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アリス・クリードの失踪 /
The Disappearance of Alice Creed /
La disparition d'Alice Creed /
Spurlos - Die Entführung der Alice Creed

J Blakeson

2009 UK 96 Min. 劇映画

出演者

Martin Compston
(Danny - 誘拐犯)

Eddie Marsan
(Vic - 誘拐犯)

Gemma Arterton
(Alice Creed - 被害者)

見た時期:2011年6月

後記の後記: ドイツの雑誌記事はあてにならないことがあります。点数では高い点をつけておいて、記事を読んでみるとしっかりけなしてあったり、点数はかなり低くしておいて、記事を読むとべた褒めだったりします。映画の記事を書くプロのジャーナリストは時々「何考えているんだろう」と思われるような記事を書きます。

アリス・クリードの失踪の点数を見るとDVD紹介記事ではべた褒め。100点万点中90点ほどです。ところが記事はその点に見合う誉め方はしておらず、けなす言葉は殆どなく、やたら中立的。一箇所けなしているのは2人の犯人の関係がばれるシーンで、失笑を買うと書いてありました。

後記: 時たま偶然井上さんと同じ時期に同じ作品を見るのですが、この記事を書いてアップしようと思ったら、井上さんの日記の欄にアリス・クリードの失踪の写真が出ていました。井上さんも見たようです。同じ時期に世界で公開され、私たちは似たような方面の映画に興味を持っているため時期が重なったと思われます。

井上さんと私は落語でもファンタに出るようなタイプの映画でも、《好きだ》というところだけ一致していて、好みの中身はかなり違います。なので作品に対する評価はかなり違います。影響は受けます。かつて香港映画にはそれほど深い関心の無かった私ですが、井上さんがたくさん知っていたおかげで、今では私も香港だと聞くと、出演者やジャンルをチェックし、見られるものは見るようになりました。そういう風な影響は受けますが、最終的な評価は別々。

犯罪映画は2人とも好きだと言えますが、最近私は年を取ってしまったためか、阪神淡路に続いて東北関東大震災と、忘れようとしても諦め切れない出来事を経たためか、しゃれた作品やスマートな作品が好きになり、えぐい話、エンターテイメント性をわざと無視した作品は「疲れるなあ」と思うようになりました。アリス・クリードの失踪も見終って疲れましたが、見てしまったものは仕方が無い(笑)。せっかくなので記事を書きました。疲れるかどうかは見終わらないと分からない。困った(笑)。

監督に取っての長編デビュー作。ディセント 2 の脚本を書いた人です。

この作品、インターネットを見るとやたら評判がいいのですが、私はディセント 2 の関係者と聞いてあまり見る気がしませんでした。行きがかり上見ることになったのですが、やはり嫌な感じの作品でした。先が見えないスリラーということになっていますが、この種の話はいくつかありますし、作品に個性がありません。ひんやりとした意地の悪さが漂うのを個性と言うのなら、まあそういう個性はあります。ただ、どんでん返しがあるわけでもなく、もしあっと驚くシーンを期待するのなら、167分の全編ほぼ退屈に作ってあるのに終わり近くであっと驚くグッド・シェパードの方が、終わりまで待つ甲斐があるというものです。

出演者は3人切りで、いずれも有名人ではありません。出演作の中にはいくらか名の知れた作品もありますが、3人が中心の作品ではありません。そのため見る人はスター性に翻弄されず、ストーリーに集中できます。推理物やスリラーに有名人が出ないというのは短所ではありません。特に英国の場合、国内でテレビ、映画に出演させてもらっている俳優にはかなりレベルの高い基礎力が備わっています。ラジオ劇に出る声優でもコンスタントな実力を感じます。英国人の大根役者はハリウッドとアイルランド以外の海外で出稼ぎをしているのかと邪推しています。アリス・クリードの失踪の出演者も十分な基礎力は持っています。年配の男の役のマーサンはかなりの出演回数を重ねており、たまたま名前が大きく出ないだけで、それなりに業界での地位はあるように見受けられます。例えばおよそ美男からはほど遠いピート・ポスレスウェイトもぱっとしない作品に出ているうちに運が向いて来て、大脇役俳優に化けましたから、マーサンにも同じ比率でチャンスはあるでしょう。

