ミステリ&SF感想vol.10

2000.07.17
『ウェンズ氏の切り札』 『奇術探偵 曾我佳城全集』 『殺人四重奏』 『SFミステリ傑作選』


ウェンズ氏の切り札 Les Atouts de M.Wens  S=A・ステーマン
 1993年発行 (松村喜雄・藤田真利子訳 現代教養文庫3038)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 2つの中編(「ウェンズ氏の切り札」の方は、短めの長編といっていいかもしれません)を組み合わせて、日本で独自に発行された作品集です。

 ステーマンの本を読むのは『殺人者は21番地に住む』『六死人』に続いて3冊目になりますが、特徴として挙げられるのは、シンプルかつ大胆なネタをうまく使っているところでしょう。どのくらい大胆かといえば、肉を削ぎ落とした骨格だけにして、ミステリクイズにしたら怒られそうな、という表現でおわかりいただけるでしょうか。この大胆なネタを支えているのが、細かい手がかりや伏線の配置、そしてツボを心得た演出です。

 本書に収録された作品も、これらの特徴を備えています。知るのが遅かったのが残念ですが、最近気に入っている作家の一人です。

「ウェンズ氏の切り札」 Les Atouts de M.Wens
 ならず者のフレディ・ドローを何とか更正させようと、兄のマルタンはしつこく彼をつけまわし続ける。そしてある夜、フレディは事件に巻き込まれる。仲間たちとの賭けポーカーの最中に、何者かのイカサマが発覚したのだ。イカサマをやったと目された人物は、遺書を残して死んでしまったが……。事件解決の依頼を受けた弁護士、ウェンズ氏が最後に出す切り札とは?
 序盤はやや盛り上がりに欠けるように感じられる部分もありますが、中盤から気が抜けなくなり、最後の解決は非常に鮮やかです。手がかりもよくできていて、ステーマンらしい傑作といえるでしょう。
 なお、“ウェンズ氏”とは『六死人』に登場したヴェンス氏のようです。

「ゼロ」 Zero
 最近はやりの占い師を取材に訪れた新聞記者の“わたし”は、不可解な予言を受けて事件に巻き込まれていく……。
 次に取材で訪ねた探検家のドナルドソン氏は、始終落ち着かない様子だった。ポリネシアで原住民の神像を盗んできた彼は、復讐者を恐れていたのだった。そして取材のすぐ後に彼は、占い師が予言した通りの、トマホークで頭を割られた死体となっていた……。
 占い師の予言というオカルト的要素も絡め、二転三転するプロット、そして驚くほど大胆な事件の真相。鮮やかに事件が解決されたと思いきや、最後にもう一ひねり。ミステリ的なネタはやや落ちますが、それを補って余りあるサスペンス。非常に楽しめました。

2000.07.09読了  [S=A・ステーマン]



奇術探偵 曾我佳城全集  泡坂妻夫
 2000年発表 (講談社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 泡坂妻夫のシリーズ探偵の一人、引退した美貌の奇術師・曾我佳城が登場する作品をすべて収録した全集で、先に刊行された『天井のとらんぷ』「天井のとらんぷ」「カップと玉」の8篇を収録)と『花火と銃声』「石になった人形」「だるまさんがころした」の7篇を収録)に、未収録の作品(「ミダス王の奇跡」「魔術城落成」の7篇)を加えて単行本化したものです。
 ほぼ全篇が何らかの形で奇術が絡んだミステリなのはもちろんのこと、作品数の多さもあって奇術に関して幅広い内容となっているのも見どころで、アマチュア奇術師でもあった作者ならではの知識が存分に生かされた、非常にユニークな奇術ミステリ集といえるでしょう。
 また、実業家に見初められ若くして舞台を去り、今では伝説的な存在となっている佳城の人物像が、様々な人々との関係を通じて浮かび上がってくるのも見逃せないところで、その意味ではやはり文庫版*1よりも、すべての作品が発表順に収録されている単行本(ハードカバー)で読むのがおすすめです。

