2014年ファンタ参加作品

書き始めていたらちょうど井上さんも南アフリカの映画を見たということなので、いいタイミングでした。

★　南アフリカの将来

アパルトヘイト政策が終わった時、世界は南アフリカの将来に明るい希望を抱いていました。しかし法律では自由になっても、経済で不自由の続くアフロ系住民の生活は一向に良くならないようです。お金のある白人は私兵を雇い住宅地を警備させて暮らしているため、自由、解放は法律のみで終わってしまった感があります。

最近は手に入る物をほとんど手にして青春を謳歌していた有名スポーツ選手が妙な状況で恋人を射殺。色々な方向の証言が飛び交う中、謀殺、激情による殺人は免れたようです。過失で5年ほどの刑になるようですが、関係者がアフロ系の人だったら全然違う結果になっていただろうと思われます。

ドイツのタブロイド紙では被告は適当な月数服役したら自宅に戻るのではなどと書いています。殺したのも殺されたのも白人なので、内輪で勝手に決めればいい・・・などとも言っていられません。白人でも女性の地位が欧米とかなり違うらしいことも垣間見えて来ます。大変な国なんだということが少しだけ分かりました。

アフロ系住民と、欧州系住民は法の下では取り敢えず平等になりましたが、現実の生活には当分不公平感が残りそうです。とは言え、法が平等でないとスタートラインにもつけないので、まあ、とにかく大前提の一歩は踏み出したと言えます。

驚くべきはそんな状況の中の映画。作ったのは白人系の監督のようではありますが、重要な役にアフロ系の俳優をずらっと配し、非常にエネルギッシュなアクション映画を作りました。

★　ストーリーの骨子

ストーリーはアクション映画に多い覆面捜査官、現金輸送車襲撃、人質救出、仲間割れと言った要素の組み合わせ。ですが、要素の切り替えにメリハリがあり、飽きる暇がありません。

裏切りも需要な要素ですし、凶暴な犯罪者集団なので、邦題は内容を十分表現しています。

主演コンビの2人の警官に時々コミカルな演技をさせ、スマホを使った2人のツーカーの連絡法が斬新。また、2人の考え方のずれがビミョ〜で、スリルも生みます。ギャング一味の凄味も迫力があり、いつ何が起きるか分からないので画面から目を離せません。

香港のギャング映画やタランティーノのレザボア・ドッグに関連付けて（行間にパクったというニュアンスを漂わせて）解説されることもあるのですが、パクリというより、同じジャンルを選んで「僕も入れてよ」と新規参入して来て、ジャンル内で豪快なデビューを飾ったと言えます。パクリ候補を挙げるならフランスの現金輸送車襲撃のブルー・レクイエムの雰囲気が良く似ていると思います。しかし事件の展開は全然違います。レザボア・ドッグとは内容的にやや似ています。レザボア・ドッグは裏切りの獣たちの全体の流れの一部分を集中的に描写した感じがします。裏切りの獣たちのギャングたちは現金輸送車襲撃を計画していて、実行し、金が手に入った後レザボア・ドッグに似た状況を経、その先の展開があります。

★　かなりいい出来

見終わった時、これはアクション映画の完成品だと感じました。なので後で撮影の苦労話を知り、びっくりしました。

資金が足りなかったためお金のかからない撮影場所を選ばなければならなかった、特殊な撮影法ができなかったので、スタントはほぼ人がやった等々。私にはお金が無く仕方なしに取った方法が却って臨場感を生み、スリルを作り出したと思え、元からこういう計画でも通用すると思いました。

最後に残った謎は、「南アフリカの映画界はいつ、どこからこんな完成したノーハウを得たのか」でした。

★　謎の監督

南アフリカの映画監督は全員私にとっては謎の監督になります。何しろほとんど何も情報が無いので。前に1度見た作品はピーター・ジャクソンが制作をしており、監督は白人系のニール・ブロームカンプ（ドイツ語、アフリカーン語系の苗字）。ファンタにも出た第9地区の監督で、写真を見ると主演のノーテンキな男とイメージが合います。しかし作品は未来世紀ブラジルのサム同様ノーテンキである必要があり、作品自体には背骨が通っていました。

