ミステリ&SF感想vol.241

2025.06.29

時空旅行者の砂時計  方丈貴恵

ネタバレ感想 2019年発表 (東京創元社)

[紹介]
 病で死に瀕している妻を救うため、奇妙な砂時計に導かれて2018年から1960年にタイムトラベルした雑誌記者・加茂冬馬。妻の一族に降りかかった“竜泉家の呪い”の発端――妻の祖先・竜泉家の人々が相次いで殺害され、さらに土砂崩れで一族のほとんどが亡くなった“死野の惨劇”の真相を解明することが、妻の命を救うことにつながるという。だが、到着した過去ではすでに奇怪な殺人事件が発生していた。閉ざされた館の中で、土砂崩れがすべてを呑み込むまでの間に、加茂は事件の犯人を暴いて2018年に戻ることができるのか……?

[感想]
 京都大学推理小説研究会出身の作者*1による、第29回鮎川哲也賞を受賞したデビュー作で、“タイムトラベル+館もの”という異色の作品です。巻頭には舞台となる竜泉家の別荘及び周辺の見取図、さらに一族の家系図が掲げられるなど、いかにも“館もの”らしい体裁を取っている一方で、愛する妻を救うために主人公・加茂冬馬が過去へ旅立つ発端は完全にタイムトラベルSFの趣ですが、過去に到着した「第二章」からはしっかり“館もの+未来人”(!)の物語が展開されていきます。

 過去で最初に出会った人物が、タイムトラベルをすんなりと受け入れる“ファーストコンタクト”も興味深いものがありますが、加茂が竜泉家に迎えられる*2際に“名探偵”の役割を振られてしまうのが愉快。しかし、惨劇を止めるために過去へ戻ったはずが時すでに遅く、強固な不可能状況での凄惨な事件が発生しており、多少は過去の知識があるとはいえあまり役に立たない*3中、加茂は土砂崩れまでのタイムリミットも気にしながら事件の謎解きに挑む――という感じで物語は進んでいきます。

 実のところ、事件の謎を解く目的で過去へタイムトラベルをするという作品は少ない*4のですが、私見ではタイムトラベルと謎解きの相性がよくないのが大きな理由で、大ざっぱにいえば、タイムトラベルの自由度が高いほど謎解きを成立させづらい*5反面、自由度が低ければわざわざタイムトラベルを導入した意味が薄くなる*6という具合に、色々と難しいところがあります。しかるに本書では、謎解きを意識した制約*7をタイムトラベルに加えることで、巧みにバランスを取ってタイムトラベルと謎解きを両立させてある*8のがうまいところです。

 終盤には「読者への挑戦」が置かれていることからも明らかなように、タイムトラベルSFを物語の骨格としながらも核の部分はあくまでもミステリであり、なおかつ細かい部分までよく考えられて思いのほか(?)手堅い作りになっている*9のが目を引きます。結果としてわかりやすくなってしまっている部分もありますが、解き明かされる真相はいずれも非常によくできていますし、特殊設定ミステリ(SFミステリ)に付き物の“問題”が生じにくくなっているのも見逃せないところです。

 事件の謎が解かれた後は、タイムトラベルSFの王道として物語の“枠”である現在に戻り、幕切れを迎えます。きれいにまとまった結末は、冷静に考えれば色々と丸く収まりすぎな気もしますが、しかしこれはやはりこうでなくては、といったところ。若干気になる部分もないではないものの、全体的にみてデビュー作らしからぬ細部までしっかりした、それでいて十分なインパクトも備えている快作です。

