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戊辰即事 | |
劉克莊 |
詩人安得有靑衫,
今歳和戎百萬縑。
從此西湖休插柳,
剩栽桑樹養呉蠶。
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戊辰即事
詩人 安んぞ 靑衫 有るを 得ん,
今歳 戎に和するに 百萬の縑。
此從り 西湖 柳を 插すを休め,
剩へ 桑樹を栽ゑて 呉蠶を養はん。
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◎ 私感註釈
※劉克荘:南宋末期の江湖派の詞人。1187年(淳煕十四年)~1269年(咸淳五年)。字は潜夫。号は後村居士。福建・田の人。建陽の県尉となり、その才で、進士待遇となる。
※戊辰即事:嘉定元年の歳次戊辰(1208年)に結ばれた南宋と金との間の和議(嘉定の和議)についての詩。 *賠償として、多額の賠償金を支払い、絹を上納し、金国を伯父と見上げることになった不甲斐ない国家指導部に対する諷刺の利いた怒りの詩。この裏には次のような歴史的な経緯がある。華中(淮河)以北を金に領有され、江南半壁の地に遷った南宋は、失地恢復を願って三度目の対金戦争・開禧用兵(1206年(開禧二年))を、権臣・韓侂冑(かんたくちう(かんたくちゅう);Han2Tuo1zhou4)は倡導するが、北伐はまたも失敗し、両国の間は金を伯父(おじ)とし、南宋を姪(めい)とする関係に改められ、南宋は歳幣や献納の絹を増加させて納めることとなった。ここでは、その絹の献納について慨歎して詠ったのがこの詩。 ・戊辰:〔ぼしん;wu4chen2〕南宋と金との間に(結ばれた開禧の北伐に対しての)和議が成立した年を指し、ここでは、1208年(嘉定元年)。十干と十二支を組み合わせた六十通りの序列表示法
の第五番目。 ・即事:その場での即席の詩。目の前の出来事。詩題に使われる。
※詩人安得有青衫:(身分の低い)詩人であるわたしは、どこで安物の絹の服でも手に入れられようか。(絹が無くなったので、なかなか手に入らない)。 ・詩人:ここでは、作者自身を指す。 ・安得:どこに求められよう。いづくにか…を得ん。また、どうして…だろうか。いづくんぞ…なるを得ん。 ・有:持つ。所有する。 ・靑衫:〔せいさん;qing1shan1○○〕ひとえの短い衣で、地位の低い官吏の着る服。青い色の着物。若者。書生。中唐・白居易の『琵琶行』に「淒淒不似向前聲,滿座重聞皆掩泣。座中泣下誰最多,江州司馬青衫濕。」とあり、南宋・陸游の『訴衷情』「青衫初入九重城,結友盡豪英。蝋封夜半傳檄,馳騎諭幽并。 時易失,志難成。鬢絲生。平章風月,彈壓江山,別是功名。」
とある。
※今歳和戎百万縑:今年(嘉定元年=歳次戊辰=1208年)、金との媾和が成立して、百万疋(びき)の絹を金国(に納めることとなったからだ)。 ・今歳:ことし。嘉定元年=歳次戊辰=1208年。 ・和戎:和議。えびすと和義を締結する。ここでは、嘉定の和議のことで、「戎」は金を指す。和議の結果、歳幣の内容として、銀は十万両増えて、三十万両。絹は十万疋増えて、三十万疋を差し出すこととなった。宋・陸游の『關山月』に「和戎詔下十五年,將軍不戰空臨邊。朱門沈沈按歌舞,厩馬肥死弓斷弦。戍樓斗催落月,三十從軍今白髮。笛裏誰知壯士心,沙頭空照征人骨。中原干戈古亦聞,豈有逆胡傳子孫!遺民忍死望恢復,幾處今宵垂涙痕。」とある。なお、陸游詩の和議とは1163年隆興元年の和義で、締結は1165年・乾道元年のこと。劉克荘の詩より四十五年程前のことになる。 ・百萬:百万疋(びき)のことだが、史実では三十万疋。ここは、厖大な量を謂う詩的表現。 ・縑:〔けん;jian1○〕絹。かとりぎぬ。合わせた糸でかたく織った絹。金国に対して納める品。ここで「絹」としないで「縑」としたのは、第二句の末尾部分は韻脚となり、「衫」「縑」「蠶」と韻をふむため。「縑」は〔けん;jian1○〕で平水韻下平十四鹽であるが、「絹」では〔けん;juan4●〕平水韻去声十七霰等になるため。それ故比較的意味の似通った「縑」を使った。
※従此西湖休挿柳:これからは、(南宋の首都・臨安(現・杭州)の真ん中にある)西湖の湖岸にヤナギを植えることをやめにして。 ・從此:これから。これより。 ・西湖:浙江の杭州の真ん中にある湖。当時、南宋は首都を臨安(現・杭州)に置いていたので、「南宋の首都の中心のところ」の意になる。林升の『題臨安邸』「山外靑山樓外樓,西湖歌舞幾時休。暖風薫得遊人醉,直把杭州作汴州。」と詠い、後世、元・趙孟頫は『岳鄂王墓』で「鄂王墓上草離離,秋日荒涼石獸危。南渡君臣輕社稷,中原父老望旌旗。英雄已死嗟何及,天下中分遂不支。莫向西湖歌此曲,水光山色不勝悲。」
と使う。 ・休-:やめる。詩詞ではやや弱い禁止「やめよ」、と謂った雰囲気を持ち、「莫-」「勿-」に似た働きをする。 ・插柳:ヤナギを植える。ヤナギを挿し木して植える。
※剰栽桑樹養呉蚕:この上はただ、クワの木を植えて、蚕(かいこ)を飼(か)うだけだ。(積極的に養蚕(ようさん)業を営んで、絹を作り、それを献納するのだ)。 ・剩:〔じょう;sheng4●〕この上はただ…するだけだ。その上。それだけでなく。また、あまつさへ。なお。余計に。 ・栽:植える。 ・桑樹:(絹を生み出す蚕蛾(かいこが)の餌(えさ)である)クワの木。 ・養:飼(か)う。 ・呉蠶:〔ごさん;Wu2can2○○〕呉の国の(特産の絹を生み出す)蚕(かいこ)。蠶=蚕。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「衫縑蠶」で、平水韻下平十五咸(衫)、下平十四鹽(縑)、下平十三覃(蠶)。この作品の平仄は、次の通り。
○○○●●○○,(韻)
○●○○●●○。(韻)
○●○○○●●,
●○○●●○○。(韻)
2009.6.24 6.25完 2017.8. 2補 |
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