憶我少壯時,
無樂自欣豫。
猛志逸四海,
騫思遠。
荏苒歳月頽,
此心稍已去。
値歡無復娯,
毎毎多憂慮。
氣力漸衰損,
轉覺日不如。
壑舟無須臾,
引我不得住。
前塗當幾許,
未知止泊處。
古人惜寸陰,
念此使人懼。
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雜詩十二首
其五
憶ふ 我れ 少壯の時,
樂み 無けれど 自ら 欣豫す。
猛志 四海を 逸し,
(はね)を騫(あ)げて 遠(ゑんしょ)を 思ふ。
荏苒(じんぜん)として 歳月 頽れ,
此の心 稍(やうや)く 已(すで)に 去る。
歡(よろこ)びに値(あ)へど 復(ま)た 娯(たのし)むこと 無く,
毎毎(ことごと)に 憂慮 多し。
氣力 漸(やうや)く 衰損し,
轉(うた)た 覺る 日びに 如(し)かず と。
壑舟 須臾 無く,
我れを引(し)て 住(とど)まるを得ざらしむ。
前塗 當(まさ)に 幾許(いくばく)ぞ,
未だ知らず 止泊する 處を。
古人 寸陰を 惜めると,
此れを 念(おも)へば 人を 使(し)て 懼(おそ)れいましむ。
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◎ 私感註釈
※陶潛:東晉の詩人。。。雜詩十二首は、老年期の作八首と壮年期の作四首とに分けられ、これは八首の方のもの。故、雜詩八首ともする。これは、其五になる。この詩は、時間の経過とともに凋んでいく自分の意志を詠っており、時日の経過を表す語「荏苒」「稍」「已」「漸」「轉」「(無)須臾」…を多用して效果的である。
※憶我少壯時:わたしが若々しかった頃を思い起こせば。節奏は、「憶我・少壯時」で、〔憶我+我少壯時〕の意であり、「我」は「憶」の目的語でもあり、「少壯時」の主語でもある。蛇足になるが、現代語でも“愛我祖國”とはいうが、“我愛祖國”とは、あまりいわない。意味が多少異なるが…。ややずれるが、“辱我民族精神,滅我國家尊厳。”などとも使う。
※無樂自欣豫:取り立てた楽しみごとはなかったが、自然とよろこびたのしんでいた。 ・無樂:取り立てた楽しみごとはなかった(が)。 ・自:自然と。 ・欣豫:よろこびたのしむ。 ・欣:よろこぶ。 ・豫たのしむ。
※猛志逸四海:雄々しい志は四海を逸脱して。 ・猛志:雄々しい志。大志。大望。 ・逸:はみ出す。 ・四海:周りの海。転じて、世界。曹植の『贈白馬王彪』に「心悲動我神,棄置莫復陳。丈夫志四海,萬里猶比鄰。」がある。
※騫思遠:翼で(羽ばたいて)高く飛び上がり、遠くへ飛んでいこうと思った。雄飛しようと思った。 ・騫:翼で(羽ばたいて)高く飛び上がる。羽ばたき舞い上がる。 ・騫:〔けん;qian1〕高く飛び上がる。あげる。ぬく。かける。 ・:〔かく;he2〕はねのもと。鳥の羽の茎。翼。 ・遠:遠くへ飛んでいく。雄飛する。 ・〔しょ:zhu4〕とぶ。
※荏苒歳月頽:だんだんと歳月も移りゆき。 ・荏苒:〔じんぜん;ren3ran3〕年月が次第に経過するさま。歳月が延び延びになること物事の移りゆくこと。だんだんと。いつのまにか。 ・頽:おとろえる。くずれる。
※此心稍已去:大志を抱いた思いは、ようやくすでに、去った。 ・此心:大志。大望。雄図のこと。「猛志逸四海,騫思遠。」を指す。 ・稍:ようやく。 ・已:すでに。もはや。・去:さる。
※値歡無復娯:喜ばしいことにであっても、もう今は楽しむということもなくなった。 ・値:あう。あたる。…にあたいする。 ・歡:よろこび。 ・無復:部分否定で、(若い頃は、楽しみごとがあったが、)もう今はなくなった。劉希夷の『白頭吟』(洛陽城東桃李花)では、「古人無復洛城東,今人還對落花風。」がある。「章河東流無復來,百花輦路爲蒼苔」「無復生還望,翻思未別前。」蛇足だが、「復無」とすれば、以前も(楽しみごとが)なかったが、今もずっとない、になる。李白の「春風復無情,吹我夢魂散。」や杜甫の「大旱山岳焦,密雲復無雨。」など。 ・娯:たのしみごと。
