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ソルト / Salt

Phillip Noyce

2010 USA 100 Min. 劇映画

出演者

Angelina Jolie
(Evelyn Salt/Chenkov - CIA/ロシアのスパイ)

Cassidy Hinkle
(Chenkov、12歳)

Vladislav Koulikov
(チェンコフの父親)

Olya Zueva
(チェンコフの母親)

Liev Schreiber
(Ted Winter - CIA/ロシアのスパイ、エヴェリンの上司/先輩)

Chiwetel Ejiofor
(Peabody - 亡命者取調べに同席した米国対外諜報機関職員)

August Diehl
(Mike Krause - ドイツ人昆虫学者、エヴェリンのボーイフレンド)

Daniel Olbrychski
(Vassily Orlov - ロシア人亡命者、エヴェリンの教官)
Daniel Pearce
(Orlov、若い頃)

Hunt Block
(Lewis - 合衆国大統領)

Olek Krupa
(Matveyev - アメリカ滞在中のロシア大統領)

Corey Stoll
(Shnaider - エヴェリンの同期生)
Luke Trevisan
(Shnaider、子供時代)

Moe Hindi
(ロシアのレスリング選手)

見た時期:2010年12月

各種ネタバレ満載。見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

★ ソルト、その心は - プロらしくない2人のスパイの物語

プロットは適度に複雑と言うか、長期的展望で陰謀が企まれます。物語全体を見渡すと、《プロのスパイが恋するとろくなことは無い》という一文に要約できます。寒い国で指令と服従という鉄の規則で育ち、長い間訓練を受け、経験を積んだ人たちがこんなにセンチメンタルになれるのか、と感心してしまうような顛末です。ジェーソン・ボーンを越えておらず、トム・クルーズ版のミッション:インポッシブルよりちょっとましかという評価になりました。

★ 監督

ノイスは70年代から映画、テレビ関係の仕事をしている人ですが、有名な作品としては愛の落日ボーン・コレクターが挙げられます。ジェフリー・ディーヴァー原作、アンジェリーナ・ジョリーの出世作ボーン・コレクターでノイスは1度ジョリーを使っています。ボーン・コレクターでの使われ方の方が彼女に合っているように思います。

愛の落日はマイケル・ケインとブレンダン・フレイザーが関わる愛情物語ですが、グレアム・グリーン原作で、背景に戦争と諜報が絡んでいます。そういう意味で「ソルトと似ている面がある」とのこじつけも可能ですが、作り方はノイス作品の中でも非常に木目が細かく、私が見たノイス作品の中では群を抜いて良い出来です。

私が見た3本を見渡すとノイスは比較的違うジャンルの話題をそれぞれ上手くこなしたと言えます。ソルトはどちらかと言えばアクション映画で、プロットには諜報活動が絡んでいますが、描写に現実味がありません。

★ わざとらしい

この作品を別な視点でまとめると《わざとらしい》の一言。アクションや変装が仰々しく、本当にトム・クルーズを連れて来ても違和感が無かったと言えます。トム・クルーズの非現実的なアクション映画は止めにして、代わりにそれでもかなり仰々しいアンジェリーナ・ジョリーを連れて来たため、あまりスリラーっぽく仕上がらなかったと言えるでしょう。

何がわざとらしいと言うと、とても現実とは思えないアクション、「あんな事したらバレバレ」と思える行動、そして「ほんまかいな」と思えてならない運の良さ。しかしここは《嘘でも、絵空事でもおもしろおかしく語ってあればいい》ということで目を片方つぶりましょう。冒頭主人公も目を片方つぶっています。

実は凝ったスリラーに仕立てることも可能なプロットで、脇役にはそういう筋にすることも可能な、比較的調和が取れた人を配置しています。

★ わざとらしい逃亡までのストーリー

行間に含みを持たせ・・・などではなく、元からはっきり政治を絡ませた作品が時々作られますが、ソルトも冒頭シーンに始まり、全編政治色に首まで浸かっています。ロシアがストーリーで重要な役割を果たすためか、東欧系の俳優を2人主演にしています。アンジェリーナ・ジョリーはチェコ系、リエフ・シュライバーは名前だけ聞くと/見るとドイツ人ですが、東欧とドイツ系。

