《楽しみは 向き合う変化 少しだけ》

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 日々恙なく過ごしています。目覚めるといつもの朝で,同じ一日が待っています。時々は変化も組み込まれていますが,それも予定というルーチンになっているので,変化というものではありません。穏やかな日常のつもりですが,現状は少し違っています。
 世情は常に動いています。当面する状況は,小雨傾向でダム,河川の水不足になっていて,節水の要請が出されています。暮らしに必須の水道水,蛇口をこまめに閉めなければという新たな対応を迫られています。
 トランプというどこかのジャイアン大統領が戦を始めたようで,相手側が抵抗という形で,狭い海峡の封鎖を図っています。その結果として,石油という資材の流通が滞ってしまいました。今日明日ということではありませんが,それでも資源の流通という時差を考慮すると,その対応は現在のこととなり,生活のあらゆる面で抑制するという風に動いています。直面することは値上げであり,不足という暮らしへの圧迫です。
 遠いところからの変化の波だけではありません。近くでも,健康面での不具合という突然の変化が起こります。その新たな対応は,直接的で待ったなしで迫ってきます。昨日の状況と今日の状況は違ってきます。そこでこの身の振り方は変わらざるを得ません。ただその受け止めが経験したもので間に合えばいいのですが,未経験な処置を迫られるものであれば,戸惑いと不安に見舞われます。
 変化への対処はエネルギーを使うのでしょう,それなりの年齢になってみると,できれば避けたいと感じています。それでも,現実世界ではそのような個人的な事情とは無関係に状況は動いていきます。時代の変動について行けないという衰えがやってきただけのことですが,その老いを今自分が迎えていると実感させられています。
 老いをなるべく遠ざけようという願いが普通にはあるようで,いつまでも若くありたいという声が聞こえます。その実践的な目標として「新しい経験をしよう」という言葉が推奨されています。変化に向き合うことを逃避することが老いの特徴であると考えて,その逆である変化を迎え入れようということでしょう。成長という若さの特権は新しい経験に向き合うことです。その経験をしている老いの身は,若さの思い出を追いかけてみようとしているようです。
 若いときは変化に飛び込んでいきますが,老いてくると向こうから飛び込んでくる変化に右往左往させられます。受けて立つ,変化を選んで・・・。
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(2026年03月29日:No.1357)