白雁行 | |
元・劉因 |
北風初起易水寒,
北風再起吹江干。
北風三吹白雁來,
寒氣直薄朱崖山。
乾坤噫氣三百年,
一風掃地無留殘。
萬里江湖想瀟灑,
佇看春水雁來還。
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白雁行
北風 初めて起こりて 易水 寒く,
北風 再び起こりて 江干に吹く。
北風 三たび吹きて 白雁 來り,
寒氣 直ちに薄る 朱崖山。
乾坤の噫氣 三百年,
一風 地を掃へば 留殘 無し。
萬里の江湖 瀟灑を想ひ,
佇みて看る 春水 雁の來り還るを。
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◎ 私感註釈
※劉因:元初の文学者。1249年〜1293年。もとの名は駰、字は夢驥。後、名を因、字を夢吉とした。号を雷渓真隠として、居所を静修と名付けた。容城(現・河北省徐水)の人。フビライに召されて、承徳郎、右賛善大夫となったが、母親の病のため致仕して、故郷に隠棲した。
※白雁行:白い雁の歌。また、モンゴルの宋討伐軍の総指揮官に任命されたモンゴルの宰相・伯顏(バヤン)の行軍。 ・白雁:白いカモ科の鳥のことだが、モンゴル(元)の総指揮官・伯顏(バヤン)を暗に指す。(「白雁」は〔はくがん;bo2(bai2)yan4〕で、「伯顏」は〔はくがん;bo2yan2;バヤン〕)。伯顏(バヤン)は、フビライの侍臣で名宰相。宋討伐軍の総指揮官に任命された。モンゴル軍は襄陽より進発し、漢水を下り、長江に沿って東下した。翌年には、建康を下し、三路に分かれて臨安に迫りこれを降ろした。1236年〜1295年。『中国軍事史略』中(軍事科学出版社)中の280ページ「南宋軍民抗蒙戦争」に詳しい。
※北風初起易水寒:北風が吹き始めて易水は寒々とし。(北方異民族(モンゴル)の勢力が(北の方の)易水の畔に攻めてきて、荊軻の『易水歌』のように寒々として)。 ・北風:北方異民族の勢力。 ・初起:初めて起こる。初めて西北方の勢力=モンゴル軍が(北の方の易水の畔に)攻めてきた。 ・易水寒:戦国(/秦)・荊軻の『易水歌』に「風蕭蕭兮易水寒,壯士一去兮不復還。」とある。荊軻は、燕・太子丹の刺客として、異民族の出自とも謂われた秦王・政(後の秦・始皇帝)を暗殺しようとした。 ・易水:〔えきすゐYi4shui3●●〕河北省易県の付近から発して、大清河に合流する川。荊軻が秦王・政(後の秦・始皇帝)を暗殺するため、『易水歌』」を歌いながら旅立ったところでもある。
※北風再起吹江干:北風がふたたび河岸に吹いてきた。(モンゴル軍が(華中から江南に到り長江の畔に)再び攻めてきた)。 ・再起:ふたたび西北方の勢力=モンゴル軍が(華中から江南に到り長江の畔に)攻めてきた。 ・江干:〔かうかん;jiang1gan1○○〕河岸。≒江皋。
※北風三吹白雁來:北風が三たび吹いてきて、白雁がやってきて。(三たび西北方のモンゴル軍が南宋の首都・臨安に攻めてきて。) ・三吹:三たび西北方の勢力=モンゴル軍が(暗に南宋の首都・臨安に)攻めてきた。
※寒氣直薄朱崖山:寒気は朱崖山に肉薄してきた。(モンゴル)の勢力は、南宋滅亡の地・崖山に迫ってきた。) ・寒氣:寒さ。ここでは元(モンゴル)の勢力をも指す。 ・直薄:ただちにせまる。肉薄(にくはく)する。 ・薄:迫(せま)る。 ・朱崖山:ここでは、暗に南宋滅亡の地・崖山を指す。『中国歴史地図集』第六冊 宋・遼・金時期(中国地図出版社)65−66ページに克Rがある。克Rは珠海市すぐ西の新会の南にある。ただし、実際の朱崖山は現・海南島のこと。『魏書』の倭人伝で比較された儋耳、朱崖のこと(海南島)、崖州のこと。文天祥はこの崖山での抗元の戦闘で敗れたところ。南宋・文天祥は『過零丁洋』で「辛苦遭逢起一經,干戈寥落四周星。山河破碎風飄絮,身世浮沈雨打萍。惶恐灘頭説惶恐,零丁洋裏歎零丁。人生自古誰無死,留取丹心照汗青。」とその折のことを詠う。
※乾坤噫氣三百年:天地(造物主)の息吹は三百年。(宋朝は三百年)。 ・乾坤:〔けんこん;qian2kun1○○〕天地。「天地」よりも「乾坤」という方が、より抽象的な表現。平仄上も「乾坤」は○○で、「天地」は○●で、本来●●のところで使われるもの。 ・噫氣:〔あいき;yi1qi4◎●〕吐き出す息。また、おくび。げっぷ。食べ飽きて出す息。ここは、前者の意。 ・噫:〔あい(おく);ai4(ai3)●、yi1◎〕おくび。げっぷ。 ・乾坤噫氣:天地(造物主)の息吹。『莊子・齊物論』に「夫大塊噫氣,其名爲風。」とある。 ・三百年:宋朝320年間。西暦960年〜1279年の間の宋朝の期間を謂う。宋(北宋また南宋)は趙匡胤の建てた漢民族の王朝。
※一風掃地無留殘:ひとたび風が吹けばすっかりなくなった。 ・一風:ひとたび風が吹く。一旦風が吹く。 ・掃地:〔さうち;sao3di4●●〕地をはらう。土の上を掃き清める。きれいになくなる。すっかりなくなる。 ・留殘:とどまり残ること。あとに残ったもの。
※萬里江湖想瀟灑:遥か彼方までの世の中は、さっぱりして清らかでありたいと想い。(遥か彼方までの世の中は、モンゴルからすっきりと訣別したいと想い。) ・江湖:世間の意。また、江南の地方。ここは、前者の意。 ・瀟灑:〔せうしゃ;xiao1sa3○●〕さっぱりして清らか。垢抜けしている。こだわりのない。屈託のない。晩唐・杜牧の『自宣城赴官上京』に「瀟灑江湖十過秋,酒杯無日不淹留。謝公城畔溪驚夢,蘇小門前柳拂頭。千里雲山何處好,幾人襟韻一生休。塵冠挂卻知闔磨C終擬蹉跎訪舊遊。」とある。
※佇看春水雁來還:春の川の流れ(の畔)に佇(たたず)んで雁(ガン)の還ろうとしているのを見ている。(伯顔(バヤン)のモンゴルの軍勢が還ろうとするのを見たいと想っている。)。 ・佇:〔ちょ;zhu4●〕たちどまる。たたずむ。また、待ち望む。ここは、前者の意。 ・春水:春の川の流れ。 ・來-:…ようとする。…し始める。動詞の前後に附いて、動作が起ころうとする意、趨勢を示す助字。 ・還:かえる。行き先からかえる。行ったものがくるりとかえる。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAAA」。韻脚は「寒干山殘還」で、平水韻上平十四寒(寒干殘)、上平十五刪(山還)。この作品の平仄は、次の通り。
●○○●●●○,(韻)
●○●●○○○。(韻)
●○○○●●○,
○●●●○○○。(韻)
○○●●○●○,
●○●●○○○。(韻)
●●○○●○●,
●◎○●●○○。(韻)
2010.5.16 5.18 5.19 5.20 5.21 5.22完 6. 6補LQ |
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