ミステリ&SF感想vol.32

2001.12.17
『トレント最後の事件』 『スクランブル』 『星の国のアリス』 『さらば、愛しき鉤爪』 『ジャックは絞首台に!』


トレント最後の事件 Trent's Last Case  E.C.ベントリイ
 1913年発表 (高橋 豊訳 ハヤカワ文庫HM74-1)ネタバレ感想

[紹介]
 財界の大物・マンダーソンが何者かに射殺されるという大事件が発生し、〈レコード〉紙は早速事件の真相を探るために、素人探偵として名高いトレントを現地に送り込んだ。トレントは持ち前の推理能力を発揮して犯人の目星をつけたのだが、そこで出会ったマンダーソン夫人にしてしまい、苦悩することになった。彼が明かす事件の真相は、間違いなく彼女に衝撃を与えてしまうのだ。かくしてトレントは、自らの推理をつづった手記を彼女に託して立ち去ったのだが……。

[感想]
 この作品では、事件もさることながら、恋に落ちた探偵の苦悩が非常に印象的です。ベタベタなロマンスはやや気恥ずかしくなってしまうところもありますが、恋と正義の板挟みになった末に、真相を公表することなく退場する探偵の姿は人間味にあふれています。

 二人の再会後の急展開も興味深いものがありますし、“最後の事件”という題名の意味するところも鮮烈です。事件そのものはさほどのものではありませんが、なかなかユニークな作品といえるでしょう。

2001.12.06読了  [E.C.ベントリイ]



スクランブル  若竹七海
 1997年発表 (集英社・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 親友の結婚披露宴で一堂に会した、女子校時代の文芸部の仲間たち。当時のことを懐かしく振り返るうちに、一同の頭の中には自然と、校内で起きた未解決の殺人事件の記憶がよみがえってくる。放課後のシャワールームで、見知らぬ若い女性の絞殺死体が発見されたのだ。事件から十五年の時を経て、その真犯人が今ようやく明らかになる……。

「スクランブル」
 殺人事件に校内が動揺する中、彦坂夏見は貝原マナミとともに職員室に呼び出される。別のクラスでちょっとした盗難事件が相次ぎ、同じ文芸部の宇佐春美が疑われているというのだ……。
「ボイルド」
 スポーツ大会の短距離走選手に選ばれたのを鼻にかけていた生徒が、階段から転落する。彼女と反りが合わず、悪口を言っていた貝原マナミが、クラス中から責められることになり……。
「サニーサイド・アップ」
 スポーツ大会の最中、養護室で事件が発生する。五十嵐洋子が兼部する研究会の後輩が、吐瀉剤が混入された水を飲んで救急車で搬送されたのだ。洋子が彼女に話を聞いてみると……。
「ココット」
 沢渡静子と一緒に図書委員をしていた生徒が、明日夏見に話があると言い残して帰り、ひき逃げに遭って亡くなってしまう。彼女はこのところ、なぜか急に多くの本を借り出していたが……。
「フライド」
 間近に迫った修学旅行の班分けで、飛鳥しのぶはあまり親しくない生徒に人数合わせで誘われ、文芸部との間で悩む。一方クラスでは、殺人事件の犯人を知る生徒がいるという噂が……。
「オムレット」
 文化祭の最中、文芸部部長の宇佐春美はトラブルの発生を知らされる。図書室から『三国志』の一冊が紛失したと騒ぐ教師が、『三国志』の展示をした文芸部に疑いをかけてきたのだ……。

[感想]
 第51回日本推理作家協会賞の候補となった、若竹七海による青春ミステリの傑作です。「スクランブル」「ボイルド」「サニーサイド・アップ」「ココット」「フライド」「オムレット」と題名が卵料理で統一された六つのエピソードが並び、各エピソードでは校内でのささやかな(?)“事件”の顛末が一つ一つ描かれていく、連作短編集とも受け取れるような体裁ですが、最初の「スクランブル」で起きた殺人事件が本書全体を貫く軸となっており、内容としてはどちらかといえば長編に近い作品といえるでしょう*1

 舞台となるのは私立の中高一貫の女子校ですが、高等部から編入した生徒が〈アウター〉と呼ばれて異分子扱いされるなど、傍からみると何とも凄まじい世界。その中にあって、本書の主役となる六人の文芸部員*2は、全員が〈アウター〉というわけではないものの、大なり小なり周囲から浮き気味で、文芸部以外ではしばしば居心地の悪さを覚えています。というわけで、苦さや痛み、鬱屈や息苦しさを伴う青春の光景が描かれていくのですが、それを包み込む“枠”となる十五年後のパート――過去を振り返る視点が用意されることで、どこかノスタルジックな雰囲気を帯びることになるのが魅力的です。

