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2006 USA 167Min. 劇映画
出演者
Matt Damon
(Edward Wilson - 学生、OSS の諜報員、CIA の諜報員)
Austin Williams
(Edward Wilson、若い頃)
Tommy Nelson
(Edward Wilson、子供時代)
Timothy Hutton
(Thomas Wilson - エドワードの父親、自殺)
Sophie Sutton
(Connie Wilson - エドワードの母親)
Eddie Redmayne
(Edward Wilson Jr. - エドワードとマーガレットの息子)
Liya Kebede
(Miriam - エドワード・ジュニアの婚約者)
Tammy Blanchard
(Laura - 唖の女性、エドワードの学生時代の友人)
Robert De Niro
(Bill Sullivan - エドワードを諜報活動にリクルートした将軍)
William Hurt
(Philip Allen - CIA 長官)
Lee Pace
(Richard Hayes - エドワードの上司、アレンの後継の CIA 長官)
John Turturro
(Ray Brocco - エドワードの部下)
Keir Dullea
(Senator John Russell, Sr. - 上院議員)
Lee Bryant
(Mrs. John Russell, Sr. - ラッセル議員の妻)
Angelina Jolie
(Margaret Russell - ラッセル議員の娘、ジョンの妹、エドワードの妻)
Gabriel Macht
(John Russell, Jr. - ラッセル議員の息子、エドワードの友人)
Michael Gambon
(Dr. Fredericks - イェール大学の文学教授、英国の諜報員)
Alec Baldwin
(Sam Murach - FBI捜査官)
Billy Crudup
(Arch Cummings - MI6)
Oleg Shtefanko
(Ulysses、本名 Stas Siyanko - KGB諜報員)
Martina Gedeck
(Hanna Schiller - ベルリンの英独語通訳、スパイ)
Mark Ivanir
(Valentin Mironov - ロシアからの亡命したKGB)
John Sessions
(Valentin Mironov こと Yuri Modin - ロシアからの亡命したKGB、偽物)
Joe Pesci
(Joseph Palmi - 反カストロ派のキューバ人マフィア)
見た時期:2011年5月
★ 映画監督デ・ニーロ
デ・ニーロの監督作品2作目。1作目の1993年からかなり時間が空いていますが、それぞれのジャンルとして完成品を作っています。2作目はスコシージの影響か、非常に上映時間が長く、長い歴史を語っています。テーマは CIA などの諜報活動。最近見たばかりの Fair Game と多少共通するのは CIA を扱っている点と、諜報活動に関わる人の私生活を掘り下げている点です。
なぜかここ数年 CIA や諜報活動を扱った作品が増えており、おちゃらかのスパイ物でなく、内情を扱ったシリアス・ドラマが増えています。こんなに色々ばらしてしまっていいのかとも思いますが、組織が成立してもうかなりの時間が経つので、役目が終わった部分については情報をこういう形で公開しているのかとも思います。
スコシージのカジノのスパイ版をデ・ニーロが作ったような印象を受けます。ベン・アフレックを思わせるような生真面目な作り方ですが、監督としての才能はアフレックの方がやや上かも知れません。スコシージと比べるとスコシージからは作品数が多い分場慣れしているような印象を受け、デ・ニーロからはまだ手馴れた感じは受けません。しかし作品の性質をよく見極めて作っています。前の作品もジャンルをよく分かって作っています。ですので、今後デ・ニーロ作品に期待してもいいかと思います。