2年前北朝鮮にとっ捕まったスパイの交換から始まります。捕まっているのはジョリー演じるところのアメリカ人エヴェリン・ソルト。助けに来るのはドイツ人婚約者マイク・クラウゼ役のアウグスト・ディール(ドイツではこの世代で5本の指に数えられるスター。国内ではひねくれた役や、問題ありの役を中心に活躍。100%善意のアウグスト・ディールというのは考えられない)とアメリカ有数のスパイ組織 CIA の上司テッド・ウィンター。リエフ・シュライバーの役です。そうなのです。ジョリーはアメリカのスパイ。ま、それはありとしましょう。スパイまがいの事をする組織が複数ある国ですし、北朝鮮に出入りできる一般市民のアメリカ人というのはちょっと考えにくいです。

なぜ彼女が当時まんまと北朝鮮に出入りできたかと言うと、マイクが昆虫学者で、研究のために特定の昆虫が生息する世界中の地域に自由に出入りが可能だったから。北朝鮮でエヴェリンが何をやったのかは分かりませんが彼女にはスパイ容疑がかかり、逮捕、拷問。マイクが当局相手に可能な限り騒ぎ立て、運動をしたおかげで、CIA が彼女を朝鮮人のスパイと交換することで話がつき、無事帰還。

本国で仕事に復帰したエヴェリンが取り調べているのがロシアからアメリカに亡命したオルロフ。脳の透視をやりながらの取調べで、まあ、画像嘘発見器で実況をやりながら取り調べをしているようなものです。ライ・トゥー・ミーに出て来るようなスタッフが数人隣の部屋で同時進行の分析をやりながらの取り調べ。オルロフは正直者で全然嘘を言いません(笑)。癌にかかっているという話も本当のようです。その彼が亡命と引き換えに当局に持ち込んだ情報によると「エヴェリン・ソルト」という名のスパイが米国に潜入していて、来米中のロシアの大統領暗殺を計画している」そうです。

突然変な事を言われてしまったエヴェリンと彼女を信頼している上司のテッドは「ええっ?まさか」といった様子。一緒にこの仕事を担当していた 米国対外諜報機関職員ピーボディーは任務に忠実に「即座にエヴェリン拘束」と言い出したため、エヴェリンを良く知っているテッドと揉めます。

この役にリエフ・シュライバーをふったのは数年前なら正解。ナオミ・ワッツとの事実婚前のシュライバーにはエキゾチックな魅力があり、今より少し痩せていました。私も当時のシュライバーのファンです。ところがナオミ・ワッツと幸福な事実婚生活を送り、息子が2人できてしまった今、太ってしまい、容色が衰えています。なのでアンジェリーナ・ジョリーとの関わりについてもちょっとばかり説得力を欠きます。

ただ、それでも彼が選ばれたのには別な理由があったのかも知れません。シュライバーは前に アジアに因縁のある作品のリメイクに重要な役で出演していました。リメイクはアラビア関係に変更してあるのですが、オリジナル版は共産圏のアジアとの関わりが多く、アメリカの兵隊が知らないうちにスパイに仕立てられていたという筋です。敵国とされる国が中期計画を立て、アメリカ兵を利用するのですが、ソルトはロシア版で長期計画にし、巧みにアメリカにスパイを潜入させて来ます。

話を戻しましょう。その場のスタッフの混乱の隙を突いてエヴェリンは取調室から逃げ出します。色々な訓練を受けていた CIA のエヴェリンは知識、経験をフルに生かしてまんまと逃げおおせます。コンセプトはジェーソン・ボーン第1作のパクリ。 ここでジョリーがやるアクションがわざとらしいです。このままの演出ならクルーズにやらせるとぴったりかも知れません。なにしろこの作品、元々は「クルーズで行こう」と考えられていたもので。マット・デイモンは逃亡の際考えられないような大胆不敵な行動を取るのですが、演出と俳優の調和が取れていてわざとらしさが無く、見る側は感心しながら見ていられました。ジョリーはそのレベルに達していません。

★ ツイスト合戦

この後の展開は捻りに続く捻り、ツイスト合戦です。ちなみにソルトには Strategic Arms Limitation Talks という意味もあります。第一次ソルトと第二次ソルトがあり、米ソ両国が同時に戦略兵器の数を減らそうという試みです。片方が先にやると、後出しじゃんけんで後になった方が有利になってしまうので、「1、2、3、はい!」ってな具合に同時に武器を同じ数減らそうという話でした。しかし結局じゃんけんは上手く行かず、調印はしたものの批准をせず、反故になったという代物です。昔よく新聞で目にした言葉ですが、ソルトにロシアが深く関わるのでつい当時の記憶が蘇ってしまいます。若い人には年寄りだなあと笑われてしまいそうです。

