ミステリ&SF感想vol.6 |
2000.05.30 |
『影の顔』 『幻詩狩り』 『天女の密室』 『妖女のねむり』 |
影の顔 Les visages de l'ombre ボアロー/ナルスジャック | |
1953年発表 (三輪秀彦訳 ハヤカワ文庫HM31-1・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] この作品では、突然視力を失い、無力となってしまったエルマンチエの心理が、徹底的に、また詳細に描かれています。急激な境遇の変化による焦り、不透明な世界に対する不安、そして周囲の人々に騙されているのではないかという疑念とともに、自分の方が間違っているのではないか、自分は正気を失いつつあるのではないかという恐怖。心理状態の変化が丁寧に書き込まれているだけに、彼の恐怖がストレートに伝わってきます。悪夢のような感覚を体験させてくれる作品です。
2000.05.21読了 [ボアロー/ナルスジャック] |
地球・精神分析記録 エルド・アナリュシス 山田正紀 |
1977年発表 (徳間文庫210-1・入手困難) |
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幻詩狩り 川又千秋 |
1984年発表 (中公文庫A186・入手困難) |
[紹介] [感想] 言葉によって世界を記述するのではなく、文字通り言葉によって作り上げられ、また変容していく世界。この作品で描かれている言葉の魔術は、非常に魅力的です。SFの本質が、言葉の連なりによってあり得ない世界を作り上げるところにあるとすれば、世界を作り上げ、変容させていく“幻語”を描いたこの作品は、メタSFと呼ぶこともできるでしょう。言語SFの傑作です。
2000.05.23再読了 [川又千秋] |
天女の密室 荒巻義雄 | |
1977年発表 (角川文庫緑468-6・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 伝奇小説と本格ミステリが融合した、ユニークな作品です。
まず冒頭に、「宇良家秘文〈天女{あまつおんな}の密室{ひめむろ}〉」という古文書が引用されており、さらに登場人物たちの名前、あるいは状況設定など、“浦島伝説”が重要なモチーフとなっています。 一方、密室事件の方は、雪の中に発見者の足跡だけが残されていた上に、密室内のガス中毒(20年前の事件では、室内に目張りまで施されています)ということで、J.D.カー(C.ディクスン名義)の『爬虫類館の殺人』+『白い僧院の殺人』といった感じの状況です。 本格ミステリに、“浦島伝説”という伝奇小説の要素が組み合わされることで、物語に奥行きが出ています。主人公である嶋成の言動に気に入らない部分があるものの、まずまずの作品でしょう。 2000.05.26読了 [荒巻義雄] |
妖女のねむり 泡坂妻夫 | |
1983年発表 (新潮文庫あ23-1・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 泡坂妻夫の第7長編である本書は、読者を惑わす強烈な幻想が構築された『湖底のまつり』に通じる作品(*)で、ミステリらしからぬともいえる“輪廻転生”をテーマに描き出された、『湖底のまつり』以上の実に壮大な幻想が大きな特徴となっています。
読者を引き込む序盤のテンポのよさには特筆すべきものがあり、“樋口一葉の未発表原稿”という興味深い発端の謎から、あれよあれよという間に主人公の真一と麻芸の“生まれ変わり”が物語の主題となっていくあたり、“職人芸”としかいいようのない作者の巧みな筋立てが光ります。その中で、次々に示される様々な記憶や事実が強固な裏付けとなり、“生まれ変わり”の幻想が合理的な解決を拒むかのようにしっかりした“手応え”を発揮していくのが本書の見どころといえるでしょう。 その“生まれ変わり”の思想は、(“現世”では初対面の)真一と麻芸の二人を結びつけるだけの“甘い幻想”にとどまらず、不慮の死を遂げたという“前世”の恋人たちの運命が前途の暗雲となって漂います。そしてそれを振り払うために、釈然としない部分の残る過去の事件を掘り起こそうと決意した矢先、二人に襲いかかる思いがけない凶事は、あまりにも突然のタイミングと動機の欠片すら見出せない不条理さゆえに、人智を越えた“何か”の仕業であるかのような印象を与えます。 しかしながら、中盤で起きるその事件はいわば物語の“折り返し点”であり、強力な幻想に投げかけられる小さな疑念をきっかけとして、物語のベクトルが逆転する構成がよくできています。物語前半でしっかりと構築された幻想の解体は少しずつ、しかし着実に加速していき、提示されたありとあらゆる謎が無数の伏線をもとに一つ残らず合理的に解決されていく終盤の展開は、まさに圧巻といわざるを得ません。 “輪廻転生”の幻想が美しく魅力的なだけに、その解体には一抹の寂しさが伴うのも事実ですが、入れ代わりに浮かび上がってくる複雑に絡み合った因果の構図は見ごたえがありますし、その中にがっちりと組み込まれた不可解な事件の真相は、型破り気味な解決の手順も相まって強烈な印象を残します。しかして、跡形もなく解体し尽くされたはずの幻想が、現実に重なるようにはかないリフレインをみせる結末がまた見事。復刊が待たれる傑作です。 2000.05.29再読了 2010.01.09再読了 (2010.02.01改稿) [泡坂妻夫] |
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