生真面目さを出し過ぎて、長い、退屈だという声も聞かれますが、私は長編小説を読んだような印象を受け、退屈とは思いませんでした。ただ確かに分数は長いので、DVD で見る方は食べ物、飲み物を用意して、ゆっくり座れる椅子に座り、落ち着いて見ることをお薦めします。内容に興味を持った方は、大勢の人間が長きに渡って関連するので、2度見る必要があるかも知れません。そういう意味でも食べ物、飲み物を準備して、スケジュールの空いた日に見るのがいいと思います。
★ CIA 誕生にまつわる年代記
クロニクル(年代記)形式の作品になっていて、主人公の話と同時に諜報機関の歴史物とも言えます。たくさん人が登場し、長期間に渡る話なので、今回はあらすじを詳しく追うのは止めます。でないと恐ろしく長くなってしまいます。
☆ ウィルソン一家
軸は2つで、1つはエドワード・ウィルソン家の出来事。父親トーマスはエドワードが小学校ぐらいの時に自殺。ピストルの暴発事故として処理されますが、遺言状があります。
エドワードは父親の死後順調に大学に進学し、エリートになり、上流の人と知り合いになります。一種の社交界で、中にはエドワードの父親を知っている人もいます。ジョージ・ブッシュ親子も属していると言われる学内の秘密結社にも入ります。学生時代から諜報関係に向いていると目をつけられ、仕事の依頼が来ます。卒業すると正式に諜報活動に関わるようになります。
学生時代付き合っていたローラと関係を深めていく行くつもりでいたのですが、学生仲間の妹マーガレットに強引に誘惑され、彼女を妊娠させてしまったため、マーガレットと結婚せざるを得なくなります。友人やマーガレットは皆上流階級に属しているので、出世には有利です。しかしエドワードは自分からそういう目的で結婚相手を探したのではありません。結婚式を挙げた直後にかねてからウィルソンに目を向けていた将軍の推薦で欧州で諜報活動をすることになります。ちょうどヒットラーが台頭している時です。
マーガレットはアメリカで1人で息子を産み、2人は息子をエドワード・ジュニアと名付けます。英国を根拠地にした欧州で諜報活動が忙しく(このシーンで登場する英国の秘密オフィスはナポレオン・ソロを思い出させます。実際の英国諜報部をテレビ・シリーズに取り入れたのでしょうか)、戦争が終わり久しぶりに帰国したら息子はもう小学生。夫婦仲は元から悪く、マーガレットは恋人を作っていますし、エドワードもドイツ人と超短期間交際します。しかしその女性はスパイだったためエドワードの側が消してしまいます。
戦時中英国と協力して対独諜報活動をしていたエドワードは、帰国後対ソの諜報活動に切り替えます。戦争が終わる頃からロシアの KGB のスパイのスタスが暗躍しており、エドワードともお近づきになります。そしてその後もエドワードとスタスは何かあるたびに顔を合わせることになります。
私生活では夫婦仲は冷えており、子供は常に不安を感じながら成長して行きます。いつの間にか息子も大学を出るぐらいの年になり、「CIA に入る」と言い出します。マーガレットは大反対しますが、エドワードは止めません。しかしエドワード・ジュニアはたまたま耳にした父親が関わっている事件の情報を恋人にもらしてしまいます。その恋人は KGB のベテラン・スパイとつながりがあったため、情報がソ連を通じてカストロ側に漏れます。
これはピッグス湾事件として知られている実際に起きた事件で、カストロの勢力台頭を嫌ったアメリカが、共和党時代にキューバの新政権を倒そうと計画。政党が変わり、ケネディーの時代に入っても当時事件に関わっていたニクソン、CIA 長官ダレス(映画ではアレン)に強く押され、計画は承認されます。