南アフリカの作品は滅多にドイツに来ませんが、来ると完成品。いつ、どこでこんな有能な監督が育っていたのでしょう。それに裏切りの獣たちに出演した俳優も演技やアクションが非常に達者で、ベテランと考えられます。

ここに挙げた2人の監督は数年の間に力をつけ、長編を1本成功作に仕上げています。

★　不運な上映時間

裏切りの獣たちは長丁場の今年のファンタの開始後3日目、金曜日の1回目（13時）の上映でした。館内はガラガラ。今年は上映枠が67、上映作品が62本（1枠は短編集で全体を1本と計算、別に短編1本が長編の前に上映）、そのうち再上映された作品が25本。裏切りの獣たちは1回のみの上映。今年は職業に就いている人が軒並み通しのパスを断念したので、この作品を見た人はほんのわずか。もったいない話です。

★　あらすじ

これまでまじめに犯罪撲滅のために働いていたアンダーカバーの刑事チリ。犯罪発生率の高いヨハネスブルクでは彼の努力も大した影響力はありません。ある日上司に約束を反故にされ、腐敗を目の当たりにしてすっかり切れてしまいます。

正義のための仕事と、経済的に安定した将来は両立しないと見切りをつけ、「相手と戦えないなら相手に参加しよう」という不文律に従い、自分も汚職警官になろう、いやギャングになろうと決心。1回切りの犯罪参加で大金を手にしようと考えます。

元々潜入するのはお得意で、うまく渡りをつけ、間もなく行われる予定だった現金輸送車襲撃ティームに入れてもらいます。ところが長年ツーカーだった同僚シューズが人質になってしまい、困った困ったという事になってしまいます。しかも潜入警官として距離を置くのではなく一味として仲間に入って見ると意外とタフな世界。ベテラン警官ではあってもたじたじ。

シューズはつかまったまま、隠れ家に閉じ込められ、残りは現金輸送車襲撃に出動。チリも一緒に出動。見張り役、連絡役、襲撃役などきちんと手分けしてあるように見えていたのに手違いが起き始めます。それでも何とか大金を奪って隠れ家に戻って来ます。ここまでは取り敢えずキャッシュ・トラックの乗り。

隠れ家に戻ってからはレザボワドッグの乗りに変わり、金の取り分を増やすことや生き残りを賭けて熾烈な争いに変わります。

紅一点の女ギャングが一味の1人のボーイフレンドと金の持ち逃げを試みます。そうなるとボスの権威などは無視されます。元々は10人を超えるメンバーが1人減り、2人減り。そんな中でチリは金も欲しいし仲間も助けたい。

★　成功

冒頭はコミカルなシーンがあり、やや緩く始まります。

打ち合わせの後繰り出した現金輸送車襲撃シーンはアクション映画だと一応胸を張れる出来。途中で手違いが起こるなど、スリルもあります。

お金をせしめた後、建設中止になった工場なのか、広々した建物の中で行われる争い。心理的には非常に狭い空間での争い、それをこのだだっ広い、ドアもシャッターも無い場所で撮影したため独特の雰囲気が出て、大成功しています。

上にも書いたように俳優の基本的な力量は大したものですが、それに加えて気合が入っています。

カラー作品なのですが、モノクロームっぽい撮り方で、芸術的な香りもします。監督はもっと資金があったらなあと嘆いたのかも知れませんが、四方八方節約して撮影しなければならなかった結果が、この素晴らしい出来に繋がっています。

★　心配

まだ公開前だというのに早々とハリウッドでのリメイクが決まったようで、心配です。リメイクがオリジナルより良かったという例は稀ですし、スターが出演するリメイクのために、オリジナルがほとんど知られないまま終わってしまう危険があります。ファンタはそういう点では欧州で人に知られるいい機会なのですが、運の悪い時間帯に当たってしまい、しかも今年は通しのパスを止めた人が続出したため、ベルリンではあまり大勢の人の目に触れていません。

オリジナル版を見る時には南アフリカの人がどんな感じかも一緒に見ることができます。高速道路の様子など、遠くに住んでいると普段見られない所も見られるので、オリジナルの方を勧めたいです。