音楽のページ

ドイツ・アラビア・ソウルとは何ぞや

聞いた時期:2004年2月

ベルリンのブルースをチェックする時についでにソウルやファンクも拾っていました。その時、ドイツ・アラビア・ソウルをやるという話があったので、無理して見に行ってきました。反省。上げ底というか、看板が違うというか、騙された気分。シクシクシクシク・・・。

今日はそのレポートです。

行った場所は El sur という店で、本来はレストラン。字面ではアラビア語と見えないこともありませんが、実はスペイン語。普段やる音楽も世界中のスペイン語関係の音楽を集めるらしく、「今月のプログラム」らしき物には中南米、スペインなどラテン系のグループがいくつもありました。食べ物はメキシコ料理などが主。ライブをやる店はカシモドなどのように名前は有名でも内装は殺伐としているか、ゴタゴタした店が多いので、そう思って行ったら、予想に反し非常にきれいな、小さ目の店です。日本人の若いカップルなどにもぴったり。

表通りはベルリンでも有名な場所で、若者の文化、トルコ人の文化、プレス関係者などが入り乱れる場所。壁が開く前は他の町ではもっぱら中央駅の近くに見られるような特殊な職業の女性と、その職業に関連した管理の男性も集まる場所でした。この地区は壁が開いてから徐々に変わり、最近ではそういう摩訶不思議、怪しげな雰囲気は無くなっています。もっともベルリンはそいういう怪しげな場所でも、即命が危ないということはありませんでした。2004年現在、あまりにもきれいになってしまったので、ちょっと拍子抜けします。その通りから横道に入ってすぐの所にこじんまりとたっている店です。

中の様子は外から丸見え。2人掛けのテーブルが12並んでいるので、対面で24人ほどが食事できます。以前時たまライブを見ていた私は遠からず近からずの、舞台から2列目に座りました。「ご予約は?」と聞かれたので、内心「しまった、そんなことは忘れていた!」と思いましたが、予約無し、開演30分前でも好きな場所に座らせてくれました。ちなみに店がベルリンの平均をぐっと外れて非常にきれいなだけでなく、従業員がとてもにこやか、親切です。

これまた珍しく、店内は工夫、配慮が見られます。ドイツは寒い国なので、年の3分の2ぐらいはコートを着て外出。レストランなどに入ると、コートをその辺のコート掛け引っ掛けます。レストランでなく、コンサート会場ですと、クロークもあります。犯罪率は決して低くないドイツですが、客のコートから物を盗むという事件は聞いたことがありません。(香典泥棒などと同じで、ドイツ人は人のいない時コートから物を抜き取るというのはフェアでないと考えるのかも知れません。あるいは危険を見越してコートのポケットに貴重品は入れておかないのかも知れません。)ですからあまり心配しなくてもいいですが、物が盗まれる可能性がゼロということはありません。ですから自分の目の届く所にコートを掛けるのがベスト。この店では自分の目の前に自分のコートが掛けられるよう になっています。自己責任ですが、自己で責任が取り易いようになっていました。

舞台は2メートル四方程度、10センチほどの高さ。3、4人のバンドには良いですが、ザ・コミットメンツはちょっと無理。私の座った場所からは良く見えます。レストランだし、大型のスピーカーなどは見えないので、この程度近くてもうるさ過ぎるということはなさそう。私の後に来た人が舞台の真ん前に座りましたが、暫くしたらバーの方へ行ってしまいました。私には「後で戻って来る」と言い、コートを置いていきました。私もそのつもりでいたら、暫くして、男の人が2人来て、勝手にコートをどけて座ってしまいます。これは後で前の女性が戻って来たら、証人にならなければならない、一騒ぎ起きるかとやや心配。その上不思議なことに私の斜め前に座った男はしきりに私の方を見て、変なサインを送ってくるのです。話しかけて来るわけではないのですが、話しかけてもらいたがっているような、口を利きたがっているような、あいまいな様子。私はちょうど開演までに30分あるというので店の様子などをメモしていました。結構しつこく視線を送ってくるので、これはもしかして出演者かとかんぐる。出演者なら今話すのはまずいと思い、黙っていました。下手に知り合って、演奏前に仲良くなってしまったら判断が狂う・・・。私は音楽はなんでも聞きますが、好き嫌いは激しく、本当に好きになるのはどのジャンルでも気合を入れて演奏している時だけ。軽い曲でも本気で軽く楽しくないとだめで、惰性で演じているのはだめ。「冗談でもちゃんと身を入れてやってくれ」などと言うような輩なのです。

しらっぱくれて目をそらし、ただひたすら開演を待っていました。すると開演は遅れ、隣の女性はかなり経って戻って来ました。その頃にはそこに座っていた男たちは消えていました。やれやれ、トラブルは無しで済んだ。演奏が始まってみると、隣に座っていた2人はキーボードとギター弾きでした。

