地球間ハイウェイ Down the Bright Way
[紹介]
無数の並行地球をつなぐ経路である〈輝き〉をたどり、様々な地球を訪れては文明の発展を助け、人類を導いていく〈巡りびと〉たち。百万年以上も前にその旅を始めた最初の一人、〈見者〉一族のジュイが抱く究極の目的は、〈輝き〉を作り上げた謎の存在〈創建者〉を見つけ出すことだった。だが、旅を続けるジュイの前に現れたのは……。
[感想]
パラレルワールドを扱ったSFですが、異世界の地球の様子を詳細に描くのではなく、〈輝き〉をたどり地球から地球へと移動していく〈巡りびと〉たちの旅そのものが中心になっているところが非常にユニークです。謎の存在が構築した地球間ハイウェイ〈輝き〉は、フレデリック・ポール『ゲイトウェイ』やロバート・J・ソウヤー『スタープレックス』などのパラレルワールド版といった印象ですが、複数の世界が直線状に連なっているという構造は特徴的といえるかもしれません。
物語は、〈巡りびと〉を率いるジュイやその右腕クェンセ、〈巡りびと〉と付き合うことにあこがれるビリーなど、複数の人物の視点で進んでいきます。これによって、〈巡りびと〉という存在、その活動や使命などが多角的に描かれている反面、物語がなかなか動き出さないという難点もあります。興味深くはあるのですが、序盤がやや冗長に感じられるのは否めません。
中盤になって事件が起こると、物語は次第に加速していきます。〈創建者〉を探し出すという使命のもとに組織された〈巡りびと〉に対して、その使命そのものを脅かす危機が迫る展開は、なかなかスリリングです。しかもそこには、〈輝き〉の直線的な連結という設定がうまく取り入れられていたり、ある登場人物によるトリッキーな反撃が行われたりするなど、面白いアイデアも盛り込まれています。
終盤には“善”と“悪”とが激しく交錯し、重いテーマが浮かび上がってきます。しかし、あくまでもエンターテインメントらしく、最後は清々しく希望の持てる場面で終わっています。前述のようにやや難はありますが、ユニークなアイデアを壮大なスケールで展開した快作といえるのではないでしょうか。
戻り川心中
[紹介と感想]
大正末期から第二次大戦あたりまでの時代を舞台に、優れた技巧で情緒あふれる世界を描き出す、花をモチーフとした連作ミステリ“花葬シリーズ”の五篇を収録した短編集です(なお、後に刊行されたハルキ文庫版には、シリーズの残り三篇「菊の塵」・「花緋文字」・「夕萩心中」が追加収録されています)。
語り手が語る事件の顛末を通じて、登場人物が心の奥に秘めた思いをあらわにすることに力が注がれている感がありますが、意外な結末に向かって入念に組み立てられた物語には一分の隙もなく、ミステリとしても非常によくできていると思います。
個人的ベストはやはり、日本推理作家協会賞を受賞した表題作「戻り川心中」。
- 「藤の香」
- 色街で繰り返される凄惨な殺人事件。被害者の男たちはいずれも、刺殺された上に顔を砕かれていたのだ。現場近くで目撃されて容疑者となったのは、文字を書けない女性たちの代わりに手紙を書く、心優しい代書屋の男だった……。
- 時代設定が巧みに生かされた佳作。人々が背負わなければならないものの重さに、暗澹たる思いが残ります。
- 「桔梗の宿」
- 桔梗の花を握りしめて殺されていた男は、その前に娼館を訪れていた。別の客と一緒だったという、まだ十五、六にしか見えない若い娼婦は、何かを知っているようだったが口を開かない。刑事は、一人の客として娼館を再訪したが……。
- 中心となるネタはミステリでしばしば使われるもので、同じネタを使った他の作品を先に読んでいたこともあって、あまり驚きはありませんでした。しかし、これまた時代や舞台をうまく使った仕立て方が、実に見事です。
- 「桐の柩」
- 自分を拾ってくれた兄貴分は、組の中でも一目置かれる存在だったが、親分の片腕だった男が殺された後、その女房と人知れず奇妙なやりとりを続けていた。そんな中、兄貴分は人を一人殺すよう命じてきたのだが、その相手は……。
- 本書の中で、ミステリとしての面白さが最もわかりやすい作品といえるかもしれません。一見すると無意味に思える殺人の裏に隠された真相は秀逸。最後の暗合も印象に残ります。
- 「白蓮の寺」
- 記憶の中で、母は一人の男を殺していた――地方の寺に生まれ育った鍵野史朗は、幼い頃の火事で父を亡くした後、母に連れられて村を出た。その時の炎の記憶は心にしっかりと焼きついている。だが、殺人の記憶は何なのか……?