SALT の後、START という新しいじゃんけんが米露の間でスタートし、現在は4回目をやっています。米大統領はちょっと無理をして12月に上院批准をさせました。その意味ではまたタイムリーになっているとも言えます。ジョリーの名前をエヴェリン・スタートにしたら露骨過ぎると思ってソルトにしたのでしょうか。

話を戻して、エヴェリンがその場から逃げ出した時1番気にしていたのは北朝鮮から釈放された時に国境まで迎えに来ていた婚約者、今は夫になっているマイクの消息。暫くそればかり言っています。命からがら逃げ出したエヴェリンは自宅のアパートに帰り、必要な物をリュックに入れて持ち出します。当然ながら CIA と S.W.A.T. が追って来ます。

このアパートの台所が愉快なシーンです。舞台は CIA の建物が町の中にあるアメリカの大都市、恐らくニューヨークとなっているのですが、エヴェリンとマイクが暮らすアパートの台所は西ドイツそのままです。東ドイツでは近代的な公団住宅風のアパートに住んでいる人が多いのですが、西ドイツでは80年、100年前や戦後すぐ建てられた古いアパートをそのまま使っている所も多いです。そういうアパートの台所がこのシーンにそのまま出て来ます。マイクがドイツ人という設定なので、彼がドイツ好みにしたと言えないことはありませんが、現代のアメリカにあれほどドイツそのままの古い台所があるとは考えにくく、笑ってしまいました。2人がドイツで暮らしたという描写は無く、文脈からもこのシーンはアメリカと思われます。

ところでこのシーンでふと思ってしまったのが、実にエヴェリンに都合のいい時間経過。CSI を見てもあっという間に容疑者の居所がつかめてしまい、ニューヨークのような大都市でも数分のうちに警官が武器を持って乗り込む準備ができているのに、米国有数の複数の諜報機関と S.W.A.T. が雁首揃えても彼女の方が先に自宅に戻ってしまう点が笑えます。探している側がとても間抜けに見えてしまうような作りになっています。エヴェリンが現在どこに住んでいるかは職場には元から分かっているはずなのですから、逮捕はしないまでも既に現場に張り込みぐらいは到着していて当然と思うのは CSI の与太話に騙された私が行けないのか・・・。

最近インターネットにアップされていたドイツ語版 CSI を見てしまったのです。CSI も普段ラボで分析をしているべき人たちが、銃を持って町へ飛び出し、格闘までやるという与太話ですが、それはここでは目をつぶるとして、私の見た回では ipad と GPS を駆使してあっという間に探している人物の居場所を突き止めたりしていました。それほどたくさんの監視装置が設置されているのは気色悪いですが、税金を使ってもう設置してしまったのなら「こんな時ぐらいは使えよ」とつい思ってしまいました。この作品、セキュリティーの職員や諜報機関のエージェントがしてやられているところを別な同僚が監視用モニターで見て歯軋りするシーンがあちらこちらに出て来ます。ま、トム・クルーズを眼中に置いて立てた計画だったらしいので、クルーズが超人的に見えるようにするために対戦相手を間抜けにするという手法が取られたのかも知れません。クルーズにはアメリカ版千葉真一といった面があり、本人も絵空事の楽しいアクション映画を作っているのだという使命感も持っているようなので、クルーズのつもりで作ったシナリオならまあ、我慢。

★ 嘘発見器を信じましょう - 実はエヴェリンは・・・

一連の信じられないようなアクションをしまくってエヴェリンが逃げ込んだ先は錆びた汚らしい船。その方が目立たなくていいです。そこにいたのは取調室から逃げ出した亡命男。ここで彼女の素性に新たな説明が加わります。前の話と合わせると大体こんな具合です。

ソ連当時のロシアは子供の時から国が育てた純正培養のスパイを組織していました。語学も母国語より先に目的の国の言葉を教える徹底振りで(などと言われていますが、実際のロシア人の喋る米語には真似のし過ぎという特徴があってわりとすんなりばれます、と言うか全員が同じカセット・テープで学習したために全く同じアクセントになってしまうのかなと思ったことがあります。この人たちがスパイだったのか、ただのジャーナリストだったのかは不明。堂々とラジオに出演していたので一般人だったのかなあ、でもジャーナリストの一般人ってあるんだろうか・・・などと考える側に刺激的な材料を与えてくれる人たちです(笑))、国のみに忠誠を誓うような育て方をしています。そのスパイ学校を作り指導していた教官がオルロフ。ちょっと前に亡命者としてエヴェリンに取り調べられていた男。つまりあのシーンはできレースだったわけです。2人は長年の知り合い。

