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ピアス・ブロスナンはコメディーに向くか
2005 USA/D/Irland 96 Min. 劇映画
出演者
Pierce Brosnan
(Julian Noble - 企業お抱えの殺し屋)
Philip Baker Hall
(Randy - 殺しの依頼を伝える男)
Dylan Baker
(Lovell - 殺しの依頼を伝える男)
Greg Kinnear
(Danny Wright)
Hope Davis
(Carolyn Wright - ダニーの妻)
Adam Scott
(Phil Garrison - ダニーの同僚)
Israel Tellez
(闘牛士)
Alejandro Amaya
(闘牛士)
Jose Luis Angelino
(闘牛士)
Guillermo Capetillo
(闘牛士)
Humberto Flores
(闘牛士)
Jose Mauricio Morett
(闘牛士)
Federico Pizarro
(闘牛士)
見た時期:2006年4月
ドイツ語のタイトルは殺しとマルガリータ(お酒の名前)となっています。これと言って創造力を感じないタイトルですが、映画の内容はよく表わしています。英語のタイトルをそのままドイツ語に持って来た場合、殺しという意味も含まれた言葉ですし、大物とか主役という意味もあるので、英語のままにしておいた方がいいかとも思います。
監督はまだこれまで有名な作品を手がけていない人ですが、The Matador を見ると手堅さを感じます。ジェームズ・ボンドを長い間演じていた国際スターがこの監督に賭けたのも納得できます。呼んで来た共演者がまた手堅いグレッグ・キニア。この作品の出来はブロスナンの力量に大きく左右されますが、漫才と同じで受ける相方がしっかりしていないと潰れてしまう二人三脚。その意味でキニアというのはすばらしい選択だったと思います。
懸賞に当たり、ドイツ語で見たので、翻訳過程でおもしろさが消えているのかも知れませんが、その条件下でもいい作品だと感心しました。2人の会話、コンビが重要なのですが、うまく行っています。
★ キニアとブロスナン
キニアという人は2人で組むとすばらしい人で、大物相手にしても相手を食ってしまわず、相手の良さを十分残しながら自分の存在もアピールできる数少ない俳優。ジャック・ニコルソン、ウィレム・ダフォー、マット・デーモンを相手にその良さを見せてくれています。
出演本数があまり多くない人ですが、知らないうちにかなり見ていました。
・ ロボッツ
・ Godsend(ネタばれがあるので最初に関門を設けてあります。ばれても読みたい方は次のページに進んで下さい。)
・ ふたりにクギづけ
・ ボブ・クレイン 快楽を知ったTVスター
・ ギフト
・ What Planet Are You From?
・ Mystery Men
・ As Good as It Gets
こうやって眺めてみるとコメディー系が多いですが、笑いながらペーソスが出せる人なので、シリアスな作品も行けます。
ブロスナンはご存知ボンド。私が最初に彼を知ったのは若者向けの SF で、ボンドに選ばれた時は意外に感じたものです。ボンド以降洒落た男のイメージができあがっていましたが、The Matador は テイラー・オブ・パナマ系の作品です。
特に見たくて見たわけではないのですが、ブロスナンのボンドは
・ 007/ダイ・アナザー・デイ
・ 007/ワールド・イズ・ノット・イナフ
・ Golden Eye
を見ました。
・ Tomorrow Never Dies
は見たかどうかすら覚えておらず、私にとってショーン・コネリーでないボンドは大した関心事ではありませんでした。
逆にボンドでない作品は良く覚えています。
・ The Tailor of Panama
・ The Nephew
・ Mars Attacks!
