ミステリ&SF感想vol.9

2000.04.14
『六死人』 『殺人者なき六つの殺人』 『恐怖省』 『M.G.H.』


六死人  Six Homme Morts  S=A・ステーマン
 1931年発表 (三輪秀彦訳 創元推理文庫212-2・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 六人の青年たちは、大金持ちになる夢を胸に世界中へと旅立った。五年後の再会、そして稼いだ金を平等に山分けすることを約束して……。やがて時が過ぎ、彼らはそれぞれ帰国の途に着いていた。だが、そのうちの一人が客船から海に落ちて行方不明となり、さらに次々と惨劇が……。

[感想]

 夢に向かって旅立つ青年たち、そして五年後の再会というロマンあふれる設定から、一転して連続する惨劇、さらには意外な犯人。事件の中には不可能状況のものもありますし、コンパクトながらも盛りだくさんの内容といっていいでしょう。プロットやトリックもなかなかよくできた傑作です。
 なお、裏表紙の説明、扉のあらすじ、訳者あとがきなどは完全にネタバレなので、ご注意を。

 なお、本書はBishopさんよりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。

2000.06.28読了  [S=A・ステーマン]



殺人者なき六つの殺人  Six Crimes sans Assassin  ピエール・ボアロー
 1939年発表 (松村喜雄訳 講談社文庫 ほ8-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 パリの高級アパルトマンの一室、ヴィグネレイ夫人が窓から身を乗り出して絶叫した。目撃者たちが現場に到着すると、血の海の中に夫人は倒れ、夫のヴィグネレイ氏はすでに息絶えていた。そして、脱出不可能なはずの現場からは、犯人の姿が消失していた。だがこの事件も、驚くべき連続殺人劇の幕開けにすぎなかった……。

[感想]

 トーマ・ナルスジャックとの合作で有名なピエール・ボアローによる、徹底的に不可能犯罪にこだわった作品です。個々のトリックはいずれも一ひねり加えてありますし、何といってもこれだけ揃うとさすがに壮観です。しかもそれが無理やり作ったものではなく、プロットともうまく組み合わされています。ユニークでよくできた作品です。

 なお、本書はPWさん「名探偵礼讃」)よりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。

2000.06.29読了  [ピエール・ボアロー]



螺旋の月 宝石泥棒II 上下  山田正紀
 1989年発表 (ハルキ文庫 や2-5,6)

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恐怖省  堀 晃
 1982年発表 (集英社文庫146-A・入手困難

[紹介と感想]
 〈宇宙遺跡調査員シリーズ〉3篇、非シリーズ1篇、そして〈情報サイボーグ・シリーズ〉4篇を収録した、バランスのとれた作品集です。

「蜜の底」
 地球と類似した、呼吸可能な大気を持つ惑星で、資源調査基地の隊員たちが突然行方不明となってしまう。調査のために基地を訪れた“私”とトリニティは、その地下に巨大な遺跡を発見する。時おり吹いてくる生温かい風に誘われるように、地下深くへ進んでいった“私”たちが目にしたものは……。
 〈宇宙遺跡調査員シリーズ〉の1篇。何ともおぞましいイメージが強烈な作品で、作中で描かれている“もの”もさることながら、“蜜の底”という表現が何より不気味に感じられます。

「沈黙の波動」
 “私”とトリニティは惑星キューマに降り立った。軌道上からは平坦にしか見えなかった地表は、形状はまちまちだが高さも大きさもほぼ一様な、無数の岩の突起で覆われていた。CETIコード――異星の知的生命との接触を伝える信号を最後に通信の途絶えた調査基地は、完全に崩壊していた……。
 〈宇宙遺跡調査員シリーズ〉の1篇。石原藤夫〈惑星シリーズ〉の一部を思わせるような作品ですが、アニミズムに通じる部分があるのが面白いと思います。「塩の指」『梅田地下オデッセイ』収録)のオネイロス第4惑星に言及されているところにもニヤリとさせられますが、尻切れとんぼになっている感のあるラストには少々不満も。