オルロフの経歴は CIA のデーターバンクにある年から急に現われ、それ以前の事は闇の中。後に彼が1981年ブレジネフの横に立っている写真が発見されますが、最近の彼の経歴が本物なのか、スパイ活動用に作られたものなのかは分からないままです。

オルロフが教えた大勢の生徒の1人がエヴェリン。彼女は飛び抜けて成績が良かったとか。このスパイ組織はロシア人の子供をどこかから調達して来て、何かの機会にアメリカ人として米国へ送るチャンスがあると、本物のアメリカ人と摩り替えて出国させます。エヴェリンの例が語られます。あるソビエトのスポーツ選手とチェスの名手が結婚。エヴェリンの両親です。エヴェリンが生まれ間もなく病気がちになり死亡・・・と両親には伝えられます。両親は子供が死んだと信じていますが、実はオルロフが子供を取ってしまったのです。なので彼女は生後1年か2年でスパイ学校入学。本名はチェンコフ。運動能力に長け、戦略的な物の考え方をすると期待されたのでしょう。彼女の出番は・・・。

ある日モスクワの大使館関係者の米人夫妻が自動車事故で死亡。まだ小学校の小さな女の子が孤児になります。チェンコフをその子だということにして何も知らない米国大使館員にエヴェリン・ソルトとして引き渡されます。顔、頭に大怪我をして、いかにも事故で生き残ったように見えます。チェンコフに怪我をさせたのは誰じゃ。DNA 鑑定ができる今日でもこの手は通用するのか・・・。当時も血液検査ぐらいはあったぞ・・・。そして本物のアメリカ人の子供はどうなったんじゃい・・・。

チェンコフは子供の頃からどの大学を目指し、どこに就職するかオルロフから指令を受けており、首尾よくプリンストン大学を卒業し、CIA に就職。ですからオルロフが取調べで話した内容に嘘は無く、嘘発見器もそういう結果を出したわけです。取調べ中オルロフとエヴェリンは久しぶりの再会を喜ぶわけには行かず、亡命情報提供者と取調官という役を演じ続けます。エヴェリンにスパイ術を教える立場だったオルロフは言うだけの事を言ってしまうと、いとも簡単に現場から逃走しています。米国当局に情報提供をしているのだというジェスチャーをしながら、エヴェリンに指令を出したことになります。

オルロフが逃げる際使った武器に注目。このシーンはパロディーかと思い笑ってしまいました。ショーン・コネリー時代のボンド映画の1シーンと全く同じ武器をオルロフが使います。

★ 最初の任務完了

オルロフが伝えた指令に従い自分も建物から逃げ出し、自宅から必要な物も持ち出し身を隠したエヴェリン。単独で米副大統領の葬儀に紛れ込み、参列していたロシア大統領をまんまと手にかけます。エヴェリンが来ることを予想している CIA 始め、各国の来賓の警備関係者もうじゃうじゃいる中でいとも簡単に目的を達し、その上また逃げてしまいます。

ここは一捻りしてあり、任務遂行後1度エヴェリンは捕まります。その時ピーボディーを殺すチャンスがあったのに彼女は撃たず捕まります。しかしパトカーで護送中に逃げてしまいます。

★ つかの間の同窓会、つかの間の夫婦再会 - ああ、スパイって何と悲しい職業・・・なんちゃって

船で「やあ、久しぶりだね」と再会を喜ぶ師妹。そして人質に取られていた彼女の夫はあっけなく彼女の目の前で消されてしまいます。彼女は国家に属しているのであって、教官や同級生との再会を喜んでいるはず。「お帰り、同志、妹よ」と皆から歓迎され、乾杯をしてくれます。そこに転がる夫の死体。ちょっとだけ翳った目で見るエヴェリン。それ以上の感情は出しません。

