![]() |
![]() |
|
![]() |
||
舟過八島 | ||
正岡子規 |
||
萬里吹來破浪風, 追思往事已成空。 青山一帶無人見, 唯有淡濃烟霧籠。 |
![]() |
萬里 吹き來 る破浪 の風,
往事 を追思 すれば已 に空 と成 る。
青山 一帶 人の見 ゆること無く,
唯 だ淡濃 烟霧 の籠 むる有り。
*****************
◎ 私感註釈
※正岡子規:明治時代の俳人、歌人、随筆家。慶応三年(1867年)~明治三十五年(1902年)。本名は常規。別号に獺祭書屋主人、竹の里人など。愛媛県の人。東大国文科中退。明治二十五年、新聞「日本」入社。日清戦争に新聞記者として従軍し、帰途、喀血。以後、子規と号し、病床で文学活動を続けた。俳句革新を倡え、近代俳句の基礎を樹立した。明治時代を代表する文学者の一人。
※舟過八島:舟が八島(=屋島)を通り過ぎて。 *作者の乗った舟が源平の古戦場のある屋島を通り過ぎた時の作。 ・過:通り過ぎる。 ・八島:ここでは屋島を謂う。屋島は、香川県高松市北東部にある半島。源平屋島の戦いの古戦場。当時は、相引(あいびき)川によって本土と隔てられた島であった。
※万里吹来破浪風:遥かな彼方から、浪を掻き分けて突き進む強い風が吹いてきた。 ・万里:長大な距離を謂う。 ・破浪風:浪を掻き分けて突き進む強い風。浪を吹き抜ける風。江戸時代・伊形靈雨の『過赤馬關』に「長風破浪一帆還,碧海遙回赤馬關。三十六灘行欲盡,天邊始見鎭西山。」とある。明治・大久保利通の『下通州偶成』に「奉敕單航向北京,黑烟堆裏蹴波行。和成忽下通州水,閑臥篷窗夢自平。」
とある。
※追思往事已成空:過ぎ去った昔(の源平の屋島の戦い)のことを思い起こせば、過去の栄華が儚く消え去ってしまった。 *南唐後主・李煜の『子夜歌』に「人生愁恨何能免?銷魂獨我情何限?故國夢重歸,覺來雙涙垂! 高樓誰與上?長記秋晴望。往事已成空,還如一夢中!」とある。 ・追思:過ぎ去ったことを後から思い出すこと。追想。追懐。漢魏・蔡琰(蔡文姫)の『胡笳十八拍』に「我生之初尚無爲,我生之後漢祚衰。天不仁兮降亂離,地不仁兮使我逢此時。干戈日尋兮道路危,民卒流亡兮共哀悲。煙塵蔽野兮胡虜盛,志意乖兮節義虧。對殊俗兮非我宜,遭忍辱兮當告誰。笳一會兮琴一拍,心憤怨兮無人知。……冰霜凜凜兮身苦寒,飢對肉酪兮不能餐。夜間隴水兮聲嗚咽,朝見長城兮路杳漫。追思往日兮行李難,六拍悲來兮欲罷彈。」
とある。 ・往事:過ぎ去った昔のこと。 ・已:とっくに。すでに。…となってしまった。 ・成空:空となる。過去の栄華が儚く消え去ったこと。 ・已成空:空となってしまった。過去の栄華が儚く消え去ってしまった。
※青山一帯無人見:青々と樹木の茂っている山一帯では人影が見あたらないで。 *この「無人見」の部分は、流布本では「人不見」(○●●)となっているが、国立国会図書館ウェブサイトにある正岡子規の肉筆の『東海紀行』では「無人見」(○○●)となっている。本来、この句は「○○●●○○●」とすべきところなので、平仄上は「無人見」(○○●)の方がよい。ただし、「無人見」の「無人…」の意は「誰も…ない」の意で、「無人見」の色々な用法は:盛唐・劉方平の『春怨』は「紗窗日落漸黄昏,金屋無人見涙痕。寂寞空庭春欲晩,梨花滿地不開門。」(誰も人がいないので、(涙を流した痕(あとかた)を(気に留めることもなく))見せている。)であり、晩唐・司馬扎(司馬礼)の『宮怨』に「柳色參差掩畫樓,曉鶯啼送滿宮愁。年年花落無人見,空逐春泉出御溝。」(だれにも見られることもなく)
である。「無人見」(だれにも見てもらえない)となろう。それ故、意味の上からは「人不見」(人影が見あたらない)の方が適切。 ・青山:青々と樹木の茂っている山。 ・不見:見あたらない。また、顔を見ない。
※唯有淡濃烟霧籠:ただ、濃淡のある靄(もや)が立ちこめているばかりだ。 ・唯有:ただ…だけがある。=惟有。曹操の『短歌行』に「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。」や、唐の劉希夷『白頭吟(代悲白頭翁)』に「洛陽城東桃李花,飛來飛去落誰家。洛陽女兒惜顏色,行逢落花長歎息。今年花落顏色改,明年花開復誰在。已見松柏摧爲薪,更聞桑田變成海。古人無復洛城東,今人還對落花風。年年歳歳花相似,歳歳年年人不同。寄言全盛紅顏子,應憐半死白頭翁。此翁白頭眞可憐,伊昔紅顏美少年。公子王孫芳樹下,淸歌妙舞落花前。光祿池臺開錦繍,將軍樓閣畫神仙。一朝臥病無人識,三春行樂在誰邊。宛轉蛾眉能幾時,須臾鶴髮亂如絲。但看古來歌舞地,惟有黄昏鳥雀悲。」
とあり、李白の『將進酒』に「君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。天生我材必有用,千金散盡還復來。烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。岑夫子,丹丘生。將進酒,杯莫停。與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。五花馬,千金裘。呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。」
とあり、劉長卿は『尋盛禪師蘭若』で「秋草黄花覆古阡,隔林何處起人煙。山僧獨在山中老,唯有寒松見少年。」
とあり、中唐・白居易の『閒吟』に「自從苦學空門法,銷盡平生種種心。唯有詩魔降未得,毎逢風月一閒吟。」
とあり、後世、北宋・蘇軾の『江城子』乙卯正月二十日夜記夢には「十年生死兩茫茫,不思量。自難忘。千里孤墳,無處話淒涼。縱使相逢應不識,塵滿面,鬢如霜。 夜來幽夢忽還鄕。小軒窗,正梳妝。相顧無言,惟有涙千行。料得年年腸斷處,明月夜,短松岡。」
と使い、司馬光『居洛初夏作』「四月清和雨乍晴,南山當戸轉分明。更無柳絮因風起,惟有葵花向日傾。」
と使う。 ・淡濃:色や味などの、うすいことと濃いこと。=濃淡。ここを「濃淡」としないで、「淡濃」としたのは、この句は「●●○○●●○」とすべきもので、第三・第四字めは○○((●○)とするところ。「濃淡」は○●であって、ここでは使えない。「淡濃」として●○にし、ここで使った。 ・烟霧:靄(もや)や霞(かすみ)。煙と霧。スモッグ。「烟」=「煙」。 ・籠:たちこめる。
***********
◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は、「風空籠」。平水韻上平一東。この作品の平仄は、次の通り。
●●○○●●○,(韻)
○○●●●○○。(韻)
○○●●○○●,(これは「……無人見」の場合。 「……人不見」では○○●●○●●)
●●●○○●○。(韻)
平成27.1.27 1.28 1.29 |
![]() トップ |