ミステリ&SF感想vol.33

2002.01.17
『密室殺人傑作選』 『試行錯誤』 『ビッグゲーム』 『神の目の小さな塵』 『神の目の凱歌』


密室殺人傑作選 The Locked Room Reader  ハンス・S・サンテッスン 編
 1968年発表 (山本俊子・他訳 ハヤカワ・ミステリ1161)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 密室テーマの短編を集めたアンソロジーです。邦題は密室殺人傑作選』となっていますが、殺人未遂(「ある密室」)や盗難(「クリスマスと人形」・「北イタリア物語」)、密室からの脱出(「囚人が友を求めるとき」・「時の網」)、あるいは密室に近い状況での事件(「長い墜落」・「海児魂」)といったバリエーションも含まれています。また、オーソドックスな作品だけでなくパロディもいくつか収録されており、意外にバラエティに富んだ作品集となっています。
 個人的ベストは「犬のお告げ」ですが、違った意味で「北イタリア物語」も捨てがたいところです。

「ある密室」 The Locked Room (ジョン・ディクスン・カー)
 自室で凶漢に襲われ、頭を殴られた男。隣室にいた二人の秘書が扉を破って部屋に入ったときには、金庫の中身はことごとく奪われ、室内はもぬけの殻だった。だが、犯人が窓から逃走することはできないはずだった……。
 トリックはなかなか意表を突いたものですが、やや納得しがたい部分もあります。なお、この作品は『妖魔の森の家』にも収録されています。

「クリスマスと人形」 The Dauphin's Doll (エラリイ・クイーン)
 人形蒐集家だった老婦人のコレクションが、クリスマスの前日にデパートに展示されることになった。ところがその中には、ダイヤモンドをちりばめた高価な人形が含まれていたのだ。そして当日、警備にあたったエラリイたちの目の前で人形はまんまと盗まれてしまった……。
 衆人環視の下での盗難事件という不可能犯罪ではありますが、密室ものとはいえないでしょう。しかも、さほど出来がいいとは思えません。犯人は危険を冒しすぎなのではないでしょうか。

「世に不可能事なし」 Nothing is Impossible (クレイトン・ロースン)
 空飛ぶ円盤の研究に取り憑かれた男が、密室の中で射殺されてしまった。同じ部屋にいた男は何者かに頭を殴られ、室内には宇宙人が残したとも思える奇妙な痕跡が残されていたが、肝心の拳銃は影も形もなかったのだ……。
 宇宙人の残した痕跡の真相は見え見えですが、密室殺人自体のトリックはよくできています。また、探偵役のマーリニが仕掛ける心理戦はなかなか見応えがあります。

「うぶな心が張り裂ける」 His Heart Could Break (クレイグ・ライス)
 依頼人は殺人罪で死刑の判決を受けていたが、マローン弁護士は剛腕をふるって裁判のやり直しに持ち込んだ。ところがその矢先に、依頼人が刑務所内で首をくくって死んでしまったのだ。だが、彼は一体どうやってロープを手に入れたのか……?
 これも密室ものというにはあたらないように思えます。メインの謎は、依頼人が“どうやってロープを手に入れたのか?”よりも“なぜ首をくくったのか?”でしょう。解決に至る伏線はまずまずです。

「犬のお告げ」 The Oracle of the Dog (G.K.チェスタートン)
 散歩の途中の犬が、いつもと違う悲しげな様子を見せた。そしてほぼ同時に、近くの園亭で死体が発見されたのだ。だが、園亭には誰も足を踏み入れることができなかった。そして犬はある男に吠えかかった。罪人を告発するかのように……。
 密室トリック自体もよくできていますが、さらにもう一つのトリックが非常に秀逸です。また、“犬のお告げ”に関する教訓にはなかなか考えさせられます。それにしても、ブラウン神父ってこんなキャラクターでしたっけ?

