鷓鴣天

祖國沈淪感不禁,
閑來海外覓知音。
金甌已缺總須補,
爲國犠牲敢惜身。


嗟險阻,
嘆飄零,
關山萬里作雄行。
休言女子非英物,
夜夜龍泉壁上鳴!

******

鷓鴣天

                     おも   
祖國 沈淪して  感ひ 禁じえず,
                          もと
閑來 海外に  知音を覓む
きんおう  すで   か       すべ     すべから ほ
金甌 已に缺け  總て  須く補すべきなれば,

爲國の 犠牲  敢て 身を惜まんや



          なげ
險阻を 嗟き,  

飄零を 嘆き

關山 萬里 雄行を作す
        や
言ふを休めよ  女子は 英物に非ざると

  
夜夜 龍泉  壁上に 鳴く!




           **********
私感注釈

※鷓鴣天:詞牌の一。詳しくは下記の「構成について」を参照。
※沈淪:落ちぶれる。零落する。
※不禁:(現代語)しないではいられない。忍びがたい。禁じえない。「禁じない」ではない。
※閑來:閑散となって以来。
※海外:日本を指す。この作品は日本留学時のもの。
※覓:もとめる。さがしもとめる。
※知音:知己。自分の演奏の良さを理解していくれる親友のこと。転じて自分を理解してくれる知人。知心朋友。
※金甌:「金甌無缺」の金甌。黄金の瓶のように傷がない完全なもの、という意味から転じて、嘗て外国に侵略されたことのない国土の形容となっている。
※已:すでに。
※缺:かめがかける。金甌已缺。金甌が無缺でなくなったこと。すでに外国の侵略を受けたこと。
※總:すべて。
※須:しなければならない。すべきである。すべからく…べし。
※補:修理する。
※爲國犠牲:國のために犠牲となること。殉国。殉国の烈士。 ・爲國:殉国。
※敢:反問を表し、「どうして……しようか。いや、……しない。」という意。
※敢惜身:敢えて 身を惜しまんや。どうして身を惜しもうか。いや、惜しまない。
※嗟:なげく。声に出して心の高ぶりを表す。
※險阻:けわしい。けわしいところ。
※嘆:なげく。「嗟嘆」を表現上、「嗟」と「嘆」に分けたか。
※飄零:衰え落ちぶれる。零落。南宋の文天の詞句『江月』和友驛中言別(乾坤能大)「乾坤能大,算蛟龍、元不是池中物。風雨牢愁無著處,那更寒蟲四壁。槊題詩,登樓作賦,萬事空中雪。江流如此,方來還有英傑。  堪笑一葉
漂零,重來淮水,正涼風新發。鏡裏朱顏都變盡,只有丹心難滅。去去龍沙,江山回首,一綫青如髮。故人應念,杜鵑枝上殘月。」を意識している。また、これと同じく文天祥の詩『過零丁洋』「辛苦遭逢起一經,干戈寥落四周星。山河破碎風飄絮,身世浮沈雨打萍。惶恐灘頭説惶恐,零丁洋裏歎零丁。人生自古誰無死,留取丹心照汗。」に意味は同じ。 「漂零」を「飄零」ともする。
※關山:ふるさとの山。ふるさと。「關山萬里 雄行を作す」ふるさとを遠く離れて活躍をすること。
※作:なす。する。これとほぼ同義なのが「爲」。辞書や解説書で両者の意味の違いが述べられているように、わずかな違いがある。また、「作」は仄のところで使い、「爲」は平のところで使う。 勿論、平仄や意味の差は軽視できないが、詩詞を作る場合、日本語での感覚・解釈でいくのではなく、実際に使われてきている用法に合わせていくのが、安全で自然な表現になる。例えば、散文の例になるが「以…爲…」など、(「以爲」の方ではない。)「爲」と「作」を入れ替えるのが苦しいように。このことを心がけておれば、自然と和習・和臭は遠避けられる。
※嗟險阻,嘆飄零,關山萬里作雄行:秋瑾の日本留学や革命運動をいう。
※休言:…と、言うことをよしなさい。…と、言うことをやめなされ。「言うをやめよ」「いうなかれ」という意味の表現を、「平平」の位置で使うときには「休言」を使う。もしも、「仄仄」のところならば「莫道」「勿謂」を使う。後者の意は、きつくなる。
※英物:優れたもの。「英雄」としなかったのは、「雄」字は
なので、ここ(●となるべきところ)へはもってこれなかったためによる。「物」はで、問題はない。「休言女子非英物」:女としての秋瑾の叫びか。「日人石井君索和即用原韻 」では「漫云女子不英雄」と表現しており、位置によって表現が違ってくるのが好く分かる。
※夜夜:夜毎に。
※龍泉:宝剣。楚の宝剣の名。欧冶子と干將が共に作った三剣の一。もとの名を龍淵という。唐代、高祖の諱を避けて龍泉となった。
※鳴:なる。なく。涙を流して泣く、という意味はない。動物や虫がなくこと。ここでは壁に掛けている寶剣が、夜、激しく音を立てること。


◎ 構成について
 鷓鴣天  双調。五十五字。前三平韻 後三平韻
 鷓鴣天は、他人の幾つかの作品や詞譜では、換韻されないではないが、この作品では前後で換韻されている。

●○○●○,(平韻)
●●○○。(平韻)
○●,
●○○●○。(平韻)


○●●,
●○○。(平韻)
●●○○。(平韻)
●○○●,
●○○●○。(平韻)



韻脚:「禁」「音」「身」で第十三部平声。後は換韻されて、「零」「行」「鳴」で「第十一部」平声。
                    
2000.4. 8
     4. 9
     4.10
     7.21補
     9.13補
2002.8.14
2003.3. 8BLQ
    10.17

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