グッド・シェパードではスコシージ一家のジョー・ペッシが演じているマフィアのパルミ介して人を集め、キューバ上陸、カストロ派襲撃を計画します。ところが事前にアメリカでのエドワードと同僚の会話→隣の部屋にいたエドワード・ジュニア→コンゴにいたエドワードの婚約者→KGB→キューバと情報が短時間で伝わっており、キューバ軍は手薬煉引いて待っていた・・・。その上アメリカの援軍もタイミングをはずし、作戦は大敗。
既に成人し、CIA に関わり始めていたエドワード・ジュニアはコンゴでアフリカ系の女性と恋仲になっていて、彼女に秘密を語っていました。まさか彼女がソ連と通じているとは思わず、生まれた時から不安の中で暮らしていたエドワード・ジュニアは彼女の元で初めて安心感を得たつもりでした。甘い!(笑)
父親エドワードは自分の所に届けられた録音テープと写真を手間をかけて分析していて、最後は自分の息子に行き当たってしまいます。ジュニアは彼女との結婚を決めており、彼女はジュニアに本当に恋をしたらしく(本当かなあ?)、ソ連のスパイを辞めるつもり。
父親エドワードが謎解きを終え、コンゴにやって来ると、仕掛けた本人のスタスが姿を現わし、エドワードにソ連に寝返るように勧めます。2人ともベテランなので、特に脅したり騒いだりせずとも事の次第は理解できます。スタスはエドワードに答をすぐ出せとは言わずその場は別れます。何だか凄く大人のスパイです。
究極の選択を迫られたエドワード。素人なら息子を取って、自分は一生ソ連のスパイという道か、国を取って息子を死なせるかという風に考えます。実際身近には長きに渡ってソ連からお金を受け取り続けた上役や同僚もいます。ところが無口で思慮深いエドワードには第3の道が見えます。あっと驚く第3の道・・・。
ここでグッド・シェパードは終わるのですが、167分では足りなかったらしく、続編が作られるそうです。さすが長編王スコシージの弟子。まあ作品数は少ないので、1本に2本分の時間を取ってもいいでしょう。ドイツの映画館では超過料金を取られますが。
☆ 諜報組織
ここまではウィルソン一家の事情ですが、同時にグッド・シェパードはアメリカの諜報組織の歴史をたどって行きます。最初はスカル・アンド・ボーンズというエリート組織が登場します。1800年代前半、アメリカ人が南ドイツに留学した時に見た学生の組織に感心して帰国後アメリカで作ったと言われています。結成に際して何をモデルにしたかについては諸説あるのですが、ドイツ色が強いです。これ自体は諜報組織ではなく、アメリカのインテリ層が大学を通じて選んだ新人をリクルートし、維持されています。子供っぽいとしか言いようの無い儀式を行う一方、各界の上層部に先輩メンバーが入っており、アメリカの政治、経済を牛耳るほどに拡がっています。後輩が来ると優先的に昇進の手助けをします。
日本ならさしずめ学閥ですが、スカル・アンド・ボーンズは子供じみた秘密主義、幼稚な儀式を経るなど、「ほんまかいな」と耳を疑うような面も持ち合わせています。日本ですとへんてこりんな秘密主義は取らず、先輩が後輩を後押しするのは当たり前という考え方で行われ、私はその方がいいと思います。日本では学閥では学校の先輩が後輩を助ける、県人会では同郷の先輩が後輩を助けるのが当たり前と考えられており、他の大学や県の人がそれぞれ自分の後輩を援助してもお互い様という風潮です。尤も私の大学はそういう学閥が無く、恩恵に浴することはありませんでしたが。
後の CIA の重要人物にスカル・アンド・ボーンズの会員がいます。グッド・シェパードの始めはまだ CIA という組織は無く、OSS が出て来ます。ちょっと驚くのは、諜報関係者が大学にも目を光らせていて、教授にはそういう仕事に手を貸す人もおれば、逆にまだ卒業していない学生に教授を探らせるような話もあります。まあスカル・アンド・ボーンズが大学内に組織されていることを考えると、そんなものなのかということです。スカル・アンド・ボーンズはイェール大学の組織。ではハーバードやプリンストンはどうなっているんだろうとつい考えてしまいますが、その辺は知識がありません。
☆ イェール大学卒業生 = スカル・アンド・ボーンズ とは言えまい
