上歸州刺史代通狀二首 | |
唐・懷濬 |
家在閩山東復東,
其中歳歳有花紅。
而今不在花紅處,
花在舊時紅處紅。
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歸州 の刺史 に通狀 に代 へて上 る 二首の一
家は閩山 の 東の復 た東に在 り,
其 の中 歳歳 花の紅 なる 有り。
而今 花の紅 なる處 に在 らず,
花は舊時 に在 りて紅 き處 に紅 し。
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◎ 私感註釈
※懷濬:〔くゎいしゅん;Huai2jun4〕唐代の禅宗?の僧侶。詩からも分かるとおり、禅宗の「不立文字 (ふりゅうもんじ)」の精神(禅宗では、悟りは心から心に伝えるものであって、文字に記録された事柄や言葉といった形式で伝えられるものではなく、形式とはそれを伝える方法や手段にすぎないもの、という考え)を実践した詩を作った。そのため、「形式を排除する」精神が豊かに現れた作品を作っている。今に伝えられるもう一首は、「家在閩山西復西,其中歳歳有鶯啼。如今不在鶯啼處,鶯在舊時啼處啼。」。
※上帰州刺史代通状:(湖北省の)帰州刺史へ陳述書をたてまつるのに代えての詩。二首のうちの一。“形式を排除し、不立文字の精神を体現した”詩。『全唐詩』には「懷濬能逆知未兆之事,東里人以神聖待之,刺史于公捕詰。乃以詩通狀,于異而釋之。」【懷濬 は能 く未 だ兆 さざるの事を逆に知る,東里の人 以て神聖として之 を待す,刺史 ・于 公 捕へて詰 す。乃 ち詩を以て通狀 とす,于 異 として之 を釋 す。】 = 【懷濬 は、まだ起こっていない事象を予知することができ、東里の人々は、神聖なものとして彼(=懷濬 )をもてなしていた。刺史である于 公は(「怪しげな奴!どこから来た者なのだ?邪教 ではないのか?」と)(懷濬 を)捕えてといただしたところ、(懷濬 は)詩を(作って)陳述書とした。(その作った詩を見た刺史の)于 は、「(懷濬 とは)ただ者ではない」と感じて、彼(=懷濬 )を釈放した】とある。 *この詩は特異な詩ゆえ、採りあげた。律詩や絶句などの近体詩では、同一の韻脚を使用することや、韻字と同じ韻部の字(ことば)を詩中に使うか否かについては一定のきまりがあり、基本的に忌み避ける。同じ字(ことば)を重ねて使う場合も同様だ。この詩作は、敢えてそれらの“きまり”(形式)を無視して作られている。しかしながら、詩の風雅さは失われることなく、実に見事に作られており、民謡の竹枝詞とは、また異なった境地を描き出している。
この詩の美しさは直読(=返り点によらないで、語句の順に従って真っ直ぐに音読すること)にあって、読み下し(=書き下し)をしては、そのすばらしさが半減する。次に直読を示しておく。
家在閩山東復東, 其中歳歳有花紅。 而今不在花紅處, 花在舊處紅處紅。
家在 閩山 東 復東 ,
其中 歳歳 有 花紅 。
而今 不在 花 紅處 ,
花在 舊時 紅處 紅 。
或いは:
家在 閩山 ~東 復東 ~,
其中 歳歳 ~有 花紅 ~。
而今 不在 ~花 紅處 ~,
花在 舊時 ~紅處 紅 ~。
・上:たてまつる。 ・歸州:現・湖北省武漢の西300キロメートル、巴東の東側の長江沿岸にある。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)52-53ページ「唐 山南東道 山南西道」にある。 ・刺史:州の長官。 ・代:(…に)かえて。 ・通状:陳述書。上申書。 ・通:のべる。