「ペルセウスの指」
 “ペルセウスの腕”と呼ばれる渦状に伸びた星の帯の最先端、銀河系の最辺境に位置するミュロン星系の第4惑星。遺跡を訪れた“私”とトリニティは、その内部に無数のメモリー・ユニットらしきものを発見する。そして、一切活動していなかったはずの遺跡から、突如信号が送られてきたのだ……。
 〈宇宙遺跡調査員シリーズ〉の1篇。作中で語られる、高度情報化社会の盛衰が非常に興味深いところです。そして、結末における“私”の想像が何ともいえない余韻を残します。

「コスモス・クロック」
 “コスモス・クロック”と呼ばれる天体――それは原子時計と同程度の精度で規則正しくパルスを発信し、文字通り宇宙時計として使用されていた。当初はパルサーの一種と考えられていたが、その調査に赴いた宇宙船には謎の信号が送られてきたのだ。そして……。
 コスモス・クロックという設定、そしてその背後に隠された壮大な真相が面白いと思います。

「恐怖省」
 膨大な情報を掌握するエリートである情報サイボーグたちは、地球再開発計画の尖兵として様々なプロジェクトを動かしていた。だが、密かに進行していた〈情報省〉の異変に彼らが気づいた時には、すでに手遅れだった。かくして、凄惨な“狩り”が始まったのだ……。
 〈情報サイボーグ・シリーズ〉の1篇。函数を使った暗号、そして戦闘時の緻密な計算など、情報エリートとしての特性を生かした情報サイボーグたちの行動には、非常に興味深いものがあります。

「過去への声」
 開発計画途上の海王星基地で、些細なミスから大事故が発生した。情報管理官たちはこの事故を防ぐため、現在の情報を過去へ送ることで過去を“修正”する〈F計画〉――フィードバック・プロジェクトを進めようとしたのだが、事態は予想もしなかった方向へと進んでいく……。
 〈情報サイボーグ・シリーズ〉の1篇。J.P.ホーガン『未来からのホットライン』とは違う理論のようですが、同じような現象が起こっているところに興味をひかれます。そしてあまりにも皮肉な結末が何ともいえません。

「蒼ざめた星の馬」
 “未知の知的生命が太陽系内に入り込んでいるらしい”――その噂は、宇宙空間で生活する人々の間に広まっていた。そんな中、太陽系辺境で情報管理官が相次いで行方不明になるという事態を受けて、年老いた情報管理官が土星軌道へと旅立つ。“青白く輝く宇宙船”を求めて、……。
 〈情報サイボーグ・シリーズ〉の1篇で、“二段階の死”というシリアスな問題が扱われています。”老境を迎えた情報管理官の姿、そして悲哀に満ちたラストが印象的です。

「宇宙葬の夜」
 主星が赤色巨星化の兆候を見せ始め、今まさに滅びを迎えつつあるタルポス星系の観測ステーションで、情報管理官の死亡事故が発生した。調査艇の操縦士である“私”は、情報省から派遣されたバートンと名乗る“検屍官”とともに現地に赴くが、バートンの目的とは……。
 〈情報サイボーグ・シリーズ〉の1篇で、アイデア、プロットともにすぐれた傑作です。“検屍官”という存在、”そして情報サイボーグの“停止問題”が非常に魅力的です。

2000.07.01再読了  [堀  晃]



M.G.H.  三雲岳斗
 2000年発表 (『SF JAPAN』(徳間書店)に収録)ネタバレ感想

[紹介]
 大学助手の鷲見崎凌は、従妹の森鷹舞衣とともに宇宙ステーション〈白鳳〉へと向かった。だが、ステーション内部を見学していた二人の目の前に、不可解な死体が出現した。真空中で作業するための与圧服を身に着けたその死体は、はるかな高みから墜死したかのような衝撃を受けていた。しかし現場は、与圧服を着る必要のある真空ではなく、しかも墜死などあり得ない無重力ホールだった……。
 現在は、『M.G.H. 楽園の鏡像』として徳間書店より単行本が刊行されています。

[感想]

 第1回日本SF新人賞を受賞したSFミステリ。何といっても、作中で提示される謎が非常に魅力的です。無重力下の墜死、そして気密が保たれているはずのステーション内での真空暴露といった逆説的な状況で、強く興味をひきます。細部の描写もよくできていると思いますし、無重力ホールでの死体発見の場面は非常に印象的です。一部登場人物の造形に森博嗣の影響が強く感じられるところがやや残念ではありますが、受賞も当然と思える傑作です。

2000.07.04読了  [三雲岳斗]


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