日人石井君索和即用原韻

漫云女子不英雄,
萬里乘風獨向東。
詩思一帆海空闊,
夢魂三島月玲瓏。
銅駝已陷悲囘首,
汗馬終慚未有功。
如許傷心家國恨,
那堪客裏度春風!

******

日人 石井君に 索し和するに 即ち原韻を用ふ

みだり               
漫に云ふ 女子は  英雄たりえずと,
                    ひと 
萬里 風に乘りて  獨り 東に向ふ。
 し   し    いっ ぱん          くう くゎつ
詩思 一帆  海 空闊,
 む こん   さん たう(日本)       れい ろう
夢魂 三島  月 玲瓏。
         すで     お                           かうべ   めぐ   
銅駝 已に陷てば  悲しみて 首を囘らし,
かん  ば   つひ     は        
汗馬 終に慚づ  未だ 功 有らざるを。
いく ばく
如許の 傷心ぞ  家國の恨,
なん     た
那ぞ堪へん 客裏  春風を度すに!




           **********
私感注釈

※日人:日本人。このような省略法は現在でもある。例えば、正式な言い方かどうか分からないが、日式(日本式=和風)、日餐(日本料理)、日幣(日本円:書面語)、日元(日圓)(日本円:元・圓は同じ発音。口頭語)、日語、日文、日籍、日寇、日僑…とある。
※石井君:不明。日本留学時代、交流があった人物だろう。
※索:求めに応じて、詩詞を作ること。
※索和即用原韻:求めに応じて和韻して同じ韻を使った。次韻したということ。
※漫:むやみに。みだりに。あてもなく。 「漫云」となった場合、…と 云わないでほしい。云うなかれ。という感じになる。この意味は辞書には載っていないが、詞での「漫」字の用法から見て、そう感じる。「漫説」は(…は、)言うに及ばず。=慢説。
※不英雄:これは「英雄」を動詞か形容詞として使っている。「英雄たらず」「英雄たり得ない」となる。秋瑾には、時々こんな表現が見受けられる。
  「英雄ではない」という意味の場合、「英雄」を使って言えば「非英雄」とするのが普通で、「休言女子非英物」という似た表現もある。なお、現代語では「不是英雄」となる。
※漫云女子不英雄,萬里乘風獨向東:女子が英雄でないとは、言うに及ばず、万里 風に乗って威勢よく、独りででも、東の方の異国である日本へ出かけるのだ。
乘風:追い風に乗って(雄々しく)行くさま。「南史・列伝第二十七宗」に叔父の問いかけに答えて「願乘長風破萬里浪」と。また、蘇軾の「水調歌頭」に「我欲乘風歸去」というのもある。秋瑾は、しばしばこの語を使っている。
※向東:日本留学行を指す。この聯の言わんとするところは、世間では「女子と…」と軽く見られるが、わたしは敢えて、東洋の遙かな日本に向けて独り旅立っていった。ということ。
※一帆:ここでは日本への渡航を云う。
※空闊:(古・現)広々としているさま。
※夢魂:夢の中にいる魂。夢を見ている魂。ここでは、日本で過ごしている秋瑾の心情のことか。
※三島:ここでは、日本を指す。本来は、東海中にある「三壷」のことで、蓬莱、方丈、瀛州の三神山のこと。秋瑾の雑文「警告我同胞」に「…今日俄國這大的國,被小小三島的日本,打敗到這個様子…」(今日、ロシアがこんなにも大きな国なのに、小さくて取るに足らない三つの島の日本によって、かようにうち負かされ…)と、当時の日本人の刻苦奮励・滅私奉公・勤勉努力等の精神を挙げているくだりに出てくる。(「秋瑾集」中華書局1965年版)秋瑾の「被小小三島的日本」という用法からは、「蓬莱」、「方丈」、「瀛州」の三神山というよりも、はるかに具体的で、恰も「本州」「九州」…と指すが如くである。清・梁啓超の『愛國歌』「泱泱哉!吾中華。最大洲中最大國,廿二行省爲一家。物産腴沃甲大地,天府雄國言非誇。君不見,英日區區三島尚崛起,況乃堂矞吾中華。結我團體,振我精神,二十世紀新世界,雄飛宇内疇與倫。可愛哉!吾國民。可愛哉!吾國民。」、清・康有爲の『呈東國諸公』「櫻花開罷我來遲,我正去時花滿枝。半歳看花住三島,盈盈春色最相思。」 と使う。
※玲瓏:玉(ぎょく)のように光り輝く。玉のふれあう音。空が明るいさま。ここでは、月がすっきりと冴え渡っている様子をいう。
※銅駝:宮中にある銅製の駱駝の飾り。転じて宮廷。宮城をいう。「晋書」の「嘆銅駝在荊棘」からきている。これと同じ表現は「寶刀歌(漢家宮闕斜陽裏)」にもある。

※已陷:すでに(「とっくに」の感じ)陥落した。漢族の王朝が既に滅んでしまったことを指す。
※銅駝已陷:漢族の王朝が既に滅んでしまって、清朝の満洲民族による支配となっていることを指す。
満州民族
※汗馬:戦場での功績。戦功。
※終:ついに。
※慚:はじる。はじいる。慚愧の念を覚えること。
※未有功:いまだ 功績がない。
※如許:(現代語)いかほど。どれほど。多く。わずか。
※傷心:こころをいたましむること。傷心
※家國:家と国。国家。故郷。日本語の「国家」よりも血の濃さを感じさせる。もっとも、ここは
とするところなので、もし「國家」とすれば、逆のとなって、都合がわるい。おまけに現代語の「国家」の感じは、日本語のそれよりもずっと軽い(と思われる)。
※恨:うらみ。うらむ。
※那堪:(古白話)なんぞ…に堪えん(や)。「那」は、「奈何」からきている。なんぞ。いかんぞ。
※客裏:旅先で。異郷で。この場合は、日本にいることをいうのだろう。
※度:(古・現)すごす。
※:那堪客裏度春風:異郷日本で、どうして独り長閑に春を過ごせようか。





◎ 構成について
 七言律詩 平起式で、この作品の平仄は次の通り。

●○●●●○○,
●●○○●●○。
○○●●●○●,
●○○●●○○。
○○●●○○●,
●●○○●●○。
●●○○○●●,
○○●●●○○,


両韻:「帆」:動詞は仄。「空」空闊の場合は、「平」。那は現代語・俗語は仄だが、古文で普通は平。

平仄律を正確に守って、作られている。但し、用字に問題あり。次の「韻脚」を参照のこと。

韻脚:「雄」「東」「瓏」「功」「風」で東韻。
  なお、詩中に東韻の「空」「銅」「終」が使われ、「風」が重複して出ている。律詩でないかも知れない。
                    
2000.4.11
     4.12完
     4.12補
     5.23補
     7.21補
     8.31補
    10. 9
2001.4. 8
2002.3.29
2004.3. 7
     4.27

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