ミステリ&SF感想vol.33 |
2002.01.17 |
『密室殺人傑作選』 『試行錯誤』 『ビッグゲーム』 『神の目の小さな塵』 『神の目の凱歌』 |
密室殺人傑作選 The Locked Room Reader ハンス・S・サンテッスン 編 | |
1968年発表 (山本俊子・他訳 ハヤカワ・ミステリ1161) | ネタバレ感想 |
[紹介と感想]
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試行錯誤 Trial and Error アントニイ・バークリー | |
1937年発表 (鮎川信夫訳 創元推理文庫123-04) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] この作品は非常にユニークなミステリです。“犯人”が序盤で明らかになっているために、一見普通の倒叙形式のようにも思えますが、トッドハンター氏自身が自らの犯行を立証しようとするところが大きな相違点です。警察に出頭しても自白を受け入れてもらえなかったトッドハンター氏は、犯罪研究家のアンブローズ・チタウィック氏(『毒入りチョコレート事件』にも登場しています)に事件の捜査を依頼することになります。チタウィック氏の伯母さんの
“どんなのらくら者でも――たとえアンブローズのような者でも――だれが人殺しかということを知っていれば、やれそうなものじゃないの――ねえ?”(266頁より)という台詞に象徴されるように、この作品は探偵役が犯人の協力を受けながら犯行を立証していく物語なのです。 一般的に、探偵役の主な役割は“手がかりや証拠に基づいて犯人の行為を再構築する(ことで犯人を明らかにする)”ことであると考えられます。これは普通の倒叙形式でも同様で、犯人の行為は読者に対しては明らかにされていますが、探偵役に対しては伏せられています。しかしこの作品では、探偵役は提示された犯人の行為に基づいて、それを裏付ける手がかりや証拠を発見しなければならないという、まったく逆の役割を担っています(さらに、このような特異な役割のために、作者はロジャー・シェリンガム(『第二の銃声』や『地下室の殺人』を参照)ではなくチタウィック氏を探偵役として起用せざるを得なかった、といえるのかもしれません。このあたりはネタバレ感想にて。)。 トッドハンター氏とチタウィック氏の捜査(?)を経て舞台は法廷へと移り、前代未聞の裁判が行われることになりますが、この頃には丹念に描かれたトッドハンター氏の心の動きにすっかり引き込まれてしまいます。この作品の主役はチタウィック氏ではなく、あくまでも愛すべきトッドハンター氏なのです。彼の特異な動機、冤罪を防ぐための行動、そして何より余裕さえ感じられるどこかユーモラスなキャラクターがこの作品のもう一つの特徴であり、それがユニークなプロットをしっかりと支えていることで傑作に仕上がっているのです。 なお、原題“Trial and Error”には確かに“試行錯誤”という意味がありますが、この作品では“Trial”(殺人の試み)と“Error”(別の人物が逮捕されてしまったこと)が分離している(繰り返されていない)ので、『試行錯誤』という邦題はあまり適切でないように思えます。 2002.01.02読了 [アントニイ・バークリー] |
ビッグゲーム 岡嶋二人 |
1985年発表 (講談社文庫 お35-8) |
[紹介] [感想] 天藤真『鈍い球音』と並んで、野球ファンにはぜひとも読んでいただきたい野球ミステリの傑作です。特に、細かい戦略や戦術など、野球というスポーツのゲーム性に面白さを感じる方にはおすすめです。あくまでもフィクションではありますが、データ野球の舞台裏丁寧に描かれているのはもちろんのこと、選手たちのプレーに隠された手がかりに基づいてスパイ疑惑を少しずつ解明していく過程が最大の魅力です。
もちろん、岡嶋二人ならではの構成や見せ方のうまさは健在で、野球をさほど知らない人にもそのゲームとしての面白さが伝わるのではないか(井上夢人『おかしな二人』によれば、彼は当初野球をほとんど知らなかったそうですし)と思わされるほどです。 野球やスパイ疑惑がメインとなっている分、殺人事件などにはあまり面白みが感じられませんが、これは致し方ないところでしょう。 2002.01.06再読了 [岡嶋二人] |
神の目の小さな塵(上下) The Mote in God's Eye ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネル | |
1974年発表 (池 央耿訳 創元推理文庫 654-1,2) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] L.ニーヴンとJ.パーネルという大物SF作家の合作にして、“ファースト・コンタクト”テーマを扱った大作です。
まず、銀河帝国や宇宙戦艦などが登場する序盤はスペースオペラ的ですが、背景や登場人物の説明が中心となっているため、やや退屈にも感じられます。しかし、“モート人”の宇宙船が登場してからは俄然面白さを増していきます。このモート人の設定がいかにもニーヴンらしいユニークなもので、マスター、ミディエイター(仲介者)、エンジニアなどのようにそれぞれの個体が役割別に分化していることで、人類とはまったく異なる奇妙な社会が作り上げられています。特に、人類と直接交渉にあたるミディエイターたちは、語学の天才であるだけでなく人類の物真似にも長けているなど、一種独特の魅力を備えています。 また、この作品では登場人物たちが脇役に至るまで個性的に描かれているところも魅力ですが、これもパーネルの筆力に加えて、それぞれの人物の担当となったミディエイター(ファイアンチ(チャッ))の存在によって、その個性が強調されている部分もあるように思えます。 このユニークなモート人たちと人類との接触、少しずつ相互理解を深めていく過程が克明に描かれており、まさにこの作品は“ファースト・コンタクト”テーマの決定版といえるでしょう。モート人が隠す真相、それによって緊張感の高まる終盤の展開も含めて、十分に楽しめる傑作です。 2002.01.04 / 01.05再読了 | |
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神の目の凱歌(上下) The Gripping Hand ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネル |
1993年発表 (酒井昭伸訳 創元SF文庫 654-10,11) |
[紹介] [感想] 上記『神の目の小さな塵』の続編です。登場人物も一部共通しているため、ある種のなつかしさも感じられます。多くの登場人物たちが生き生きと描かれているのは前作と同様ですが、特に主人公である帝国のエージェントの言動は非常に印象的です。
この作品では、前作ではあまり描かれなかった宇宙空間での戦闘場面や、戦いの裏の壮絶な駆け引きがメインとなっています。その分、人類とモーティーとの関係がやや背後に押しやられてしまっているところが残念ですが、前作から持ち越しになっていた問題にはそれなりの解決(多少安直にも感じられますが)がつけられていて、続編としてはまずまずの出来といえるでしょう。 2002.01.12 / 01.13読了 [ニーヴン&パーネル] |
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