ミステリ&SF感想vol.241

2025.04.03

時空旅行者の砂時計  方丈貴恵

ネタバレ感想 2019年発表 (東京創元社)

[紹介]
 病で死に瀕している妻を救うため、奇妙な砂時計に導かれて2018年から1960年にタイムトラベルした雑誌記者・加茂冬馬。妻の一族に降りかかった“竜泉家の呪い”の発端――妻の祖先・竜泉家の人々が相次いで殺害され、さらに土砂崩れで一族のほとんどが亡くなった“死野の惨劇”の真相を解明することが、妻の命を救うことにつながるという。だが、到着した過去ではすでに奇怪な殺人事件が発生していた。閉ざされた館の中で、土砂崩れがすべてを呑み込むまでの間に、加茂は事件の犯人を暴いて2018年に戻ることができるのか……?

[感想]
 京都大学推理小説研究会出身の作者*1による、第29回鮎川哲也賞を受賞したデビュー作で、“タイムトラベル+館もの”という異色の作品です。巻頭には舞台となる竜泉家の別荘及び周辺の見取図、さらに一族の家系図が掲げられるなど、いかにも“館もの”らしい体裁を取っている一方で、愛する妻を救うために主人公・加茂冬馬が過去へ旅立つ発端は完全にタイムトラベルSFの趣ですが、過去に到着した「第二章」からはしっかり“館もの+未来人”(!)の物語が展開されていきます。

 過去で最初に出会った人物が、タイムトラベルをすんなりと受け入れる“ファーストコンタクト”も興味深いものがありますが、加茂が竜泉家に迎えられる*2際に“名探偵”の役割を振られてしまうのが愉快。しかし、惨劇を止めるために過去へ戻ったはずが時すでに遅く、強固な不可能状況での凄惨な事件が発生しており、多少は過去の知識があるとはいえあまり役に立たない*3中、加茂は土砂崩れまでのタイムリミットも気にしながら事件の謎解きに挑む――という感じで物語は進んでいきます。

 実のところ、事件の謎を解く目的で過去へタイムトラベルをするという作品は少ない*4のですが、私見ではタイムトラベルと謎解きの相性がよくないのが大きな理由で、大ざっぱにいえば、タイムトラベルの自由度が高いほど謎解きを成立させづらい*5反面、自由度が低ければわざわざタイムトラベルを導入した意味が薄くなる*6という具合に、色々と難しいところがあります。しかるに本書では、謎解きを意識した制約*7をタイムトラベルに加えることで、巧みにバランスを取ってタイムトラベルと謎解きを両立させてある*8のがうまいところです。

 終盤には「読者への挑戦」が置かれていることからも明らかなように、タイムトラベルSFを物語の骨格としながらも核の部分はあくまでもミステリであり、なおかつ細かい部分までよく考えられて思いのほか(?)手堅い作りになっている*9のが目を引きます。結果としてわかりやすくなってしまっている部分もありますが、解き明かされる真相はいずれも非常によくできていますし、特殊設定ミステリ(SFミステリ)に付き物の“問題”が生じにくくなっているのも見逃せないところです。

 事件の謎が解かれた後は、タイムトラベルSFの王道として物語の“枠”である現在に戻り、幕切れを迎えます。きれいにまとまった結末は、冷静に考えれば色々と丸く収まりすぎな気もしますが、しかしこれはやはりこうでなくては、といったところ。若干気になる部分もないではないものの、全体的にみてデビュー作らしからぬ細部までしっかりした、それでいて十分なインパクトも備えている快作です。

*1: “令和のアルフレッド・ベスター”というキャッチコピーは、正直よくわかりません(一応、『分解された男』『虎よ! 虎よ!』(作中で言及されるThe Stars My Destination)・『コンピュータ・コネクション』は読んでいますが……)。
*2: 加茂が、すでに起きた事件の犯人ではあり得ないことが明らかにされるのが効果的です。
*3: 並外れた記憶力を持つという設定により、加茂は記録に残っている事件の情報を最大限利用することができますが、そもそも土砂崩れのせいで事件の詳細な状況は不明――という絶妙な状態です。
*4: 本人の意図しないタイムスリップの結果として過去の事件の謎解きをするものを別にすれば、すぐに思い出せるのはジョン・ディクスン・カー『ビロードの悪魔』くらいです(もちろん他にもあるのでしょうが)。
*5: タイムトラベル(と過去の改変)に何の制限もない場合、“犯人による犯行を確認した上でそれを未然に防ぐ”のがベストで、謎解きの必要性がなくなります(最終的には謎そのものがなくなることになる)。
*6: 極端な例として、過去の改変が不可能な場合には、タイムトラベラーは完全に“傍観者”にならざるを得ないので、物語上の存在意義がない――当時の人物だけで十分――ということになりかねません。
*7: さほど特殊なものではありませんが、SF的にみるとやや違和感のある、完全に謎解きを成立させるための制約もあります。
*8: 本書がオープンな舞台ではなく“館もの”となっているのも、一つには、作中の“第二の制約”とクローズドな館を組み合わせることで、タイムトラベルに制限をかける狙いがあるようにも思われます。
*9: 作中の年代(過去)のせいもあるでしょうが、犯人の動機まわりなどは“古風”――というか“横溝正史風”――といってもよさそうな印象です。

