絶命詩 | ||
清・和珅 |
五十年前夢幻身, 今朝撒手撇紅塵。 他時睢口安瀾日, 記取香魂是後身。 |
五十年前 夢幻の身,
今朝 手を撒ちて 紅塵を撇ふ。
他時 口を睢にして 瀾を安んずるの日,
記し取れ 香魂は 是れ後身。
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◎ 私感訳註:
※和珅:〔わ・しん;He2 Shen1 『元明C史略』に和坤〔わ・こん;He2 Kun1〕とあるのは誤〕清・乾隆時代の権臣。1750年(乾隆十五年)〜1799年(嘉慶四年)。字は致齋。原名は善保。鈕祜祿(ニフル)氏。満洲正紅旗の人。取り入るのが巧(うま)く、乾隆帝に認められ、寵信されて侍衛から抜擢されて兵部尚書、文華殿大学士等の要職に任じ、二十余年間、政務を担当した。権力を恃んで財貨を貪り取って、大いに汚職の風を助長し、官僚行政を大いに腐敗させた。嘉慶帝は、親政後、和珅の二十条の大罪を論い、投獄して、自殺に追いやった。没収された和珅の家産は八億両で、清朝の年収の七千万両を大きく上回っていた。このような政治的な面とは別に、記憶力に秀でて、聡明で決断力があり、多才多芸であったと伝えられる。
※絶命詩:和珅が自殺を命じられ、首吊り自殺用の白い練り絹が下賜された時に作った辞世の絶句 。 *呪いのことばが隠されていると伝えられる。何代にも亘る生まれ変わりのおどろおどろしい詩。
※五十年前夢幻身:この世に生を享(う)けた五十年前(以来の)夢まぼろしのような儚(はかな)い我が身であった。 ・五十年前:ここでは、作者がこの世に生を享(う)けた時以来のことをいう。和珅は、1750年(乾隆十五年)〜1799年(嘉慶四年)の人物で、五十歳で死んだ。また、和珅の前世と、乾隆帝の寵を承けて以降の年数の和が五十年になるともいうが…。 ・夢幻身:儚(はかな)い肉体。「…夢幻身」で韻脚は「身」で、結句も「…是後身」で、韻脚に「身」が重なるが、自尽に追い詰められていた時に推敲の余地は無かろう。「身」で意味が能く通ずる。「夢幻身」を「夢幻眞」ともするが、その場合は「夢幻か眞か?」と読み、「夢まぼろしなのか? 真(まこと)なのか?」の意の疑問文とする。その場合、句の意は「五十年前…」ではなくて、「五十年來…」の意になる。 ・夢幻:夢まぼろし。幻覚。
※今朝撒手撇紅塵:今朝、手を放(はな)して、浮き世を捨ててわかれる(こととなった)。 ・撒手:〔さつ(さん);sa1shou3●●〕手を(ゆるめて)放(はな)す。手をひく。 ・撇:〔べつ(へい);pie1●〕捨てる。遺留する。置きっ放しにする。また、分ける。払う。拭う。撃つ。ここは、前者(現代語)の意。 ・紅塵:〔こうぢん;hong2chen2○○〕繁華雑沓。浮き世。世の中。俗世間。
※他時睢口安瀾日:いつか、恣(ほしいまま)に話が出来る太平の世になれば。 *この句に呪いが込められているか。 ・他時:他日。いつか。 ・睢:〔き;hui1●〕目をみはる。怒ってにらみ見る。ほしいままにする。(「睢」:〔き;hui1●〕目をみはる。ほしいままにする。〔すゐ;sui1○〕地名の一。)「睢口安瀾」を「水泛含龍」ともする。「水泛含龍」は洪水を呼ぶ。(この後、実際に黄河で洪水があったという。)また、夏王朝末期に現れた龍で、王朝を衰頽に導く。( 龍漦(りょうし;long2chi2)の故事:龍の口から出た泡沫(=つばき)のことで、龍の精気)。『史記・周本紀』(中華書局版の147ページ)に詳しい。「幽王嬖愛襃姒。襃姒生子伯服,幽王欲廢太子。太子母申侯女,而爲后。後幽王得襃姒,愛之,欲廢申后,並去太子宜臼,以襃姒爲后,以伯服爲太子。周太史伯陽讀史記曰:『周亡矣。』昔自夏后氏之衰也,有二~龍止於夏帝庭而言曰:『餘,襃之二君。』夏帝卜殺之與去之與止之,莫吉。卜請其漦而藏之,乃吉。於是布幣而策告之,龍亡而漦在,櫝而去之。夏亡,傳此器殷。殷亡,又傳此器周。比三代,莫敢發之,至脂、之末,發而觀之。漦流於庭,不可除。脂、使婦人裸而譟之(← 蛇足になるが、我が国の神話である「天の岩戸隠れ」の際のアメノウズメノミコト(天宇受賣命)に似ていないか。)。漦化爲玄黿,以入王後宮。後宮之童妾既齔而遭之,既笄而孕,無夫而生子,懼而弃之。宣王之時童女謠曰:『檿弧箕服,實亡周國。』」また、その故事の前置きは 『史記・夏本紀』最終部分に「夏后氏コ衰,ゥ侯畔之。天降龍二,有雌雄,孔甲不能食,未得豢龍氏。陶唐既衰,其後有劉累,學擾龍于豢龍氏,以事孔甲。孔甲賜之姓曰御龍氏,受豕韋之後。龍一雌死,以食夏后。夏后使求,懼而遷去。」とある。ともに、龍嫠の典故。また、皇帝=龍として、龍(皇帝)を掌中に弄ぶ意。 ・安瀾:〔あんらん;an1lan2○○〕波の穏やかなこと。無事太平なこと。
※記取香魂是後身:覚えておけ、(皇帝を惑わす)美女の魂は(わたしの)生まれ変わりだ。(そして、太平の世を乱してやる)。 ・記取:覚えておく。記憶に入れておく。「認取」ともする。「わかったか!」の意。 ・香魂:花の精。美人の魂(たましい)。この美人とは和珅の没後にちょうど生まれた西太后・慈禧とする。「葉赫那拉(エホナラ)の呪い」の伝説通りに、清朝を結果として滅亡に導いた女性。ここを「香煙」ともする。その意は、阿片(あへん)で、清朝の国民を中毒にし、清朝の国家からは香港割譲を招来させた元凶の意。 ・是:…は…である。これ。主語と述語の間にあって述語の前に附き、述語を明示する働きがある。〔A是B:AはBである〕。 ・後身:来世の身。生まれ変わり。また、後身。後ろ姿。ここは、前者の意。
◎ 構成について
2009.5.27 5.28 5.29 |
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