ミステリ&SF感想vol.54

2003.02.12
『最上階の殺人』 『触身仏』 『贋作『坊っちゃん』殺人事件』 『おんな牢秘抄』 『竜の卵』


最上階の殺人 Top Storey Murder  アントニイ・バークリー
 1931年発表 (大澤 晶訳 新樹社)ネタバレ感想

[紹介]
 ユーストン・ロードにあるマンションの最上階に住む老女が殺害された。室内は荒らされ、被害者が貯め込んでいるという噂の現金が消え失せており、さらに犯人が窓からロープで脱出した形跡があったことから、警察は盗みの常習犯の仕業と断定し、容疑者を絞り込む。だが、捜査に同行したロジャー・シェリンガムはその結論に疑問を抱き、マンションの住人を相手に独自の調査を開始する。さらに被害者の姪・ステラを秘書として雇い、事件にのめり込んでいくシェリンガムだったが……。

[感想]

 ロジャー・シェリンガムを主役とした、バークリー中期の快作です。全編がシェリンガムの視点で書かれており、その調査、推理、そして心の動きが余すところなく描かれているのが特徴的です。シェリンガムがマンションで捜査を行う中盤あたりはやや地味なようですが、捜査の対象となるマンションの住人たちはなかなかの個性派ぞろいであるため、中だるみは感じられません。また、シェリンガムと互角以上に渡り合っている秘書のステラは非常に魅力的なキャラクターで、二人の丁丁発止のやり取りはある意味スリリングです。

 そうこうしているうちに捜査は進んでいき、遂にシェリンガムは“真相”に到達することになるわけですが……。“行くところまで行ってしまった”『ジャンピング・ジェニイ』とは違って、この作品は本格ミステリの枠内から大きくはみ出しているわけではありませんが、それでもこの結末の破壊力は抜群です。“異能の名探偵”シェリンガムの魅力が存分に発揮された、見事な作品といえるでしょう。

2003.02.02読了  [アントニイ・バークリー]



触身仏 蓮丈那智フィールドファイルII  北森 鴻
 2002年発表 (新潮エンターテインメント倶楽部SS)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 異端の民俗学者・蓮丈那智と助手の内藤三國を主役とした、『凶笑面』に続く民俗学ミステリの連作短編集です。
 個人的ベストは「死満瓊」「御陰講」

「秘供養」
 山人による人さらい伝説が数多く伝わる、東北の山村・R村へとフィールドワークに出た那智と三國は、“供養の五百羅漢”を雪山に探し求める。一方、那智の講義を受講していた女子学生が、焼死体となって発見されて……。
 人さらい伝説と五百羅漢に隠された秘密は途中で見当がついてしまいますが、その結論にはやはりインパクトがあります。事件の方には、若干の無理が感じられますが……。

「大黒闇」
 家から300万円もの金を持ち出して多聞天の仏像を購入するなど、学内に拠点を持つ宗教サークルにはまり込んでいた学生が、首を吊って死んでいるのが発見された。遺体の近くには戎と大黒の像が置かれていたという。事件に関わることになった那智と三國は……。
 民俗学とミステリの絡みが弱いのが難点ですが、まずまずの出来ではないでしょうか。

「死満瓊」
 “煙草をやめることにしたから、灰皿を片づけておいて”――フィールドワークから戻らない那智が送りつけた謎のメッセージに、三國は困惑する。やがて那智は、意識不明の状態で発見された。そしてその隣には、男性の死体が……。
 民俗学とミステリの結合という意味では、本書の中で最も成功している作品です。異色の発端と衝撃的(?)なラストも印象に残ります。

「触身仏」
 非常に特殊な形状の“塞の神”が祀られているという小さな山村。そこを訪れた那智と三國が目にした“塞の神”は、即身仏だったのだ。だが、那智はその即身仏に隠された秘密をたちどころに見抜いた。そして一年後……。
 この作品では事件の比重が少なく、民俗学に関する考察が大部分を占めています。三國自身の抱えるトラウマと即身仏の秘密とを絡めてあるところはよくできていると思います。