・ The Lawnmower Man
特にテイラー・オブ・パナマはオスカーを取った演技派のジェフリー・ラッシュとの対決になりましたが、決して引けを取らず、良い出来です。これで自信をつけて The Matador に臨んだのでしょう。アイルランドの俳優は英国の俳優と同じ系統の訓練ができているらしく、とんでもない作品で名を上げた人でも実は凄い演技派というケースがごろごろ。
★ ストーリー
ストーリーはボンドを思わせるようなベテランの殺し屋ジュリアン・ノーブルがホテルの部屋で悪夢を見ている所から始まります。彼の出で立ちを見ただけで、あまりいい男ではないなと感じていただければ、ブロスナンのミッション:イメージ・チェンジは第一歩から成功です。
ボンドのような国家公務員ではなく、私企業に雇われている殺し屋で、長年上の方にランクされているプロです。しかしバンデラスと対決したスタローン、劉徳華と対決した反町隆史のように、そろそろ年齢を感じ、これまでの人生が間違っていたのではないかと思い始めています。
ブロスナンが演じるジュリアンは知性派のスタローンと違い、若い頃はこういう仕事がクールだと信じ切っていて、自分でも喜んでやっていました。ところが最近はそれは自分1人の思い込みだったのではないかと疑問を感じ始めているのです。自宅と言える場所が無く、家族はゼロ、友達もゼロ。付き合う女と言えば、各地の娼婦。なじみの女もおらず、職業上そういう付き合いはご法度。今日が誕生日だというのにそれも忘れていたぐらい、プライベートな生活がありませんでした。
たまたま泊まったホテルのバーで知り合ったのがデンバーのセールスマン、ダニー・ライト。長年勤めた会社をあっさり首になり、新しい会社での仕事がまだ軌道に乗っていないので、悪戦苦闘中。出張の寸前に嵐で自宅のキッチンが大破したためさらにお金が必要。ホテルのバーで何度もマルガリータというお酒を飲むのでドイツ語のタイトルがついたようです。
ジュリアンはスランプのど真ん中で、誰かと話がしたくてしょうがなかったのですが、口にする話題は普通の人には合わず、ダニーを怒らせてしまいます。相手を気遣うなどということを長くやっていなかったため、人との付き合い方が分からないのです。それでも寂しくて仕方なかったジュリアンはあれこれ口実をつけてダニーを闘牛場へ誘い出すことに成功します。
お喋りをしているうちに相手のプライベートなテーマも出て来て、お互いの家族の話なども出ます。ダニーは現在財政的にも夫婦の間でも苦しい時期を迎えています。話が職業に及んだ時、ジュリアンは最初言うのを躊躇いますが、結局話します。
2人の様子をまとめるとざっとこんな具合です。
ダニー | ジュリアン | |
職業 | セールスマン | 企業お抱えの殺し屋(最近までトップ・クラス) |
懐具合 | 倒れる寸前、その上家の改装に金が必要 | 金まわりがいい |
仕事の依頼 | 滅多にいい話は来ない | 仕事が多くて忙殺されている |
我が家 | デンバー | 無い |
家庭 | 妻帯者、息子を亡くす。 | 24歳の時に妻を事故で失ったと言うじゃない・・・。 |
女性関係 | 高校時代のガールフレンドと結婚。 | 行く先々で商売女を調達。 |
知人・友人 | 仕事仲間、近所の人など | 無し |
人生の満足度 | 問題があるとは言え、一応満足。 | 現在強度のスランプに陥っている。 |
刺激 | 無し | 長い間刺激のみの人生を送っていた、アドレナリン全開男 |
モラル | 常識的に悪い事は嫌がる。 | どこかに置き忘れて来た。 |
タイプ | 小市民的 | 大胆且つ緻密 |
品 | 普通 | 下品 |
ジュリアンが殺し屋だと聞いて最初は信じなかったのですが、すぐ証明されて、呆気に取られるダニー。それでも2人はメキシコ滞在中それなりに仲良くします。職業上の原則を破ったジュリアンは、話し相手ができたことで内面がやや幸せに。それであろうことかダニーに仕事を手伝ってくれと言い出します。それは固辞して舞台は半年後のデンバーへ。
その間にジュリアンのスランプは依頼主にも知れるところとなり、彼自身の命が危なくなって来ます。この世界はどうやら引退ということが許されないらしく、辞めると言い出すと彼を殺す殺し屋がやって来る様子なのです。
逃げ場を失って思いついたのか、寂しさに駆られてのことなのか、ジュリアンはクリスマスの真っ最中、真夜中にダニー夫妻を訪れます。雪の中に立たせておくわけにも行かず家に入れますが、最初はしらけ気味。しかし徐々にジュリアンの陽気なペースに乗せられて、3人は打ち解けて来ます。
会わなかった半年の間に2人にはいくらか変化が見られます。
ダニー | ジュリアン | |
職業 | 前のまま | 前のまま |
懐具合 | 一応安定。 | 前のままだが、最近へまをやっている。 |