夫はドイツ人。「どちら側のドイツだったんだろう」とふと考えてしまうのはドイツに住んでいる人ぐらいでしょう。東ドイツにもソ連に負けない諜報機関があり、せっせと西側にスパイを入り込ませていたことはご承知の通り。意外と知られていないのは東ドイツはしっかりソ連相手にもスパイしていたという事実。壁が開いて10年弱の頃行った学校のクラスにいた人たちがほとんど東の上層部で働いていた人たちで、どんな所に来てしまったのかとビビリました。気を落ち着けて話を聞いてみると、東ドイツから海外に国費で出られる人は皆それなりの役目を仰せ付かったらしいのです。どういう形の活動をするかはかなり差があったようですが、大雑把に言うと国に忠誠を誓う人しか海外に出さなかったということです。中にはジェームズ・ボンドもどきの怪しげな仕事の人もいたようです。それを西側相手だけにやっていたわけではないと知りびっくりしました。西側の一般社会しか知らず、ボケーっと暮らしていたので驚いたの何のって。ま、そんな話を聞いた上でソルトのスポーツ選手の逸話などを聞くと、なるほどそういう国だったのかと分かります。そういった事情があったので、アウグスト・ディールの役にも何かしら裏があるのかと手薬煉引いて待ち構えていました。ま、これがどういう結果になるかは最後まで見れば分かります。

★ 両国に訓練されたスパイとしてはちょっと短絡

船のシーンのジョリーの目線でも分かるようにエヴェリンはこの出来事で引っかかってしまいます。そしてここから何とチェチェンの《黒い未亡人》もどきの未亡人に変身してしまうのです。その上死んだ夫が飼っていた毒蜘蛛が絡むので、ちょっとでき過ぎた感じがします。毒蜘蛛の中に《黒い未亡人》という名のゴケグモの一種があります。タランチュラほどの猛毒(実はタランチュラもそれほどの猛毒ではない)ではないようです。タランチュラと混同される危険な蜘蛛もゴケグモの一種。しかしどれも世間で言われるよりは毒が弱いようです。日本語の名前でも《後家》とついているように、《未亡人を作る死の蜘蛛》と世間では理解されているようです。

昆虫でなく人間の黒い未亡人はチェチェンで夫が戦死した兵士の妻とされています。夫を失った妻が絶望しているところに声をかける者がいるのか、本人の意思で志願するのか分かりませんが、死を計算に入れた上でテロを行う女性たちの存在が知られています。ロシア絡みなのでそういう方向を見てしまいますが、エヴェリンの場合は組織立った復讐軍団ではありません。対戦相手がたまたま組織だったというだけ。良く考えて見るとここから突然コーネル・ウールリッチの黒衣の花嫁登場といった感じです。小説版より映画版に近いです。

国家に忠誠を誓っていたエヴェリンが突然私憤に目覚めてしまうのですが、両国からしっかり訓練を受けたエージェントだったので、戦いはお手の物。・・・とは言ってもあのがりがりに痩せ細ったアンジェリーナ・ジョリーががっしりしたこれまたしっかり訓練を受けた筋肉マンと格闘をすると骨折してしまうだろうと思うのです。彼女のアクション・シーンは「ありえね〜」の連続。どうせ「ありえね〜」ならトム・クルーズでも良かったかとは思います。彼が出るとなれば荒唐無稽に決まっているとこちらも覚悟していますからね。私は別に彼のファンではないんですが。ただ映画のプロットに女性だからこそ有り得る動機も絡んでいるので、トム・クルーズでどういうオトシマイをつけるつもりだったのかちょっと興味はあります。

エヴェリンの内なる変身は夫が殺された船の上から始まります。かつての同級生、教官と乾杯をして間もなく船上のロシア人スパイを皆殺しにします。これで彼女は米露両国を敵に回したことになり、隠れるのも容易ではなくなるはずです。私ならその場はニコニコしながら誤魔化して、その後1人、2人と殺して行くのが正解と思います。これほどの相手をやっつけるには当分自分の身の安全も確保しなければ行けない・・・とつい現実的に考えてしまいます。ま、一気に船1杯分のスパイをやっつけてしまえたので、彼女に取っては1回の仕事で済んでしまったとも言えますが。私はコーネル・ウールリッチを読み過ぎたので、1人、また1人式に考えてしまいます(笑)。それにしてもあれほど厳しい訓練を生き抜いた彼女がこうもセンチメンタルになるんでしょうか。

★ その後の展開

オルロフから船の上で次の任務を知らされていたエヴェリンはホワイト・ハウスの地下壕に向かいます。事前にかつての同級生シュナイダーと会見。彼と一緒にホワイト・ハウスに入り、彼が大統領に近づく道筋をつけるとのこと。