「御陰講」
 フィールドワークの成果を論文にまとめようとする三國。テーマは“御陰講”――村人たちが地蔵尊のお告げを受け、それに最後まで従った者が富を得るという伝承だった。そんな中、美人助手が新たに那智の研究室に転籍してきたが……。
 “御陰講”からなじみ深い伝説へとつながり、そして反転と、民俗学の考察は実に鮮やかです。事件の方はやや弱く感じられますが、それが民俗学と重なっていく構図はお見事。

2003.02.04読了  [北森 鴻]
【関連】 『凶笑面』 『写楽・考』



贋作『坊っちゃん』殺人事件  柳 広司
 2001年発表 (朝日新聞社)ネタバレ感想

[紹介]
 教師を辞めて東京に戻ってきてから三年。街鉄の技師として働く“坊っちゃん”はある日、かつて同僚だった山嵐と再会し、奇妙な話を聞かされる。彼らが松山を飛び出す際に殴り倒した教頭の赤シャツが、その翌日、無人島で首吊り自殺をしていたというのだ。殺人事件ではないかと疑う山嵐に誘われ、坊っちゃんは休暇を取って松山を再訪した。早速調査を開始したものの、自殺という状況には疑いの余地はなさそうだった。だが、聞き込みを進めるうちに、坊ちゃんが想像もしなかった事実が少しずつ明らかになっていく……。

[感想]

 夏目漱石『坊っちゃん』を下敷きにした異色のミステリです。まず最初に白状しておくと、原典『坊っちゃん』の方は恥ずかしながら未読なのですが、まったく予備知識がないというわけではなく、本書は十分に楽しむことができました。もちろん、そちらを読んでおいた方がより楽しめるのは間違いないと思いますが。
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 物語は『坊っちゃん』の後日談という形で始まりますが、赤シャツの“自殺”が三年前ということで、松山での調査も『坊っちゃん』に描かれた三年前の出来事が中心となります。つまり、続編というよりも『坊っちゃん』新解釈というべきで、原典に描かれたエピソードをミステリ的に解釈し、その裏にもう一つの物語を作り上げるという、作者お得意の歴史ミステリ的手法が大きな成果を上げています。

 主人公の坊っちゃんは事件の調査を通じて、三年前の出来事の裏に隠された事実を少しずつ知っていくことになりますが、坊っちゃんがかつて目にしていたはずの世界が、まるで騙し絵のようにがらりと姿を変えていく展開は、鮮やかであると同時に衝撃的です。特に、原典『坊っちゃん』に慣れ親しんでいる読者、すなわち坊っちゃんの視点を通じて物語世界を体験していた読者にとっては、その衝撃は非常に大きなものになるのではないでしょうか。

 しかし、その大きく変貌した物語世界の影響を受けることなく、独り依然として自分らしさを貫き続ける坊っちゃんの姿は実に爽やかです。周囲の状況が変化してしまったことで、この坊っちゃんの変わらないキャラクターが一層際立つようになり、どこか安心感のようなものをかもし出しているのも秀逸です。原典『坊っちゃん』の魅力を受け継ぎながら、作者の持ち味が十二分に発揮された傑作というべきでしょう。

2003.02.05読了  [柳 広司]



おんな牢秘抄  山田風太郎
 1960年発表 (角川文庫 緑356-33・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 小伝馬町の女牢に入ってくるなり、鮮やかな体術で牢名主の取り巻きを倒し、女囚たちに一目置かれる存在となった新入り・姫君お竜。牢内の六人の女囚たち――毒蜘蛛で亭主を殺した見世物小屋の女、不貞を迫る中間を刺し殺した御家人の女房、新興宗教の教祖を殺した町娘、自分と娘につきまとう昔の男を毒殺した後家、花魁と客を心中に見せかけて殺した新造、気の触れた旗本を殺した下女――から身の上話を聞いたお竜は、それぞれの事件を独自に調べ直し、その裏に隠された真相を次々と暴いていく。だが、やがてその彼女自身にも魔の手が……。