「天井のとらんぷ」
 天井にカードを貼りつける奇術“天井カード”が、なぜか巷で大流行する。その流行の源をたどっていくと、やがて浮かび上がってきたのは、とあるバーで起きた殺人事件だった。奇術が得意だったという被害者が、何者かに刺されて死ぬ間際に天井に貼りつけた一枚のカード、ダイヤのJの意味は……?
 天井に貼りついた一枚のカードという不思議な発端から、流行の源を追いかけて殺人事件にたどり着くという導入部が面白いところ。そしてもちろん、ダイイング・メッセージものとしてもなかなかよくできています。

「シンブルの味」
 カナダのビクトリアで開かれた国際奇術大会。佳城も参加したツアーの一行はそれぞれに日程を楽しんだが、その中の一人が突然行方不明となってしまう。やがて付近の海に、船のスクリューに巻き込まれた身元不明の変死体が浮かんだが、その胃の中から奇術用具のシンブルが発見されて……。
 ミステリでは定番の一つともいえるテーマで、意外性はさほどでもないものの、奇術のトリックを絡めた巧妙な処理、そして周到に張られた伏線が光ります。

「空中朝顔」
 毎年恒例の、朝顔の花合せの会。豪華な大輪や見事な変化咲きなど様々な花が美麗に咲き誇る中、ひっそりと置かれたその鉢はごく普通の花をつけていた。だが、「並葉紅色吹雪丸空中作り」と札に記されたその花には、土から伸びるはずの茎が見当たらず、何もない空中に浮いていたのだ……。
 奇術がまったく絡んでいない上に、とりたてて事件も起こらないという異色の作品。また、佳城の扱いも一風変わったもので、シリーズの中にあって独特の印象を残すエピソードとなっています。

「白いハンカチーフ」
 藤形少女歌劇団に附属する音楽学校の寮で、集団食中毒事件が発生した。生徒たちが規則正しく生活し、この上なく清潔なはずの学生寮で、一体なぜ……? その音楽学校で講師をしたことのある佳城は、事件を取り上げたテレビのワイドショーにゲストとして出演し、コメントを求められるが……。
 テレビのワイドショーを舞台にしたアクロバティックな展開が見どころで、細かく張りめぐらされた伏線も含めて、全体的に〈亜愛一郎シリーズ〉に通じる味わいの作品です。

「バースデイロープ」
 大学で結び目の研究をしている沖野節子は、研究の参考にしようと、知人に教えられたロープ奇術の大家による講習会に参加する。会場となったホテルの会議室で、奇術の複雑な手順に悪戦苦闘する節子だったが、ちょうどその頃ホテルの一室では、女性の絞殺死体が発見されていた……。
 結び目の研究からロープ奇術につながっていく展開には興味深いものがありますが、一見単純に思える事件の謎も非常によく考えられたものですし、最後の犯人の示し方がまた印象的です。

「ビルチューブ」
 雪山へスキーにやってきた佳城ら一行は、その夜山荘で奇術を披露する。そのハイライトは佳城が演じた“紙幣の復活”だった。だが翌朝、佳城が書いた絵葉書、サインをした色紙、佳城の演技を撮影したフィルムなどが消え失せてしまう。何者かが、佳城の痕跡を抹消したがっているかのように……。
 山荘の主人夫婦のかけ合いがかもし出す愉快な雰囲気と、佳城を狙うかのような事件の不気味さとのコントラストが印象的。そして最後のトリックが実に鮮やかです。

「消える銃弾」
 サーカスで銃を使った奇術を演じていた奇術師ラ イールが、演技中に助手のカトリーヌを射殺してしまった。奇術の失敗による事故と思われたのだが、観客の中から選ばれて事前に銃弾を確認する役をつとめた奇術好きの少年・串目匡一が、こっそり銃弾をパチンコ玉にすり替えたと告白して……。
 危険な奇術であることは理解できるものの、どのような失敗なのかがイメージしづらいところが難点ではありますが、中盤で奇術の手順が説明されることで、事件がさらに不可解な様相を呈するのがよくできています。二重三重のトリックもさることながら、意外にして大胆な手がかりが秀逸。

「カップと玉」
 奇術研究家・辺見重次郎から奇術専門誌『秘術戯術』宛てに、珍しく締め切りよりだいぶ前に送られてきた原稿は、いつもと違ってワープロで打たれ、封筒の筆跡も消印も見慣れないものだった。何より、原稿の中で説明されている奇術“カップエンドボウル”の手順には、どうもおかしなところがあって……。
 雑誌掲載時の題名「曾我佳城の大暗号」の通り、ユニークな暗号ミステリとなっています。作者の暗号ミステリといえば労作「掘出された童話」『亜愛一郎の狼狽』収録)が思い起こされるところですが、こちらの暗号もなかなかよくできていますし、ひねりを加えた後半の展開も面白いと思います。