 各エピソードではちょっとした“事件”が発生して、そのたびに文芸部員たちも翻弄されることになり、その騒動の顛末の方が謎解きよりも印象深くなっている部分もないではないですが、あくまでも高校生の日常で起きる“事件”としてはまずまずといっていいように思います。加えて、「スクランブル」での殺人事件についてそれぞれが独自の推理を披露する、アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』風の“多重推理”が展開されるのが大きな見どころで、推理としてはいささか強引さが目につくものの、“推理がどのように否定されるのか”まで含めて、ある意味愉快な推理合戦となっています。

 実のところ、本書冒頭の十五年後のパートには“あの未解決の事件の真相と、その犯人とが。いまになって、急にわかったのだ。”とあり、高校時代の推理が誤りであることは当初から明らかでしょう。のみならず、同じく冒頭で真犯人が暗示される大胆な構成となっているのがユニークで、読者はいわば過去と現在とを俯瞰しながら、犯人が誰なのか、さらにはどうしてその人物が犯人なのか、という謎に挑むことになります。そして、最後に明らかになる真相がよくできているのはもちろんのこと、そこで“高校時代になぜ解明できなかったのか”がクローズアップされることで、十五年の歳月の重みのようなものが伝わってくるのが見事です。

 謎が解かれた十五年後のパートで物語が終わるのではなく、最後に高校時代の一幕が置かれているのがまた印象深いところで、過去を振り返る十五年後の視点と対比させるように、高校生の主役たちが不安を抱えながらも未来に目を向ける姿が描かれているところに、感慨を覚えずにはいられません。と同時に、主役たちとほぼ同世代でありながら命/未来を奪われてしまった被害者の悲哀が、改めて浮かび上がる結末となっているように思います。

*1: 日本推理作家協会賞では〈短編および連作短編集部門〉で候補となりましたが、「1998年 第51回 日本推理作家協会賞|日本推理作家協会」の選評によれば、選考委員のうち生島治郎氏と佐々木譲氏は、連作短編集としてのノミネートに疑問を呈したようです。
*2: ちなみに、『ぼくのミステリな日常』中の「箱の虫」には彦坂夏見が登場し、「ココット」で宇佐春美が企画している夏休みの箱根合宿の様子が語られているのですが、そこに存在している“七人目”が、なぜか本書には登場していません(もしかすると“パラレルワールド”なのかもしれませんが)。

2001.12.11再読了
2016.05.25再読了 (2016.06.15改稿)  [若竹七海]



星の国のアリス  田中啓文
 2001年発表 (祥伝社文庫 た25-1)ネタバレ感想

[紹介]
 地球を離れ、はるか彼方の惑星ラミアへと向かう宇宙船〈迦魅羅{かみら}〉号。その船内で、密航者の死体が発見された。しかも、体内の血液をほとんど抜き取られていたのだ。船内の乗客と乗員は合計7名。乗客名簿にはもう一人、ドラキュラ伯爵の子孫と称する人物の名が載っていたが、なぜかその姿は見当たらない。古の吸血鬼がよみがえり、船内をさまよっているのか……?

[感想]
 宇宙船、殺人事件、そして吸血鬼の恐怖と、SF・ミステリ・ホラーの要素がミックスされたユニークな作品です。容疑者の限定された宇宙船内という舞台で起こる連続殺人事件ですが、“ドラキュラ伯爵の子孫”という不確定要素もあって、真相はなかなか読めないでしょう。ラストで明らかにされるその真相は、SFミステリとしては決してフェアとはいえませんが、意外性は十分で、よくできていると思います。グロい描写は読者を選ぶかもしれませんが、全体として楽しめる作品に仕上がっているのではないでしょうか。

2001.12.11読了  [田中啓文]



さらば、愛しき鉤爪 Anonymous Rex  エリック・ガルシア
 1999年発表 (酒井昭伸訳 ソニー・マガジンズ ヴィレッジブックスF-カ1-1)ネタバレ感想