[感想]

 山田風太郎の傑作時代ミステリです。まず目につくのは全体の構成に関わる趣向の妙で、女囚たちを犯人として決着した六つの事件が再調査され、隠された真相が明らかにされていくという多重解決的なパターンもさることながら、無関係に見えた事件が一つにつながっていき、その裏に隠された陰謀が浮かび上がってくるという、作者お得意の〈連鎖式〉に通じる仕掛けは実に見事です。江戸時代を舞台とし、伝奇小説的な要素も含まれているとはいえ、この作品の本質は紛れもなくミステリ、しかも凝った仕掛けの贅沢なミステリです。

 また、物語自体も非常によくできていて、特にほぼ全編が女囚の側から描かれているところは秀逸です。男性が君臨する封建制度の下で、罪を犯したとして牢屋に放り込まれている女囚は、二重の意味で虐げられた立場であるわけですが、それぞれの事件には女性であるがゆえの事情が絡んでいるため、女囚たちの不遇が一層強調された状態になっています。その状況が、(一応は)同じ女囚の立場にある姫君お竜の手で次々とひっくり返されていく展開は、下克上に通じる痛快さを備えています。

 もちろん、その痛快さの中心となっているのは主人公・姫君お竜で、女囚たちを救うために危険もかえりみず真相を追い求める彼女の熱意、そしてその華々しい活躍は、物語全体にすがすがしさを加え、大きな魅力を生みだしています。すべての事件が幕を下ろした後に残る、微笑ましいラストも強く印象に残ります。

2003.02.07読了  [山田風太郎]



竜の卵 Dragon's Egg  ロバート・L・フォワード
 1980年発表 (山高 昭訳 ハヤカワ文庫SF468)

[紹介]
 2020年、北天の竜座の方向、太陽系からわずか13分の1光年という距離に中性子星が発見され、〈竜の卵〉と名づけられた。そしておよそ30年後、この〈竜の卵〉へと送り込まれた探査隊は、直径20キロにも満たないこの中性子星の上に知的生命を発見したのだ。その種族――直径わずか5ミリ程度のアメーバ状の生命体――“チーラ”たちとの間にはやがてコンタクトが成立したが、“チーラ”たちは途方もないスピードで文明を発達させていき……。

[感想]

 途方もない設定に基づくユニークな異星人とのコンタクトをテーマとしている点で、H.クレメント『重力の使命』と並び称される傑作です。巻末の「専門的補遺」によれば、地表での重力が670億G、磁場が1兆ガウスという想像を絶する環境を有する〈竜の卵〉。そこに発生し、少しずつ文明を発達させていく知的生命“チーラ”こそがこの作品の主役です。

 冒頭に置かれた〈竜の卵〉が発見されるまでの経緯や、探査隊員が“潮汐力補償体”などを駆使して〈竜の卵〉に接近し、チーラとコンタクトする場面など、人間の側から描かれたパートもよくできていると思いますが、やはり最も面白いのはチーラの側から描かれたパート、そのユニークな生態と原始時代に始まる歴史でしょう。特に“数学の発見”や“スウィフト=キラー”絡みのエピソードは非常に面白いと思います(逆に、中盤の宗教関連のエピソードなどは、あまりにもチーラが人間的に描かれていることもあって気に入らないのですが)

 設定から導き出される時間感覚の違いにより、終盤の展開がドラマチックなものになっているのも秀逸です。特にラストはあっさり書かれているものの、何ともいえない余韻を残しています。

2003.02.10再読了  [ロバート・L・フォワード]
【関連】 『スタークエイク』


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