- 途方もない真相にもかかわらず納得させられてしまうのは、知らぬ間に張り巡らされた伏線のゆえか。壮絶ともいえる“思い”に圧倒されます。
- 「戻り川心中」
- 二度にわたって心中を企て、結果的に二人の女を死に追いやった歌人・苑田岳葉は、情死行の経緯を「桂川情歌」及び「菖蒲歌集」という二大傑作歌集に仕立て上げた末に、自ら命を絶った。その心中に隠された意外な真実とは……?
- 思わず目を疑ってしまう驚愕の真相。あまりにも美しく哀しいラストシーン。傑作です。
銃、ときどき音楽 Gun, with Occasional Music
[紹介]
感情や記憶をコントロールする合法ドラッグが蔓延し、進化療法を受けて知能が増大した動物が街を歩き回り、人々の生活はカードに記録されたカルマ・ポイントによって管理される社会。検問局をやめて民間検問士を営むメトカーフは、二週間前まで仕事を引き受けていた依頼人が殺されたことを知る。やがて、その事件の容疑者となった男が事務所に現れて無実を訴え、真犯人を探してほしいと依頼してきたのだ。捜査を始めたメトカーフだったが、いきなりカンガルーの殺し屋に狙われてしまい……。
[感想]
近未来の管理社会を舞台にしたSFハードボイルドです。SFといっても、(“進化療法”を除けば)現代よりもそれほど進んだ科学技術が登場するわけではなく、一種異様な文化/社会を描き出すことに重点が置かれています。
“カルマ・ポイント”を通じた管理、蔓延する様々な合法ドラッグ、そして“進化療法”による知能増大、といったあたりがこの社会の特徴ですが、個々をみるとどこか既視感があります。しかしそれらが一つにまとまって、何ともいえない悪夢的なディストピアが生み出されているところが印象的です。また、検問局の検問官と免許を持つ民間検問士以外は他人に質問することすら許されないという設定も、管理の厳しさをうかがわせます。
その世界の中で、検問局勤めに嫌気が差して民間検問士に転じた主人公・メトカーフの立場や言動は、ハードボイルドとしてオーソドックスなものといっていいでしょう。ドラッグに耽溺し、うだつの上がらない日々を送りながらも、しゃれたやり取りも交えつつきっちり筋を通そうとするあたりは魅力的です。
終盤には思わぬ展開もあり、また事件の謎解きも思いのほかよくできています。ユニークなSFハードボイルドとして、一読の価値はある作品です。
レイニー・レイニー・ブルー
[紹介と感想]
奇抜で派手な出で立ちと相手を選ばぬ鋭い舌鋒で、“熊ん蜂”とも呼ばれる車椅子の名探偵・熊谷斗志八(『ifの迷宮』にも少しだけ登場しています)を主役とした連作短編集です。
個人的ベストは「密室の中のジョゼフィーヌ」。
- 「人の降る確率」
- 病院の屋上から転落した人間が消失してしまった。屋上には揃えた靴と遺書が残され、窓の外を落ちていく人影も目撃されたのだが、落下地点には誰も見当たらない。そしてその夜、まさにその場所に墜落死体が出現した……。
- エドワード・D・ホック「長い墜落」(『サム・ホーソーンの事件簿 I』などに収録)を思い起こさせる不可能状況が魅力的です。思いのほか早いタイミングの解決には意表を突かれましたが、真相はまずまず。
- 「炎の行方」
- 療護施設の隣家で深夜に発生した不審火。何とか延焼は免れたものの、焼け跡からは死体が発見される。現場には遠隔操作できる発火装置が仕掛けられていたのだが、容疑者にはアリバイが成立してしまう……。
- 発火装置が遠隔操作できるにもかかわらず、アリバイが成立するという逆説的な状況が面白いと思います。トリックは比較的シンプルですが、効果は鮮やかです。
- 「仮面人称」
- 三十年ぶりに行われる神社の秘事・奉納舞。面を着けて“仙姫”を演じる巫女は、神主の娘だった。だが彼女は、舞台の上で毒を飲んで倒れる。神社に伝わる“仙姫”の伝説通り、獣の貌に変じた人々の姿を目にしたらしいのだが……。
- 井上雅彦監修『異形コレクション マスカレード』にも収録されただけあって、ホラー風味のミステリとなっています。冷静に考えればバカミス的なトリックですが、見せ方が工夫されています。