※毎毎多憂慮:ことごとに、鬱陶しいことが多くなっている。 ・毎毎:ことごとに。 ・多憂慮:憂鬱で、鬱陶しいことが多くなっている。
※氣力漸衰損:気力がだんだんと衰えてきて。 ・氣力:気力。意気。 ・漸:だんだんと。 ・衰損:おとろえそこなわれる。
※轉覺日不如:日ごとにだめになっていくことを、いよいよ感じる。 ・轉:いよいよ。いとど。だんだん。たちまち。うたた。 ・覺:わかる。さとる。感じる。 ・日不如:日一日及ばなくなっている。日ごとにだめになっていく。
※壑舟無須臾:運命から逃れようとしても、しばしの間もなく、すぐに。 ・壑舟:〔がくしう;he4zhou1〕谷間(に隠した)舟。『莊子』「大宗師篇」の「夫藏舟於壑,藏山於澤,謂之固矣。然而夜半有力者負之而走,昧者不知也。」舟を壑に隠しておいても夜中に力のある者に持って行かれることで、その後に引き続き「若人之形者,萬化而未始有極也,其爲樂可勝計邪!故聖人將遊於物之所不得遯而皆存。善夭善老,善始善終,人猶效之,又況萬物之所係,而一化之所待乎!」。と言っている。陶淵明が言いたいのは後半の部分の、人という存在も有為転変から離れられない。死からも逃れられない、ということ。 ・須臾:〔しゅゆ;xu1yu2〕しばらく。しばし。暫時。
※引我不得住:わたしに、留まることをさせないで。 ・引:…をして…しむ。使役を表す。「ひく、ひっぱる」の意は、特段ない。 ・引我:わたしに……をさせた。 ・不得:…ことができない。…させない。 ・住:とどまる。
※前塗當幾許:(わたしの残された人生の)前途は、いったいどれほどなのだろうか。 ・前塗:前途。塗=途。 ・當:いったいどれほどだろう。推量を表す。まさに…べし。 ・幾許:どれほど。いくばく。
※未知止泊處:いまだに止まる処がわからない(で漂泊している)。 ・未知:まだわからない。 ・止泊:碇泊する。止まる。留まる。
※古人惜寸陰:昔の人は、僅かな時間も大切にした。 ・古人:ここでは陶淵明の曾祖父の陶侃〔たうかん;tao2kan3〕を指す。・惜寸陰:『資治通鑑・晉紀』(や『晉書』)に「(陶)侃性聰敏恭勤,終日斂膝危坐,軍府衆事,檢攝無遺,未嘗少閨B常語人曰:「大禹聖人,乃惜寸陰,至於衆人,當惜分陰。」と、ある。彼自身の曾祖父・陶侃の言である。なお、この語に基づき、宋の朱熹は、『偶成詩』で、「少年易老學難成,一寸光陰不可輕。」と、詠っている。
※念此使人懼:この「古人惜寸陰」の言を思い念じると、わたしをつつしみいましめさせる。この古人の言を思って、わたしをいましめさせている。 ・念:思い念じる。 ・此:前句の「古人惜寸陰」ということ。 ・使人:わたしに…させる。人をして…しむ。 ・懼:つつしみいましめる。いましめる。おそれる。恐懼する。
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◎ 構成について
韻式は「aaaaaaaa」の去声韻。韻脚は「豫去慮如住處懼」。平水韻で見れば主として去声六御(去慮豫如」になる。似ているものが幾つかあるが、それらは平声。この作品の平仄は次の通り。
●●●●○,
○●●○●。(韻)
●●●●●,
○●○●●。(韻)
●●●●●,
●○○●●。(韻)
●○○●●,
●●○○●。(韻)
●●●○●,
●●●●○。(韻)
●○○○○,
●●●●●。(韻)
○○○●●,
●○●●●。(韻)
●○●○○,
●●●○●。(韻)
2003.5.15 5.16 5.17完 2004.5. 2補 7. 3 11.10 |
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