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泡坂妻夫引退公演/泡坂妻夫(新保博久・編)

2012年発表 (東京創元社)

 一部の作品のみ。

【第一幕 絡繰】

〈亜智一郎〉
「大奥の七不思議」
 真相には、まず「江戸城どれだけ広いんだよ!」と唖然とさせられますが、盗賊・隼小僧の真の目的はなかなかよくできていると思います。
 しかし、最後の台詞の意味を考えると、鈴木阿波守は一体何をやっているのか(苦笑)

「文銭の大蛇」
 亜の着眼点は面白いと思いますが、それがばしばしと具体的な犯人につながっていくところには苦笑。そして、同心・羽田三右衛門による亜の推理の扱いが愉快。

「妖刀時代」
 水からくりの小道具に使うという真相は、いかにも作者らしいといえるでしょう。特に妖刀である必要はないかもしれませんが、それが何ともいえないおかしさを生み出しています。

「吉備津の釜」
 釜鳴神事のトリックで大勢の人を驚かせたいという発想は、作者そのままといってもいいかもしれませんが、多少の手違いもあったとはいえ、御庭番がそんなに自由でいいのか、と(苦笑)。しかしそこで、あえて釜が鳴らないというアクシデントを描き、最後に説明される凶事につなげてあるところが印象的です。

「逆鉾の金兵衛」
 鼻緒の材料はすぐに明らかになりますが、太い鼻緒の理由はなかなか面白いと思います。特に夜であれば柄などはよくわからないでしょうが、鼻緒の太さであればかなり暗いところでも敵味方を識別できそうです。

「喧嘩飛脚」
 文章の不自然な箇所に注目するという解読法は、「掘出された童話」『亜愛一郎の狼狽』収録)でもおなじみのものですが、やはり説得力があります。“いろは歌”はともかく“あめつち”まではさすがにわからないので、自力で解読できないのが難ではありますが、江戸時代ならではの暗号という意味で面白いと思います。

「敷島の道」
 最後の亜による(偽の)“解決”は、有名な海外古典短編((作家名)メルヴィル・デヴィッスン・ポースト(ここまで)(作品名)「ドゥームドーフの謎」(ここまで))を下敷きにしたもので、その使い方にニヤリとさせられます。

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〈幕間〉
「兄貴の腕」
 話がどこへ行き着くのかと思っていると、最後におなじみの“アレ”が出てくるまさかのオチに笑いを禁じ得ません。さすがに葵の御紋の入った印籠は売り物にはならないですよね(笑)

〈紋〉
「五節句」
 九月九日、重陽の節句といえばやはりですから、“九月の紅葉(146頁)には少々引っかかりを覚えたのですが、それが替手さんにつながってくるところまでは見抜くことができず。
 一つには、“替手”という名字が泡坂妻夫の作品でおなじみ――例えば『妖女のねむり』『奇術探偵 曾我佳城全集』など――のため、“かえで”という読み方をあまり意識しなかった、ということがあります。その意味では、これも一種の――特に年季の入った(?)泡坂ファン向けの――ミスディレクションといえるのかもしれません。

「三国一」
 “丸に三国一”の紋は、本書141頁の一段目右に描かれています(その左は“丸に毛利三つ星”)。
 その“丸に三国一”の紋で山鹿屋さん*1と八代屋さんのつながりは露骨に示唆されていますが、本人たちに直接尋ねることなく再会へと誘導する“下心”がしゃれていますし、その伏線として、一見関係なさそうな“水原さんというかけはぎ屋さん”(164頁)が廃業したエピソードが使われているのがお見事です。

「匂い梅」
 “匂い梅”の紋は、135頁四段目左に描かれたものだと思われます。
 “スリーピングマーダー”ならぬ“スリーピングロマンス”が扱われていますが、掘り起こされた恋文に綴られた思いとは裏腹に、それが池島さんに伝わったのかどうかさえ定かではない――梅野美津子が仕立屋だとすれば、紋付を反物に縫い直して巻棒に巻くところまで自分でやった可能性もあり、その時に恋文を忍ばせたということも、考えられなくはないように思います。
 当の池島さんが亡くなった後*2ということで、色々と解釈の余地が残されたままの、ある種リドルストーリー風の結末が余韻を残しています。

「逆祝い」
 “丸に剣片喰”の紋は、本書141頁の四段目真ん中に描かれています(その左はバリエーションだと思われます)。剣のない片喰はその右上(三段目右)に石持地抜き*3で描かれていますが、「紋処」内の「酢漿草・片喰(かたばみ)」のページにちょうど“丸に片喰”と“丸に剣片喰”を並べて表示してあるので一目瞭然。
 “逆さ談義”は興味深くはあるものの、物語としてはさほど面白味がないのは否めませんが、逆さの紋が縁結びになったという結末はきれいにまとめてある印象です。

「隠し紋」
 “揚巻結び”の紋は、「沙羅双樹」内にある「総角」でしょうか。
 “隠し紋”という題名である程度予想はできますし、「五節句」に通じるところもありますが、“芝居好き”から比翼紋を経て、両面の紋に至る発想が面白いと思いますし、鮮やかな真相です。

「撥鏤」
 作中に登場する“横見桜”と“裏桜”(212頁)の紋は、「紋処」内のこちらのページの“17007”・“17008”と“16905”のような感じでしょうか。
 母はなぜ撥鏤の帯を使わずにしまい込んでいたのか、という謎を直接掘り下げることなく、衣都子さん自身の心情の変化を描いてそれと重ね合わせる手法が巧妙です。