「石になった人形」
 コンピュータ仕掛けの精巧な人形を操って人気の腹話術師・小榎麗那が、演技を終えた後に毒死した。演技中に飲んだジュースに毒が入れられたらしいのだが、その機会があったと思われるのは人形だけ。そして当の人形は、収められたはずのトランクから消え失せ、代わりに石が詰め込まれていた……。
 毒殺に関する不可能状況の作り方が巧妙ですが、それを支えるぬけぬけとしたトリックがやはり目を引くところ。そして不可解な経緯で事件に関わることになった佳城による、何ともいえない事件の幕引きが印象に残ります。

「七羽の銀鳩」
 佳城が飼っている銀鳩を借り出して、とあるホテルの前で行われていたコマーシャル撮影。だが、スタッフが目を離した隙に銀鳩が何者かに盗まれてしまった。折しもそのホテルで行われているディナーショウには、銀鳩を扱う奇術師・艮三郎が出演していたのだが、佳城が目にしたその演技は……。
 表に現れた銀鳩の盗難という発端から見えない部分へと掘り下げられていき、某有名古典へのオマージュとも受け取れる結末に至る展開が見事。“日常の謎”にも通じるささやかな謎の陰に事件を潜ませた、いかにも作者らしい作品です。

「剣の舞」
 奇術師ジャグ蔓木が演じた奇術“三本剣”の小道具の剣が盗み出され、ジャグ蔓木の助手をつとめていた女子大生がその剣で殺害される。続いて、当のジャグ蔓木自身が二本目の剣を使って殺されてしまった。犯人の動機も事件の背景も不明なまま、残る一本の剣で狙われるのは、一体……?
 登場人物が限られていることもあって犯人の見当はつけやすいと思いますが、問題はその動機。伏線がつながることで浮かび上がってくる犯人の心理とその企みが、何ともいえない印象を残します。

「虚像実像」
 舞台上のスクリーンに映し出される映像と現実とが交錯する不思議なイリュージョンを、助手のナオミとともに演じていた奇術師・ジョン井龍が、突然客席から飛び出してきた人物に殺害されてしまう。だが、スクリーンの中に逃げ込んだ犯人は、厳重に監視されていた舞台から姿を消してしまったのだ……。
 作中で演じられるイリュージョン「人形の嘆き」の描写が鮮やかで、ぜひ一度見てみたいものだと思わされます。事件の方は、衆人環視下での犯人消失がメインとなっていますが、盲点を突いたその真相は非常に巧妙です。

「花火と銃声」
 自宅マンションで射殺された男。ちょうどその夜は花火大会のために銃声を聞いた者はなく、捜査は難航するかと思われたが、密かに恐喝を繰り返していた被害者は、犯人を名指しする手紙を愛人に預けていたのだ。ところが名指しされた容疑者には、花火大会が行われている間、鉄壁のアリバイが……。
 奇術絡みではないにもかかわらず、佳城が事件の相談を受けている異色の1篇。明かされる前に佳城が“犯人”を当てるという趣向が愉快ですが、しかしその“犯人”にアリバイがあるというのが眼目で、トリックも解明の手がかりも非常にユニークなものとなっています。

「ジグザグ」
 奇術師ジャジャマネクは観客の中から一人の女性を選び出し、奇術の手伝いをしてもらう。見込んだとおり、彼女は立派に役割を果たし、舞台は大成功――だがその夜、彼女のバラバラに切断された首と脚が、ジャジャマネクの奇術道具“ジグザグ”の箱の中に押し込まれているのが発見されて……。
 人体が切断されたように見せる奇術“ジグザグ”の箱の中から、実際に切断された死体が発見されるという事件のインパクトが強烈。その反面、真相はやや面白味を欠いている――“切断の論理”には見るべきところがありますが――感があり、また後味があまりよくないのも残念なところです。

