どんどん橋、落ちた
[紹介と感想]
五篇中四篇に“挑戦状”が挿入されるなどフェアプレイを強く意識したパズラー集であり、なおかつ読者の予想を裏切るサプライズに満ちた作品集です。
“問題篇”の大半は物語としての面白さがほとんど削ぎ落とされ、“謎”だけをむき出しにしたような内容ですし、「どんどん橋、落ちた」や「ぼうぼう森、燃えた」の(作中の綾辻に提示される)“解決篇”に至ってはクイズの解答そのままといっても過言ではないほど素っ気ないものになっています。
しかし本書は、決して単なる推理クイズ集ではありません。いずれの作品においても、ミステリ作家・綾辻行人自身を主役としたメタフィクション的な構成を採用することで、持ち込まれた難解な“謎”に挑む人間の思考がきわめてストレートに描かれていますし、時に推理作家としての苦悩がさらけ出された私小説的な雰囲気も漂っています。
とはいえ、フェアプレイとサプライズの両立(だけ)をひたすら追求した実験的な作品集であることは確かで、大いに好みの分かれるところだとは思いますが、その“騙し”の技術は間違いなく一読の価値があるといえるのではないでしょうか。
- 「どんどん橋、落ちた」
- 綾辻行人を訪ねてきたU君は、自作の犯人当て小説を携えていた。どんどん山の中にあるどんどん橋のたもとで起きた殺人事件を描いたその小説「どんどん橋、落ちた」の真相は……?
- 初出のアンソロジー(鮎川哲也・島田荘司編『ミステリーの愉しみ 第五巻 奇想の復活』)で読んでいたはずなのですが、まったく覚えていませんでした。デビュー作『十角館の殺人』を思わせるネーミングにはニヤリとさせられますが、唖然とさせられる真相もまた必笑です(怒る人もいるかもしれませんが……)。
- 「ぼうぼう森、燃えた」
- 再び訪れたU君は、またもや自作の犯人当て小説を披露する。その「ぼうぼう森、燃えた」に描かれた、山火事の最中に起きた事件の真相を、綾辻行人は見抜くことができるのか……?
- 読んでいて呆れてしまうほどに、前作「どんどん橋、落ちた」の形式をそのまま踏襲した作品。山火事を背景にした双子絡みの事件というのは、エラリイ・クイーン『シャム双生児の秘密』を意識したものでしょうか。この作品の真相もなかなか強烈です。
- 「フェラーリは見ていた」
- 綾辻行人が編集者U山氏の別荘で聞き込んだ、近所の葛西氏の邸で起きた不可解な事件。その夜邸に集まって麻雀をしていた人々の誰にも犯行の機会はないと思われたが……。
- 本書の中で唯一“挑戦状”のない作品で、実在の人物をモデルにした安楽椅子探偵風の物語となっています。麻雀に関する妙に細かい妄想(?)(205頁)に思わず苦笑。真相もさることながら、それを成立させるための工夫が秀逸です。
- 「伊園家の崩壊」
- 知り合いの作家・井坂先生から、とある事件の解決を依頼された綾辻行人。それは、長いこと続いてきた平和な暮らしに翳りが見え始めた伊園{いぞの}家を襲った、悲劇的な事件だった……。
- かの有名な“アレ”を元ネタにした、とてつもなくブラックな味わいのパロディで、何だかトラウマになってしまいそうです。“現実”の事件の記録を綾辻が“犯人当て小説”として読み解くという、異色の構成が光っています。
- 「意外な犯人」
- 久しぶりに訪ねてきたU君が取り出したビデオテープ。そこに録画されていたのは、かつて綾辻行人自身が原案を書いた推理ドラマだったが、今ではもうすっかり内容を忘れていて……。
- 綾辻行人原案の推理ドラマ「意外すぎる犯人」を下敷きにした作品。トリックには今となっては見慣れたところもありますが、そこから先の展開が新鮮。そして結末は、ミステリ作家・綾辻行人の決意表明なのでしょうか。
デス・コレクターズ The Death Collectors
[紹介]
発見された死体には、蝋燭と花による異様な装飾が施されていた。事件を追うモビール市警《精神病理・社会病理捜査班(PSIT)》のカーソン・ライダー刑事の前に浮かび上がってきたのは、三十年前に死んだ大量殺人犯・ヘクスキャンプが残したという絵画。かくしてカーソンは、同僚のハリー、そして強引に捜査に同行する許可を取り付けたTV局の女性記者・ディーディーらと協力して、殺人鬼ゆかりの品を集めるコレクターの世界へと潜入し、今回の事件とヘクスキャンプの絵画との関係を探ろうとするが……。
[感想]