[紹介]
 二本足の哺乳類どもは誰も知らない。だが、アメリカの総人口の5%は恐竜なんだ――ロサンジェルスを根城にする私立探偵ヴィンセント・ルビオは、人間の皮をかぶり、人間にまぎれて暮らしている恐竜――ヴェロキラプトル――だった。つまらない仕事のかたわら、謎の死を遂げた相棒アーニーの死因を探り続けるルビオ。だが、今回引き受けた仕事は、アーニーが追っていた恐竜界の大物実業家・マクブライドが殺された事件につながりそうな予感がしていた……。

[感想]
 人間の世界の陰に隠れた恐竜の社会を舞台にした“恐竜ハードボイルド”です。アルコールならぬバジル中毒気味(恐竜は酒ではなくハーブで酔うようです)の主人公・ルビオは、人間の扮装を身に着けながら恐竜社会の一員として暮らしています。扮装にはどう考えても無理があるようにも思えますが、それを感じさせないほど設定や描写は魅力的です。

 パロディ的要素が強いのはもちろんですが、物語自体は意外にオーソドックスな私立探偵ものを踏襲しているようにも感じられます。主人公のルビオが追いかける事件は次第に大きな広がりを見せ、アクションあり、恋愛もあり、さりげなく伏線が張られた謎解きもあれば、ほろりとさせられるラストもあって、全体として非常によくできています。ユニークな傑作です。

2001.12.16読了  [エリック・ガルシア]
【関連】 『鉤爪プレイバック』 『鉤爪の収穫』



ジャックは絞首台に! Jack on the Gallows Tree  レオ・ブルース
 1960年発表 (岡 達子訳 現代教養文庫3029・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 平和そのものの小さな温泉町バディントン・オン・ザ・ヒルで、不可解な殺人事件が発生した。一夜のうちに二人の老婦人が、別々の場所で相次いで絞殺されたのだ。どちらの被害者もその手に一本のマドンナ・リリーの花を握らされていたため、同一犯による連続殺人と思われたのだが、殺された二人の間にはっきりしたつながり――共通の動機はなかなか見つからず、捜査は難航する。そんな中、病後の静養のために町を訪れていた素人探偵キャロラス・ディーンが、独自に事件の捜査に乗り出して……。

[感想]
 『死の扉』で初登場した歴史教師キャロラス・ディーンを探偵役とした、シリーズ第七長編。内容に直接のつながりはありませんが、ディーンをはじめゴリンジャー校長、教え子のプリグリー少年といったレギュラー陣の人となりがわかりやすくなると思いますので、先に『死の扉』を読んでおくことをおすすめします。

 さて物語は、常日頃ディーンの探偵趣味に(建前上)苦い顔をするゴリンジャー校長が、病み上がりのディーンの静養先についてあれこれと思い悩む冒頭から、ユーモラスな雰囲気が十分。事件が起きているリゾート地を避けて平和な温泉町バディントン・オン・ザ・ヒルをすすめたところが、ディーンが到着した途端に事件が起きてしまうという、大いなる皮肉が何ともいえません(苦笑)

 突然発生した連続殺人事件に平和な町は大騒ぎ……というほどでもなく、町の人々は事件にもさほど動ぜずあくまでマイペースに個性を発揮している感があり、難航する事件の捜査に乗り出したディーンがそれら個性豊かな人々と次々に顔をあわせ、そこはかとなく愉快なやり取りを重ねて事件の情報を仕入れていく過程が、本書の大きな見どころといえるでしょう。

 一方で肝心の事件はといえば、つながりの見えにくい二重殺人で、一見すると不可解――とはいえ、ある程度ミステリを読み慣れた方であれば――少なくとも(一応伏せ字)前例となる有名な作品を知っていれば(ここまで)、かなりの部分まで見通せてしまうのは否めないところ。要するに、(一応伏せ字)前例の微妙なバリエーション(ここまで)にとどまるといったところで、あまり見るべきものがないのが残念。

 もちろんそこには若干のひねりも加えられてはいるものの、それが大いに効果を上げている部分もある反面、最終的には少々ちぐはぐな印象を与えることになっているのも確か。巧みに配置された伏線などうならされるところもありますし、物語としては十分に楽しめる出来といえるのですが、ミステリとしてはいささか物足りない作品といわざるを得ないように思います。

2001.12.17読了
2013.05.30再読了 (2013.06.16改稿)  [レオ・ブルース]
【関連】 『死の扉』 『ミンコット荘に死す』 『ハイキャッスル屋敷の死』 『骨と髪』


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