死相学探偵最後の事件/三津田信三
序盤には、捜査協力に訪れた“探偵”たちのうち星影企画が偽者であることが示されていますが、その手がかりが作者のこれまでの作品にある――“知られざる世界傑作怪奇短篇集”
(28頁)→『十二の贄』、“宵之宮累”
・“彼の絶筆”
(30頁)→『五骨の刃』、“迷路のような核シェルター”
(32頁)→『シェルター 終末の殺人』(*1)――ところにニヤリとさせられます。そしてこれは、後に最終決戦に至るための“黒術師”の出題を暗示する伏線といえるかもしれません。
島での連続殺人事件の皮切りなる城崎捜査官殺しは、シリーズ第一作『十三の呪』に登場した呪術〈十三の呪〉……と見せかけて〈十四の呪〉だったという罠が悪辣。読者には、おみくじクッキーの“お前は数を間違った”
(163頁)の方が先に示されているので、城崎宛ての封書で描かれた棒の数(168頁・170頁)を疑ってかかることもできますが、作中の人物にとってはノーヒントなので引っかかるのも無理はないでしょう。
続いて幕を開けるスタッフ連続殺人は、(城崎殺しと同じく)“黒術師”の犯行であることが明らかなので、“呪術で何とかした”で思考停止してしまいそうなところですが、唯木捜査官の“黒術師に操られて自殺させられた”という推理が早々に否定され、呪術の限界をはっきり示してあるところがまずよくできています。“スタッフがすでに死んでいた”という真相そのものは目新しいものではありません(*2)が、食料の不足や血痕の少なさ、ひどい腐敗臭――何より死相が見えなかったという事実に符合してすんなり腑に落ちるものですし、死体の入手に関する序盤の伏線(*3)も周到で、特殊設定が絡んでいるにもかかわらずうまくハウダニットを成立させてあるのがお見事です。
〈十三の呪〉から〈八獄の界〉(→『八獄の界』)までの呪術の見立てが施された“呪術連続殺人事件”であることは、樹海殺しの〈五骨の刃〉までくるとかなりあからさまではありますが、熊井殺しの〈四隅の間〉(→『四隅の魔』)や呂見山殺しの〈六蠱の軀〉(→『六蠱の軀』)などは一見わかりにくくなっていますし、そもそも最初の〈十三の呪〉がスタッフ殺しではなく“仲間外れ”であることで、少なくとも途中までは巧みに隠蔽されているといえます。一方、スタッフの名前の最初の文字を殺された順番につなげて“く・ろ・じゅ・つ・し”になる、“名称連続殺人事件”の趣向は脱力ものですが、“黒術師”の歪んだ稚気を強調する上では効果的です。
スタッフの中でただ一人死者ではなく、また“名称連続殺人事件”にも含まれていない“マユミ”が、“黒術師”側の人間――“黒衣の少年”こと〈小林君〉だったという推理も鮮やかで、“犯罪学者さん”
(130頁・133頁)などの手がかりもさることながら、“名字が花崎”
(129頁)ということで少年探偵団がヒントになっているところに脱帽です。また、“津久井”が“黒術師”という真相については、(少量ながら)食事をしていたことは手がかりとしてやや弱いように思われます(*4)が、宿敵であるはずの愛染様と話したかったという心理が示されるあたりは、“黒術師”の正体につながる伏線といえなくもないような気が……。
唯木捜査官が命を落とした見晴らし台の石筍の罠は、これまた極悪。“私が弦矢俊一郎に挑んだ、呪術殺人事件を並べなさい”
(160頁)という問題で、“黒術師”の呪術ではなかった〈四隅の間〉が除外されるのはわからなくもないのですが、その前の“呪術連続殺人事件”に〈四隅の間〉が含まれているわけですから、アンフェアに近いあざとすぎるミスリードといってもいいように思います。
“黒術師の塔”の一階での“ごこつのやいばのぎせいしゃのかず。”
(355頁)も、作中でも指摘されているように、平仮名表記で〈五骨の刃〉と〈伍骨の刃〉の両方に当てはまるのがいやらしいところ。ということで『五骨の刃』をざっと読み返してみましたが、(以下、一部伏せ字)第一の事件の宵之宮累・矢竹マリア・福村大介・佐官奈那子に、第二の事件の石堂誠・大林脩三で、合計六人になるはずです(*5)(ここまで)。
三階では、“黒術師の生年月日”
(379頁)という無茶な問題に対して愛染様が即答したことが、“黒術師”の正体を匂わせる前作『九孔の罠』の結末の“答え合わせ”となりますが、ついに“黒術師”と対面した俊一郎が思い出す封印された記憶が何とも壮絶(*6)。ということで、“黒術師”が俊一郎の母親という真相、さらには俊一郎の危機に駆けつけた“僕にゃん”の正体も、ほぼ予想どおりではありますが、俊一郎と遊びたかった(*7)というのもさることながら、事件を起こして俊一郎に仕事を斡旋するという動機が強烈で、我が子への歪んだ愛情にもほどがあるといわざるを得ません。
“黒術師”との対決の最後は、分身してみせた“黒術師”に対して、俊一郎が死相の有無で本物を見抜くという、死相学探偵ならではの決着となっているのが非常に秀逸です。
「終章」ではまず、事務所に残った亜弓のもとに届いた俊一郎の祖父・駿作の原稿――島への出発前にかけてあった“保険”
(97頁)が明かされ、その後に事務所に新たな依頼人が訪れている(*8)ことで俊一郎の帰還は間違いなさそうですし、最後の“……にゃ。”
(420頁)で“僕にゃん”も無事に復活したことがうかがえます。そして、駿作の“みんなが帰ってこなかったとき”
(419頁)という言葉からみて、他の面々も同じように戻ってきたと考えていいのではないでしょうか。
*2: 近いところでは、某国内作家の長編((作家名)白井智之(ここまで)の(作品名)『そして誰も死ななかった』(ここまで))に似たような例があります。
*3:
“関東圏の病院の霊安室から、何体もの遺体が消え続けている事件”(33頁)。
*4: “マユミ”を気にかけていたというのも同様ですし、“津久井”がいる時だけ愛染様の体調がよくなったというのも、他のスタッフが“黒術師”であることを否定まではできないように思います。
*5: 『五骨の刃』をお読みになった方はおわかりのように、(以下伏せ字)〈五骨の刃〉だけでも犠牲者は五人ではない(ここまで)わけで、この部分は、
“思いこみが激しい直情型”(335頁)とされる曲矢主任の人物像を強調する狙いもあるように思われます。
*6: これまで俊一郎の両親――母親だけでなく父親についてもほとんど語られてこなかった(はず)ことが、このおぞましい体験を暗示していたといえるかもしれません。
*7: この動機を踏まえると、最後の対決がゲームのような形になっているのも必然といえるのではないでしょうか。
*8: “最後の事件”が“最後”の事件にならないのは、かのシャーロック・ホームズ以来の伝統ということで。
2021.02.08読了