ミステリ&SF感想vol.75 |
2003.11.08 |
『悪魔とベン・フランクリン』 『顔のない男』 『残像』 『おさかな棺』 『嘲笑う闇夜』 |
悪魔とベン・フランクリン The Devil and Ben Franklin シオドア・マシスン | |
1961年発表 (永井 淳訳 ハヤカワ・ミステリ720) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] かのベンジャミン・フランクリンを主役とした異色の歴史ミステリですが、まずはやはりその設定がなかなか秀逸です。本書は題名や序盤の様相とは裏腹に、例えばJ.D.カーなどのような怪奇色を強調したミステリというわけではなく、オカルト/迷信は打倒すべき存在として扱われています。そして、後に雷が電気であることを証明するなど、合理的思考の持ち主である(と思われる)フランクリンが、そのオカルト/迷信との戦いの旗頭に据えられているのです。
かくして本書は、フランクリンをヒーローとした冒険色の強い作品となっています。特に中盤以降はタイムリミットあり、銃撃戦ありと、ミステリ部分からはやや離れたところでどんどん盛り上がっていきます。そして圧巻は、街中の人間が一堂に会した解決場面。その迫力には圧倒されますが、群衆を前にしたフランクリンの堂々たる姿には、後に政治家として成功する資質の片鱗がうかがえるようにも思えます。しかも、その群衆の存在が真相解明に必須であるところも秀逸です。 残念ながら、ミステリとしては物足りないところがあります。伏線は張られているものの、多少の飛躍が必要な部分がありますし、示された真相そのものはやや面白味に欠けるといわざるを得ません(指摘された犯人の末路にはニヤリとさせられますが)。とはいえ、冒険色の強い歴史ミステリとしてはなかなかの力作といえるのではないでしょうか。 2003.10.20読了 [シオドア・マシスン] |
顔のない男 北森 鴻 | |
2000年発表 (文藝春秋) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 本書は全体が第一話から第七話に分かれた連作短編のような体裁を取っていますが、その実体は明らかに長編というべきでしょう。メインの事件とサブの事件との組合せからなる構成は〈連鎖式〉の作品に通じるところがありますが、サブの事件がメインの事件と、というよりも“空木精作は何者なのか?”という謎と関連していることが最初から示唆されている本書では、それぞれのエピソードの独立性が低く、あくまでも長編の一部という印象が強いものとなっています(その意味では、岡嶋二人『解決まではあと6人』などに近いといえるのではないでしょうか)。
しかし、空木精作と個々の事件との間に関連があるのは明らかであるにもかかわらず、その具体的な中身は巧妙に隠されています。それぞれの事件の内容自体がかなりバラエティに富んでいることも、空木精作という男の得体の知れない印象を一層強めるものになっています。しかも、捜査の進行によって明らかになった部分を覆い隠すかのように、さらに新たな謎が生み出されていき、物語の中心に位置する空木精作の“顔”にはなかなか手が届きません。個々の事件はミステリとしてさほどのものではないとはいえ、それらを細い糸でつなげて精妙な構図を作り出した作者の手腕には脱帽です。 終盤になると真相を覆っていた壁がボロボロと崩されていくこともあって、最終的な真相そのものは、やや意外性に欠ける面があるのは否めません。冒頭の“顔のない男”という状態から、全編を通じて少しずつ厚みを増していった空木精作の人物像は、強く心に残ります。プロローグと対応するエピローグも見事です。地味ながら、傑作というべきでしょう。 2003.10.21読了 [北森 鴻] |
残像 The Persistence of Vision ジョン・ヴァーリイ |
1978年発表 (冬川亘・大野万紀訳 ハヤカワ文庫SF379) |
[紹介と感想]
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おさかな棺 霞 流一 | |
2003年発表 (角川文庫 か40-1) | ネタバレ感想 |
[紹介と感想]
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嘲笑う闇夜 The Running of Beasts プロンジーニ&マルツバーグ | |
1976年発表 (内田昌之訳 文春文庫 フ21-1) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 怪作として名高い『裁くのは誰か?』に先立って発表された、B.プロンジーニとB.N.マルツバーグのコンビによる最初の合作ですが、破壊力という点では『裁くのは誰か?』に一歩譲るものの、こちらも相当ヘンな作品であることは間違いありません。まず、5人の視点人物のうち、雑誌記者のヴァレリーを除く4人の男たち――地元新聞記者のクロス、警部補のスミス、治安官のケリー、そして元俳優のフック――がいずれもどこか常軌を逸した人物となっているのがユニークです。しかも、その方向性の違い――クロスのエゴイズム、スミスの妄執、ケリーの狂信、フックのただならぬ不安定さ――による相乗効果で、物語はのっけから独特の異様な雰囲気に包まれています。特に、彼らの内面描写が中心となる序盤は非常に強烈で、正直なところ、読み進めるのが苦痛に感じられる部分もあります。
しかし、事件が新たな動きを見せ始める中盤以降は、視点人物がめまぐるしく入れ代わることでスピード感が強調され、解説で表現されている通りジェットコースターのような展開となります。加えて、ある登場人物が暴走を始めてしまうため、物語は一層スリリングなものとなっていきます。このあたりは、ページをめくる手がなかなか止まりません。 その怒濤の展開に比べて、“切り裂き魔”の正体が力不足なのがもったいないところです。個人的には、このコンビならばもっとアンフェアな真相でもかまわなかったのですが、こちらの予想を大きく越えるというものではありませんでした。ただし、凄絶なエピローグは十分に衝撃的で、この怪作にふさわしいといえるのではないでしょうか。 余談ですが、クロスが密かに書いている本の内容がどんどん無茶苦茶なものになっていくところは笑えました。 2003.11.04読了 [プロンジーニ&マルツバーグ] |
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