ドイツで私は時々驚いてしまうのですが、ギタリストで自分で調弦できない人がいるのです。ドラムスにやらせたなんて話もあります。私が以前関わっていたアマチュアのベーシストも自分で調弦しますが、機械を使います。キーボード系の楽器をやる人には絶対音感がある人が時々いますが、バイオリンやギターのようにしょっちゅう音が下がってしまう楽器と毎日暮らしている人は、下がってしまった音を聞き慣れているから、絶対音感ができないのかなどと、勝手な想像もしてみましたが真相は分かりません。クラ シック、ジャズ、民謡も含めた音楽王国のドイツで意外な一面を発見しました。ちなみに絶対音感は才能だとドイツ人は信じているようですが、幼稚園に行く頃に音楽を聞き慣れていた人はたいてい身につけられます。このギタリストは機械を眺め、針を睨みながらの調弦。しかし12弦ギターの調弦を始めるのを見て、こりゃ仕方ないかと思いました。6弦+12弦=18弦全部調弦というのはちょっと時間がかかる。絶対音感の持ち主だけですと音楽の創造性にやや陰りが出るので、メンバー全員がそういうタイプというのは良くないかも知れませんが、1人ぐらいいた方がいいかも知れません。演奏中に音が下がって誰も気づかないというのもプロとしてはまずい。

この人の調弦が終わって暫くして徐々にメンバーが舞台に上がって来ました。キーボードがあの目配せの好きな男性。どこかよそで見たような気のするカッコつけた長身の男がドラムス。役所広司がぼけーっとしているような風情の人です。さらにベーシストが来ました。そしてマイクが立っています。もう1人来る様子。ドラムスはドラム1個、シンバル2つで、ワイヤ・ブラシを持ちジャズの構え。このあたりから変だなと思い始めたのです。ソウルにワイヤー・ブラシ?あり得ない。ソウルに12弦ギター?あり得ない。そして楽器はほとんど全部ピカピカのヤマハなのです。ヤマハでアラビア・ソウル?まずそういうのは無理でしょう。そのうちに真っ赤なドレスを着たアラビア人風の女性が登場。いよいよ始まります。

グループの名前は言わないでおきます。滅法失望してしまいました。彼らの音楽をどのジャンルに入れたらいいのでしょう。一部スローな曲もありましたが、大体は軽快なリズムに乗ったアップテンポの曲です。どうやらオリジナルのようで、書いたのはこの女性やギタリストらしいです。少なくともアレンジはギタリストが担当。ベーシストは6弦ベースで登場しました。技術的には全員完璧。リズムをはずす人もいないし、音程もぴったり。演奏が大変で息切れということもなく、シンコペもぴったり。一部プレイバックも使っていますが、演奏の腕にはインチキはありません。でも何かがぽかーっと抜けている。

ソウル、魂が無いのです。かつて嫌いだった歌謡曲、北島三郎や五木ひろしでも歌う時はソウルがあります。YMCA を歌っていた頃のアイドル歌手でもその場の観客に対して力いっぱい音楽を聞かせてくれました。カール・スモーキー石井などは、お客様がいないとやる気も起きないという感じ。春風亭柳昇も、お墓に片足突っ込んだような表情で高座に上がって来て、お客さんの顔を見たらカラオケ病院をやり始め、裸電球にスイッチが入ったかのように明るく元気いっぱいでした。このグループにはその音楽心が無いのです。

ドイツの名誉のために言いますが、ドイツで音楽をやる人の多くは、楽しみながら演奏するか、情熱を込めて演奏、あるいは何かを追及しながら演奏し、それが観客にも伝わって来ます。一度大雨の中でベルリン・フィルを聞いたことがあります。クラシックのオーケストラですからかなりの人数。運悪く大雨になりましたが、それでも客はじっと耳を傾けています。それを感じたオーケストラの方もやる気を出して、カラヤンが来なかったのに代理の指揮者と一緒に熱演。何十メートルも離れた雨の中観客とオーケストラが一体になって音楽を堪能しました。あんな素晴らしい音楽を聞くのは一生に何度、というような演奏でした。

プロだけではありません。知り合いの若い衆が集まってパンク・バンドを結成。まだ楽器もちゃんとこなせていないのですが、何かやりたいという気持ちで団結。町のお祭りの余興に出場したり、ほとんど赤字のコンサートでしたが、友達が集まり、皆で応援しました。かと思えばプロのコメディアンが3人でバンドも結成し、出演中に音楽も自分でやります。どう見ても人員不足でキュウキュウ言っていますが、ちゃんと聞ける音楽を演奏しました。皆観客に何かを伝えたいのです。それが伝わって来るので、観客も一生懸命聞きます。ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのような高いレベルを期待しているのではありません。近所の市場で開店記念にかり出されて歌っていた東ドイツ人のシンガーでも、人の心を打つ上手さがあります。この人は壁が開いてから食い詰めて、余興などで食いつないでいました。歌うのはプレスリーなど現代ではださくて古いポップスばかり。発声が良く、上手いと思ったので話しかけてみたのですが、タバコを吸い過ぎたため、もう大物の歌手にはなれないと言っていました。しかしポップスを楽しく歌うという技術は捨てたものではなく、その辺に集まって来た人を自然に引き込んで行きます。