*1: “令和のアルフレッド・ベスター”というキャッチコピーは、正直よくわかりません(一応、『分解された男』『虎よ! 虎よ!』(作中で言及されるThe Stars My Destination)・『コンピュータ・コネクション』は読んでいますが……)。
*2: 加茂が、すでに起きた事件の犯人ではあり得ないことが明らかにされるのが効果的です。
*3: 並外れた記憶力を持つという設定により、加茂は記録に残っている事件の情報を最大限利用することができますが、そもそも土砂崩れのせいで事件の詳細な状況は不明――という絶妙な状態です。
*4: 本人の意図しないタイムスリップの結果として過去の事件の謎解きをするものを別にすれば、すぐに思い出せるのはジョン・ディクスン・カー『ビロードの悪魔』くらいです(もちろん他にもあるのでしょうが)。
*5: タイムトラベル(と過去の改変)に何の制限もない場合、“犯人による犯行を確認した上でそれを未然に防ぐ”のがベストで、謎解きの必要性がなくなります(最終的には謎そのものがなくなることになる)。
*6: 極端な例として、過去の改変が不可能な場合には、タイムトラベラーは完全に“傍観者”にならざるを得ないので、物語上の存在意義がない――当時の人物だけで十分――ということになりかねません。
*7: さほど特殊なものではありませんが、SF的にみるとやや違和感のある、完全に謎解きを成立させるための制約もあります。
*8: 本書がオープンな舞台ではなく“館もの”となっているのも、一つには、作中の“第二の制約”とクローズドな館を組み合わせることで、タイムトラベルに制限をかける狙いがあるようにも思われます。
*9: 作中の年代(過去)のせいもあるでしょうが、犯人の動機まわりなどは“古風”――というか“横溝正史風”――といってもよさそうな印象です。

2019.11.06読了

或るエジプト十字架の謎  柄刀 一

ネタバレ感想 2019年発表 (光文社)

[紹介と感想]
 世界法医学交流シンポジウムのために来日した、アメリカ人法医学者エリザベス・キッドリッジ。恩人の娘である彼女のガイド役として付き添う南美希風は、法医学のための実地検分として事件現場に赴くエリザベスととともに、次々と不可解な事件に挑む……。

 シリーズ探偵・南美希風を主役に据えて、エラリー・クイーンの〈国名シリーズ〉*1に挑んだ連作短編集です*2。クイーン作品を下敷きにしていますが、あくまでもトリックが中心に据えられている感があります。というのも、“犯人が何のために、何をしたのか/何を隠したかったのか”というトリックの狙いを解き明かすことで、犯人に迫っていく推理の手順になっているからで、(基本的には)『密室キングダム』のような不可能犯罪でこそないものの、トリックメーカーとして知られる作者らしいといえるでしょう。

 個人的な好みでいえばおおむね収録順になりますが、それぞれに異なる趣向でなおかついずれも出来がよく、全体として傑作といってもよさそうな、トリックと推理のコンビネーションが光る作品集です。

「或るローマ帽子の謎」
 帽子コレクターが使用しているらしき、多数の帽子が飾られたトランクルームで、消火器で頭を殴られて殺された男が発見される。犯人は、殺害後も執拗に被害者の頭を殴打したらしく、現場は血まみれとなっていた。コカイン密売との関連も疑われる事件の真相は……?
 帽子だらけの現場で起きた事件ですが、細かい謎はあるものの糸口が見えないところから、“ある発見”をきっかけに事態が進展するのが見どころです。そして二段階の謎解き*3が圧巻で、前半は美希風/犯人の流れるような思考の道筋に、そして後半は予想を超える到達点に、それぞれうならされます。個人的には文句なしの傑作です。

「或るフランス白粉の謎」
 高級住宅で、資産家の老婆が殺害される。被害者にはコカイン密売に関与している疑いがあり、それを裏付けるようにコカインも発見されたが、現場となった部屋には一面に別の白い粉――パウダーファウンデーションが散乱していたのだ。犯人の偽装工作なのか……?
 「或るローマ帽子の謎」と微妙に関連するエピソード*4。白い粉にまみれた異様な現場から、鮮やかに意外な犯人を取り出してみせる手際*5もさることながら、犯人が行ったある工作の目的が何とも強烈で、決して忘れられないインパクトを残します。