その方法が捻ってあります。まずエヴェリンは男に変装(最初違和感を感じますが、暫く見ているとなかなかジョリーに合っています)。2人で中に入った後、シュナイダーがサポートし、エヴェリンがもっと大統領に近づくという手はずですが、その方法が・・・。エヴェリンもぎりぎりまで具体的に知らされていません。

その後のシナリオではロシア大統領をアメリカ滞在中に殺され、怒ったロシアがアメリカ核攻撃の具体的な準備に取り掛かったため、アメリカも見合った攻撃をしなければ行けないという際どいところに来ていることになっています。つまり米ソ冷戦時代を思い出させる状況を再び作ろうという目論見。その上今度は本当に核のボタンを押すかも知れません・・・って言うじゃない。

ここでずっこけるのは私1人ではないでしょう。60年代、70年代ならともかく、2010年にアメリカやロシアがたかが1人の個人が殺されたぐらいで核のボタンを押すと思っている人はいないでしょう。その人の職場がクレムリンやホワイト・ハウスで、仕事が大統領だったとしても、大統領の弔い合戦に核戦争を始める大国は無いでしょう。危険なのはむしろ核の影響力についてまだよく知らない核新興国の方。なのでこのあたりからは動機とされる話について行くのもちょっと難しかったです。

シナリオはその路線で動いているので仕方なく後から追いかけてみました。ホワイト・ハウスはロシア大統領が襲われたところから大統領を地下壕に移動させる作業を始め、現在進行中。エヴェリンはそこを狙って追って来ます。大統領とスタッフ、警備関係者が集まり、大統領はパスワードを入力し始めます。第1段階のキーは解除、あとは大統領の指紋で本人確認を行い、いよいよ発射ボタンを押す段階まで来ています。

このシーンで驚いたのは、パスワードが意外に短く、町でいくらでも買える USB がハードウエアの接続に使われていた点。私はてっきりアメリカのような大国の核兵器には独自開発のハードウエアが使われていて、一般の装備と互換性が無いものと思っていました。あれならちょっと知識のある専門家が簡単に手を出せるじゃないか・・・と怖くなりました。この部分、映画なので一般向けに易しくしたのか、本当の秘密を映画で描くわけに行かないので与太話を混ぜたのか・・・。

エヴェリンは向かって来る敵をなぎ倒し、次々に防御を破り、地下壕の大統領のいる部屋にやって来ます。ふと見ると死体の山。生きているのはテッドのみ。そしてテッドはロシア語で話し掛け、本名はタコフスキーだと言うではありませんか。そしてタコフスキーが核で狙っている場所はロシアではなく、中東の国々。「何だか話が違う」と気づき始めたエヴェリン。防弾ガラス越しに語り合う2人。エヴェリンはタコフスキーに中に入れろと頼みますが、入れてもらえません。

★ 先輩タコフスキー

テッドになりすましていたタコフスキーもオルロフの学校出身でエヴェリンより上の学年。エヴェリンが CIA で部下になった時も承知していましたが、黙っていました。時々言おうかと思ったことはあったようです。エヴェリンにマイクに近づくように勧めたのもタコフスキー。

番狂わせはマイクに本気で恋をしてしまったエヴェリン。タコフスキーもエヴェリンに気があったようなのです。ここでまたずっこけてしまいました。あれだけの訓練を受けたスパイが2人も私情をからませて・・・オルロフが聞いたら頭から湯気を出して怒ったでしょう。この辺の筋がどうも現実味を欠いていて、今一つすっきりしません。

ジェーソン・ボーンは元から西側の人間、その上任務のストレスもあり、子供を殺す状況に巻き込まれショックを受けた、その上海に落ちてからは記憶喪失も加わり、その上でフランカ・ポテンテに恋をするという運び。スパイの恋を観客に納得させられるように伏線が引いてありました。ソルトはそこが手抜きなため、与太話に見えてしまいます。

