藹藹堂前林,
中夏貯清陰。
凱風因時來,
回飆開我襟。
息交遊閑業,
臥起弄書琴。
園蔬有餘滋,
舊穀猶儲今。
營己良有極,
過足非所欽。
舂作美酒,
酒熟吾自斟。
弱子戲我側,
學語未成音。
此事真復樂,
聊用忘華簪。
遙遙望白雲,
懷古一何深。
******
郭主簿に 和す
藹藹(あいあい)たり 堂前の林,
中夏に 清陰を 貯(たくは)ふ。
凱風(がいふう) 時に因(よ)りて 來り,
回飆(くゎいへう) 我が襟を 開く。
交(まじは)りを 息(や)めて 閑業に 遊び,
臥起 書琴を 弄す。
園蔬 餘滋 有り,
舊穀 猶(な)ほ 今に 儲(たくは)ふ。
己(おのれ)を營(はか)ること 良(まこと)に 極り 有り,
足(た)るに過(す)ぐるは 欽(ねが)ふ所に 非ず。
(じゅつ)を舂(つ)きて 美酒を 作り,
酒 熟すれば 吾 自(みづか)ら 斟(く)む。
弱子 我が側(かたはら)に戲(たはむ)れ,
學を 語ぶも 未だ 音(おん)を 成さず。
此の事 真(まこと)に 復(ま)た 樂しく,
聊(いささ)か 用(もっ)て 華簪(くゎしん)を 忘る。
遙遙(えうえう)として 白雲を 望めば,
古(いにしへ)を 懷(おも)ふこと 一(いつ)に 何ぞ深き。
◎ 私感註釈 *****************
※陶淵明:陶潜。東晉の詩人。。。。
※和郭主簿:郭主簿(の詩)に答えて詩を作る。これは其一になる。 ・和:答えて詩を作る。また、韻を合わせて詩を作る。和韻。ここは、前者の意。 ・郭:〔くゎく;guo1●〕姓。 ・主簿:官名。役所で、記録や文書帳簿を管理し、庶務を司る官。次官につぐ地位。
※藹藹堂前林:草木が屋敷前に盛んに茂って。 ・藹藹:〔あいあい;ai3ai3●●〕草木の繁茂するさま。盛んで多いさま。香気の盛んなさま。「藹藹」等のAA型・連用形の形容詞は、一般にはその後に動詞等の用言が来る。ここでは、即「堂前林中」につながるため、「藹藹」の修飾がそこで絶えて、並列したものとして「藹藹たり 堂前の林」と、停頓して読み下す。ただ、AA型の形容詞の後に名詞が来る例が、陶潜のみならず六朝詩には多いので、「藹藹たる堂前の林」と読んでもおかしくはないのではないか。陶潜『歸園田居五首』其一「少無適俗韻,性本愛邱山。誤落塵網中,一去三十年。羈鳥戀舊林,池魚思故淵。開荒南野際,守拙歸園田。方宅十餘畝,草屋八九間。楡柳蔭後簷,桃李羅堂前。曖曖遠人村,依依墟里煙。狗吠深巷中,鷄鳴桑樹巓。戸庭無塵雜,虚室有餘閨B久在樊籠裡,復得返自然。」 も、その一例である。
※中夏貯清陰:夏(の陰暦五月)に、涼しい木蔭を(豊かに)たくわえている。 ・中夏:夏のなかば。陰暦での夏の三ヶ月(四月、五月、六月)の真中の意で、五月のことになる。仲夏。 ・貯:〔ちょ;zhu4●〕たくわえる。 ・清陰:涼しい木蔭(こかげ)。涼しいもの物陰(ものかげ)。
※凱風因時來:南風は、気節通りにやってきて。 ・凱風:〔がいふう;kai3feng1●○〕南風のこと。夏の風。『詩経』・風・『凱風』「凱風自南,吹彼棘心。棘心夭夭,母氏劬勞。」に孝子の心をうたう。また、母の心、また、ものを育む南風をうたう。 ・因時:時に応じて。時勢に応じて。ここでは、時季通りの意になる。
