3.スライア
ただの人間の分際で、父上にあだなすもの。
それを倒そうと、私自ら出向いた。
彼が一息ついていた、草原のはずれの森に、私は転移門を開いた。
ここならば、簡単に人間に見られるはずもないから、開きっぱなしにしても、安心だからだ。
もしも、人間が気づき、入ったとしても、行き先は魔物の住みか。
餓鬼たちのえじきになるだけなのだが。
私は、当時の遊び相手であった、数匹の魔物を率いていった。
当時、私と年の近い魔族はいなかった。
魔族、人間に近い形態を持つ魔の一族。
力が強ければ、強いほど牙などを持つ必要はないのだから。
もちろん、魔族の中にも、力の弱いものはいる。
そういう奴らは、自らの力を磨いて、それを補う。
当時、私の周囲には魔族がいなかった。
父上になるべく、外見が似ていて、歳の近い魔物たちをつけてもらっていた。
それは、なるべく外見の近いものであって、けっして、魔族ではない。
牙があるもの、角があるもの、翼があるもの。
ほとんどが、言葉をうまく交わすことが難しい。
舌たらずで、愚鈍で。
けれども、父上の下にいたものたちのなかで、私の出した条件にあったのは、彼らしかいなかった。
だから、私は、自分と父上以外に魔族は見たことがなかった。
人間にしても、父上の魔法の鏡をのぞき見したときぐらいのものだった。
もっといってしまうと、私が人間界に出たのは、これが初めてだった。
アドルは、木陰で昼寝をしていた。
正面に立ち、腰に手を上げて大声で名乗りをあげる。
「我こそは、魔性の王エルプライムが一子、スライア。勇者アドル、お前の命貰い受ける!」
決まった。
幼かった私は、覚えたばかりの炎の魔法を放った。
炎は、一直線に飛んでいった。
覚えたての魔法の上に、父上の結界の外。
父上の結界は、私にとって力を与えてくれる。
けれども、結界の外では、中の半分ほどしか威力がなくなってしまうことを、私は忘れていた。
アドルにぶつかる前に、それは消滅した。
きょとんとした表情で、こちらを見ていた。
「こ・・・この・・・やるわねっ。」
私は短剣を抜き放った。
魔物たちも、アドルを中心に円を描く。
父上が、ろくに魔法を使えない私の為に、つくって下さった氷の短剣。
ツカの部分に、私の瞳の色であるサファイアの魔石をはめこんである。
その魔石には、父上の氷の魔法が込められていて、刃はどんなものでもふれれば凍らせる。
アドルも、剣を抜き放った。
「・・・・に・・・にげろ〜〜〜〜」
「この、軟弱ものっ」
殺気に耐えられなかった魔物たちは、我先へと逃げ出す。
私は、逃げなかった。
確かに、恐ろしかった。
けれども、父上の魔王エルプライムの子供として、こいつを倒すのは私の役目だからと思った。
実のところ、私は、剣術もまともに出来なかった。
短剣を身構え、身体ごと、つっこむ。
足元に油断があった。
そう思いたい。
木の根に足を取られて、見事に顔から転んだ。
顔が痛い。
手から、短剣が抜けて行く。
顔を上げると、心配げに彼が覗きこんでいた。
ともかく、恥ずかしかった。
「こ、この私が、人間なぞの前で、不覚をとるとは!
それも、一度ならずも、二度までもっ。
「きょ、今日のところは、この辺で許してやろう。アドル、次に会う時が、お前の命日。首を洗ってまってろ!」
顔から出そうな火を見られないように、背中を向けると走り出した。
そこから、転移門までは遠かった。
うろたえていた私は、まず、木に正面衝突した。
振りかえると、アドルはあっけにとられた顔をした後、肩をふるわせていた。
笑われたっ。
二度もぶつけたせいで、顔が痛い。熱い。
ともかく、走る。
に、人間の前で、醜態をさらすとは・・・。
転移門にたどりつくまでに、木の根につまづいて転ぶこと、合計3回。
木に正面衝突が合計4回。
自分の部屋に戻れた頃には、もうへとへとで、ベットに入るなり眠ってしまった。
短剣をなくしたことに気づいたのは、随分と後のことだった。