「だるまさんがころんだ」
 凶悪な事件が起こるたびに何者かが警察に送りつけてくる、「だるまさんがころした」と書かれた謎の手紙。その中の一通は、犯人を“マジシャンのだるまさん”と名指しで告発していたという。ところがその人物――“だるま”という通称で知られているマジシャンは、ここ二年ほど消息を絶っていた……。
 どういう方向へ向かうのか今ひとつ読めないまま、あれよあれよと物語が進んでいきますが、最終的に落ち着く結末の味わいは、何とも作者らしいといえるのではないでしょうか。

「ミダス王の奇跡」
 とあるひなびた温泉宿。雑誌の撮影で訪れたモデルの一人が、夜遅く雪の降った翌朝、露天風呂で頭を打って死んでいるのが見つかった。どうやら事故ではなく殺人らしいのだが、降り積もった雪の上に残されていたのは被害者によるものと思しき、露天風呂へ向かう一人分の足跡だけだった……。
 奇術の要素が少ないというだけでなく、色々な意味で一風変わったシリーズ中でも異色の作品。“足跡のない殺人”が扱われていますが、非常によくできたトリックだと思います。そしてまた、解決も実に鮮やか。

「浮気な鍵」
 マンションの一室で、女性が殺されているのが発見された。部屋の持ち主は鍵を被害者に渡しておらず、きちんと施錠して部屋を出たので勝手に入り込むことができたはずはないという。だが、事件の直前に問題の部屋を訪ねた訪問販売員の尚子は、留守中の部屋に勝手に入り込んだ挙げ句に……。
 密室もの――ではなく“逆密室”ものというべきでしょうか。奇術の錠トリックがお題となっていますが、作中で佳城が指摘するその弱点*2は、密室ミステリにも通じるところがあるように思えます。そしてその状況でも十分に意表を突いたトリックが仕掛けてあるのが見事です。

「真珠夫人」
 “ヴィーナスの真珠”と名づけられた評判の指輪の持ち主で、自身も“真珠夫人”として名高い詩人・清勢芙冴。屋外での奇術ショーで、その指輪を借り受けて奇術を演じた奇術師ジャグ小沼田は、しかし指輪を一羽のカモメに奪い去られてしまった。貴重な指輪は完全に失われたと思われたが……。
 指輪を使った奇術そのものも面白いと思いますが、それがカモメに奪い去られるという珍妙なアクシデントが愉快。ミステリとしてはさほどでもありませんが、謎の中心にある心理には興味深いものがあります。

「とらんぷの歌」
 奇術大会でクロースアップマジックを終えた奇術師・ハート夢城が、いつの間にか殺害されてしまった。夢城は次の演技に備えて、新しいカードの封を切ってカードのセット――独自の語呂合わせによる並べ替え――を済ませており、その時間を考えれば犯行の機会は限定されるはずだったが……。
 カードのセットに使う語呂合わせが数多く盛り込まれ、凝り性の作者の本領が発揮された作品。若干こじつけめいて感じられる部分もありますが、解決への手がかりが示される場面が実に鮮やかです。

「百魔術」
 百物語の奇術版ともいうべき、“百魔術”の会。集まった20名の奇術師たちが、一つ奇術を演じるごとに一本ずつ蝋燭を消していき、最後の蝋燭が消された時――うなり声とともに一人の奇術師が突然倒れ、急死してしまう。死因は毒物だったが、被害者に毒を飲ませる機会は誰にもなかった……。
 百物語ならぬ百魔術という趣向が秀逸ですが、ミステリとしては今ひとつ。不可能かと思われた犯行の手段がこけおどしにすぎないのが大きな難点で、その後のフーダニットにもさほどの面白味はありません。最後に明らかにされる犯人の心理は印象的ですが……。

「おしゃべり鏡」
 串目匡一ら三人の奇術師が出演した奇術発表会。出演者の一人と知り合いの荒井七八に連れられた三人の少年は、巧みな演技を堪能する。その後訪ねた楽屋では、佳城の姿を目にした荒井がスナップ写真を撮影する。そして翌日、少年たちが預かった写真が一同に配られたのだが……。
 ジャグラーにあこがれる少年たちのキャラクターが魅力的。ミステリとしてのネタはシンプルながら効果的で、最後の最後に意味が明らかにされる構成が作者らしいところです。