ミスキャストかと思えるのは大金持ちの令嬢役のアーターソン。演技が下手だというのではなく、合わない役を振り当てられたか、合わない演出を受けた感じです。姿形、演技を見る限り大金を使える豊かな生活をした人に見えず、誘拐犯と同じ層の人に見えます。英国は階級制度がドイツ以上に強く残っており、上流の人との区別はかなりはっきりしていると思います。日本円で2億6千万円ほどのお金がぱっと出せる父親を持った人なのですよ、人質は。

ここからストーリー行きます。退散したい方はこちらへ。 目次 映画のリスト

大金持ちの令嬢を2人の男が誘拐します。用意周到で、後で手がかりを残さないようにしてあります。衣類なども CSI に分析されないように行動を起こすたびに全部捨ててしまいます。事件は数日の間に起こり、終わります。一味の男は年配の計画者と、若い子分。2人は刑務所で知り合ったそうです。背景の事情などは全てこの3人の会話から察するだけです。

令嬢をアパートに閉じ込めておいて、1人は見張りで残り、もう1人は父親との交渉のために外出します。いきなり令嬢が全裸にされてしまうので、暴行事件も絡むのかと息を呑むのですが、首謀者はそういう足のつく事は一切計画に入れていません。彼女を骨の隋まで脅かして従わせるのが目的。言わば犯罪版のショック・ドクトリン。

ここで令嬢が蓮っ葉な雰囲気なので観客向けには脅しもほどほどの効果しかありません。彼女を極限まで脅して恐怖の表情を浮かべているところを写真に撮り、父親に送りつけるというのが計画。一方では彼女が逃げようなどと考えないようにし、他方父親には娘が本当に危ないと思わせなければ行けないのですが、観客をそれほど納得させる力の無いシーンです。

若い男は年配の男に比べていくらかルーズなので、その辺から足が着くかと思わせるのも監督の計画の一部らしく、綻びが出るか、出ないかというスリルを加えたつもりのようです。しかしファンタに長年参加していると、その辺の思わせぶりはすぐ見透かされてしまいます。

次の展開は抵抗する令嬢が一時期優位に立つところ。その上若い方の男の身元がばれてしまいます。その程度にルーズな男でもあり、また彼と年配の男の関係も微妙になって来ます。しかし2人の間の秘密として出されるテーマが、ベルリンのファンタ参加者には何とも軽く、英国だとこういうネタでも意外性で勝負できるのかとややしらけてしまいます。尤も英国からベルリンにわざわざそういう事情で《亡命》して来る英国人もいることを考えると、英国の事情は厳しいのかも知れません。ベルリンはかなり前から生き方の違う人が近くにいてもあまりとやかく言わないというメンタリティーが定着していて、自分と違う生き方の人がいても「ああ、そう」で済んでしまいます。

そして最後は日本人ならこの程度の結末は北野武を待つまでもなく、あり得る話。2億を越えるお金と3人のうちの1人が残るのですが、劇場や DVD で見る人もいるかと思うので最後のネタばれは控えます。

★ 評価: 下駄を履かせた高い評価

監督はかなり熱を入れて作ったようなのですが、これに比べると今年春のファンタの中ではあまり評価が高くなかった Secuestrados の方が同じ人質事件でもおもしろかったです、と言うかたくさんアイディアが詰まっていました。なので、最近の映画はつまらなくなったという評価はできません。巷でアリス・クリードの失踪の評判がいい理由はこれを書く時点までには判明しませんでした。ファンタがこの作品を入れず、Secuestrados を入れたのは目が鋭かったと後になって思います。

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