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2.エルスライア

 

「・・・姫、スライア姫、起きてください。」

 私の朝は、彼の声で始まる。

「・・・アドル・・・?」

「スライア姫、起きてください。」

 もう一度、彼が言った。

 この声、大好き。

 優しい声。

 暖かな声。

 もう少し、聞いていたくなる。

「スライア姫、起きてください。」 

 ゆっくりと、まぶたを押し上げる。

 そこにいたのは、一人の男。

「スライア姫、起きてください。」

 だが、それはアドルではない。

 確かに似ている。

 けれども、似て否なるモノ。

 折角いい夢を見ていたのに。

 そう、あれは夢。

 あの時、私は彼についていかなかった。

 もし、私が彼について行ったのならば、今私はここにはいない。

 いや、いたとしても、ここにコレがいるわけがない。

 コレは、一体何なんだ?

 指先を、ソレの首もとに当てた。

 力を入れるまでもなく、パックリとそこが裂け、赤い液体が辺りをぬらす。

 口をパクパクと、空中に上げた魚のように動かした後、ソレは、永遠に動かなくなった。

 ようやく、頭がはっきりとしてきた。

 ああ、コレは彼じゃない。

 声が彼に似ているから、連れてきた人間だ。

「また、壊してしまった。キマ、タリ?」

「エルスライア様、ここに。」

 何もなかった空間がゆがみ、そこから二つの生き物が登場する。

 小さく、黒い、醜悪な生き物。

 人間達は、彼らを『餓鬼』と呼ぶ。

 彼らにあるのは、ただひとつ。『食欲』

 人間の肉なぞ、いい食物だ。

「片付けろ。」

 ピチャピチャと、湿った音を立てて、ソレを片付ているのを尻目に、私は服を着替えた。

 そう言えば、あの夢を見たのは久しぶりだ。

 アドル・・・・。

 300年も前に死んでしまった、私の恋人。