「魔術城落成」
 佳城の長年の夢である奇術博物館〈魔術城〉がようやく完成に近づき、まずは親しい人々にだけ披露されることになった。ところがその最中に、ラスベガスで成功を収めて20年ぶりに帰国した奇術師イサノが、〈魔術城〉内にある劇場の舞台で、何者かが開けた大ゼリから転落して死んでしまった……。
 〈魔術城〉の落成とともに、シリーズもフィナーレを迎えます。好みの分かれる幕切れではありますが、それを予感させる伏線はシリーズの随所に張られており、これもまた作者らしいといえるかもしれません。

*1: 講談社文庫『奇術探偵 曾我佳城全集 秘の巻』には「空中朝顔」・「花火と銃声」・「消える銃弾」・「バースデイロープ」・「ジグザグ」・「カップと玉」・「ビルチューブ」・「七羽の銀鳩」・「剣の舞」・「虚像実像」・「真珠夫人」が、また『奇術探偵 曾我佳城全集 戯の巻』には「ミダス王の奇跡」・「天井のとらんぷ」・「石になった人形」・「白いハンカチーフ」・「浮気な鍵」・「シンブルの味」・「とらんぷの歌」・「だるまさんがころした」・「百魔術」・「おしゃべり鏡」・「魔術城落成」が収録されています。
*2: “お客さんが開けられない錠を奇術が開ける。そうしたタイプが多いものですから、奇術の意外性に欠ける怨みがあるんです。”(421頁)

2000.07.09読了
2010.02.28再読了 (2010.04.11改稿)  [泡坂妻夫]



化石の城  山田正紀
 1976年発表 (二見書房サラ・ブックス・入手困難

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殺人四重奏  Pleins Feux sur Sylvie  ミッシェル・ルブラン
 1956年発表 (鈴木 豊訳 創元推理文庫144-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 人気絶頂の映画女優、シルヴィー・サルマン。だが、強引な手段を用いて成り上がった彼女を、好ましく思わない者もいた。そしてついにある夜、彼女は殺害されてしまう。ところが、彼女の元夫が警察に出頭して犯行を自白したのもつかの間、彼女に蹴落とされたベテラン女優から、殺人を告白する手紙が届いて自体は混迷を深める。さらに……。彼女を殺したのは、一体誰なのか?

[感想]

 ユニークなプロットの、サスペンスに満ちた作品です。一番の読みどころはやはり、次々に登場する“殺人者”たちの告白でしょう。シルヴィーとの出会いから“犯行”に至るまでの心理がそれぞれ丁寧に描写されているため、感情移入が容易になり、サスペンスを高めることに成功しています。さらに、殺意が多重構造になり、それぞれの“殺人者”たちが自分が犯人だと思い込んでいるため、ミステリ的な興味も尽きません。ラストにもひねりを加えてありますし、なかなかよくできた作品だといえるでしょう。

 なお、本書はBishopさんよりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。

2000.07.11読了  [ミッシェル・ルブラン]



SFミステリ傑作選  風見 潤・編
 1980年発行 (講談社文庫117-2・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 SF系の翻訳者、風見潤による、SFミステリのアンソロジーです。SF寄りの作品からミステリ寄りの作品まで、あるいは本格ミステリからハードボイルド的なものまで、幅広い作品が収録されています。どの作品も傑作揃いで、ベストは選ぶことができません。

 ところで、本書の解説によれば、SFミステリは「SFファンからもミステリファンからもソッポを向かれ」やすいということですが、本当にそうなのでしょうか。基本的にはSFは“舞台”であり、ミステリが“手法”である以上、これを組み合わせることに問題があるとは考えにくいものがあります。そして、少なくとも、西澤保彦の一連の作品が受け入れられ、SFミステリである三雲岳斗『M.G.H.』が日本SF新人賞を受賞し、さらにSF作家ロバート・J・ソウヤーの作品がミステリファンにも評価されている(例えば、我孫子武丸による『フレームシフト』の解説を参照)現在、SFミステリが読者に受け入れられる可能性は高いのではないでしょうか。
 その意味で、本書やアイザック・アシモフ編『SF九つの犯罪』(新潮文庫)といったアンソロジー、あるいはランドル・ギャレットの〈ダーシー卿シリーズ〉(本書にも1篇収録されています)や、エドワード・D・ホックの『コンピューター検察局』などのSFミステリが入手困難となっているのは、非常に残念です。
「ミラー・イメージ」 Mirror Image (アイザック・アシモフ)
 宇宙船内で、数学者同士のいさかいが発生した。どちらも、相手が自分の理論を盗んだと主張しているのだ。そして、彼らに仕えるロボットも、それぞれ主人の主張を支持していた。彼らの言葉は、人名以外はまったく同じ鏡像のようだった。中立の立場にあるロボット、R・ダニール・オリヴォーは、悩んだ末に地球人の刑事、イライジャ・ベイリに協力を求めるが……。
 SFミステリの代表作として有名な『鋼鉄都市』及び『はだかの太陽』に続く、イライジャ・ベイリとR・ダニール・オリヴォーを主人公とした作品です。
 前2作でロボット絡みの事件を解決したイライジャですが、今回もその手腕を発揮することになります。しかしそれは、人間性に関する深い洞察によって裏付けられたものでした。巨匠アシモフらしい作品です。

