昔聞長者言,
掩耳毎不喜。
奈何五十年,
忽已親此事。
求我盛年歡,
一毫無復意。
去去轉欲速,
此生豈再値。
傾家時作樂,
竟此歳月駛。
有子不留金,
何用身後置。
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雜詩十二首
其六
昔 長者の言を 聞くに,
耳を 掩(おほ)ひて 毎(つね)に 喜ばず。
奈何(いか)んぞ 五十年,
忽(たちま)ち 已(すで)に 此の事に 親(ちかづ)けり。
我が 盛年の歡を 求むることは,
一毫も 復(ま)た意 無し。
去り去りて 轉(うた)た 速(すみや)かならんと 欲(す),
此の生 豈に 再び 値(あ)はんや。
家を 傾け 時に 樂(たのしみ)を 作(な)し,
此の 歳月の 駛するを 竟(を)へん。
子 有るも 金を 留めず,
何ぞ 身後の置(はからひ)を 用ゐんや。
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◎ 私感註釈
※陶潛:東晉の詩人。。。雜詩十二首は、老年期の作八首と壮年期の作四首とに分けられ、これは八首の方のもの。故、雜詩八首ともする。これは、其六になる。『昭明文選』に陸士衡(陸機)の『嘆逝賦』「昔毎聞長老追計平生同時親故,或凋落已盡,或僅有存者。余年方四十,而懿親戚屬,亡多存寡;昵交密友,亦不半在。或所曾共遊一塗,同宴一室,十年之外,索然已盡,以是思哀,哀可知矣!」があり、この作品はそれに基づいている。
※昔聞長者言:(わたしが)若者だった頃は、年上の人の言うことを(鬱陶しく感じて)。 *前出、陸機の『嘆逝賦』の「昔毎聞長老追計平生同時親故」に依る。 ・昔:作者の陶淵明が若者だった頃を指す。 ・聞:きく。「聞…追計」に該る。 ・長者:年上の人。目上の人。年長者。 ・言:人が心に思ったことを口に出していう。口に表す。
※掩耳毎不喜:耳をおおって(聴きたくない気持ちが一杯で、老人のお話があるたびに、いつも、いや(な顔をしていたものだった)。 ・掩耳:耳をおおう。聴きたくないこと。 ・毎不喜:そのたびに、いつも、いやだった。
※奈何五十年:(歳月も流れて、)どうしよう、(わたし自身の年齢が、鬱陶しがっていた、あの)五十歳(という老齢)になってしまった。 ・奈何:どうしよう。なんとせん。いかんぞ。処置、手段を問う。 ・五十年:五十歳。作者の陶淵明の年齢。『嘆逝賦』では「余年方四十」になる。
※忽已親此事:(自分自身が)はやくも已(すで)に、この(嫌っていた年長者の)言動に近づいてしまった。 ・忽:たちまち。にわか。すみやか。短時間の内 ・已:すでに。 ・親:動詞:ちかづく。副詞:みづから。ここは、動詞の意。 ・此事:このこと。前出の「長者言」を指す。『嘆逝賦』では「長老追計平生同時親故,或凋落已盡,或僅有存者」になる。
※求我盛年歡:わたしの壮年時代の歓楽を求める(ということは些かもない)。 ・盛年:人生の盛んな年代。壮年時代。 ・歡:よろこび。声を上げて楽しむ喜び。歓楽。
※一毫無復意:些かもその思いは無い。 ・一毫:いささかも。わずかでも。一本の毛。 ・無復:全然…ない。また…なし。「復」は語調を整え、強めるためでもある。後世、唐の劉希夷が『白頭吟(代悲白頭翁)』で、「古人無復洛城東,今人還對落花風。年年歳歳花相似,歳歳年年人不同。」と使っている。 ・意:思う。動詞。
