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爺繙歐蘭書, 兒讀唐宋句。 分此一燈光, 源流各自泝。 爺讀不知休, 兒倦思栗芋。 堪愧精神不及爺, 爺歳八十眼無霧。 |
冬夜
爺 は繙 く歐蘭 の書,
兒 は讀む唐宋 の句。
此 の 一燈の光を分 かちて,
源流 各自に泝 る。
爺 は讀みて 休むを知らざるも,
兒 は倦 みて栗芋 を思ふ。
愧 づるに堪 へん 精神の爺 に及ばざるを,
爺 歳 八十にして 眼に霧 無し。
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◎ 私感註釈
※江馬細香:江戸末期の女流詩人。文人画家。天明七年(1787年)~文久元年(1863年)。名は大保。号は湘夢。美濃大垣の人。蘭医(西洋医学の医者)・江馬蘭斎の二女。美濃に来遊した頼山陽に漢詩文を学び、浦上春琴に画法を学ぶ。頼山陽は彼女に求婚するが、父・江馬蘭斎が許さなかったため、一生独身で過ごした。
※冬夜:冬の夜。詩体は、「(頼山陽の)日本楽府体」とも謂うべきもの。この詩は国会図書館 江馬細香著『湘夢遺稿・下』の1ページ裏にある。江馬細香の『夏夜』「雨晴庭上竹風多,新月如眉繊影斜。深夜貪涼窓不掩,暗香和枕合歡花。」はこちら。
※爺繙欧蘭書:父は、ヨーロッパ(欧羅巴)やオランダ(和蘭)の本を繙(ひもと)き。 ・爺:〔や;ye2○〕自分の父(ちち)の謙称。おやじ。俗語。ここでは、作者の父・江馬蘭斎(蘭方医=(西洋医学の医者)を指す。 ・繙:〔はん;fan1○〕ひもとく。書物をめくりかえす。 ・欧蘭:ヨーロッパ(欧羅巴)やオランダ(和蘭、和蘭陀。(現代(中国)語):荷蘭(荷兰)。 ・書:本。
※児読唐宋句:むすめは、唐詩や宋詩(≒漢詩)を勉強している。 ・児:〔じ;er2○〕(親に対して、)むすこ・むすめ。ここでは作者・江馬細香自身を指す。また、こども。 ・読:勉強する。読む。 ・唐宋句:唐代や宋代に盛んに作られた詩句。(唐詩や宋詩などの)漢詩。
※分此一灯光:この一つの灯火を分け合って。 ・此:この。「一灯光」に係る。
※源流各自泝:学問の源を尋ねて、それぞれが追求(の学問)をしていた。 ・各:おのおの。 ・泝:〔そ;su4●〕さかのぼる。流れをのぼる。もとにかえる。=遡。
※爺読不知休:父は、休むことをしないで(いるが)。
※児倦思栗芋:むすめは、あきてきて、くりやいもを思っていた。 ・倦:うむ。 ・栗芋:くりやいもの意。
※堪愧精神不及爺:はじるに堪えられようか、精神は、父には及ばない。 ・堪:(たふ)〔かん;kan1○〕もちこたえる。こらえる。がまんする。 ・愧:〔き;kui4●〕はじる。 ・不及:およばない。
※爺歳八十眼無霧:父は八十歳になるが、眼は霞(かす)んではいない。 ・霧:〔む;wu4●遇〕霧が懸かるように、老齢のため視界が見分けにくいこと。
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◎ 構成について
韻式は「aaaa」。韻脚は「句泝芋霧」で、平水韻去声七遇。次の平仄はこの作品のもの。詩体は「樂府体(がふたい)」とも謂うべきもの。作者・江馬細香の師事した頼山陽著の『日本樂府』に多く見られる形式。参照。
○○○○○,
○●○●●。(韻)
◎●●○●,
○○●●●。(韻)
○●●○○,
○●◎●●。(韻)
○●○○●●○,
○●●●●○●。(韻)
令和4.1.3 1.4 1.5 1.6 1.7完 |
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