どうやら毎年ごく一部の学生しか入会しないようで、イェール大学を出ているからと言ってその人がスカル・アンド・ボーンズとは限らないようです。単に成績優秀というだけでは足りず、リーダーシップや管理能力も問われるようです。ちょっと有名人の卒業生を見てみました。役職は抜粋。国は特に挙げない時は米国、日本人の名前の時は日本。
このリストはスカル・アンド・ボーンズのメンバーではなく、イェール大学にいた人のリストですので、お間違い無いよう。
挙げたのはごく一部ですが、アメリカの政界、芸能界を見るとコネかなあという感じが色濃く出ています。大学は成績がある程度行けば誰でも入れますが、スカル・アンド・ボーンズは外国人、女性、黒人、ユダヤ人、黄色人種などは排斥される傾向があり、たまにメンバーに入れた人がいたとしても例外と言えるぐらいの少なさですし、組織の趣旨に賛成していなければ入れません。普通は誰がメンバーなのかは外部(例えばジャーナリストなど)から推測するだけで、本人の確認を取るのはまず無理です。例外的に本人も認め、インタビューにも答えている(というか口を濁している)のが、ブッシュ・ジュニアとケリー大統領候補。
こういったリストを見ながらグッド・シェパードを見ているとさもありなんと言う雰囲気が漂って来ます。問題なのはこれで上手く行っているのかです。エリート教育をすればそれなりに優秀な人物が生まれるとは思いますが、そのどこかでボタンを掛け違うと、重要な地位に就いている人たちが失敗の連鎖反応を起こし、止められなくなる危険があります。
・ ジョージ・H・W・ブッシュ | CIA 長官、大統領 |
・ ジョージ・ウォーカー・ブッシュ | 大統領 |
・ プレスコット・ブッシュ | 上院議員 |
・ ビル・クリントン | 大統領 |
・ ヒラリー・クリントン | 国務長官 = 外務大臣 |
・ ジェラルド・R・フォード | 大統領、副大統領 |
・ ジョン・カルフーン | 副大統領 |
・ ウィリアム・H・タフト | 大統領、最高裁判所長官 |
・ リチャード・チェイニー | 副大統領、国防長官 |
・ ジョン・ネグロポンテ | 国家情報長官、国務副長官 |
・ ポーター・J・ゴス | CIA 長官、国家情報長官 |
・ ポール・ブレマー | 国務長官特別補佐官 |
・ ジョン・アシュクロフト | 司法長官 |
・ エドウィン・ミーズ | 司法長官 |
・ エドワード・レヴィ | 司法長官 |
・ ロバート・ルービン | 財務長官 |
・ オリヴァー・ウォルコット | 財務長官、州知事 |
・ サミュエル・アリート | 連邦最高裁判事 |
・ サイラス・ヴァンス | 国務長官 |
・ W・アヴェレル・ハリマン | 商務長官、ニューヨーク州知事 |
・ ジョン・ボルトン | 国連大使 |
・ ルツィウス・ヴィルトハーバー | 欧州人権裁判所長官 |
・ ジョン・ケリー | 民主党大統領候補、上院議員 |
・ ジョージ・パタキ | 州知事 |
・ ピート・ウィルソン | 上院議員、州知事、アーノルド・シュワルツェネッガー顧問 |
・ ジョー・リーバーマン | 民主党副大統領候補 |
・ カール・カルステンス | 西ドイツ大統領 |
・ エルネスト・セディージョ | メキシコ大統領 |
・ 王寵恵 | 中華民国、国際連盟常設国際司法裁判所判事、北京政府臨時国務総理、国民政府外交部長 |
・ 王正廷 | 中華民国、国際連盟常設仲裁裁判所仲裁人、北京政府臨時国務総理、国民政府外交部長 |
・ 梅汝敖 | 中華民国、東京裁判の中華民国代表判事 |
・ 馬寅初 | 北京大学校長、計画出産の提唱者 |
・ ナオミ・ウルフ | フェミニスト |
・ カミール・パーリア | フェミニスト |
・ ボブ・ウッドワード | ウォーターゲート事件の記者 |
・ アンダーソン・クーパー | CNN ジャーナリスト |
・ ヘンリー・ルース | タイム創刊者 |
・ ジョージ・ロイ・ヒル | 映画監督、明日に向って撃て!他 |