〈幕間〉
「母神像」
 美和子が死者であることは早くから示唆されていますし、胎内に吸い込まれるオチもありがちではありますが、冒頭に登場した“母神像”に回帰する演出がよくできています。

「茶吉尼天」
 上杉舞にかかった容疑は濃厚であるにもかかわらず、大きな特徴である茶吉尼天の彫物に言及されないことで、別人ではないかという疑惑が生じている状況が面白いと思います。しかも、岡山には彫物をしっかり確認する機会が用意されているのが周到。
 実際の彫物ではなく肌に描かれた絵だったというトリックや、“浦里貴雄→ほりきゆう→彫久”というネーミングは、いかにも作者好みのネタではないかという印象で、ニヤリとさせられます。

* * *
【第二幕 手妻】

〈ヨギ ガンジー〉
「カルダモンの匂い」
 店を再訪した小藤田讃味の態度はガイドブックでの評価とはまるで別人のようで、その理由が大きな謎となっています*4。しかして、その真相がすべて讃味自身の口から語られてしまうのは、ミステリとして難ありといわざるを得ませんが、真相そのものはまずまずといったところでしょうか。“被害者”の共通点が“痩せた料理人”である理由も、ミステリ的な面白さは少々物足りないものの、納得のいくものになっています。
 一方、ガンジーの仕掛けたトリックは、確かにあまりにも“せこな手”ではありますが(苦笑)、“匂い”ならではの“出所がはっきりしない”特性がうまく使われていると思います。

「未確認歩行原人」
 象の足跡は、画像検索した感じではあまり巨人の足跡のようには見えませんが、これは地面の状態にもよるかもしれません。が、一部の足跡を埋めることで歩幅を確保して、巨人が歩いたように見せかける工夫は面白いと思います。ただし、作中にあるように“七つの足跡のうち、一つ置きに三つの足跡(62頁)を消したのでは片足の側だけが残ることになるので、埋める足跡は二つ置き――もともとの足跡が七つなら、埋めるのは四つ――にする必要があります。
 “犯人”がトリックを仕掛けた動機については、今ひとつ釈然としないところもないではないですが、まあ微笑ましいというか何というか。

「ヨギ ガンジー、最後の妖術」
 やたらに運勢を気にする佐々本圭吾の性格が、ミステリとしての仕掛けに使われる予定だったのはほぼ間違いないところでしょう。そうなると、亜愛一郎ものの一部の作品のように、それを極端にまでエスカレートさせることで謎を作り出すようなものだった可能性もあるように思いますが、はたしてどうだったのでしょうか。
 ガンジーらが集めていたの方は、どうもカーター・ディクスンの某作品*5よろしく(一応伏せ字)解決場面で“犯人”を追い詰める(ここまで)ための小道具のように思われますが……。

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〈幕間〉
「聖なる河」
 カメラ(フィルム)のぞんざいな扱いは、夫への単なるあてつけかとも思いましたが、伏線が積み重なっていき、最後に疑念が示されておわる展開がお見事。

「流行」
 “バロックが流行ったとき(中略)皆、ドラキュラスタイルだった”(85頁)というのに苦笑。

〈奇術〉
「魔法文字」
 “魔法文字”という題名と文字の並びを考えれば、それが魔方陣であることは見え見えですが、まさかすべての文字列を名前にこじつけようとは(苦笑)

〈戯曲〉
「交霊会の夜」
 転落死のトリック――二人一緒に転落して一人だけ死ぬという真相には既視感があるのですが、作品がちょっと思い出せません。いずれにしても、生き残った卓郎も無傷ではなく後に急死してしまうことで、オカルト的な雰囲気を助長するのに効果的に使われている感があり、なかなか巧妙だと思います。
 面白いのは、小松が征司の罠にかかる場面の、笛の音がしないという手がかりの扱いで、戯曲の状態ではいかんともしがたいですが、実際に舞台で上演される際には(小説などの文章では使いにくい*6“音の手がかり”として効果的であることが想像されます。その意味でも、舞台を見る機会がなかったのが残念です。
 “サンサ”をめぐる争奪戦が物語の骨格の一つとなっていますが、その陰に宝探しが配されているのも面白いところです。
 ところで、最後の“サンサは閃光を発し、消え去ってしまう”(231頁)は、「しくじりマジシャン」に登場した“フラッシュペーパー”(116頁)を使ったものでしょうか。

*1: “熊本の地名にも八代がありますね”(163頁)とありますが、作中では言及されていないものの“山鹿”の方も熊本の地名にあり、知っている人にとってはこれも熊本県につながる伏線となっています。
*2: 「五節句」には池島さんが登場しており(149頁)、読み返してみると何ともいえないものがあります。
*3: “ネガ”(白黒反転)だと思っていただければ。
*4: “臭い音痴”がガンジーのトリックなのは明らかですし、讃味が八食シェフの料理を評価していることをみても、その嗅覚に異常があるとは考えにくいものがあります。
*5: カーター・ディクスン名義の長編(以下伏せ字)『爬虫類館の殺人』(ここまで)
*6: 笛の音が鳴らずに太鼓だけが聞こえてくることを、文章でフェアに、かつ目立たないように書くのは、実質的に不可能といっていいでしょう。

2012.08.31 / 09.03読了