- 「密室の中のジョゼフィーヌ」
- ラジオの人気パーソナリティが、自室の中で睡眠薬を飲んで亡くなった。ドアの鍵は合鍵を作るのが不可能な電子錠で、現場は完全な密室状態。鍵は室内に残されており、状況から自殺だと判断された。しかし……。
- ユニークな密室もの。精巧な電子錠だということもあって、不可能性は非常に高いのですが……物語は思わぬ方向へ展開していきます。分量のせいか、やや取ってつけたように感じられる部分もありますが、非常に面白い作品です。
- 「百匹めの猿」
- 東西の探偵たちが集まった山荘のパーティ。話題はいつしか、一年前にこの山荘で起きた転落事故へと移っていった。夜中に突然起き上がった夫が、サンルームのガラス窓を突き破って崖下へ転落し、死んでしまったのだ……。
- 島田荘司編『21世紀本格』にも収録された作品。ミステリ部分はまずまずといえるかもしれませんが、序盤から擬似科学の理論(トンデモ)が登場し、終盤には突如意外な展開をみせています。正直なところ、今ひとつよくわからない作品です。
- 「レイニー・レイニー・ブルー」
- 英国から来日した車椅子の老富豪が、その車椅子をホテルの部屋に置いたまま、行方不明となってしまった。手がかりは、部屋に残された不可解なメモだけだった……。
- 謎は魅力的ですが、解決はさほどでもありません。もっとも、謎解きよりもテーマの方に力が注がれた作品なので、決して弱点ではありませんが。
- 「コクピット症候群{シンドローム}」
- 自室に閉じこもり、おびただしい数の小鳥とともに暮らす青年は、向かいのアパートで起きたガス中毒死事件の顛末を目撃していた。階上に住む老女の過失が原因とされたのだが、本当にそうだったのか……?
- 意表を突いた真相が非常に鮮やかです。
殺意のシナリオ The Last of Philip Banter
[紹介]
妻ドロシーの父親が経営する広告代理店の社員となったフィリップ・バンターだったが、ある朝、自分のオフィスの机の上に見知らぬタイプ原稿を発見する。フィリップ自身の“告白”として記されたその内容は、自分の周囲で起きる未来の出来事を綴ったものだった。不安に駆られながら帰宅したフィリップは、その“告白”に記された通りのことが起きていることに気づく。自分の頭がおかしくなってしまったのか? この“告白”を書いたのは誰なのか? 襲いくる恐怖をまぎらわすために酒におぼれていくフィリップは……。
[感想]
J.F.バーディンの長編第二作ですが、第一作『死を呼ぶペルシュロン』と第三作『悪魔に食われろ青尾蝿』という二大怪作に比べると、衝撃度という点でやや落ちるのは否めません。これはあくまでも相対的なものですが、あまりにも独特で異様な世界が構築されていた前述の二作とは違って、本書のように不可解な手記を中心に据えたミステリが、今となってはかなり見慣れたものになっているためだと思われます。もちろん、本書が五十年以上も前に書かれたことを考慮すべきなのでしょうが、訳文にも内容にも古めかしいところがほとんど感じられず、現代の作品といっても通用しそうなことがかえって仇となっているようにも思えます。
とはいえ、謎めいた発端は十分に魅力的ですし、フィリップが“告白”に記された未来の予言から逃れようと四苦八苦しながらも、結果的に大筋ではそれに従うことになってしまうというあたりもなかなかよくできています(個人的には、ある種の時間テーマSF――歴史を改変しようとする努力が無に帰してしまう類のもの――にも通じるところがあるように思います)。また、フィリップが少しずつ“壊れて”いく様子は、異様な心理描写を得意とする作者の本領発揮といったところでしょう。
少々残念なのが終盤で、やや仕方ない面もあるとはいえ、冒頭の謎のつじつま合わせに終始しているような感があります。さらに、犯人や動機がかなり見え見えな割に、謎解き役の手際がよくないところも釈然としません。前半がなかなかの出来だけに、もったいないところです。