・ マイケル・チミノ | 映画監督、ユナイテッド・アーティスツを倒産させる |
・ エリア・カザン | 映画監督、アクターズ・スタジオ、メソッド・アクティングに関わる、赤狩り時代に当局と司法取引をして左翼関係者の名前を挙げる |
・ オリバー・ストーン | 映画監督、マルティン・スコシージの弟子 |
・ ポール・ニューマン | 大学院、オスカー俳優 |
・ フランシス・マクドーマンド | オスカー俳優、ホリー・ハンターの友人 |
・ メリル・ストリープ | ヴァッサーからイェールへ転校、卒業、オスカー俳優 |
・ ホリー・ハンター | オスカー俳優、フランシス・マクドーマンドの友人 |
・ ジェニファー・コネリー | 転校、退学、オスカー俳優 |
・ ジョディ・フォスター | オスカー俳優 |
・ シガニー・ウィーバー | 俳優 |
・ エドワード・ノートン | 俳優、シーシェパード応援団 |
・ クレア・デインズ | 退学、俳優 |
・ ホアン・トリップ | パンアメリカン航空創設 |
・ ハロルド・スタンレー | モーガン・スタンリー創設 |
・ ヘンリー・ルース | タイム創刊者 |
・ スティーヴン・シュワルツマン | ブラックストーン・グループ創業 |
・ 吉原重俊 | 日銀初代総裁 |
・ 相馬永胤 | 専修大学創立、初代学長、衆議院議員 |
・ 田尻稲次郎 | 専修大学創立、大蔵総務長官、東京市長 |
・ 片山潜 | 第二インターナショナル副議長、コミンテルン常任執行委員、江戸時代生まれの共産主義思想家、日本の大学を中退し米国に渡り、皿洗いをしながら学位を取る |
・ 川口順子 | 外務大臣、内閣総理大臣外交補佐官、東大を出て役所に入ってから海外留学 |
・ 猪口邦子 | 上智大学法学部教授、2004年3月まで軍縮会議日本代表部全権大使、前衆議院議員、海外の学校に在籍してから、上智大学入学、卒業 |
・ 田村耕太郎 | 参議院議員、イェール大学以外にも海外の色々な大学で終了証を集めて回った元ビジネスマン |
・ 立川志の春 | サラリーマン出身の落語家 |
・ 鳩山和夫 | 江戸時代生まれの鳩山家当主、東大から派遣された留学生、早稲田大学総長、衆議院議長 |
上のリストの中にはメンバーと噂のある人も混ざっていますが、ま、こういったつながりのあるスカル・アンド・ボーンズのメンバーがグッド・シェパードでは彼らなりにアメリカの将来を心配してか、アメリカを牛耳ろうとしてか諜報活動に乗り出すのですが、取り敢えずは大戦を乗り切ります。当時の名前は OSS。《戦略任務を負うオフィス》といったような意味の機関です。正式な期間は1942年から終戦まで。英国の諜報機関 SIS (後の名前 MI6)と SOE を手本にしています。
第二次世界大戦に参戦したくなかったアメリカは元々はあまり深入りしておらず、諜報活動は英国が先導していました。同盟国のアメリカに来てアメリカの大学内でドイツ関係者とのコンタクトを作り、情報を得ようとしたらしき様子がグッド・シェパードで描かれていて、その中心になる教授を FBI が怪しんで、エドワードを使って情報収集をしたりするエピソードがあります。
1908年設立の FBI と戦後 OSS から作られた CIA の関係は微妙で、縄張り争いがありました。FBI 長官フーバーが頑として譲らなかったので、CIA は国内のスパイを逮捕しないことで話がつきました。CIA が調査して明らかなスパイ活動が国内で行われていることが証明できたら、連絡を受けた FBI が逮捕する、また FBI が独自調査で国内のスパイを追うこともあると言った形で落ち着き、CIA は対外的な活動を専門にやります。
この縄張り争いが何に起因していたのかは外国人の私には良く分かりません。表面的な所を見ると、フーバーはイェール大学卒業ではありません。また CIA 設立の頃にはフーバーはもう20年以上長官だったので当然ながら自分の権力の及ぶ範囲を減らしたくなかったでしょう。フーバーは個人的にはいくらか問題のある人ではあったようですが、アメリカという国のためには CIA ときっちり縄張りを分けたのは良かったのではないかと思います。