「或るオランダ靴の謎」
 大病院の院長が、深夜自宅の母屋で殺害される。雨上がりの中庭には、離れから母屋へ続く足跡が残され、被害者が母屋へ戻ってきたところで事件が起きたとみられるが、被害者はなぜか母屋にあった自分の靴ではなく、夫人が蒐集している木靴を履いていたのだ……。
 本書で唯一不可能犯罪の雰囲気が漂う一篇ですが、トリックそのものよりもその扱い方が注目すべきところでしょう。また、解明の端緒となるある手がかりの配置がよくできていると思います。

「或るエジプト十字架の謎」
 様々な形の岩が無数に広がる奇観で知られるキャンプ場。そこで合宿を行っていた芸術大学の学生たちが、T字形の案内板に両腕を広げて磔にされた死体を発見する。しかも死体の首が切断されていたのだ。OBの外部講師として学生たちに同行していた南美希風は……。
 クイーン『エジプト十字架の謎』さながらの死体が目を引く作品……というか、その死体から出発して逆算する形ですべてが組み立てられている、ととらえるのが適切かもしれません。犯人の心理など、やや強引に感じられる部分もありますが、それでも真相は面白いと思いますし、何より解明につながる大胆なヒント(伏線)が秀逸です。
*1: 既読ではありますが、最後に読んだのは二十年以上前でほとんど忘れており、今から読み返す気力もないので、残念ながら元ネタとの関連はちょっとわかりません。
 なお、私の場合、クイーンはハヤカワ文庫から入ったので“エラリイ”表記の方がなじみがあるのですが、ここはさすがに“エラリー”表記にしておきます。
*2: 本書に続いて、『或るギリシア棺の謎』『或るアメリカ銃の謎』「或るシャム双子の謎」も収録)、『或るスペイン岬子の謎』「或るチャイナ橙の謎」「或るニッポン樫鳥の謎」も収録)が刊行されています。
*3: 二段階の間の部分がやや冗長(というか迂遠)に感じられるきらいがないでもないですが、これはやむを得ないところでしょうか。
*4: 「或るローマ帽子の謎」の解決に触れた個所がありますので、必ず順番にお読みください
*5: 若干気になるところもないではないですが。

2019.11.11読了  [柄刀 一]

時を壊した彼女 7月7日は7度ある  古野まほろ

ネタバレ感想 2019年発表 (講談社)

[紹介]
 七月七日、夜。高校の屋上での、吹奏楽部の仲間五人のささやかな七夕祭りを、謎の爆発が襲った。“タイムマシン”をハイジャックして未来からやって来た二人の少女ハルカとユリが、“タイムマシン”を爆発させてしまったのだ。その爆発は、部長の真太を激しく吹き飛ばし、屋上から転落死させてしまう。残された四人の現代人と二人の未来人は、理不尽な死をなかったことにすべく、協力して過去を書き換えようとするが、七月七日を繰り返すたびになぜか犠牲者が増えていく。望んだ未来をなかなか実現できないまま、過去の繰り返しのリミットが迫ってくるが……。

[感想]
 本書は古野まほろの非シリーズ長編で、西澤保彦『七回死んだ男』を髣髴とさせるタイムループ・ミステリです。実際に、回数制限のある過去の繰り返しを通じて犠牲者を救おうとする大筋は『七回死んだ男』と同様で、繰り返しのメカニズムや物語の方向性、雰囲気などはだいぶ違うものの、ひとまずは“古野まほろ版『七回死んだ男』*1といえばわかりやすいかと思います。

 物語は、未来の少女ハルカとユリが“タイムマシン”を強奪する一幕に始まり、作中の現在(2020年)に到着して、吹奏楽部の部員を巻き込んだ“タイムマシン”の爆発を経て、未来人と現代人の“ファーストコンタクト”が始まるところまではスピーディに進んでいきます。そこから先、死亡事故を起こした未来人の処遇を含む対応策の検討、そして“過去のやり直し”が決まってからのタイムトラベルの説明と、かなりの分量を割いて*2話し合いがじっくり描かれているのは好みの分かれるところかもしれませんが、個人的にはなかなか面白いと思います*3し、細部をゆるがせにしない作者らしさの表れといえるのではないでしょうか。