※回飆開我襟:吹き巻く突風が、わたしの襟を拡げて(入ってくる)。 ・回飆:〔くゎいへう(くゎいべう);hui2biao1○○〕吹き巻くつむじ風。めぐってくるつむじ風。 ・開:(風を入れるために襟元を)寛(くつろ)げる。(胸元を)はだける。 ・我襟:わたしの襟元。−胸元。 ・襟:(日本のゆかた状になっている)衣服の胸元の部分で、V字状に重なっているところ。
※息交遊閑業:(世俗の)交わりをやめて、六芸に楽しみ。 ・息交:まじわりをやめる。陶潜の『帰去来兮辞』「歸去來兮,請息交以絶遊。世與我以相遺,復駕言兮焉求。ス親戚之情話,樂琴書以消憂。農人告余以春及,將有事於西疇。或命巾車,或棹孤舟。既窈窕以尋壑,亦崎嶇而經丘。木欣欣以向榮,泉涓涓而始流。羨萬物之得時,感吾生之行休。」 に同様の表現がある。 ・息:やめる。≒熄。 ・交:まじわり。 ・遊:たわむれる。 ・閑業:六芸をいう。「正業」(先王の正典)の対義語で「六藝」のことになり、士以上の者の学修すべきものとされた技芸で、「礼、楽、射、御、書、数」の六種の技芸のこと。ここでは、琴書を弄ぶことになる。
※臥起弄書琴:寝ても覚めてもいつも、(趣味の)書物と琴をもてあそんでいる。 ・臥起:寝ても覚めても。いつも。眠りより覚めて。おきふし。寝起き。 ・弄:〔ろう;nong4●〕もてあそぶ。 ・書琴:書物と琴。趣味、道楽を謂う。高度の教養を持った文人のなし得る趣味、道楽。『始作鎮軍參軍經曲阿作』では「弱齡寄事外,委懷在琴書。」としている。また、前出『帰去来兮辞』 青字部分参照。
※園蔬有餘滋:はたけの野菜は、有り余るほどに茂り育っており。 ・園蔬:はたけの野菜。 ・餘滋:有り余るほどに茂る。 ・滋:〔じ(し);zi1○〕茂る。育つ。
※舊穀猶儲今:去年(穫り入れた)穀物は、今なお儲蓄している。 ・舊穀:去年(穫り入れた)穀物。 ・猶:なお。なおも。 ・儲:〔ちょ;chu2(chu3)○〕たくわえる。貯蓄する。儲蓄する。
※營己良有極:自分のために謀るとはいっても、本当に限度があって。 ・營己:自分のために謀る。 ・營:営む。はかる。おさめる。おこなう。 ・己:自分。おのれ。 ・良:まことに。副詞。後出『詩経』秦風『鴇羽』では、「曷」としたところに該る。 ・有極:かぎりがある。きわまりがある。『詩經』秦風の中の「鴇羽」「肅肅鴇翼,集于苞棘。王事靡,不能黍稷,父母何食。悠悠蒼天,曷其有極。」に基づく。
※過足非所欽:充足した以上の分は、願い羨むものではない。 ・過足:必要な量以上(は)。充分な量以上(は)。充足した余分。足りた分を過ぎた分。過分。 ・非:…はない。体言の否定。後出「所欽」は「所」字で名詞化されている。 ・所欽:ねがうところ。うらやむところ。 ・欽:〔きん;qin1○〕ねがう。うらやむ。欲の動く意。また、つつしむ。うやまう。よろこぶ。
※舂作美酒:もち粟を臼(うす)で搗(つ)いて、うまい酒を作り。 ・舂:臼(うす)で搗(つ)く。 ・:〔じゅつ(しゅつ);shu2●〕もちあわ。粘り気のあるアワ。 ・作:つくる。ここでは、酒を醸すことになる。 ・美酒:うまい酒。味のよい酒。
※酒熟吾自斟:酒が熟成すれば、わたしが自分で酌(く)んで(飲む)。 ・酒熟:酒が熟成する。 ・吾:わたし(が)。主語(主格)によく使う。 ・自斟:自分で酒を酌(く)む。自分で酒を容れて飲む。
※弱子戲我側:幼子(おさなご)がわたしの側(かたわ)らで遊んで。 ・弱子:幼児。 ・弱:年若い。幼い。≒若。 ・戲:たわむれる。遊ぶ。 ・我側:わたしのそば。 ・我:わたし(の)。前出「吾」にほぼ同じだが、格に依って使い分ける。