この解釈でいいのか分かりませんが、マイケル・ガンボン演じる教授のゼミにいた学生エドワードに、FBI のアレック・ボールドウィンが話し掛け、ガンボンの周囲に出入りする独米関係者の名前を入手します。それを元に FBI が手入れか逮捕でもしたのか、ガンボンは英国に撤退します。アメリカにはガンボンがドイツに通じるスパイに見えたようです。デ・ニーロはあまりはっきり解釈を作品中に披露しないので私の勘違いかも知れませんが、ガンボンは英国の意を受けてアメリカでドイツに通じているアメリカ人を探したのかなと思いました。
デ・ニーロ演じる将軍に誘われ諜報の世界に飛び込んだエドワードは実質家庭生活を放り出して新婚1週間目に英国に単身赴任します。戦時中だから奥さんもあまり文句は言わなかったのでしょう。彼女の父親は上院議員で政治には深く関わっており、非常時だから我慢するのは当たり前ということなのでしょう。
英国に渡って見ると、そこには見慣れた顔もいくつか。その1つがガンボン。英米協力してドイツを探っています。この人たちの仕事は毎日事務所に出かけ、放送を傍受したり、当時は最新だったであろうテレックスでやり取りをします。まだ直接物を運んだり届けたりする時代で、秘密の書類もカメラで撮影したりせず、手書きで写します。
ようやく終戦になり、今度は戦後処理にかかります。ソ連の KGB も4カ国統治のメンバー。まだベルリンは書類だけで分割されていて、壁はありません。なので KGB から派遣されている諜報員と英仏米の諜報員も同僚として時々顔を合わせます。しかし英米の関心はこの頃既にドイツからソ連に移っており、冷戦の兆しが見えています。
1945年を持ってお役目御免のOSS に変わり対ソ戦略に耐えられる組織が必要になって来ます。そこで新たに組織されたのが CIA。OSS の卒業生の多くが CIA の創立メンバー。対象が変わるだけで、やることは同じです。ジェームズ・ボンドのような活躍をする実行部隊はグッド・シェパードでは殆ど描かれておらず、もっぱら事務所で一日中書類と取り組む人ばかりです。ボーン・アイデンティティーで実働をしたマット・デイモンはグッド・シェパードではホワイト・カラーです。
学生時代、戦時中のシーンがちょくちょく出て来るので、いくらか流れが妨げられますが、大きな混乱も無く話について行くことが出来ます。もう1つの重要部分は映画としての現代。1960年、1961年あたりで、ちょうどケネディーが大統領になった直後です。ここで上にも触れたキューバのピッグス湾事件になります。
CIA は亡命キューバ人と取引して、キューバに乗り込ませるのですが、飛んで火にいる夏の虫となり、皆戦死か捕虜。この前後の作戦、失敗のシーンがあり、それが冒頭から何度も出て来る写真とテープの分析に絡みます。根気強く分析を重ね解答に至った結果ピッグス湾事件を駄目にしたのが自分の息子ということが分かります。家庭内の問題は上に書きましたが、諜報機関の描写では例えばスカル・アンド・ボーンズのメンバーがアホなことにメンバーの指輪をはめたまま任務についていたため命を落としたりします。ソ連もそういった事には通じているわけで、このエイジェントは指と指輪を切り取られ、それがコーヒーの缶に詰めてエドワードの事務所に送られて来ます。
これには相手側にそういう事をするだけの理由があります。ちょうどキューバが資本主義を止めて労働者がコーヒーのプランタージュで生産を上げようと気勢を上げていた頃、CIA はその地域にバッタを飛行機で撒き散らします。バッタがコーヒーをダメにするのかは直接知りませんが、バッタ目のイナゴは稲を食べてしまう害虫なので、飛行機から撒いたのはコーヒーを食べてしまうバッタだったのでしょう。
こういう嫌がらせをやった後なので、このミッションに関わったエージェントが血祭りに挙げられたのではと思います。
