杜甫夔州歌十絶句詩詞世界碇豊長の詩詞：漢詩 DuFu

                     　       　　
     夔州歌十絶句 　
　　　　　　　　　　　　　　
      　　　　　　　　　　　　杜甫　

瀼東瀼西一萬家，
江北江南春冬花。
背飛鶴子遺瓊蕊，
相趁鳧雛入蒋牙。

******

　夔州きしう歌十絶句　　

瀼東（じゃうとう）　瀼西（じゃうせい）　　一萬の家，
江北　江南　　春冬の花。
背（そむ）き飛ぶ　鶴子（かくし）　　瓊蕊（けいずゐ）を遺（のこ）し，
相ひ趁（お）ふ　鳧雛（ふすう）　　蒋牙（しゃうが）に　入る。

*****************

◎　私感註釈

※杜甫：盛唐の詩人。７１２年（先天元年）～７７０年（大暦五年）。字は子美。居処によって、少陵と号する。工部員外郎という官職から、工部と呼ぶ。晩唐の杜牧に対して、老杜と呼ぶ。さらに後世、詩聖と称える。鞏県（現・河南省）の人。官に志すが容れられず、安禄山の乱やその後の諸乱に遭って、流浪の一生を送った。そのため、詩風は時期によって複雑な感情を込めた悲痛な社会描写のものになる。

※夔州歌：大暦元年（７６６年）夔州で作ったもの。蜀の民歌・竹枝詞を取り入れている。竹枝詞は民間歌謡で同じ語彙を繰り返し使ったり、典故のない単純な構成でリズミカルで歌いやすいもの。近体詩の格律からみれば洗練されていないとする「瀼東瀼西」、「江北江南」といった繰り返し表現や、単純な構成で、声に出して唱いやすいのが特徴。「江北江南…」の句では、「春冬花」（○○○）を附け加え、「江北江南春冬花」（○●○○○○○）となり、明らかに絶句とは異なったものとなっている。　・夔州〔きしう；Kui2zhou○○〕四川省奉節県一帯にあった旧時の府名。巫山もここの東側にある。奉節、白帝城の近くで、ほぼ同じ。『中国歴史地図集』第五冊　隋・唐・五代十国時期（中国地図出版社）５２－５３ページ「山南東道　山南西道」にある。

※瀼東瀼西一萬家：瀼水の東岸や西岸には一万の家があり。・瀼東瀼西：瀼水の東岸や西岸。　・瀼：〔じゃう；Rang4●〕瀼水。四川省にある河の名。　・一萬家：

※江北江南春冬花：江北江南：長江の南北には季節の花が咲いている。　・春冬：春と冬。季節。季節の移り変わり。年月の推移を謂う。「春秋」よりも具体的で短い感じになろうか。寒山に「重巖我卜居，鳥道絶人跡。庭際何所有，白雲抱幽石。住茲凡幾年，屡見春冬易。寄語鐘鼎家，虚名定無益。」とある。

※背飛鶴子遺瓊蕊：互いに反対向いて飛んでいくツルの子は、（飛び去った）後に美しい波紋を遺（のこ）している。　・背飛：互いに反対向いて飛んでいく。また、（こちらに）背を向けて飛び去っていく。ここは、前者の意。　・鶴子：ツルの子。或いは、ツル。　・遺：後に遺（のこ）す。　・瓊蕊：〔けいずゐ；qiong2rui3○●〕美しいしべ。ツルが飛び立った後の波紋を喩えている。

※相趁鳧雛入蒋牙：（後を）追いかけていくカモのひながマコモの芽の繁みに入っていった。　・相趁：追いかけていく。　・趁：〔ちん；chen4●〕追う。逐う。　・相：…ていく。…てくる。動作が対象に及ぶさまを表す。　・鳧雛：〔ふすう；fu2chu2○○〕カモのひな。　・鳧：〔ふ；fu2○〕カモ。　・蒋牙：〔しゃうが；jiang3ya2●○〕マコモの芽。　・牙：芽。

◎　構成について

　韻式は「AAA」。韻脚は「家花牙」で、平水韻入声十一陌。平仄はこの作品のもの。

●○●○●●○，（韻）
○●○○○○○。（韻）
◎○●●◎○●，
○●○○●●○。（韻）