※去去轉欲速:(歳月が)どんどん移り過ぎて逝き、いよいよ速さを増してくる。 ・去去:去って行って、もっとどんどんと去っていって。動作が重複して行われるさま。ここでは、時間がどんどん経っていくさまをいう。言葉のリズム感と同時に時間がどんどん過ぎ去るさまの強調でもある。この『雜詩十二首』の続きである其七にも「去去欲何之,南山有舊宅。」とある。前漢・蘇子卿(蘇武)の『詩四首』其三には、「結髮爲夫妻,恩愛兩不疑。歡娯在今夕,婉及良時。征夫懷往路,起視夜何其。參辰皆已沒,去去從此辭。」 とある。『古詩十九首』の一の「行行重行行,與君生別離。相去萬餘里,各在天一涯。道路阻且長,會面安可知。胡馬依北風,越鳥巣南枝。」は、ここから影響を受けたか。動詞を重ねる表現は、現代語の用法とは異なる。 ・轉:いよいよ。いとど。うたた。 ・欲:しようとする。したい。ほっす。将然形。 ・速:速くなる。動詞。
※此生豈再値:このわたしの人生は、もう一度出遭うことがあろうか。いや、そういうことは、ありえない。たった一度きりの人生なのだ。 ・此生:この一生。この(わたしの)人生。 ・豈:あに。反語。 ・再値:もういちど出逢う。 ・値:遇(あ)う。でくわす。
※傾家時作樂:(一度きりの人生なので)一家を挙げて、時々娯楽をしよう。。 ・傾家:一家を挙げて。家を傾注して。 ・傾:尽くす。かたむける。くつがえす。ここでは、前者の意。 ・時:ときに。時たま。 ・作樂:楽しみをなす。
※竟此歳月駛:(そうした環境の中で、人生の)残りの歳月が馳せてゆくのを終えよう。 *『歸去來兮辭』に「已矣乎,寓形宇内復幾時。曷不委心任去留,胡爲遑遑欲何之。富貴非吾願,帝ク不可期。懷良辰以孤往,或植杖而耘。登東皋以舒嘯,臨C流而賦詩。聊乘化以歸盡,樂夫天命復奚疑。」と、似た思いを詠っている。 ・竟:動詞:おわる。副詞:ついに。 ・此歳月:この年月。この「此歳月」とは、陶潜にとっての残りの歳月、ととる場合と人の世の歳月の運行と取る場合、意味が異なってくる。ここでは、前者の意。 ・駛:はやい。はせる。
※有子不留金:子どもらがいるが、財産は留め置くまい。 *我が国の西郷隆盛は、意味が異なるが似たことを詠っている:「幾歴辛酸志始堅,丈夫玉碎恥甎全。一家遺事人知否,不爲兒孫買美田。」と。 ・有子:こどもがいる(が)。陶潜には陶淵明の子については、五人になり、『文選』の昭明太子による『陶淵明集』の詩の部分が終わった後、集の最後の部分「、祭文」の項で、『自祭文』とともに並んでいる、『與子儼等』では、「告儼俟佚。天地賦命。生必有死。自古賢聖。誰能獨免。」と彼の子の名が出ている。これらとこの詩に出てくる幼名とを比べると、『與子儼等』では「儼俟佚」で、『責子』では「舒宣雍端通」になる。双方を合わせていくと、「舒⇒儼」「宣⇒俟」「雍⇒」「端⇒「佚」「通⇒」となる。 ・不留金:金子を留め置かない。
※何用身後置:(わたしが)死んでしまった後への配慮や措置は、必要なかろう。 ・何用:どうしてもちいようか。必要なかろう。なんぞもちいん。反語。 ・用:つかう。もちいる。あげもちいる。ついえ。 ・身後:死んだ後。死後。陶潜の『飮酒』其十一に「顏生稱爲仁,榮公言有道。屡空不獲年,長飢至於老。雖留身後名,一生亦枯槁。死去何所知,稱心固爲好。客養千金躯,臨化消其寶。裸葬何必惡,人當解意表。」とある。 ・置:措置。はからい。安置。
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◎ 構成について
韻式は「aaaaaa」の主として(上)去声韻。韻脚は「事、意、置、値(現代語とは異なる)。 喜駛(上声)」。平水韻で見れば、去声四ゥなど。この作品の平仄は次の通り。
●○●●○,
●●●●●。(韻)
●○●●○,
●●○●●。(韻)
○●●○○,
●●○●●。(韻)
●●●●●,
●○●●●。(韻)
○○○●●,
●●●●●。(韻)
●●●○○,
○●○●●。(韻)
2004.7.3 7.4完 |
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