秦樓不見吹簫女, 空餘上苑風光。 粉英金蕊自低昂。 東風惱我, 纔發一襟香。 瓊窗□夢 留殘日, 當年得恨何長。 碧欄干外映垂楊。 暫時相見, 如夢懶思量。 ![]() |
秦樓(しんろう)に 簫(せう)を吹く女は 見えずして,
空しく餘す 上苑(じゃうゑん)の風光を。
粉英(ふんえい)金蕊(きんずゐ) 自(おのづか)ら低昂(ていかう)す。
東風 我を惱まし,
纔(いま)しも發す 一襟(いつきん)の香。
瓊窗(けいさう)の夢 殘日を留め,
當年 恨みを得 何ぞ 長き。
碧欄干の外に 垂楊(すゐやう) 映ず。
暫時 相ひ見えし,
夢の如くして 思量するも 懶(ものう)し。
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◎私感注釈
※謝新恩:詞牌の一。この作品は前
では、現在の春の様子を詠い、後
では、その春景色から回想される過去の異性との愉しかった一時を思い出し、今の自分を如何ともしがたいことをうたう。
※秦樓不見吹簫女:秦樓ともいわれる鳳凰臺から弄玉がいなくなって。女性の部屋から、女性がいなくなって。 ・秦樓:婦人の居住する建物。春秋時代の秦の穆公の公女弄玉が住んだ鳳凰臺からきている。弄玉とは秦の穆公の娘で、『後漢書』によると、簫をよくする簫史と結婚し、簫を習い、やがて鳳凰の鳴き声が吹けるようになり、ついには鳳凰を呼び寄せ、それに乗って飛び去った。『後漢書卷八十三・逸民列伝第七十三』の「矯慎傳の「注」に「列僊傳曰:『簫史,秦繆公時。善吹簫,公女弄玉好之,以妻之,遂教弄玉作鳳鳴。居數十年,吹鳳皇聲,鳳來止其屋。爲作鳳臺,夫婦止(在)〔其〕上。一旦皆隨鳳皇飛去。』」と載っている。辛棄疾の『水調歌頭』壽趙漕介庵「千里渥種,名動帝王家。金鑾當日奏草,落筆萬龍蛇。帶得無邊春下,等待江山都老,敎看鬢方鴉。莫管錢流地,且擬醉黄花。 喚雙成,歌弄玉,舞綠華。一觴爲飮千歳,江海吸流霞。聞道淸都帝所,要挽銀河仙浪,西北洗胡沙。囘首日邊去,雲裏認飛車。」
がある。 ・不見:いない。見かけない。 ・吹簫女:前出・弄玉を指す。
※空餘上苑風光:宮中の庭園も、春景色をいたずらにのこしているだけである。 ・空餘:いたずらに残っている。むなしく余す。崔顥の『黄鶴樓』「昔人已乘白雲去,此地空餘黄鶴樓。黄鶴一去不復返,白雲千載空悠悠。晴川歴歴漢陽樹,芳草萋萋鸚鵡洲。日暮鄕關何處是,煙波江上使人愁。」等がある。 ・上苑:宮中の庭園。禁苑。 ・風光:優れたおもむき。景色。風景。草木が風に揺られて光ること。盛唐・杜甫に『曲江』「朝囘日日典春衣,毎日江頭盡醉歸。酒債尋常行處有,人生七十古來稀。穿花
蝶深深見,點水蜻
款款飛。傳語風光共流轉,暫時相賞莫相違。」
とうたう。
※粉英金蕊自低昂:白い英(はなぶさ)に金色に輝く(花の)蕊(ずい)の花々は、低かったり高かったりして、ならんでいる。 ・粉英金蕊:白い英(はなぶさ)に金色に輝く(花の)蕊(ずい)。 ・粉:〔ふん;fen3●〕英:はなぶさ。花。 ・蕊:〔ずゐ;rui3●〕しべ。花。つぼみ。「粉英金蕊」は「紛英含蕊」ともする。 ・自:自然と。おのずから。 ・低昂:低かったり高かったり。上がり下がりしている。上下。高低。中唐・白居易に『春夜宿直』「三月十四夜,西垣東北廊。碧梧葉重疊,紅藥樹低昂。月砌漏幽影,風簾飄闇香。禁中無宿客,誰伴紫微郎。」とある。
※東風惱我:春風はわたしを(過去の事へと誘い)悩まして。 ・東風:春風。 ・惱我:(花の香りが嘗ての女性との悶着を思い起こさせ)わたしを悩ませる。
※纔發一襟香:(花の香りは)いましがた(女性の)襟元から漂ってくる微かな香りを発しだした。 ・纔:いましがた。はじめて。やっと。わずかに。 ・發:発する。出す。 ・一襟香:(女性の)襟元から漂ってくる微かな香り。「襟」を「衿」ともする。同義。
