柳宗元漁翁　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 LiuZongyuan

漁翁
	柳宗元

漁翁夜傍西巖宿，
曉汲清湘燃楚竹。
煙銷日出不見人，
欸乃一聲山水綠。
迴看天際下中流，
巖上無心雲相逐。

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漁翁　　　

漁翁ぎょをう　夜よる　西巖せいがんに傍そひて宿しゅくし，
曉あかつきに　清湘せいしゃうを汲くみて　　楚竹そちくを燃やす。
煙銷きえ　日出いでて　　人を見ず，
欸乃あいだい一聲いっせい　　山水綠なり。
天際を迴看くゎいかんして　　中流を下くだれば，
巖上がんじゃう無心に　　雲相あひ逐おふ。

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◎　私感註釈

※柳宗元：中唐の詩人。７７３年（大暦八年）～８１９年（元和十四年）。字は子厚。任地に因んで、柳河東、柳柳州とも呼ばれる。河東（現・山西省）の人。韓愈と並んで古文運動を提倡、その勃興に寄与した。政争に巻き込まれ、永州司馬、柳州司馬に左遷された。『江雪』「千山鳥飛絶，萬徑人蹤滅。孤舟簑笠翁，獨釣寒江雪。」は、特に有名。

※漁翁：漁師。漁師のお爺さん。樵と並んで、半俗の位置づけをされている。それ故、隠逸を願う人たちから屡々詩題とされた。

※漁翁夜傍西巖宿：漁師（りょうし）は、夜に西の巌（いわお）に寄り添って泊まったが。　・傍：そばによりそう。よりそう。そう。近づく。　・西巖：西側のいわお。また、固有名詞ととって、湖南省永州、零陵（現・永州市）の朝陽巖（西山巖）。この朝陽岩（永州市を流れる瀟水の西岸の岩石）は現在、名所となっている。明代中期には、そのすぐ北の湘江と瀟水との合流点近くに柳子廟が建てられた。『中国地図集』６６ページ「湖南省」・『中国歴史地図集』第五冊　隋・唐・五代十国時期（中国地図出版社）５７－５８ページ「唐　江南西道」。ただ、朝陽岩は瀟水の西岸にあり、下句「曉汲清湘燃楚竹」では、「清湘」と、湘江を詠う。永州は湘江と瀟水の合流点ではあるが、両者（湘江と瀟水）はやや離れており、更に瀟水（下る）⇒合流点⇒湘江（永州の位置と考え合わせれば恐らく上る）と移動しなければならないという不自然さがあるが…。なお、朝陽巖（西山巖）は流れが急で、碇泊には向かないとい、愚溪（柳宗元の『雨晴至江渡』「江雨初晴思遠歩，日西獨向愚溪渡。渡頭水落村徑成，撩亂浮槎在高樹。」の「愚溪」附近とも比定されている。　・宿：宿泊する。

※曉汲清湘燃楚竹：夜明けになって、清らかな湘江（しょうこう）を汲んで篠竹（しのだけ）を燃やして（朝ご飯を作って）いた。　・汲…燃…：水を汲んで火を焚いて、朝餉の支度をしていることをいう。　・清湘：清らかな湘江（しょうこう）の流れ。　・湘：〔しゃう；Xiang1○〕湘水。現・湘江のこと。湖南省を貫流する川。現・広西チワン（壮）族自治区北東部の興安県にある海陽山に源を発し、北流して洞庭湖に注ぐ大河。　・楚竹：湘妃竹のこと。楚国に多い篠竹（しのだけ）の類で、斑竹ともいう。洞庭湖岸に多い。

※煙銷日出不見人：朝靄（もや）が消えて、日が出てきたが、（その時には既に）人の姿は見かけることはなく。　・煙：もや。　・銷：消える。　・日出：日が出る。日が昇る。　・不見：見あたらなく（なった）。見あたらない。見えない。

※欸乃一聲山水綠：（もう舟に乗って川に出ており）船をこぐ調子を取る舟歌の声だけが、山や川の緑色に響いている。　・欸乃：〔あいだい/あいない；ai3nai3/ao3ai3●●〕船頭が船をこぐとき調子をあわせて歌う歌。船の艪をこぐときのかけ声。舟歌。また、艪のきしる音。「欸乃一聲」とした表現で使われる。　・山水：山と水。山と河。山と水との景色。風景。また、山中にある水。やまみず。谷川。