この種のエピソードで、当時の共産、反共の政治ゲームが表現されます。この時代はですから CIA 対 KGB 戦争になっています。
ケネディーの暗殺についていくつもの説があり、1つは兵器産業が、デタントを嫌って、つまり武器を売る理由を潰す政治家はダメだということで殺されたという話があります。もう1つはキューバ人がケネディーの方向の定まらない蛇行運転に怒って、しかも送り出された亡命キューバ人が見殺しにされたと感じてやったという説があります。私は長い間他の映画(複数)の影響で、キューバ人説は知らず、そのため兵器産業の意向だろうと思っていたのですが、グッド・シェパードでアメリカ在住のキューバ人の事情が前より分かり、そういうことだったら、キューバ人説もあり得るとは思いました。ただ、それでもまだ確信に至らないのは、あれほどの警備の必要なパレードで、大統領がオープンカーに乗ることに警備関係者が同意したのか、アメリカの南部に住んでいるキューバ人にそれを同意させるほど影響力があったのか、あれほど腕のいい狙撃手をどうやって手配したのかなど、いくつか不明瞭な点があるためです。亡命キューバ人をどういう人たちがサポートしたのか、本当にそういうサポートがあったのかなどまだいくつか疑問符が並んでいます。
★ 非情な世界
不条理な事が起きるのは CIA 創立以来の伝統らしく、グッド・シェパードでも失敗談が出て来ます。例えば KGB がアメリカに亡命させて CIA に潜り込ませたロシア人(似たような話はこちら)に続いて、本物の男が亡命して来ます。CIA としては既に同姓同名の男が亡命し保護されているので、2人目は偽物だろうと思い、散々拷問にかけて自殺に追い込んでしまいます。ずっと後になって実は死んだ男が本物だったことがバレますが、時既に遅し。エドワードはそれでも切りをつけるためその男を逮捕します。しかし死んでしまった男は浮かばれない。
ここでふと気づいたのは、エドワードは優秀な男なので出世していったわけですが、それほど切れる男では無いということです。偽物がエドワードに信用されるのですが、2人を泳がせておいてボロが出るのを待つのではなく、1人を拷問して自白を強要します。エドワードはひらめきの鋭い男ではなく、静かにこつこつと働き、長い目で見ながら矛盾に気づくタイプのようです。顔に表情を出さずに静かに記憶し、ちょっとした機会に確認して見る、そこでボロが出たら、誰かに始末させる・・・。
かつてスパイ大作戦が制作され、初代のボスを演じたスティーヴン・ヒルがワン・シーズンで首になりました。彼の顔にあまりに表情が無いのでという理由だったのですが、当時から私はだからこそそういう役に相応しいと思いました。マット・デイモンはヒル以上に無表情。
もう1つの例は矛盾と後味の悪さを残すシーン。ガンボン演じる英国の諜報員が同性愛であることが分かり、組織を危険にさらす事を考慮して消されてしまいます。本人はいずれそういう日が来ることを覚悟していて、エドワードに最後の言葉を残して死んで行きます。叫び声と死体を川に投げ込まれるだけのシーンなのですが、カジノでペッシが出たシーンに近いインパクトがあります。別れを告げたガンボンが男のグループに襲われ、一瞬遅れて後悔したエドワードが追いかけますが時既に遅し。
もう1つもあっと驚くシーンなのですが、ネタバレになるので伏せておきます。最後の方に出て来ます。
★ キャスト
ネットの記事でも何度か見かけましたが、マット・デイモンが童顔で、中年の部分で違和感が出ます。顔だけ見ていると役に合っていないのですが、口数の少ない暗い演技は一応様になっているので、簡単にダメだと言うこともできません。監督デ・ニーロは良く役を勉強して来たという面は買っているでしょう。元々はディ・カプリオに振られた役で、なぜか同じ作品に共演しているのに、カプリオはディパーテッドが忙しくて、グッド・シェパードは辞退。同じ作品にカプリオと同じぐらい重要な役で出ているデイモンがグッド・シェパードの主演を引き受けています。