仕事の依頼 | 徐々に軌道に乗り始めている。 | 依頼主から逃げ回っている。 |
我が家 | デンバー | 無いのでデンバーに転がり込んで来る。 |
依存度 | ジュリアンの真似をして口ひげを生やしている。 | 最後に頼れるのはダニーだと考えてデンバーに現われる。 |
人生の満足度 | 満足したまま。 | お尻に火がついている。 |
刺激 | メキシコの体験がいい刺激になった。 | 無意識のうちに平安を求めている。 |
モラル | 常識的に悪い事は嫌がる・・・けれどちょっとだけ一線を越えてみた。 | どこかに置き忘れて来た・・・けれど自分の落ち度に気付き始めた。 |
妻との間に秘密が無いダニー。ジュリアンの事も詳しく話して聞かせた様子で、妻にも彼の職業が知れています。見ていると秘密を守るためにジュリアンがダニー夫妻を殺すのではないかとハラハラします。ジュリアンの作る笑顔が複雑で、心から笑っているのか判断し難いのです。大人になるといくつも仮面があるので、どの顔が本心なのかはそう簡単には分かりません。
ジュリアンのスランプは腕が落ちたためではなく、精神的なもの。予定の場所で待ち構えていて、相手を撃とうとすると急に自分の子供時代が目に浮かんでしまうのです。精神分析医の所へ行けば半年ぐらいで解決しそうな問題ですが、そんな事をすると、ザ・クーラーのような問題が起きてしまい、医者の命をいただかなければ行けなくなります。マタドールという言葉をドイツで使う時には、皮肉として《自分だけが主演だと思い込んでいる人》をさすことがあります。ジュリアンはそういう自分に気付き始めていて、他の(退屈かも知れないけれど普通の)人生にあこがれ始めます。ダニーがどんなに恵まれているかを悟ります。
平凡な苦労だけしか知らないダニーはジュリアンの話を聞いている時はスリルを味わっていますが「お前も手伝え」と言われるとビビってしまいます。それでも「お前にはメキシコで貸しがある」と言われ、例外的にアリゾナへ行き、手伝ってしまいます。
アリゾナではジュリアンの方がパニックに陥り計画は混乱を来たします。メキシコでいったいどんな貸しがあったのか、そしてめちゃめちゃになった計画はどういう風におとしまいがつくのか、ここはばらしません。
上に書いたようにキニアとブロスナンの漫才コンビが良くて、外国製のインパルスかと思えます。
いくつもギャグやジョークが用意されていて、「自分は国家公務員ではない」などという台詞も飛び出します。世界各国で女と遊んでいるブロスナン。シドニーではニコール・キッドマンのそっくりさんが出て来ます。
★ ボンド卒業ブロスナンに金星
私生活でいくつか苦労があったという噂のある人ですが、本人はアイデンティティーのしっかりした人らしく、自分が今どういう立場にいるという点を見失わない人のようです。それだけではなく、ボンドの契約が切れたら何をしようかという目的も見失わなかった様子。シリアスな内容を持ったコメディー路線がそれだったらしく、時々コメディーを試みていました。どうやら今後はその路線も売りの1つとして前に出す予定らしいです。大きな賞にノミネートされるというのもその路線がうまく行っている証拠でしょう。
ドイツでの批評は「不満が残る」というものが多いのですが、書かれている内容をよく考えてみると矛盾しています。ストーリーの信憑性が十分出ていないからということで減点してあるのですが、良く読んでいると、ブロスナンのコメディー路線は前途が明るいとか、2人の共演者とよくマッチしているとか、本当は金星の大盤振る舞いなのです。前半を読むと「そこそこの出来、さほど良くない」という印象になり、終わりまで読むと「必見」という印象になるような書き方をしています。中には「弱いプロットを優秀な俳優が救っている」などというのもあります。じゃ、なぜ大見出しつけて誉めないんだろうと思ってしまいました。
これを最後にブロスナンがコメディーを止めるとは到底思えないので、いずれまたコメディーを見る機会もあるでしょう。ダンディー男なのだから普段はしゃれた探偵か何かを演じておいて、5作に1本ぐらいの割でそのイメージをひっくり返すような仕事をしたらいいのではないかと思います。コメディー専門になってしまうと、レスリー・ニールセンのようになってしまうので、それは避けた方がいいかと思います。
ドイツには偉大なスカイ・デュモンという男がおりまして、この人もシリアス・ドラマからコメディー路線に見事脱皮しました。ドイツ人ではないのですが、ドイツで仕事をすることが多く、脱皮のきっかけはマニトの靴。デュモンは鼻持ちならないきざな男だったのですが、マニトの靴ではそれを自分で笑い飛ばして見せたのです。その結果人気急上昇。ブロスナンもクールなシークレット・エイジェントの自分を笑い飛ばして見せてくれました。
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