「消えたダ・ヴィンチ」 The Lost Leonardo (J.G.バラード)
 パリのルーブル美術館から、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「キリストの磔刑」が盗まれてしまった。絵の行方を追っていたジョルジュは、これ以外にも磔にされるキリストを描いた名画が一度盗まれ、取り戻されていることを知る。そしてその裏には、恐るべき真実が……。
 盗難事件の真相も途方もないものですが、何よりその動機には驚かされました。すごい作品です。

「明日より永遠に」 The Day Before Forever (キース・ローマー)
 記憶の一部を失って公園をさまよっていた“私”は、自分が100年以上も冷凍され、眠り続けていたことを聞かされる。やがて“私”は、何かにとりつかれたかのように、“自分”が残した手がかりを追い求め、少しずつ記憶をよみがえらせていくが……。
 “私”の前に次々と現れる、暗号めいた手がかりがなかなか面白く感じました。そして、“私”が眠っている間に起こった、世界の変貌の過程がよくできています。

「ピンクの芋虫」 The Pink Catapillar (アンソニイ・バウチャー)
 心臓麻痺で亡くなった男は生前、医者を自称していた。だが彼は、医療行為を行うわけでもなく、医者らしいことといえば骸骨の標本を持っていることだけだった。そしてその死の真相には、不気味な怪現象が深く関わっていた……。
 予想外の展開に満足です。しかし、一瞬納得はさせられますが、よく考えてみると何だか騙されているような気が……。

「ウルフラム・ハンター」 The Wolfrum Hunter (エドワード・D・ホック)
 <大戦争>によって文明が崩壊し、人々は原始的な生活を送るようになっていた――年に一度のイースターの祭の日、その一年に犯罪を犯した者たちが磔にされた。そして翌日、村一番の戦士が突然姿を消してしまった……。
 短編ミステリの名手エドワード・D・ホックは、『コンピューター検察局』などのSFミステリも書いています。
 この作品は、文明崩壊後の未来世界を舞台としたものですが、この舞台設定がトリックなどにうまく生かされています。事件の起きた理由も納得できるものですし、ラストで新たな世界への展望が開けているところもなかなかいいと思います。

「重力の問題」 A Matter of Gravity (ランドル・ギャレット)
 ヴェクサン伯爵ジルベール卿が、塔の上にある実験室から墜死した。だが、実験室には他に誰もいなかったにもかかわらず、伯爵は誰かに突き飛ばされたかのように、塔から18フィートも離れた場所に墜落したのだった。自殺とは思えない不可解な状況に、ノルマンディ公爵の主任捜査官であるダーシー卿が捜査に乗り出すが……。
 『魔術師が多すぎる』『魔術師を探せ!』などで知られる、科学の代わりに魔術が発達した世界を舞台にした〈ダーシー卿シリーズ〉の短編です。
 魔術といってもあらゆることが可能なわけではなく、〈接触感応の法則〉などの法則に従ったもので、さまざまな制約を受けているため、安心して読むことができるフェアな作品となっています。
 この作品では、まず墜死の謎、そしてその際の不可解な状況、さらには魔術を用いた犯罪捜査の描写などが非常に魅力的です。また、トリックは若干落ちるものの、その扱い方はなかなかのものだと思います。そして、この世界ならではのラストが非常に印象的です。

2000.07.14読了  [風見 潤 編]


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