もう1人反対記事を見かけたのはアンジェリーナ・ジョリー。私ももう少し地味な人がいいのではと思いました。特に結婚前のシーンはジョリーにトウが立っていて見ていられません。彼女が演じる20歳前ぐらいの少女から、息子が成人して CIA に就職した後、そして息子自身が結婚する年齢になっている時の母親役まで続くのですが、彼女の外見に合っているシーンは僅かです。また、地味な服を着て黙々と仕事をする夫に対し、ジョリーの出で立ちはやや派手過ぎる感があります。これは微妙で、上院議員の娘だと考えると多少は派手でいいのかも知れません。ただ普段は比較的地味な女優に多少派手な振る舞いをさせた方が、何から何まで大袈裟で派手なジョリーを使うより良かったのではと思いました。その上加えて彼女の演技力には大きな疑問符がつきますし、上院議員の娘ならもう少し上品でもいいかと思います。
それに比べネットでも評判のいい記事を見かけたローラ役のタミー・ブランチャードは合格点です。ちょっと気の毒な、それでも彼女なりの人生を歩む女性の役を良く理解し、ぴったりの演技を見せています。マット・デイモンが彼女と会う時だけ笑顔を見せるという重要な役柄なのですが、それだけの説得力を持っています。
その他大勢にはかなりのベテラン俳優も入っています。特に気合を入れて演じているように見える人はいないのですが、全体のアンサンブルに調和が取れています。大物俳優にはそれぞれエピソードが絡ませてあり、特に何も起きないのはデ・ニーロ演じる将軍だけですが、マイケル・ガンボン、ウィリアム・ハートなどベテラン、アレック・ボールドウィン、ジョン・タトゥーロなど中堅がしっかり脇を固めています。
全体は重苦しく暗いトーンですが、タトゥーロのシーンにはユーモアが絡めてあります。重苦しさを過度にせず、おちゃらかにもせず、適度の緊張を保つにはあと数箇所タトゥーロがやったような言葉によるユーモアを挟んだら良かったと思います。全体が3時間弱です。40分に1度ぐらいチラッと気の利いたユーモアかアクセントが欲しいところです。デイモンにユーモアが無いと脇役がぶつくさ言うシーンはあります。映画に殆ど息をつく余裕も無い重苦しさを加えると続編の時お客さんが逃げてしまいます。
★ 役
本物の記録写真以外に所々に実在する人物が登場します。そのまま出すのではなく、名前をちょっと変えてみたり、複数のキャラクターを1人にまとめたりしてあります。例えばアンジェリーナ・ジョリーが演じる役の家族と同じ名前の有力者の一家がアメリカにあります。ですから彼女との結婚がエドワードのキャリアに何かをもたらしたのは偶然ではありません。ただグッド・シェパードではエドワードは本当はローラに関心があり、エドワード・ジュニアのためだけにマーガレットと結婚したことになっているので、エドワード自身が好んで政略結婚をしたのではなく、偶然そういう境遇に至ってしまったことになっています。
★ 結論
とまあ、あれこれ書きましたが、長い時間かけて見て、最後に思ったのは、何で物事をこうも複雑にしたがるのだろうということです。東西紛争、冷戦も、2つの大戦も、そして数え切れないぐらい作られている映画も結局、その地で地味に暮らそうという人にダメ出しをするのが大筋。時にはその地に石油が出るとかいう理由もありますが、結局のところ、その地で川や海から魚を取って貧しそうに見えてもそれなりに暮らしを立てている人、農業でそれなりにやっている人たちを足元から揺さぶり、戦争を起こして難民にしてみたり、共産主義だ、イスラムだと言って、恐れるべき物を何か決め、人をワーッとパニックに陥れては動かしているだけの話に見えてしまいます。ここ暫くは天変地異がテーマらしく、地震、竜巻、津波、カトリーナ。次は伝染病でしょうか。大して大金持ちにならなくても家族や近所の人が食べていけるぐらいの食料があって、住む所があればいいじゃないかと考えるのが普通の日本人。
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