一剪梅 | |
宋・無名氏 |
漠漠春陰酒半酣。
風透春衫,雨透春衫。
人家蠶事欲眠三。
桑滿筐籃,柘滿筐籃。
先自離懷百不堪。
檣燕呢喃,梁燕呢喃。
篝燈強把錦書看。
人在江南,心在江南。
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一剪梅
漠漠 たる春陰 酒半 ば酣 はにして。
風は春衫 を透 し,
雨は春衫 を透 す。
人家 の蠶事 眠ること三たびならんと欲 すれば。
桑 は筐籃 に滿ちて,
柘 は筐籃 に滿つ。
先自 離懷百 く堪へざるに。
檣燕 呢喃 として,
梁燕 呢喃 たり。
篝燈 強 ひて 錦書を把 りて看れば。
人 江南に在 りて,
心 江南に在 り。
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◎ 私感註釈
※無名氏:宋代の無名氏。
※一剪梅:詞牌の一。 *この詞牌の詞は、「『風透春衫』『雨透春衫』」、 「『桑滿筐籃』『柘滿筐籃』」、 「『檣燕呢喃』, 『梁燕呢喃』」、 「『人在江南』『心在江南』」と、似た句をくり返すことがこの形式上の条件になっている。これと似通った表現を採るものに、一連の『竹枝詞』がある。要参照。このページの作品に似た雰囲気ものに:晩唐〜・韋莊の『古別離』「晴煙漠漠柳毿毿,不那離情酒半酣。更把玉鞭雲外指,斷腸春色在江南。」がある。
※漠漠春陰酒半酣:深い霧に覆われてぼうっとした春の曇(くも)りに、酒を飲んで、半ば楽しんでいる(が)。 ・漠漠:〔ばくばく;mo4mo4●●〕霧や雲に覆われてぼうっとしているさま。霧の深いさま。濛濛としたさま。また、うす暗いさま。遠く遥かなさま。連なっているさま。ここは、前者の意。五代・羅隱の『江南行』に「江煙溼雨蛟綃軟,漠漠小山眉黛淺。水國多愁又有情,夜槽壓酒銀船滿。細絲搖柳凝曉空,呉王臺榭春夢中。鴛鴦鸂鶒喚不起,平鋪告眠東風。西陵路邊月悄悄,油碧輕車蘇小小。」 とある。 ・春陰:春の曇(くも)り。花ぐもり。 ・酣:酒を飲んで楽しむ。酒宴のさなか。たけなわ。前出・韋莊の『古別離』に「不那離情酒半酣」とある。
※風透春衫:風は、春物のひとえの服を突き通して。 ・透:突き抜ける。突き通す。通る。 ・春衫:春物のひとえの服。
※雨透春衫:雨は春物のひとえの服を突き通す。
※人家蚕事欲眠三:(農)家の養蚕の仕事では、(蚕は)三回脱皮したのち、繭(まゆ)を作ること(=三眠)を願う。 ・人家:家庭。ここでは、農家のことになる。 ・蚕事:〔さんじ;can2shi4○●〕養蚕の仕事。 ・欲:ねがう。のぞむ。ほっする。 ・眠三:三回脱皮したのち、繭(まゆ)を作る蚕。眠ること三(み)たび。=三眠。
※桑満筐籃:(それゆえ、)クワは、籠いっぱいに。 ・桑:クワ。 ・筐籃:〔きゃうらん;kuang1lan2〕かご。小さい籠と大きい籠。
※柘満筐籃:ヤマグワは、籠いっぱいにしている。 ・柘:〔しゃ;zhe4●〕クワの一種で、ヤマグワ。ハリグワ。ノグワ。
※先自離懐百不堪:もともと、離れている思いに、全く耐えられない(のに、その上)。 ・先自:もともと。もとより。本、已。また、本自、已自。先来。また、本已、先已。=先。=先来。本来。『中国詞学大辞典』(浙江教育出版社)640ページにある。南宋・辛棄疾の 『瑞鷓鴣』に「膠膠擾擾幾時休。一出山來不自由。秋水觀中山月夜,停雲堂下菊花秋。 隨縁道理應須會,過分功名莫強求。先自一身愁不了,那堪愁上更添愁。」とある。 ・離懐:離れている間の胸の思い。 ・百:全く。すっかり。 ・不堪:耐えられない。忍びがたい。もちこたえられない。 ・百不-:全然…(られ)ない。また、…を問わず。…に論なく。…でも。ここは、前者の意。
※檣燕呢喃:帆柱で、(旅をする)ツバメが「チュンチュン(?)」と囀(さえず)り。 ・檣:〔しゃう;qiang2○〕帆柱。マスト。 ・呢喃:〔じなん;ni2nan2○?○〕ツバメの囀(さえず)り。ツバメの鳴き声。「チュンチュン…」「ピィピィ…」「チュピチュピ…」等と、囀(さえず)る声。
※梁燕呢喃:(家の中の)梁(はり)では、ツバメが「チュンチュン(?)」と(答えて)囀(さえず)る。 ・梁:はり。うつばり。桁(けた)。
※篝灯強把錦書看:(雌雄一対のツバメに触発されて、)かがり火の明かりで、しいて恋文を手に取ってみれ(ば)。 ・篝灯:かがり火の明かり、の意。「篝」:〔こう;gou1○〕かがり火をたく籠。かがり。ふせご。 ・強:〔がう/きゃう;qiang3●〕無理に。強引(ごういん)に。しいて。 ・把:…を持って。また、手に取り持つ。 ・錦書:ここでは恋文を謂う。美しい書き物。作者が、郷里の江南の恋人より受け取った便りのこと。陸游の『釵頭鳳』「紅酥手,黄縢酒,滿城春色宮牆柳。東風惡,歡情薄。一懷愁緒,幾年離索。錯,錯,錯。 春如舊,人空痩,涙痕紅鮫綃透。桃花落,閑池閣,山盟雖在,錦書難托,莫,莫,莫!」とある。 ・看:見る。読む。
※人在江南:(意中の)人は、江南にいる(が)。 ・人:(意中の)ひと。恋人。 ・在:…にいる。前出・韋莊の『古別離』に「斷腸春色在江南。」とある。 ・江南:長江下流の南部一帯。豊穣の地。作者の郷里であり、恋人のいるところでもある。
※心在江南:(その時、わたしの)こころは、(遠く、)江南に(まで、帰って)いる。 ・心:(わたしの)こころ。
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◎ 構成について
一翦梅:六十字。双調。脚韻は、平声韻一韻到底。韻式は「AAAAAA AAAAAA」。第二句と第三句、第五句と第六句は対にする。また、その四字句の三字もしくは二字は、同一のものを使う。
なお、異体に第二、第五句は押韻しない、また、必ずしも対にしなくともよいものがある。韻脚は「酣衫衫三籃籃 堪喃喃看南南」で、詞韻第十四部平声十三覃・十四鹽・十五咸。
●○●○,(韻)
●○○。(韻)
●○○,(韻)
○●●○○。(韻)
●○○,(韻)
●○○。(韻)
●○●○,(韻)
●○○。(韻)
●○○,(韻)
○●●○○。(韻)
●○○,(韻)
●○○。(韻)
2017.5.13 5.14 5.15 5.16 5.18 |
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