 タイムトラベルの設定は、物語の要請上、ある程度複雑*4、かつ少々ご都合主義的に感じられる部分もあります。作中の“タイムマシン”は、本来は過去の自分に記憶を転写するだけの機能しかなく*5、発端の2020年への“タイムマシン”ごとの移動からして作中でも“奇跡”とされている有様ですが、その後の“やり直し”は本来の機能に沿った形になります。ただし、タイムトラベルに制限を加えるための細かい設定*1が、これまた少々都合よく組み立てられている感はありますが、これら設定まわりは物語を成立させるための所与の“ルール”として受け入れるべきところでしょう。

 いよいよ始まるタイムトラベルは、巻頭の「contents」“試行第一回”などと示されていることからもわかるように、試行錯誤の繰り返しとなっていきます。“試行第六回”まで失敗が続くのは“お約束”として、各試行での計画の推移――過去の出来事のどこから手をつけていくか――が実に自然で、よく考えられていると思います。また、各試行での描写は前回までとの“差分”が中心となりますし、描写の視点が変わる*7ことで同じ出来事でも見方が違ってくる*8上に、完全に予想外の事態まで発生するなど、決して飽きさせない作りになっています。

 六度にわたる失敗を経て、それまでの試行を一つずつ検証していく怒涛の解決篇は圧巻。ある程度予想できる部分もありますが、それも含めて一足飛びに結論を出すのではなく、あくまでも細かいステップの積み重ねを通じて真相に迫っていく作者らしい謎解きは、やはり見ごたえがあります。またその中で、登場人物たちが抱える想いが痛みとともに明かされていくのも、青春ミステリらしい魅力といえるでしょう。そして最後には、インパクトのある真相に加えて予断を許さない展開も用意されており、大満足です。

 作者にしては珍しく、細かいところに若干の齟齬があるようにも思われますが、それは決して瑕疵というほどのものではなく、それだけ複雑に入り組んだ物語が構築されている*9ことの証というべきでしょう。全体としてはやはり、名作『七回死んだ男』に真っ向から挑んだ点まで含めて意欲的な傑作といっていいのではないでしょうか。

*1: 明らかに『七回死んだ男』を意識していることをうかがわせる箇所もあります。
*2: “ファーストコンタクト”の始まりからタイムトラベルの開始まで、実に100頁強となっています。
*3: 特に前半は、“過去のやり直し”をすることがわかっている読者からすると迂遠に感じられる向きもあるかもしれませんが、SFではあまり見かけない論点が出ているのが個人的に興味深いところです。
*4: さすがに、豪快に“個人の体質”で片づけてしまった『七回死んだ男』と比べるのはアレですが……。
*5: ジェイムズ・P・ホーガン『未来からのホットライン』などのような、情報だけを送る“タイムマシン”となっています。
*6: 設定そのものではありませんが、ある化学物質の量を(質量ではなく)“ml”“㎕”といった液量(体積)で表現してあるのは、個人的に非常に居心地の悪いものがあります(わかりやすくするためなのでしょうが……)。
*7: 記憶を持って過去に戻ることができるのは一度に四人までという制限もあって、その人選は毎回同じではなく、結果として視点人物も変わっていきます。
*8: このあたりは、単視点描写の『七回死んだ男』よりも、(設定上、多視点描写のような側面もある)スチュアート・タートン『イヴリン嬢は七回殺される』の方に近いところがあるかもしれません。
*9: あれこれ書いていたら、ネタバレ感想のファイルサイズが過去最大(59.2KB)となってしまいました(ちなみに、これまで最大だったのは阿津川辰海『名探偵は嘘をつかない』です)。

2019.11.14読了  [古野まほろ]

潮首岬に郭公の鳴く  平石貴樹

ネタバレ感想 2019年発表 (光文社)