「囚人が友を求めるとき」 When a Felon Needs a Friend (モリス・ハーシュマン)
 アーヴィングは囚人たちの中でも浮き上がっていた。彼の趣味はだったのだ。有名な詩人を招いた朗読会の日が近づくにつれて、アーヴィングは落ち着きを失っていった。そしてついに朗読会の当日――彼は刑務所から消え失せた……!
 パロディ、というより密室ものに含めるのは無理があるように思えますが……。微妙に笑える奇妙な味の作品です。

「ドゥームドーフの謎」 The Doomdorf Mystery (メルヴィル・デヴィッスン・ポースト)
 19世紀初頭のヴァージニア。蒸留酒を売りさばいているならず者・ドゥームドーフが、内側から閂を掛けた部屋の中で射殺された。一緒に暮らしていた女は呪い殺したと告白し、近くにいた巡回牧師は“天の火”による神罰だと主張するが……。
 古典中の古典です。トリック自体はかなり有名でしょう。関係者が口を揃えて超自然を主張しているところが面白く感じられます。

「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」 The Man Who Read John Dickson Carr (ウィリアム・ブルテン)
 ジョン・ディクスン・カーの密室トリックに魅了され、その作品を読破したエドガーは、いつしかそれらの作品をしのぐ密室殺人を夢想するようになっていた。やがて独創的なトリックを思いついた彼は、まんまと叔父を殺すことに成功したのだが……。
 パロディ作品ではありますが、トリックはなかなかユニークです。ラストのオチが何ともいえません。

「長い墜落」 The Long Way Down (エドワード・D・ホック)
 ビルの21階にあるオフィスの窓から飛び降りたワンマン経営者。自殺かと思われたのだが、地上に遺体は見つからない。空中へと姿を消してしまった彼が地上に落ちてきたのは、それから3時間45分も経った後だった……。
 密室ものという印象は薄いのですが、長い時間をかけた墜死という奇抜な状況はやはり目をひきます。解決の方は、まあ妥当というところでしょうか。なお、この作品は『サム・ホーソーンの事件簿I』(創元推理文庫)にも収録されています。

「時の網」 Time Trammel (ミリアム・アレン・ディフォード)
 その男は精神病院に収容されていた――タイムマシンの発明、そして悪魔との契約という二つの妄想を抱く患者として。だがある日、彼は閉ざされた病室から忽然と姿を消してしまったのだ。そして……。
 密室からの脱出ではあるものの、そこにはほとんど重点が置かれていないパロディ的な作品です。オチはよくできていると思います。

「執行猶予」 Reprieve (ローレンス・G・ブロックマン)
 妻子を捨てて駆け落ちした高名な劇作家は、薄汚いアパートの一室で死んでいた。ガス中毒のようにも思われたが、探偵たちが鍵の掛かった部屋に踏み込んで遺体を発見したときには、確かにガス栓は閉まっていたのだ……。
 密室殺人自体はさほどでもありませんが、その背後に隠された真相がなかなかよくできています。

「たばこの煙の充満する部屋」 The Smoke-Filled Locked Room (アンソニイ・バウチャー)
 政治家としての転機を迎えていた男が、ホテルの一室で首を切られて死んでいた。室内には凶器は見当たらず、第一発見者の女性に容疑がかかったが、彼女は無罪を主張する。彼女の前に被害者を訪ねた“レインコートの男”とは……。
 密室でも何でもなく(バリエーションとはいえるかもしれませんが)、トリックもさほどのものではありません。唯一、動機がやや印象に残りますが、これもありふれているようにも感じられます。

「海児魂」 Bones for Davy Jones (ジョゼフ・カミングズ)
 濃霧の中、座礁して沈没したヨット。何の変哲もない事故だと思われたのだが、乗組員たちの遺体を引き上げるために潜った男は、海底で何者かに刺し殺されてしまった。さらに、ヨットの中には明らかに沈没前に殺された女の遺体が……。
 「長い墜落」と同じように、一風変わった状況が非常に印象的な作品です。解決もまずまず。

「北イタリア物語」 The Fine Italian Hand (トマス・フラナガン)
 ボルジア家からフランス王へと贈られるはずだった秘宝の緑玉が、モンターニュ伯の城内、ほぼ密室状況の宝庫から盗まれてしまった。モンターニュ伯は負傷しながら生き残った警固の兵を尋問しようとするが、その男は聾唖者だったのだ……。
 15世紀の北イタリアを舞台にした歴史ミステリです。解説には、作者がこの作品を書き上げたときには“この小説が密室ものであることすらしらなかった”と書かれていますが、それも当然というべきでしょうか。それほどに、モンターニュ伯による尋問の場面は圧倒的な魅力を備えています。

2001.12.29読了  [ハンス・S・サンテッスン 編]