人を引き込む力の方が音楽の技術より大切だと私は思うのですが、それがこのグループには無いのです。生まれて初めて歌手が観客に「ちょっと静かに歌を聞いてくれ」と言うのを聞きました。ここはレストランなので、客が勝手におしゃべりしていても構わない場所ですが、皆がそれぞれ勝手な事をしているのに苛立ったようです。怒っている様子はありませんでしたが、聞いてくれなければ歌わないというスタンス。これは日本一の歌手でも「お客様は神様です」と言うような国から来るとずっこけてしまいます。その辺がざわついていても歌い始めた歌手に力があれば観客は徐々に自分の方から静かになります。

ではこの歌手に実力が無いのかというとそうではないのです。タフな喉で、かなり行けます。音やリズムをはずすといった初歩的なミスもありません。乗りも悪くありません。彼女は自分の能力にあまりぴったり来ないジャンルの曲を歌っているのだというのが私の出した結論。もう少しオリエンタル・ムードを強め、ドイツ語の歌詞を止めて、別な言葉で歌ったら良かったのでは、あるいはバックバンドと手を切った方が、などと思ってしまいました。バックバンドは出で立ちは古いドイツのテクノ風、演奏はダイアー・ストレイツ風のリズムとアメリカ、や CSNY を混ぜたようなサウンド。それにややジャズのフレーバーもと欲張っています。これでソウルというのはちょっと無理。何よりも行けないのは女性歌手から出るバイタリティーが観客に伝わる前にこぎれいにそつ無く演奏するバックバンドに呑み込まれてしまう点。

バンドは技術的には下手ではないのでテレビ・ドラマの音楽や、ドキュメンタリーの音楽など、進む道はいくらでも見つかるでしょう。しかしこういうレストランで、こういう歌手と一緒に出演するのには向いているように見えません。レストランの客が自分たちのおしゃべりを止めようとしなかったのはその辺に原因があるのではないかと思います。バンドの完璧さは最近ドイツで大受けしている Ärzte というボーカル・グループとも共通します。このグループもハーモニーは完璧で、結成後人気が一時落ちていましたが、最近復活し大成功しています。しかし私は聞いていていい音楽だと思ったことはありません。このグループの強さはテキストの方で、皮肉を込めた歌詞が気に入られ人気を博しているのですが、音の方はきっちりそろい過ぎて、楽しくありません。ミュージッシャンが完璧主義を振りかざして観客に勝負を挑んでは行けません。Ärzte をそのままインストルメンタルにしたようなのがこの日のバンドでした。

もう1つ行けなかったのは鐘。しかしこういう事に文句をつけるのは私1人でしょう。冒頭歌手が鐘をチーンといわせながら登場したのです。その音が仏壇に置いてある鐘とそっくりだったのです。これは運が悪い。パロディーと分かってやっているのなら、それは楽しめますが、彼女はジョークでやっているのではありません。彼女の鐘が仏教の鐘と同じ音を出すとは知らなかったのかも知れません。

というわけでこの日のライブはずっこけましたが、店の様子が分かったのは良かったです。実はこの店にぴったりの大道芸人を見たことがあるのです。ベルリンには以前からかなりの大道芸人がおり、マジック、コントなどに混ざって音楽をやる人もたくさんいます。英国など外国から来た人もいますし、プロ級の腕を持ったアマチュア、食い詰めたプロ、ベルリンでビッグ・バンドのコンテストに出演した帰りにストリート・ファイトをした田舎のアマチュア・ビッグ・バンド(上手かった!)などさまざまです。

去年の冬だったか、夜目抜き通りを歩いていた時素晴らしい(クラシック・)ギターの音に思わず立ち止まってしまいました。お断わりしておきますが、私はクロード・チアリのギターには聞きほれなかった口です。全く私の好きなジャンルでないのに立ち止まらせるというのは実力。南米人かと思われる小柄な男性が、寒い中悴む指でギターを弾いていました。数曲聞きほれて立っていた私も寒さにようやく気づきました。大道芸人なので100円、200円お金を恵むのが普通なのですが、彼のドイツ人のガールフレンドらしき人が CD を売っていたので、大枚はたいて買うことにしました。滅多にこんな買い方はしないのですが、これは買って良かったです。ちょっとご紹介しておきましょう。

Fuego en la noche の Rumba Flamenco という CD です。録音はアメリカのようです。この夜はギタリスト1人で、他はプレイバックでしたが、なかなかの腕。上に書いたバンドがステージでプレイバックを使っていたことを考えても、この人が El sur に登場して引けを取りません。

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