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4.エルスライア

 

 父上の形見のマントを羽織ると、私は王座に座った。

 しばらくすると、正面の扉が開き、テマラが入ってきた。

 こいつだって、立派な魔族なのだから、転移することなぞ簡単だろう。

 わざわざ扉から入ってくるから変なやつだ。

 しかも、鬱陶しいだろうに、髪を腰まで伸ばし、召還した風霊になびかせている。

 自分では、それが美しいと思っているのだろうよ。

 こいつは無性だが、こういうナルシストな辺りは、女に近いかもしれない。

 だが、人間を誘惑してもてあそぶ時、男女どちらかと言うと、女を誘惑するほうが多い。

 というひとは、どういうことなのだろう。

 もしかしたら、人間の女というものは、こういうものが好みなのだろうか。

 気障ったらしく、私の足元に膝まづき、礼をとる。

「エルスライア様、ご機嫌うるわしゅう。」

「よい。何だ。」

「新しい勇者が誕生しました。」

 私に向かって、腕を伸ばす。

 すると、その手の中に、手鏡が現れた。

 人間であれば、心をうばわれるような笑顔で渡される。

 額は、テマラの瞳や髪と同じ漆黒の黒曜石。

 これも十分、彼のナルシストぶりをうかがわせる。

 もちろん、『鏡』と言っても、自分の姿をうつすものではない。

 遠くにあるものを映す、媒体の一種だ。

 何気に、それを覗きこみ、心臓が、止まる。

 そこに映ったのは、そこにしてはならない姿。

「アドル・・?」

「よくわかりましたね。それが何か?」

「いや、何でもない。」

 うろたえている姿をこいつに見られてはいけない。

 私は、エル、エルスライアなのだから。

 全ての魔物の長なのだから。

 何度も自らに言い聞かせる。

 ふるえる手を気取られないよう、鏡に意識を向ける。

 魔鏡から、姿とともに生い立ちまでもを読み取る。

 名前は、アドル・・アドル・クリスティン・スライア。

 アドルは名、クリスティンは姓、スライアは出身地である場所や村を表す。

 つまり、スライア村出身のクリスティン家のアドルということだ。

「そう言えば、先代のエルブライム様を倒した輩の名前も、確か、アドル。」

 そうだ。

 テマラが私とアドルの関係を知っているはずはないのだ。

 こいつが産まれたのは250年前なのだから。

 私と同じく300年以上生きている魔族はいない。

 魔物たちには、私の醜聞なぞ、流す勇気のある奴はいないのだから。

 高鳴る胸を必死で押さえながら、魔鏡の情報に意識を傾ける。

 どうやら、勇者になるべく旅にでたのではない。

 魔王を追って、行方をくらませた父と、それを探しに行ったはずの兄の危機を感じたらしい。

 アドルの兄、カイン・・・それは、私がさっき壊した目覚ましのことだ。

 2人を追うには、彼らの目的である、魔王に向かった方が得策と考えたのだ。

「そうだったな。」

 素っ気なく、返事をする私にかまわず、テマラは話を続ける。

「スライア村から、エルブライム様を倒した男と、同じ名前の男が出るとは、なんという皮肉。」

「そうだな。」

 とっとと、出ていってほしい。

「どうなさいます?」

「少し、遊んで痛めつけて・・・いや・・・ここに・・・。私の元へ・・。転移ではなく、自力でな・・。」

 うまく、言葉が結べない。

「もういい。下がれ。」

 ようやく、搾り出すように、出た言葉。

「はい。」

 今度は、音も立てず、消え去った。

 スライア村・・・アドル・・・

 2つの名前が、私の頭を駆け巡る。

 スライア村。

 それは、私の恋人であったアドルが、記憶なぞないはずなのに、名づけ、骨を埋めた村。