試行錯誤 Trial and Error  アントニイ・バークリー
 1937年発表 (鮎川信夫訳 創元推理文庫123-04)ネタバレ感想

[紹介]
 動脈瘤であと数ヶ月の命だと主治医に宣告されたトッドハンター氏は、残された人生を有効に使うには何をすればいいか友人たちに相談したところ、社会に害悪を及ぼす人物を殺害すべし、という結論を得た。かくして、標的を見出したトッドハンター氏は見事に殺人を犯したが、彼を待っていたのは予想外の運命だった。まったく別の人物が犯人として逮捕されてしまったのだ。狼狽したトッドハンター氏は、自らの罪を告白するために警察へ出頭したが……。

[感想]

 この作品は非常にユニークなミステリです。“犯人”が序盤で明らかになっているために、一見普通の倒叙形式のようにも思えますが、トッドハンター氏自身が自らの犯行を立証しようとするところが大きな相違点です。警察に出頭しても自白を受け入れてもらえなかったトッドハンター氏は、犯罪研究家のアンブローズ・チタウィック氏(『毒入りチョコレート事件』にも登場しています)に事件の捜査を依頼することになります。チタウィック氏の伯母さんの“どんなのらくら者でも――たとえアンブローズのような者でも――だれが人殺しかということを知っていれば、やれそうなものじゃないの――ねえ?”(266頁より)という台詞に象徴されるように、この作品は探偵役が犯人の協力を受けながら犯行を立証していく物語なのです。

 一般的に、探偵役の主な役割は“手がかりや証拠に基づいて犯人の行為を再構築する(ことで犯人を明らかにする)”ことであると考えられます。これは普通の倒叙形式でも同様で、犯人の行為は読者に対しては明らかにされていますが、探偵役に対しては伏せられています。しかしこの作品では、探偵役は提示された犯人の行為に基づいて、それを裏付ける手がかりや証拠を発見しなければならないという、まったく逆の役割を担っています(さらに、このような特異な役割のために、作者はロジャー・シェリンガム(『第二の銃声』『地下室の殺人』を参照)ではなくチタウィック氏を探偵役として起用せざるを得なかった、といえるのかもしれません。このあたりはネタバレ感想にて。)

 トッドハンター氏とチタウィック氏の捜査(?)を経て舞台は法廷へと移り、前代未聞の裁判が行われることになりますが、この頃には丹念に描かれたトッドハンター氏の心の動きにすっかり引き込まれてしまいます。この作品の主役はチタウィック氏ではなく、あくまでも愛すべきトッドハンター氏なのです。彼の特異な動機、冤罪を防ぐための行動、そして何より余裕さえ感じられるどこかユーモラスなキャラクターがこの作品のもう一つの特徴であり、それがユニークなプロットをしっかりと支えていることで傑作に仕上がっているのです。

 なお、原題“Trial and Error”には確かに“試行錯誤”という意味がありますが、この作品では“Trial”(殺人の試み)と“Error”(別の人物が逮捕されてしまったこと)が分離している(繰り返されていない)ので、『試行錯誤』という邦題はあまり適切でないように思えます。

2002.01.02読了  [アントニイ・バークリー]



ビッグゲーム  岡嶋二人
 1985年発表 (講談社文庫 お35-8)

[紹介]
 新日本アトラスが一打逆転のピンチを迎えた7回表、左翼席に向けて打球が舞い上がった。しかし、左翼手が呆然と打球を見送ったその瞬間、球場全体が闇に包まれたのだ――徹底したデータ野球で常勝球団にのし上がったアトラスだったが、今シーズンはなぜか最下位をひた走っていた。そして、そのデータ野球を支えてきた情報管理室にも危機が迫る。球場の照明塔からの転落事故を皮切りに、次々と事件に巻き込まれていくスタッフたち。やがて浮上してきたスパイ疑惑の真相は……?

[感想]

 天藤真『鈍い球音』と並んで、野球ファンにはぜひとも読んでいただきたい野球ミステリの傑作です。特に、細かい戦略や戦術など、野球というスポーツのゲーム性に面白さを感じる方にはおすすめです。あくまでもフィクションではありますが、データ野球の舞台裏丁寧に描かれているのはもちろんのこと、選手たちのプレーに隠された手がかりに基づいてスパイ疑惑を少しずつ解明していく過程が最大の魅力です。

 もちろん、岡嶋二人ならではの構成や見せ方のうまさは健在で、野球をさほど知らない人にもそのゲームとしての面白さが伝わるのではないか(井上夢人『おかしな二人』によれば、彼は当初野球をほとんど知らなかったそうですし)と思わされるほどです。

 野球やスパイ疑惑がメインとなっている分、殺人事件などにはあまり面白みが感じられませんが、これは致し方ないところでしょう。

2002.01.06再読了  [岡嶋二人]



