ミステリ&SF感想vol.52 |
2003.01.16 |
『妖異金瓶梅』 『へびつかい座ホットライン』 『誕生パーティの17人』 『レイトン・コートの謎』 『デクストロII接触』 |
妖異金瓶梅 山田風太郎 | |
2001年刊 (扶桑社文庫S10-1 昭和ミステリ秘宝) | ネタバレ感想 |
[紹介]
[感想] 山田風太郎が中国の奇書『金瓶梅』から舞台や登場人物を借用して独自の物語を作り上げた、特異な連作短編ミステリです。
まず、第一話「赤い靴」では、謎解き役の応伯爵による真相の解明までは比較的オーソドックスなミステリの形式にのっとって進行します。この特殊な舞台ならではともいえる動機に唖然とさせられるものの、普通のミステリといっていいでしょう。しかしながら、その結末に至って、通常の連作短編との大きな違いが明確になります。 次の「美童と美女」から「黒い乳房」までは同様の形式が繰り返されるわけですが、豪快なトリックによるユニークなハウダニットであるとともに、“犯人がどのような形で目的を達するのか?(どのような現象が起きるのか?)”という、ややミステリ的興味から外れたところにも趣向が凝らされています。 ところがさらに、「凍る歓喜仏」から「死せる潘金蓮」までは一転して、それぞれのエピソードが長編としてつながっていきます。 このような特殊な構成が、この作品のミステリとしての最大の特徴といえるでしょう。 そして、この作品のもう一つの特徴は、魅力的な登場人物です。謎解き役である応伯爵のとぼけた味わいや、すでに枯れたようでいながら内に秘めた情熱なども印象的ですが、やはりヒロインである潘金蓮の存在感は圧倒的で、彼女の魅力によってこの作品が成立しているといっても過言ではありません。他にも、好色にして時に残虐ながらどこか憎めない西門慶、潘金蓮の小間使いをつとめながら重要な役割を果たす春梅、あるいは梁山泊に投じた豪傑・武松など、それぞれに生き生きと描かれた登場人物たちは強く印象に残ります。 個人的には、登場人物たちがあまりにも魅力的であるだけに、「凍る歓喜仏」以降、物語が一気に終幕へと向かってしまうのがやや残念にも感じられてしまいます。しかしながら、世評に違わぬ傑作であることは間違いありません。 | |
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へびつかい座ホットライン The Ophiuchi Hotline ジョン・ヴァーリイ |
1977年発表 (浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF647) |
[紹介] [感想] J.ヴァーリイの未来史〈八世界シリーズ〉に含まれる長編です。人類が暮らす環境が、さらには技術の進歩により倫理が大きく変わり、クローニングや臓器移植、性転換などが日常的となった未来世界が舞台となっていて、この作品でもまずそのあたりを描くところから始まっています。過酷な運命に翻弄される主人公・リロたちを通して、変容し、あるいは新たに構築された世界の姿が徹底的に描き出されています。ただ、やはりこの作品だけではそこへ至る過程が把握しにくくなっているのが残念です。
後半になるとようやく〈へびつかい座ホットライン〉が物語の中心に位置するようになります。遙か彼方から送られてくる謎のメッセージに隠された真の意味が明らかになっていき、壮大なビジョンが提示されます。このあたりのスケールの大きさは、やはりSFならではというべきでしょう。終盤の展開がやや唐突に感じられるのが玉に瑕ですが、なかなかの佳作といっていいのではないでしょうか。 2003.01.09読了 [ジョン・ヴァーリイ] |
誕生パーティの17人 Attestupan ヤーン・エクストレム | |
1975年発表 (後藤安彦訳 創元推理文庫227-1・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] “スウェーデンのカー”という触れ込みですが、それにはやや疑問があります。密室殺人こそ登場するものの、さほど凝ったものではなく、また怪奇趣味などもみられません。しかし決して面白くないというわけではなく、大人数の一族の確執を中心とした物語はなかなか読ませますし、探偵役のドゥレル警部も人間味あふれるキャラクターで、この作品ではE.C.ベントリイのトレント氏(『トレント最後の事件』)ばりに事件と恋愛とに悩むことになります。また事件の方も、派手さはないものの細かい伏線やひねりがよくできていると思います。