2019.11.06読了

或るエジプト十字架の謎  柄刀 一

ネタバレ感想 2019年発表 (光文社)

[紹介と感想]
 世界法医学交流シンポジウムのために来日した、アメリカ人法医学者エリザベス・キッドリッジ。恩人の娘である彼女のガイド役として付き添う南美希風は、法医学のための実地検分として事件現場に赴くエリザベスととともに、次々と不可解な事件に挑む……。

 シリーズ探偵・南美希風を主役に据えて、エラリー・クイーンの〈国名シリーズ〉*1に挑んだ連作短編集です*2。クイーン作品を下敷きにしていますが、あくまでもトリックが中心に据えられている感があります。というのも、“犯人が何のために、何をしたのか/何を隠したかったのか”というトリックの狙いを解き明かすことで、犯人に迫っていく推理の手順になっているからで、(基本的には)『密室キングダム』のような不可能犯罪でこそないものの、トリックメーカーとして知られる作者らしいといえるでしょう。

 個人的な好みでいえばおおむね収録順になりますが、それぞれに異なる趣向でなおかついずれも出来がよく、全体として傑作といってもよさそうな、トリックと推理のコンビネーションが光る作品集です。

「或るローマ帽子の謎」
 帽子コレクターが使用しているらしき、多数の帽子が飾られたトランクルームで、消火器で頭を殴られて殺された男が発見される。犯人は、殺害後も執拗に被害者の頭を殴打したらしく、現場は血まみれとなっていた。コカイン密売との関連も疑われる事件の真相は……?
 帽子だらけの現場で起きた事件ですが、細かい謎はあるものの糸口が見えないところから、“ある発見”をきっかけに事態が進展するのが見どころです。そして二段階の謎解き*3が圧巻で、前半は美希風/犯人の流れるような思考の道筋に、そして後半は予想を超える到達点に、それぞれうならされます。個人的には文句なしの傑作です。

「或るフランス白粉の謎」
 高級住宅で、資産家の老婆が殺害される。被害者にはコカイン密売に関与している疑いがあり、それを裏付けるようにコカインも発見されたが、現場となった部屋には一面に別の白い粉――パウダーファウンデーションが散乱していたのだ。犯人の偽装工作なのか……?
 「或るローマ帽子の謎」と微妙に関連するエピソード*4。白い粉にまみれた異様な現場から、鮮やかに意外な犯人を取り出してみせる手際*5もさることながら、犯人が行ったある工作の目的が何とも強烈で、決して忘れられないインパクトを残します。

「或るオランダ靴の謎」
 大病院の院長が、深夜自宅の母屋で殺害される。雨上がりの中庭には、離れから母屋へ続く足跡が残され、被害者が母屋へ戻ってきたところで事件が起きたとみられるが、被害者はなぜか母屋にあった自分の靴ではなく、夫人が蒐集している木靴を履いていたのだ……。
 本書で唯一不可能犯罪の雰囲気が漂う一篇ですが、トリックそのものよりもその扱い方が注目すべきところでしょう。また、解明の端緒となるある手がかりの配置がよくできていると思います。

「或るエジプト十字架の謎」
 様々な形の岩が無数に広がる奇観で知られるキャンプ場。そこで合宿を行っていた芸術大学の学生たちが、T字形の案内板に両腕を広げて磔にされた死体を発見する。しかも死体の首が切断されていたのだ。OBの外部講師として学生たちに同行していた南美希風は……。
 クイーン『エジプト十字架の謎』さながらの死体が目を引く作品……というか、その死体から出発して逆算する形ですべてが組み立てられている、ととらえるのが適切かもしれません。犯人の心理など、やや強引に感じられる部分もありますが、それでも真相は面白いと思いますし、何より解明につながる大胆なヒント(伏線)が秀逸です。
*1: 既読ではありますが、最後に読んだのは二十年以上前でほとんど忘れており、今から読み返す気力もないので、残念ながら元ネタとの関連はちょっとわかりません。
 なお、私の場合、クイーンはハヤカワ文庫から入ったので“エラリイ”表記の方がなじみがあるのですが、ここはさすがに“エラリー”表記にしておきます。
*2: 本書に続いて、『或るギリシア棺の謎』『或るアメリカ銃の謎』「或るシャム双子の謎」も収録)、『或るスペイン岬子の謎』「或るチャイナ橙の謎」「或るニッポン樫鳥の謎」も収録)が刊行されています。
*3: 二段階の間の部分がやや冗長(というか迂遠)に感じられるきらいがないでもないですが、これはやむを得ないところでしょうか。
*4: 「或るローマ帽子の謎」の解決に触れた個所がありますので、必ず順番にお読みください
*5: 若干気になるところもないではないですが。

