれによくできている上に両者の“コントラスト”が実に鮮やかで、“合わせ技一本”といったところです。そしてその後に明らかになる“最後の真相”が圧巻で、非常に印象深いものがあります。
ご承知のように“芸術探偵”は美術品限定ではないので、美術犯罪課の出番は限られそうではあります(*5)が、大癋見警部らとはまた違った魅力があるのは確かで、再登場を大いに期待したいところです。
2024.07.27読了 [深水黎一郎]
バーニング・ダンサー
[紹介]
二年前に地上に落ちてきた隕石が原因で、様々な動詞に基づく“コトダマ”と呼ばれる特殊な能力を持つ能力者――“コトダマ遣い”が世界に百人誕生した。手にした能力を悪事に用いるコトダマ遣いに対抗すべく、日本では警視庁公安部にコトダマ犯罪調査課――通称SWORDが設立される。とある事件がきっかけで休職していたところをSWORDに配属されることになった、『入れ替える』のコトダマを遣う元捜査一課刑事・永嶺スバルは、ほとんど捜査経験のないメンバーたちに頭を抱えるが、SWORD発足早々に、炭化するほど燃やされた死体など奇怪な事件に遭遇することになり……。
[感想]
本書は阿津川辰海の新シリーズ(*1)で、ジェフリー・ディーヴァー(*2)を意識した警察小説をベースに、作者お得意の特殊設定で展開される能力バトルを組み合わせた快作です。その特殊設定――“コトダマ”は、百種類の動詞で表現される様々な特殊能力ですが、地球外から強制的に与えられた上に大まかな“取扱説明書”のようなものまでが用意されている(*3)ため、比較的少ない説明で“そういうもの”として受け入れやすくなっているところがよくできています。
ただし、そのコトダマ関連に突っ込みどころが多い(*4)のが少々困ったところ。本書では、“現象”を起こす“能力”こそが特殊設定であって、“現象”自体は必ずしも非現実的でない――少なくとも現実の延長線上にあるものが多く、それゆえに描写に不自然さが目につくところがありますし、能力自体よりもその名前が先にあるコトダマの設定のため、能力の切り分けが怪しくなっている部分もあります(*5)。さらに、とあるコトダマによる現象(の影響)については、(失礼ながら)作者が大きな勘違いをしている節があるのがいただけません。このあたりの細かいところは、気にならない方は気にならないかもしれませんが……。
それはさておき物語は、とある事件で相棒を失って心に傷を負った主人公・永嶺スバルの姿から始まりますが、新たに設立されたSWORDへ加入したと思えば早々に事件が発生するなど、序盤からスピーディな展開が目を引きます。犯人側の様子も時おり描かれます(*6)が、基本的にはSWORDによる事件の捜査に焦点が当てられており、地に足が着いた捜査と魅力的な能力バトル(*7)を通じて、それぞれの能力も含めて個性豊かなメンバーが“チーム”になっていく過程が一つの見どころではないでしょうか。
ミステリとしては、個人的な感覚でいえば、作者の作品にしては全体的にだいぶ見えやすくなっているきらいがありますが、フェアに書かれているがゆえに多少はやむを得ないところでしょう(*8)し、解明の手順はなかなかよくできていると思います。そして最後に明らかになる真相、さらにそれを受けた結末は、(ある程度予想できるとはいえ)いずれも破壊力十分で見ごたえがあります。この結末から続く次作では、どのような形で見せてくれるのか大いに楽しみです。
*2: 題名からして、『バーニング・ワイヤー』と『コフィン・ダンサー』を下敷きにしたもののようです。ちなみに、恥ずかしながらディーヴァーは未読なので、マイケル・スレイドやジャック・カーリイのイメージで読んでしまいましたが……。
*3: 『知る』のコトダマによって説明されるのがまたうまいところですが、その能力の作中での扱いが(不謹慎ながら)とぼけた味わいになっているのも見逃せません。
*4: コトダマ遣いが世界で百人しかいない割に、日本の警察関係者に偏り過ぎている――というのは個人的にさほど気になりませんし、『2025本格ミステリ・ベスト10』(原書房)での市川尚吾氏の“提案”で十分に補完できるように思います。
*5: 『軽くする』と『重くする』がわざわざ別にされている点は作中でも指摘されていますが、逆に序盤に登場する『腐る』のコトダマは、
“触れたものを腐らせる”とされているものの、金属の腐食と有機物の腐敗では機構が異なるので“二種類の能力”とも解釈できるように思います(さらによく考えると、別のコトダマに包含されてしまうような気も……)。
*6: 個人的には、このあたりが警察小説らしく感じられます(あくまでも(スレイドやカーリイの)イメージです)。
*7: 前述のように、コトダマ関連の描写には色々気になるところもありますが……。
*8: これについては、特殊設定ミステリならではの問題もあると思います。
2024.08.03読了 [阿津川辰海]