神の目の小さな塵(上下) The Mote in God's Eye  ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネル
 1974年発表 (池 央耿訳 創元推理文庫 654-1,2)ネタバレ感想

[紹介]
 西暦3017年、人類は超光速航法を利用して、銀河系に一大帝国を築き上げていた。しかし、首都星へと航行中だった帝国宇宙海軍の巡洋艦〈マッカーサー号〉の前に、未知の宇宙船が姿を現したのだ。この事件をきっかけに、宇宙船の出発地である〈モート〉星系へと調査隊が送られ、ついに人類は異星人と接触することになった。高度な文明を誇る“モート人”たちは友好的だったが、彼らは人類に対してある事実を隠していたのだ……。

[感想]

 L.ニーヴンとJ.パーネルという大物SF作家の合作にして、“ファースト・コンタクト”テーマを扱った大作です。

 まず、銀河帝国や宇宙戦艦などが登場する序盤はスペースオペラ的ですが、背景や登場人物の説明が中心となっているため、やや退屈にも感じられます。しかし、“モート人”の宇宙船が登場してからは俄然面白さを増していきます。このモート人の設定がいかにもニーヴンらしいユニークなもので、マスター、ミディエイター(仲介者)、エンジニアなどのようにそれぞれの個体が役割別に分化していることで、人類とはまったく異なる奇妙な社会が作り上げられています。特に、人類と直接交渉にあたるミディエイターたちは、語学の天才であるだけでなく人類の物真似にも長けているなど、一種独特の魅力を備えています。

 また、この作品では登場人物たちが脇役に至るまで個性的に描かれているところも魅力ですが、これもパーネルの筆力に加えて、それぞれの人物の担当となったミディエイター(ファイアンチ(チャッ))の存在によって、その個性が強調されている部分もあるように思えます。

 このユニークなモート人たちと人類との接触、少しずつ相互理解を深めていく過程が克明に描かれており、まさにこの作品は“ファースト・コンタクト”テーマの決定版といえるでしょう。モート人が隠す真相、それによって緊張感の高まる終盤の展開も含めて、十分に楽しめる傑作です。

2002.01.04 / 01.05再読了
「死線」 Reflex (酒井昭伸訳 SFマガジン1998年7月号掲載;単行本未収録
 帝国に反旗を翻した惑星ニュー・シカゴは、コルヴィン艦長率いる巡洋艦〈ディファイアント号〉を哨戒任務にあたらせていた。やがて、帝国の巡洋戦艦〈マッカーサー号〉がジャンプ・ポイントから姿を現し、両艦は激しい戦闘に突入した……。
 『神の目の小さな塵』の冒頭から最終的にカットされたエピソードを短編として仕立て直した作品です。本編のエピローグに唐突に登場してくる艦長ですが、このエピソードが伏線となるはずだったのですね。内容は宇宙空間での戦闘がメインとなっていますが、作中での重要な技術であるオルダースン航法やラングストン・フィールドなどについても要領よく説明されています。ラストで〈マッカーサー号〉の士官候補生が登場しているのがうれしいところです。

2002.01.09読了  [ニーヴン&パーネル]



神の目の凱歌(上下) The Gripping Hand  ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネル
 1993年発表 (酒井昭伸訳 創元SF文庫 654-10,11)

[紹介]
 人類とモーティーとのファースト・コンタクトから四半世紀。両者の関係にいま、新たな局面が訪れようとしていた。モート星系からのジャンプ・ポイントへと向かった帝国のエージェントが遭遇したのは、予想もできなかった事態だった。致命的な破局を回避するため、人類とモーティーは力を合わせて戦う。“クレイジー・エディ”の努力は実を結ぶのか……?

[感想]

 上記『神の目の小さな塵』の続編です。登場人物も一部共通しているため、ある種のなつかしさも感じられます。多くの登場人物たちが生き生きと描かれているのは前作と同様ですが、特に主人公である帝国のエージェントの言動は非常に印象的です。

 この作品では、前作ではあまり描かれなかった宇宙空間での戦闘場面や、戦いの裏の壮絶な駆け引きがメインとなっています。その分、人類とモーティーとの関係がやや背後に押しやられてしまっているところが残念ですが、前作から持ち越しになっていた問題にはそれなりの解決(多少安直にも感じられますが)がつけられていて、続編としてはまずまずの出来といえるでしょう。

2002.01.12 / 01.13読了  [ニーヴン&パーネル]


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