『百番目の男』に続く、“サイコスリラー+警察小説”のシリーズ第二弾です。前作は、あまりにも常軌を逸した真相が強烈なインパクトを残す、すさまじいまでのバカミスでしたが、今回はそのあたりはおとなしめ。しかしながら、物語の中で異様な真相が極端に突出していた前作と比べると、全体のバランスがよくなっているのは明らかで、プロットがより複雑化しているにもかかわらず読みやすくなっているところが見逃せません。
前作では、サイコスリラーとしての側面を形作っていたのは主に殺人犯自身でしたが、本書でクローズアップされているのは、殺人鬼にちなんだ様々な品を手に入れることに血道を上げる異端のコレクターたち。そもそもコレクターという人々は、端から見れば理解不能な行為に情熱を燃やす異質な存在であるわけですが、本書に登場する“デス・コレクターズ”は収集対象が対象だけに、その背徳的な欲望のいびつさが強烈に伝わってきます。そして、主人公のカーソンが(前作を読んだ方はお分かりの)“特別なコネクション”を生かしてその特殊な世界に潜入するという展開が、本書の見どころの一つといえるでしょう。
“PSIT”のカーソンとハリーのコンビに、TV局の女性記者・ディーディー、さらには三十年前に大量殺人犯・ヘクスキャンプを捕らえたウィロウ元刑事らが加わり、不可解な事件と“アート”とのつながりを中心に捜査が少しずつ進んでいきますが、さらにカーソン自身にも関わる奇怪な謎も登場してくるなど、事態はむしろ混迷を深めていく印象。回り道めいた捜査のプロセスが時にもどかしく感じられるきらいもないではないですが、それでも終盤までうまく読者の興味を引っ張ることに成功していると思います。
最後に明らかになる真相は、前作ほど突拍子もないものではないとはいえ、十分に意表を突かれましたし、浮かび上がってくる犯人の邪悪さは強く印象に残ります。きれいにまとめられた感のあるラストも見事で、なかなかよくできた快作といっていいのではないでしょうか。
塔の断章
[紹介]
出版社の企画した、小説をゲーム化するプロジェクト。その中心メンバーとなった八人の男女が、出版社のオーナーである十河家の別荘に集う。湖畔の風景を眺めるため、二階建ての別荘から天空へ向けて高くそびえ立つ尖塔。一同が別荘で夜を過ごした翌朝、イラストレーターとしてプロジェクトに参加していた社長令嬢が、その尖塔から墜落死しているのが発見された。しかも彼女は、人知れず妊娠していたのだ。事件の真相は、一体……?
[感想]
「塔の序章」と「塔の終章」との間に、「塔の断章」と題された多数の断片的なエピソードからなるパートが挟み込まれた、風変わりな構成となっている作品です。しかもそれぞれのエピソードは時系列に沿って並んでいるわけではなく、まるでシャッフルされたかのように徹底してバラバラな順序で配置されています。
とはいえ、各エピソード間の時間的な前後関係はおおむね把握できるので、思いのほか読みにくさは感じられませんし、発端となった塔からの墜死事件の真相を探るという物語の本筋もシンプルでわかりやすく、短めの長編という分量のせいもあって、結末となる「塔の終章」へ向けてすらすらと読み進めることができます。
そして最後に明らかになる作者の企みは……よくもまあこんなことをやろうとするものだと笑って呆れてしまうほどの、まったく予想もしなかった変なネタ。“天然もの”のバカミスとは異なり、冷静な計算に基づいて書かれたものであることは歴然としていますし、文庫版で追加された作者自身による「塔の解説」を読めば、こちらがとても読み取れないようなレベルまで緻密に組み立てられていることがよくわかる(ので、本書を読むならぜひとも文庫版の方を!)のですが、それにしてもその目指しているのがあさっての方向というか何というか。
面白い狙いだとは思いますし、個人的には大いに気に入ったのですが、労力に見合った効果があるかといえば少々疑問。最後まで読み終えたところで肩すかしを喰ったように感じる方も多いかもしれません。実現が難しい上に万人受けはしなさそうな独特のアイデアを、確かな技量でしっかりと形にした作品といったところでしょうか。
グリュフォンの卵 Griffin's Egg and Other Stories
[紹介と感想]
日本ではさほど知名度が高くないものの、毎年のように各賞の候補となり受賞もしている実力派SF作家の、ヒューゴー賞受賞作やネビュラ賞候補作など代表的な短編を集めた日本オリジナルの短編集です。
幻想的な作品からハードSFまでバラエティに富んだ作風が楽しめる反面、これといったインパクトに欠けるきらいもあり、どうしても地味な印象がぬぐえませんが、いずれもよくできた作品ばかりではあると思います。