[紹介]
 函館で有名な岩倉家の美人三姉妹、彩芽・柑菜・咲良。その三女・咲良が行方不明となり、潮首岬の海岸で見つかった遺留品のそばには、血のついた鷹のブロンズ像があった。凶器と思われるその置物は、岩倉家にあったものだった。三姉妹の祖父・松雄は、家にある芭蕉の短冊額のことを思い出す――「一つ家に 遊女も寝たり 萩と月」「旅に病んで 夢は枯野を 駆け廻る」「鷹ひとつ 見つけてうれし 伊良湖崎」「米買ひに 雪の袋や 投頭巾」。やがて咲良の遺体が見つかっても、犯人の手がかりは得られないまま、事件は新たな展開を見せる……。

[感想]
 『誰もがポオを愛していた』(未読)などで知られる作者の新シリーズ第一作*1で、北海道は函館を舞台に、地元の有力者の三人娘が俳句の見立て*2とともに殺害されていくという、横溝正史『獄門島』を髣髴とさせる事件の顛末が描かれています。

 終盤まで物語の主体となるのは、所轄署の舟見警部補と山形警部のコンビを中心とした警察の地道な捜査です。なかなか有力な手がかりが見つからないまま事件が進行していくために、捜査は思いのほか広範囲にまで及ぶことになります*3が、登場してくる数多くの人物は、北海道弁(?)を多用した語り口も相まってそれぞれに印象に残りますし、多角的な証言の積み重ねによって、岩倉家を取り巻く事情が次第に浮かび上がってくるのが見どころです。

 警察の捜査に焦点が当てられていることもあってか、三姉妹の連続見立て殺人という割にあまり派手な印象がないのは確かで、個人的には見立てが少々物足りない気がしないでもない――それこそ『獄門島』の時代ならばいざ知らず、最近の作品と比べてしまうと――ですが、見立ての“お題”が俳句であることを考えれば、最小限の装飾にとどめるのがふさわしいといえるかもしれません。いずれにしても、その(失礼ながら)地味な印象を一変させる、探偵役のフランス人少年ジャン・ピエール・プラット*4による解決篇が圧巻です。

 “皆を集めてさてと言い”どころか“独演会”のような形で行われる謎解きは、しかし“聴衆”の反応もほぼ削ぎ落とされてジャン・ピエールの抑制された語り口*5で淡々と進んでいきますが、それとは裏腹に語られる内容は実に衝撃的。思いのほかトリッキーでよく考えられた犯行もさることながら、思いもよらない動機を中心とした事件全体の真相が強烈で、何とも大胆な伏線にもうならされます。さらにとどめを刺すかのように、最後に事件を語る犯人の言葉も強く印象に残ります。

 『獄門島』と似て非なるようでいて、深いところで相通じるような内容は、『獄門島』優れた“変奏曲”といっていいのではないでしょうか。本書単独でみてもよくできているのはもちろんですが、少なくとも『獄門島』のオマージュとしては文句なしの傑作でしょう。

*1: 本書に続いて、『立待岬の鷗が見ていた』『葛登志岬の雁よ、雁たちよ』『室蘭地球岬のフィナーレ』(いずれも光文社)という続編が発表されています(未読)。
*2: ご存知のとおり、「一つ家に 遊女も寝たり 萩と月」『獄門島』でも使われています。
*3: 傍からみるとかなり“無理筋”もありますが、それでも手を尽くさざるを得ないのがリアルというか何というか。
*4: 岩倉松雄の養子・健二の友人にして、以前に舟見警部補に協力して事件を解決した実績があります。
*5: 立場や状況もありますが、流暢とはいえ異国語で説明しなければならない、というのも一因ではないかと思います。

2019.11.22読了

九孔の罠 死相学探偵7  三津田信三

ネタバレ感想 2019年発表 (角川ホラー文庫 み2-7)