※迴看天際下中流：天の際（きわ）の水平線上をふり返りながら、川の流れの中ほどを下（くだ）れば。　・迴看：ふり返り見る。　・天際：水平線の彼方。天の涯。李白の『黄鶴樓送孟浩然之廣陵』に「故人西辭黄鶴樓，煙花三月下揚州。孤帆遠影碧空盡，惟見長江天際流。」とあり、北宋・柳永は『蝶戀花』で「佇倚危樓風細細，望極春愁，黯黯生天際。草色煙光殘照裏，無言誰會憑欄意。擬把疏狂圖一醉，對酒當歌，強樂還無味。衣帶漸寬終不悔，爲伊消得人憔悴。」と使い、また同・柳永の『八聲甘州』「對瀟瀟暮雨灑江天，一番洗淸秋。漸霜風淒慘，關河冷落，殘照當樓。是處紅衰翠減，苒苒物華休。惟有長江水，無語東流。　　　不忍登高臨遠，望故鄕渺邈，歸思難收。歎年來蹤迹，何事苦淹留。想佳人、妝顒樓望，誤幾回、天際識歸舟。爭知我、倚闌干處，正恁凝愁。」と使う。　・下：くだる。動詞。　・中流：川の流れの中ほど。河の真ん中の流れの激しいところ。河の中心線に該るところ。「川の流れの中ほど」の意での用例は、陳亮の「因笑王謝諸人，登高懷遠，也學英雄涕。憑却江山，管不到、河洛腥無際。正好長驅，不須反顧，尋取中流誓。」。毛澤東の「到中流撃水，浪遏飛舟。」等がある。原典は、『晋書巻六十二・列伝第三十二』「仍…百餘家渡江，中流撃楫而誓曰：『祖逖不能淸中原而復濟者，有如大江！』辭色壯烈，衆皆慨歎。」現代の毛澤東は「曾記否，到中流撃水，浪遏飛舟」と使っている。淮河中流は、金と南宋（金・南宋の地図）との国境線となっている。前出・『宋史・本紀・第二十九』の紫字部分参照。

※巖上無心雲相逐：巌（いわお）の上では、雲が無心に（去っていくわたしの船を）追いかけてくる。　・無心：考えたり意識したりする心がない。自然であること。心中に何もとらわれた思いがないこと。東晋・陶淵明の『歸去來兮辭』に「歸去來兮，田園將蕪胡不歸。既自以心爲形役，奚惆悵而獨悲。悟已往之不諫，知來者之可追。實迷途其未遠，覺今是而昨非。舟遙遙以輕颺，風飄飄而吹衣。問征夫以前路，恨晨光之熹微。乃瞻衡宇，載欣載奔。僮僕歡迎，稚子候門。三逕就荒，松菊猶存。攜幼入室，有酒盈樽。引壺觴以自酌，眄庭柯以怡顏。倚南窗以寄傲，審容膝之易安。園日渉以成趣，門雖設而常關。策扶老以流憩，時矯首而游觀。雲無心以出岫，鳥倦飛而知還。景翳翳以將入，撫孤松而盤桓。」とあるのを踏まえていよう。また、王維の『答張五弟』「終南有茅屋，前對終南山。終年無客常閉關，終日無心長自閒。不妨飮酒復垂釣，君但能來相往還。」や、李白の『江上吟』「木蘭之枻沙棠舟，玉簫金管坐兩頭。美酒尊中置千斛，載妓隨波任去留。仙人有待乘黄鶴，海客無心隨白鴎。屈平詞賦懸日月，楚王臺空山丘。興酣落筆搖五嶽，詩成笑傲凌滄洲。功名富貴若長在，漢水亦應西北流。」とある。　・相逐：「相（あ）逐（お）ふ」と読む場合の「相」には二つの意がある。一つは、「（追いかけ）てくる」「（追いかけ）ていく」の意（「相＋動詞」：「…てくる」「…ていく」動詞の動作が対象に及んでいく表現）で、一つは「相互に（追いかけ）あう。」の意。ここは前者の意で、「川の流れに乗って下っていく（去っていく）船に、雲が追いかけてくる」と見るのが妥当。「雲が相互に追いかけあっている」姿を考えるのは、些か苦しい。

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◎　構成について

　韻式は、「ａａａａ」で、韻脚は「宿竹綠逐」で、平水韻入声一屋（竹逐宿）、二沃（綠）。この作品の平仄は、次の通り。

●○○○●，（韻）
○●○○○●●。（韻）
○○●●●●○，
●●●○○●●。（韻）
○◎○●●○○，
○●○○○○●。（韻）