難点はといえば、やはり登場人物が多すぎるところでしょう。スウェーデンが舞台とはいえ、予期したほどには見慣れない名前は多くなかったのですが、よく似た名前(ファーストネーム)の一家が登場していることもあって、どうしても読んでいて混乱してしまいます。また、特に前半に回想場面が多いのも、混乱に拍車をかけています。このあたりをもう少し整理してくれればよかったのですが。 2003.01.11読了 [ヤーン・エクストレム] |
レイトン・コートの謎 The Layton Court Mystery アントニイ・バークリー | |
1925年発表 (巴 妙子訳 国書刊行会 世界探偵小説全集36) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] A.バークリーが“?”名義で発表した処女作にして、ロジャー・シェリンガムが素人探偵としての第一歩を踏み出した記念すべき作品です。まず驚かされるのは、比較的ストレートなパロディ・ミステリともいうべき作品に仕上がっているところです。初めて事件の謎解きに挑戦するシェリンガムの捜査はかなり危なっかしいものですが、それもまたどこか微笑ましく感じられますし、H.M卿(C.ディクスン)か、はたまたフェン教授(E.クリスピン)かと見まがうドタバタもあり、後の作品にみられるような屈折した(皮肉な)形ではなく、ストレートに喜劇的な雰囲気に満ちています。
事件の真相はかなりわかりやすいため(密室の謎も大したことはありません)、謎解きとしては物足りなく感じられますが、この作品の中心はあくまでもシェリンガムの繰り出す数々の推理であり、またその迷走ぶりです。ユーモラスなパロディ・ミステリとして肩の力を抜いて楽しむのが正しいのではないでしょうか。 2003.01.14読了 [アントニイ・バークリー] |
デクストロII接触 Under Heaven's Bridge イアン・ワトスン&マイクル・ビショップ |
1979年発表 (増田まもる訳 創元推理文庫SF695-1・入手困難) |
[紹介] [感想] 海外作品ながら日本人を主人公とし、京都・三十三間堂の場面から始まるという異色のファースト・コンタクトSFです。著者の一人であるワトスンは日本在住の経験があり、変な描写がされているわけではありませんが、やはりどこかに西洋人の目を通した見慣れない(あるいは普段意識することのない)日本人像が感じられます。この作品では、より異質な存在である〈カイバー〉とのコンタクトに重点が置かれているためにさほど目立っていませんが、日本人である主人公と、西洋人であるその恋人との間に交わされるコミュニケーションもなかなか興味深いものがあります。
〈カイバー〉とのコンタクトに関しては、異質な存在を理解することの困難性以上に、異質な存在に対する恐怖が前面に出ているところが、ファースト・コンタクトものとしてはかえって新鮮にさえ感じられます。これは物理的な恐怖ではなく、〈カイバー〉があまりにも異質な存在であるがゆえに潜在的な(しかも強力な)“敵”とみなしてしまう心理的な恐怖で、主人公が日本人であることも相まって、何ともいえない効果を醸し出しているように思えます。 後半になると、デクストロのノヴァ化が迫ってくることもあって、物語は次第に加速していきます。撤退のタイムリミット間際に行われた“休眠状態”の〈カイバー〉と主人公とのコンタクトは、後の『星の書』などを思い起こさせるワトスンらしいイメージの奔流。しかし、そのあっけないほどの幕切れは、潔いといえば潔いかもしれませんが、正直やや物足りなくも感じられます。むしろ、その後に待ち受けている、思わずツッコミを入れたくなるラスト(決してけなしているわけではありません)の方が強く印象に残ってしまいます。やはり、どこまでも異色の作品というべきでしょうか。 2003.01.15読了 [ワトスン&ビショップ] |
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