※家在閩山東復東:郷里の家は閩山の東の方の、そのまた東にあり。 ・家在-:郷里の家は…にある。「家住」ともし、この句を「家住閩山東復東」ともする。「家在」と同義。 ・閩山:〔びんざん;Min3shan1●○〕現・福建省の山々。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)55-56ページ「唐 江南東道」及び、第六冊 宋・遼・金時期32-33ページ「北宋 福建路」には、「閩山」との地名・山名はない。「東山」ともする。ここは、「家住閩山東復東」よりも、「家在東山東復東,其中歳歳有花紅。而今不在花紅處,花在舊處紅處紅。」(『中国詩学大辞典』のもの)の方がよくできあがっている。 ・閩:〔びん;Min3●〕現・福建省の旧名であり、現在の福建省の略称でもある。 ・東復東:東の方の、そのまた東。
※其中歳歳有花紅:その(故郷の方の山の)中では、毎年、花の美しく赤く咲いているのがある。 ・其中:その中。陶淵明が描いた『桃花源』(桃源郷)を聯想させる。東晉・陶潛の『桃花源記』に「晉太元中,武陵人捕魚爲業,縁溪行,忘路之遠近,忽逢桃花林。夾岸數百歩,中無雜樹。芳草鮮美,落英繽紛。漁人甚異之,復前行,欲窮其林。林盡水源,便得一山。山有小口。髣髴若有光。便舎船從口入。初極狹,纔通人。復行數十歩,豁然開朗。土地平曠,屋舍儼然,有良田美池桑竹之屬。阡陌交通,鷄犬相聞。其中往來種作,男女衣著,悉如外人。黄髮垂髫,並怡然自樂。見漁人,乃大驚,問所從來。具答之,便要還家。設酒殺鷄作食。村中聞有此人,咸來問訊。自云:先世避秦時亂,率妻子邑人來此絶境,不復出焉。遂與外人間隔。問今是何世,乃不知有漢,無論魏晉。此人一一爲具言所聞,皆歎惋。餘人各復延至其家,皆出酒食。停數日,辭去。此中人語云:不足爲外人道也。既出,得其船,便扶向路,處處誌之。及郡下,詣太守,説如此。太守即遣人隨其往,尋向所誌, 遂迷不復得路。南陽劉子驥,高尚士也。聞之欣然規往。未果,尋病終。後遂無問津者。」とある。 ・歳歳:毎年。「歳歳」を「日日」ともする。毎日。ひび。日ごと。の意。初唐・劉希夷に『白頭吟(代悲白頭翁)』「洛陽城東桃李花,飛來飛去落誰家。洛陽女兒惜顏色,行逢落花長歎息。今年花落顏色改,明年花開復誰在。已見松柏摧爲薪,更聞桑田變成海。古人無復洛城東,今人還對落花風。年年歳歳花相似,歳歳年年人不同。寄言全盛紅顏子,應憐半死白頭翁。此翁白頭眞可憐,伊昔紅顏美少年。公子王孫芳樹下,清歌妙舞落花前。光祿池臺開錦繍,將軍樓閣畫神仙。一朝臥病無人識,三春行樂在誰邊。宛轉蛾眉能幾時,須臾鶴髮亂如絲。但看古來歌舞地,惟有黄昏鳥雀悲。」がある。 ・有:(…が)ある。 ・花紅:〔くゎこう;hua1hong2○○〕花が赤い。また、赤い飾りを附けたお祝いの贈り物。蛇足になるが、現代語では、ボーナスの意でもある。
※而今不在花紅処:(でも、)今は、(郷里の)花が赤いところにいない(で、ここにいる訳(わけ)だが)。 ・而今:この節。現今。「如今」ともする。その場合、もう一つの詩と同じ構成になる。 ・不在:…に(い)ない。 ・花紅處:花が赤いところ。
※花在旧時紅処紅:花は、むかしの場所の咲いているところに赤く咲いている。 ・在:(…に)ある。 ・舊時:〔きうじ;jiu4shi2●○〕過ぎ去った時。昔。往時。ここは「舊處」ともする。舊處:〔きうしょ;jiu4chu4●●〕むかしからのところ。むかしの場所。「舊處」の方が詩意の通りがよい。 ・處:〔しょ;chu3●〕日を過ごす。動詞。〔しょ;chu4●〕ところ。場所。名詞。 ・紅:(赤く)花が咲く。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「東紅東」で、平水韻。この作品の平仄は、次の通り。
○●●○○●○,(韻)
○○●●●○○。(韻)
○○●●○○●,
○●●●○●○。(韻)
2011.3.23 3.24 3.25 3.26 3.27 3.28 |
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