ま、そこも目をつぶらざるを得ないのでしょうが、話はもう少し続きます。タコフスキーが完全防御の部屋にこもり、エヴェリンを中に入れないため、エヴェリンは銃を使って防弾ガラスに穴を空けようと試みます。ここは危険なシーン。エヴェリンはまっすぐ撃つので、銃弾が自分に跳ね返って来て怪我をしないかと思ってしまいました。私は銃を撃つ機会は水鉄砲以外まだ無いのですが、ガラス越しに写真を撮る機会は一時期たくさんありました。水槽に入っている魚をフラッシュを使って撮るのですが、正面から撮ると、自分のカメラのレンズにフラッシュの光が反射して来るので、何も映りません。そのため角度をずらします。撃った弾も光とほとんど同じように跳ね返って来るでしょうから、エヴェリンのような事をすると自分が怪我をします。ここも与太話でしょう。

一計を案じエベリンはガラスを撃つのを止め、ドアを開ける装置の埋め込まれている壁を撃ち始め、成功します。これも時間、銃弾の効率などを考えると気の遠くなるような話ですが、核兵器発射まであと数十秒という時に間に合ったということにしてあります。こうなるとアンジェリーナ・ジョリーよりトム・クルーズの方が見る方に与太話の免疫ができているので好都合だったかも知れません。ボーン・コレクターに出ていた時のジョリーは結構それらしく見えるように行動しており、ソルトとの落差は大きいです。

そこで激しい戦いになりからくもエヴェリンの勝ち。勝ちというのは核のボタンを元に戻し、発射を防いだという意味です。エヴェリンは後から追って来たピーボディー他に逮捕されます。テッドに戻ったタコフスキーは参考人として事情聴取・・・の予定でした。しかしエヴェリンはタコフスキーを意外な方法で殺害。ここは蜘蛛女のレナ・オーリンのパクリ。こんなところでまた蜘蛛が登場しますが、蜘蛛女などと蜘蛛の絡んだタイトルをつけたのは日本だけ。マイクの死を決め、オルロフに実行させたのがタコフスキーだったので復讐の蜘蛛と化したエヴェリンに取っては当然の結果でした。私情がたっぷり絡んでいます。なぜここでスパイのタコフスキーがわざわざ自分の仕業を懇切丁寧に説明するのかは永遠の謎。饒舌ではスパイは務まりません。

あ、忘れていました。ちょっと前にサプライズがあり、死んだはずの人が生きていたので、エベリンとテッドが仲直りするチャンスはゼロ。私情が絡まなくてもどちらかは死ななければなりませんでした。結局この事件で表に出たスパイはエヴェリン以外は全員死亡。ヘリコプターで護送中、エベリンはピーボディーと論争になります。彼女は自分が世界を救ったと主張しますが、まずは誰も信じません。しかしあれこれ言い争いがあり、ちょうどその時に、船からエヴェリンの指紋が見つかったことが報告され、ピーボディーだけは信じるようになります。そう言えばあの時撃てたのに自分を撃たなかったなあ・・・などと思い出しながら。

エヴェリンはここでピーボディーと取引を始めます。自分は全てを失った、アメリカにはまだかなりの数のスパイが入り込んでいる。自分を釈放すれば全部片付けてやると言うのです。あと少しで目的地に着くという時、高度が徐々に低くなって来た時、彼女の手錠をはずし、ピーボディーは彼女が川に飛び込むのを助けます。寒い国から来たスパイなので、この程度の気温はなんのその。ちなみに寒い季節です。

★ 与太話 vs エンターテイメント性

あちらこちらに指摘したように与太話が多い作品です。目くじらを立てる個所は多々あります。しかしエンターテイメント性は高かったです。全部がきっちり決まった作品とは言えませんが、お遊びのつもりなら楽しく見ていることができます。本気になって現実と付き合わせるとボロがたくさん出るので、片目はきっちり閉じておきましょう。それを暗示するかのようにジョリーは冒頭片目を腫らして開けられない状態で出て来ます。ちゃんと予告してくれていたんだ!

★ クルーズが出なかったわけ

色々言われていますが、やはりマーケティングの作戦上、エヴェリンの役とミッション・インポシブルの役が被ってしまうからでしょう。ほとんどパロディーとしか思えない、ジョリーが男装して出て来るシーンまであります。ご丁寧にも顔からゴムの仮面をはがすシーンまでついています。アクションを見てもどうしてもジョン・ウー版のミッション・インポシブルを思い浮かべてしまいます。実は見る前は私はこの作品とトム・クルーズに関連があるとは知らなかったのです。それでもこんな有様。

しかし退屈はしない作品です。ジェーソン・ボーンのように2度、無間道のように3度見る気はしませんが、1度ぐらい見てもいいとは思います。

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