2019.11.11読了  [柄刀 一]

九孔の罠 死相学探偵7  三津田信三

ネタバレ感想 2019年発表 (角川ホラー文庫 み2-7)

[紹介]
 超能力者を極秘で養成する〈ダークマター研究所〉では、経費削減のために、これ以上の成長が見込めない「年長組」の一部リストラが囁かれていた。そんな中、「年長組」の一人・沙紅螺{さくら}が帰宅中に、背後に現れた不気味な黒い影に追われる事件が発生する。そして死相学探偵・弦矢俊一郎が、事務所に依頼に訪れた沙紅螺の“死視”を行ってみると、目、耳、鼻、口から血が流れ出す、何とも凄絶な死相が表れたのだ。かくして黒捜課とともに研究所に乗り込む俊一郎だったが、なぜか新垣警部は不在。そして警備をあざ笑うかのように、第一の事件が……。

[感想]
 〈死相学探偵シリーズ〉の第七弾となる本書では、“死相学探偵”弦矢俊一郎が〈ダークマター研究所〉なるうさんくさい名称の(苦笑)超能力研究施設での事件に挑むことになりますが、いよいよシリーズも大詰めに近づいてきたようで、恒例の呪術が絡んだ事件の解決に加えて、宿敵“黒術師”の右腕として暗躍してきた“黒衣の女”との対決が大きな見どころとして盛り込まれています。

 舞台となる〈ダークマター研究所〉には(意外にも?)、“黒術師”の呪術に対抗できるほどではない*1とはいえ、予知や読心術など各種の能力を操る“本物”の超能力者が存在する様子で、それぞれにくせのある超能力者たちに加えて、俊一郎の祖母・愛染様をして“互角かもしれん”と言わしめる“女傑”の会長まで登場するなど、事件関係者たちは多士済々。しかし“本物”であっても、成果が期待できなければリストラ候補になってしまうというのは、何とも世知辛いところではあります。

 リストラの“ライバル”たちの皆殺しという事件にふさわしく、犯人が使う呪術〈九孔の穴〉は総勢九人もの標的を対象とするもの。暫定的に犯人自身を標的に含めて“数合わせ”ができる*2一方、殺害を遂げるには標的に二度近づく必要がある*3という微妙な仕様には、作者の都合――前者は“死視”で犯人が特定されるのを防ぎ、後者は“次の犠牲者”を早々に確定させることで、被害者に焦点を当てたホラー/サスペンス的な描写を充実させてあります*4――が透けてみえるのが若干気になりますが、これはやむを得ないところでしょうか。

 さて、新垣警部の不在もあって黒捜課の警備も今ひとつ精彩を欠き*5、相次いで犠牲者が発生していく中、事件は急転直下の解決を迎えます。そこでまず明かされる真相だけをみると拍子抜けですが、そこから先が本書の真骨頂で、俊一郎による謎解きが進むにつれて明らかになっていく、作者の企みには脱帽せざるを得ません。とりわけ――いくつかある類似の前例との決定的な違いとして――ある意味で“ホラーミステリならでは”の仕掛けになっているのが非常に秀逸です。

 最後には前述のように“黒衣の女”との対決が用意され、事態が大きく進展をみせるのはもちろんのこと、終盤には“ある人物”が思わぬ形で再登場してくるなど、シリーズとしての醍醐味も十分。他の作品よりもだいぶ短めですし、最終的には――前作『八獄の界』とはまた違った意味で――定型を外れた異色作となっているのですが、それでも期待に違わぬ充実の一冊といっていいでしょう。

*1: したがって“超能力バトル”が展開されることはなく、いつものように話が進んでいきます。
*2: “好きなところで呪術を止めることができる”という都合のいい(?)設定により、犯人自身に危害が及ぶのは避けられます。
*3: 一度目の接近で標的の“防御”を破壊し、二度目の接近で標的を攻撃する、という二段階の手順になりますが、これによって“呪術を途中で止める”操作が納得しやすくなっているところもあるでしょう。
*4: 本書では、被害者視点の描写にそれぞれ一章が割かれています。
*5: 代わりに指揮を取る曲矢刑事としては不本意でしょうが。

2020.01.30読了  [三津田信三]