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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第36章

 ヤムチャが誰もいないロビーに入って行くと、それまでTVを眺めながら退屈を持て余して爪を弾いていた長い髪の女が振り返り、弾かれたように椅子から立ち上がった。
「ヤムチャ! 会いたかったわ」
「アロマ……」
 飛びついてきたアロマの顔をヤムチャはぼんやりと見おろした。彼女とのことも、マリーンとのことも、何だかまるで遠い昔のことのように思えた。

「何か用かい?」
 感情を押し殺したような彼の声に、アロマは大きな瞳をみはって間近にヤムチャの顔を見上げた。
「どうしたの? なぜそんな冷たいこと言うの? わたし、あなたの顔が見たくてたまらなくなって来たのに」
 そして、気を取り直したように微笑むと、白い指をつと伸ばしてヤムチャの頬に触れた。「少しやつれたみたいね……」
「帰ってくれないか」

 アロマの顔がこわばった。彼女は探りを入れるように尋ねた。「あの人、来たの?」
「あの人?」
「マリーンって人」
「いや」
「やっぱり。それで元気がないのね。そうなんでしょ」
「アロマ、ここはオレの仕事場だ。今は野球以外のことは考えたくない。二度と来ないでくれ。それにオレはきみとつき合うつもりもない。どんな小細工をしたってムダだよ」
「どういう……意味……?」
 蒼白になったアロマを見てヤムチャは答えた。「その通りの意味さ」

「あなたがそんなこと言うなんて。嘘よ。信じられない。……あの人ね? あの人が二度とわたしと会うなってあなたに言ったんだわ。そうなんでしょ」
「マリーンは何も関係ない。帰ってくれ」
「ヤムチャ!」
 取りすがってくるアロマの両肩をつかんでヤムチャは言った。
「オレに言わせたいのか。きみが西都スポーツにオレを売ったことを」
 彼女は答えなかった。しかし、うろたえて逸らせたその瞳が全てを物語っていた。

「やはりきみだったんだな」ヤムチャは手を放してつぶやいた。「おかしいと思ってた。いくら神出鬼没のカメラマンでも、あの日オレが西都グランドホテルのきみの部屋を訪ねて行くことをスクープするなんてまず不可能だ。事前に知っていない限りは。そこで思い当たったんだ。きみが西都スポーツの記者に知り合いがいると言っていたのを」
「…………」
「オレは……きみがそんなことをするとは思わなかった。思ってもみなかった」
「なぜ? わたしはそういう女よ。あなたが知らなかっただけ。好きな男を手に入れるためなら何だってするわ。あの人のところへ乗り込んでいって、まるであなたが浮気性みたいに告げ口するのだって平気よ」
「そ、それはシャレにならないぜ」ヤムチャは青くなって言った。それから両手を腰に当て、首を傾けて苦笑まじりにふっと大きく息を吐いた。
「参ったよ。正直言ってオレはそんなふうに押しの一手で来られると弱い。……まあ、いい作戦ではあったな。オレがマリーン以外の女とつきあっていたのであれば」
「そんなにあの子がいいの」
「愛してるんだ」
 口に出してみると、閉じ込めていた想いが堰を切ったように溢れ出た。
(そうだ、オレはマリーンを愛している。こんなにも強く。こんなにも深く――――。たとえきみの心が他の男にあったとしても)

 彼は声に悔悟の念をにじませて言った。
「オレはもっと早くきっぱりした態度を取るべきだった。きみもマリーンも傷つけてしまった。謝るよ」
「信じられないわ」と、うつむいたままの姿勢でアロマはか細い声を洩らした。「わたし振られたのかしら。生まれて初めてだわ。こんな……」
「アロマ、きみは魅力的だ。きみの本当の片割れはこの世界のどこかに必ずいるよ」

 アロマはしばらく唇を噛み締めていたが、やがて顔を上げるとほんの少し微笑んで言った。
「わかったわ。これ以上未練がましくすると、あなたの中のわたしの思い出まで汚してしまいそうね。ヤムチャ、最後にお願いがあるの」
「なんだい」
「いつか……この胸の痛みが治まったらあなたの試合を見に行くわ。その時にはわたしにもボールを投げてね」
「約束するよ」
 アロマはうれしそうに微笑み、ふいにヤムチャの首に両腕を回すと、熱烈なキスをした。
「今度はカメラマンはいないわよ」
 いたずらっぽく言うと、そのまま振り返らずに宿舎を出て行った。今まで彼が知る中で最高の笑顔を残して。


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