- 「ギヌンガガップ」 Ginungagap
- “ギヌンガガップ”と名付けられたブラックホールを利用して構築された、恒星間瞬間転送システム。それは、蜘蛛のような姿のエイリアンがもたらした技術によるものだった。そして今、“蜘蛛”の世界への初めての訪問者が送り込まれることになったのだが……。
- 題名の“ギヌンガガップ”とは、北欧神話において二つの世界の間にある深淵を指すもののようです。人類と“蜘蛛”との間に横たわる“ギヌンガガップ”を越えて訪問者を送り込むシステムは、現象としては昔懐かしい“物質電送”に似たようなもので、自己同一性(あるいは“連続性”か?)をテーマとしたなかなか面白い物語となっています。
- 「クロウ」 The Raggle Taggle Gypsy-O
- 混沌とした世界の中で、トラックに乗って逃避行を続けるクロウとアニー。だが、クロウに妻のアニーを奪われたエリック卿は、追っ手を放って二人を追いつめる。ついに捕らえられ、絶望の淵に突き落とされたクロウは、最後の手段で起死回生を狙うが……。
- スコットランドのバラッド(→「The Raggle Taggle Gypsy」)を、トリックスターを中心に据えた“神話”に仕立て上げた、といった感じの作品。主人公のクロウが、自分が神話世界に生きるトリックスターであることを自覚しているのがユニークなところで、それを生かした結末もまずまず。
- 「犬はワンワンと言った」 The Dog Said Bow-Wow
- 二本足で歩き言葉をしゃべる犬・サープラスと出会ったダージャーは、一儲けする企みを抱えてロンドンはバッキンガム大迷宮へと乗り込んだ。某国の外交官に扮したサープラスと従僕役のダージャーは、とある貴族に取り入ろうとしたのだが……。
- スチームパンクとサイバーパンクをミックスしたような世界で繰り広げられる、非常に愉快な冒険活劇です。シリーズ第一作とのことなので、続きも読んでみたいところです。
- 「グリュフォンの卵」 Griffin's Egg
- 月面に都市が建設され、さらなる開発が進められる中、各国の間の緊張が高まっていた地球では、ついに世界大戦が勃発してしまう。そして月面でも、宇宙服を着ていたごく一部を除き、大半の人間が一斉に正気を失うという異常事態が発生し……。
- もともとは単行本として刊行されたらしいノヴェラ(短めの長編)。分量に余裕がある(?)だけあって、序盤から月面での生活の様子や人々の心の動きなどが丹念に描かれ、実にしっかりした物語となっています。未曾有の危機にあって人々を救おうと懸命に奮闘する“リーダー”の孤独は、ポール・アンダースン『タウ・ゼロ』を思い起こさせるものですが、終盤から結末へと至る展開は予想外。
- 「世界の縁にて」 The Edge of the World
- ドナとピギーとラスは、“世界の縁”を見に行った。とりとめのないおしゃべりを続けながら、“縁”にあった階段をどんどん下っていくと、そこには……。
- 「クロウ」と並んで幻想色が強く、難解な作品。少年少女の言葉や回想から読み取れる世界の姿は、本人たちは意識していないにもかかわらず、終末感漂うものになっています。途中で語られるエピソードの一つには、イアン・ワトスン「絶壁に暮らす人々」(『スロー・バード』収録)に通じる奇妙な味わいが。
- 「スロー・ライフ」 Slow Life
- 土星の衛星タイタンの地表に降りて調査を行っていたリジィ・オブライエンは、予期せぬ装備の故障によって立ち往生してしまう。生還が絶望的な状況の中、意識を失ったリジィに語りかけてきた奇妙な声が……。
- 太陽系内を舞台にしたファーストコンタクト・テーマの作品です。調査隊の様子が随時ネットで中継されているのが妙にリアル。未知の概念との遭遇によってもたらされる衝撃と、それを乗り越えようとする意志がしっかりと伝わってきます。
- 「ウォールデン・スリー」 Walden Three
- 軌道コロニー“ウォールデン”を訪れたモード・バタルールは、ここでかつて行われた道化師の公演を撮影した映像を目にする。道化師の天才的な演技に引き込まれたモードだったが、やがて観客の様子がどこかおかしいことに気づき……。
- 必要悪とも思われた強力な管理に対して、たった一人の反乱を試みる道化師の姿が印象に残ります。特に序盤、物語の背景が把握しづらく感じられるのが残念。
- 「ティラノサウルスのスケルツォ」 Scherzo with Tyrannosaur