※學語未成音:言葉を覚えている(最中だが、)まだ、しっかりとした発音が出来ていない。 ・學語:言葉を学ぶ。言葉を覚える。 ・未成音:まだ、しっかりした発音が出来ていない。
※此事真復樂:これらの事柄(ことがら)は、本当にまた楽しく。 ・此事:これらのことがら。ここでは、前述の田園生活の様子全てを指す。このこと。 ・真:本当に。まことに。 ・復:また。六朝の詩では語調を整えリズムを取るために使われることが多い。必ずしも「また、ふたたび」の意は強くない。我が国風でいえば、「字足らず」を補うため(?)とも謂える。 ・樂:たのしみ。
※聊用忘華簪:やっとのことで、官僚としての栄達のことを忘れさせている。 ・聊用:何とか。やっとのことで。いささかもって。 ・聊:〔れう;liao2○〕いささか。 ・用:もって。以って。 ・華簪:〔くゎしん;hua2zan1○○〕華やかな飾りの附いたかんざし。栄達した官僚、高官の笄を表す。
※遙遙望白雲:はるか遠くに、白い雲を眺めて。 ・遙遙:〔えうえう;yao2yao2○○〕はるかに遠いさま。はるかに。遠くに。はるばる。形容詞のAA型で、副詞的表現。連用形になる。 ・望:のぞむ。眺(なが)める。「望」字には「眺める、遠くを見る」といった意と、「希望する」といった義がある。日本語での用法に同じ。 ・白雲:白い雲。人間世界を離れた超俗的な雰囲気を持つ語で、仏教、道教では、「仙」「天」の趣を漂わせる。ただの白い雲ではない。王維の『送別』「下馬飮君酒,問君何所之。君言不得意,歸臥南山陲。但去莫復問,白雲無盡時。」 や蘇の『汾上驚秋』「北風吹白雲, 萬里渡河汾。心緒逢搖落,秋聲不可聞。」、王之煥に「黄河遠上白雲間,一片孤城萬仞山。羌笛何須怨楊柳,春風不度玉門關。」や、晩唐・杜牧の『山行』「遠上寒山石徑斜,白雲生處有人家。停車坐愛楓林晩,霜葉紅於二月花。」、など多く俗塵を超越したものとして詠まれる。ここでは、隠逸生活を暗示している。
※懷古一何深:古人の高潔な生活を思い起こせば、何と奥深いことか。 ・懷古:古人の高潔な生活を思い起こす。いにしえを思う。この部分は後世、文天祥の『正気歌』の末尾部分「仰視浮雲白。悠悠我心悲,蒼天曷有極。哲人日已遠,典型在夙昔。風檐展書讀,古道照顏色。」に引き継がれている。 ・一:いったい。なんと。いつに。語勢や意味を強める助字。「一何苦」。 ・何:なんと…のことか。感嘆を表す。 ・深:深い。奥深い。
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◎ 構成について
一韻到底。韻式は「AAAAAAAAAA」。 韻脚は「林陰襟琴今欽斟音簪深」で平水韻で見れば、下平十二侵。この作品の平仄は次の通り。
●●○○○,(韻)
○●●○○。(韻)
●○○○○,
○○○●○。(韻)
●○○○●,
●●●○○。(韻)
○○●○○,
●●○○○。(韻)
○●○●●,
◎●○●○。(韻)
○●●●●,
●●○●○。(韻)
●●●●●,
●●●○●。(韻)
●●○●●,
○●●●○。(韻)
○○◎●○,
○●●○○。(韻)
2005.6.11 6.12 2007.5. 1 |
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