[紹介]
 超能力者を極秘で養成する〈ダークマター研究所〉では、経費削減のために、これ以上の成長が見込めない「年長組」の一部リストラが囁かれていた。そんな中、「年長組」の一人・沙紅螺{さくら}が帰宅中に、背後に現れた不気味な黒い影に追われる事件が発生する。そして死相学探偵・弦矢俊一郎が、事務所に依頼に訪れた沙紅螺の“死視”を行ってみると、目、耳、鼻、口から血が流れ出す、何とも凄絶な死相が表れたのだ。かくして黒捜課とともに研究所に乗り込む俊一郎だったが、なぜか新垣警部は不在。そして警備をあざ笑うかのように、第一の事件が……。

[感想]
 〈死相学探偵シリーズ〉の第七弾となる本書では、“死相学探偵”弦矢俊一郎が〈ダークマター研究所〉なるうさんくさい名称の(苦笑)超能力研究施設での事件に挑むことになりますが、いよいよシリーズも大詰めに近づいてきたようで、恒例の呪術が絡んだ事件の解決に加えて、宿敵“黒術師”の右腕として暗躍してきた“黒衣の女”との対決が大きな見どころとして盛り込まれています。

 舞台となる〈ダークマター研究所〉には(意外にも?)、“黒術師”の呪術に対抗できるほどではない*1とはいえ、予知や読心術など各種の能力を操る“本物”の超能力者が存在する様子で、それぞれにくせのある超能力者たちに加えて、俊一郎の祖母・愛染様をして“互角かもしれん”と言わしめる“女傑”の会長まで登場するなど、事件関係者たちは多士済々。しかし“本物”であっても、成果が期待できなければリストラ候補になってしまうというのは、何とも世知辛いところではあります。

 リストラの“ライバル”たちの皆殺しという事件にふさわしく、犯人が使う呪術〈九孔の穴〉は総勢九人もの標的を対象とするもの。暫定的に犯人自身を標的に含めて“数合わせ”ができる*2一方、殺害を遂げるには標的に二度近づく必要がある*3という微妙な仕様には、作者の都合――前者は“死視”で犯人が特定されるのを防ぎ、後者は“次の犠牲者”を早々に確定させることで、被害者に焦点を当てたホラー/サスペンス的な描写を充実させてあります*4――が透けてみえるのが若干気になりますが、これはやむを得ないところでしょうか。

 さて、新垣警部の不在もあって黒捜課の警備も今ひとつ精彩を欠き*5、相次いで犠牲者が発生していく中、事件は急転直下の解決を迎えます。そこでまず明かされる真相だけをみると拍子抜けですが、そこから先が本書の真骨頂で、俊一郎による謎解きが進むにつれて明らかになっていく、作者の企みには脱帽せざるを得ません。とりわけ――いくつかある類似の前例との決定的な違いとして――ある意味で“ホラーミステリならでは”の仕掛けになっているのが非常に秀逸です。

 最後には前述のように“黒衣の女”との対決が用意され、事態が大きく進展をみせるのはもちろんのこと、終盤には“ある人物”が思わぬ形で再登場してくるなど、シリーズとしての醍醐味も十分。他の作品よりもだいぶ短めですし、最終的には――前作『八獄の界』とはまた違った意味で――定型を外れた異色作となっているのですが、それでも期待に違わぬ充実の一冊といっていいでしょう。

*1: したがって“超能力バトル”が展開されることはなく、いつものように話が進んでいきます。
*2: “好きなところで呪術を止めることができる”という都合のいい(?)設定により、犯人自身に危害が及ぶのは避けられます。
*3: 一度目の接近で標的の“防御”を破壊し、二度目の接近で標的を攻撃する、という二段階の手順になりますが、これによって“呪術を途中で止める”操作が納得しやすくなっているところもあるでしょう。
*4: 本書では、被害者視点の描写にそれぞれ一章が割かれています。
*5: 代わりに指揮を取る曲矢刑事としては不本意でしょうが。

2020.01.30読了  [三津田信三]