※瓊窗□夢 留殘日:(女性の部屋の)美しい窓辺での夢は、夕日の中に留められている。 ・瓊窗□夢:□部分の字が缺ける。或いは、ここは「瓊窗夢,留殘日」か「瓊窗夢留殘日」の六字句ともみる。 ・留:ととめる。とどめる。遺しておく。 ・殘日:夕日。「殘日」は○●で、「夕日」は●●。ともに基本的には●●のところで使う。「夕陽」「斜陽」「落暉」は●○で、「殘陽」は○○で、ともに○○のところで使う。ここは、平仄だけではなく、「殘」の語の「すたれていく、なきがらとなった」という厳しい意味を生かしている。後世、柳永は『夜半樂』「凍雲黯淡天氣,扁舟一葉,乘興離江渚。渡萬壑千巖,越溪深處。怒濤漸息,樵風乍起,更聞商旅相呼。片帆高舉。泛畫鷁、翩翩過南浦。 望中酒旆閃閃,一簇煙村,數行霜樹。殘日下,漁人鳴榔歸去。敗荷零落,衰楊掩映,岸邊兩兩三三,浣沙遊女。避行客、含羞笑相語。 到此因念,繍閣輕抛,浪萍難駐。歎後約丁寧竟何據。慘離懷,空恨歳晩歸期阻。凝涙眼、杳杳神京路。斷鴻聲遠長天暮。」
とうたう。
※當年得恨何長:むかし(あの頃)、恨みを買ったが、(あれから)なんと長いことが経ったことだろうか。 ・當年:〔たうねん;dang1nian2○○〕(過去の)あの頃。かの年。往年を謂う。蛇足になるが、當年:〔たうねん;dang4nian2●○〕は「その年(に)」。 ・恨:うらみごと。ここでは、情愛の縺れ、悶着を謂う。 ・何:なんと。なんぞ。感歎、疑問を表す。
※碧欄干外映垂楊:(窓の外を眺めると)緑色の欄干の外側では、シダレヤナギが(夕日に)照り映えている。 *王勃に『滕王閣』「滕王高閣臨江渚,珮玉鳴鸞罷歌舞。畫棟朝飛南浦雲,珠簾暮捲西山雨。閒雲潭影日悠悠,物換星移幾度秋。閣中帝子今何在,檻外長江空自流。」がある。 ・碧:みどりの ・欄干:手すり。おばしま。 ・映:うつる。はえる。照り映える。「碧欄干」の外に「垂楊」が映じ見えている。(それは昔のあの時と同様の光景だ)。 ・垂楊:しだれやなぎ。いとやなぎ。ヤナギ科の落葉高木。
※暫時相見:(昔のあの)わずかな時間の出逢い。 *現在の「秦樓不見吹簫女」の状況に対している。 ・暫時:わずかな時間。しばらく。前出・「……何長」は、その会う瀬に対して、経過した時間の長さをいう。 ・相見:会う。出会う。デートをする。
※如夢懶思量:(昔のあの出来事は)夢を見ているようで(自分の意志では、如何ともしがたく)考えるのもものうい。 ・如夢:夢のような。婉約詞によく使われる。 ・懶:ものうい。 ・思量:思いはかる。考える。考えをめぐらす。後世、蘇軾の『江城子』乙卯正月二十日夜記夢には「十年生死兩茫茫,不思量。自難忘。千里孤墳,無處話淒涼。縱使相逢應不識,塵滿面,鬢如霜。 夜來幽夢忽還鄕。小軒窗,正梳妝。相顧無言,惟有涙千行。料得年年腸斷處,明月夜,短松岡。」
とある。
◎ 構成について
『謝新恩』は『臨江仙』
の外、多くの異名がある。『臨江仙』は、六十字、また五十八字等。李煜の数篇の謝新恩は、詞調が不揃いで字数も異同がある。以下の詞調は、五十一字。双調。仄韻字一韻到底。韻式は「aaa aaa」。韻脚は「光昂香 長楊量」で、詞韻第二部平声。以下に本サイトの作品の詞調を掲げておく。
●●○○○●●,(仄韻)
●○○●●。(仄韻)
●●○○, (
は、両韻字)
○●○○●,(仄韻)
○○○●。(仄韻)
●●●,
○○●,(仄韻)
●○●●●。(仄韻)
○○○●○○○,
○●○○○○●。(仄韻)
2007.3.16 3.17 5.24補 |
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