- タイムトラベルが実現され、人々は過去に赴いてその目で恐竜を見ることもできるようになった。白亜紀後期に設置された研究基地は重要な観光資源となり、古生物学者の“わたし”も支配人として宴を取り仕切っていたのだが……。
- タイムパラドックスをストレートに扱った快作。ロバート・A・ハインラインの某作品ほどの衝撃はありませんが(←比べるのが間違いか?)、それでも十分に面白い物語に仕上がっています。
- 「死者の声」 The Very Pulse of the Machine
- 木星の衛星イオ。調査隊員のマーサは、事故で命を落とした仲間の死体をそりに乗せ、二酸化硫黄の雪の上をはるか遠くの着陸船まで引きずって行こうとしていた。だがその途中、突然無線のスイッチが入り、死者の声が語りかけてきたのだ……。
- 「スロー・ライフ」とよく似た状況を扱ったハードSF。コミュニケーションの手段がうまく考えられていると思いますし、結末も印象的です。
- 「時の軍勢」 Legions in Time
- ミスター・ターブレッコに雇われたエリーが命じられたのは、空っぽの物置のドアを一日八時間監視し続けるという奇妙な仕事だった。ある日、好奇心を抑えきれずに禁じられたドアを開けてしまったエリーは、見知らぬ世界へと足を踏み入れることになり……。
- まるで昔話のような“禁断の扉”といい、物置に関するエリーの突拍子もない推理(
“論理に隙はなかった”
(464頁)って……(苦笑))といい、どことなくユーモラスに感じられる発端ですが、その後はバリントン・J・ベイリーの某作品のような展開になったかと思えば、結末では突如として壮大な話になってしまうという風に、めまぐるしく姿を変えていくところが魅力的な作品です。
ブードゥー・チャイルド
[紹介]
前世、ぼくは黒人でした。チャーリー――それがぼくの名前でした。ある雨の晩にバロン・サムデイがやってきて、ぼくはおなかをえぐられて、そうしてぼくは死にました
――幼い頃から前世の記憶に悩まされてきた中学生の少年・日下部晃士は、それをホームページで公開して情報を募るが、なかなか解決への糸口は得られない。そんな中、留守中の父親あてにかかってきた一本の電話。相手は父親の愛人らしく、家族の平和を守ろうと考えた晃士は父親の代わりに待ち合わせ場所に赴くが、結局は会えないまま、朝帰りをして母親に激しく叱責される。思わず家を飛び出してしまった晃士だったが、帰宅してみると母親は何者かに惨殺されていた……。
[感想]
“前世”を扱ったミステリといえば泡坂妻夫『妖女のねむり』が思い起こされますが、本書の冒頭で提示される主人公の前世の記憶はそちらよりもはるかに生々しく、かつ不可解で、いきなり読者は物語に引き込まれます。また、それがホームページに掲載された文章という体裁を取っているところなどは、発表された年代を考えると興味深く感じられます。
この“前世の記憶”の謎を探るのが中心となっていくかと思いきや、一転して物語の焦点は“現世”へと移ります。まず、一本の電話が平凡だったはずの日常を揺るがすことになるのですが、このあたりについては主人公が中学生だという設定が巧妙で、動揺した主人公の“暴走”も“限界”も、中学生という年代ゆえの行動原理に基づくものと考えればおおむね納得できると思いますし、ある種の“苦さ/痛さ”を伴った共感を覚えるところもあります。
やがて起きた惨劇によって打撃を受けた主人公は、同い年の(義理の)姉とともに“探偵活動”に乗り出しますが、その動機はあくまでも切実ですし、主人公自身の“前世の記憶”が事件に絡んでくることでそれがさらに強められています。そして少しずつ集まってくる手がかりが、主人公の悲観と絶望をどんどんエスカレートさせていくところにも、作者のストーリーテリングの巧みさがうかがえます。
追い詰められた主人公の前に“救い主”として現れる、謎解き役の造形がまた見事で、単にユニークであるというだけにとどまらず、色々な意味でよく考えられていると思います。そしてその口から語られる真相は、思いのほかシンプルにして実に鮮やかであり、“前世の記憶”も含めてすべてを余すところなく説明する印象深い“物語”となっています。
難をいえば、親切な伏線によって真相が見えやすくなっている(しかも“今”ならさらにわかりやすいでしょう)きらいがあると思いますし、題材の扱いに少々クールすぎるところが見受けられるのも気になりますが、全体としてはまずまずよくできた作品といっていいでしょう。