永久楽土
第一部 闇(くら)き導き神の祈り
金色の夢(3)
きゅ、きゅ。
踏みしめる足下から、砂の擦り合う音がする。今までなら耳にも届いていなかったその音を強く意識する。
太陽の光を浴びて金色に輝く砂── 何気なくそれをよくよく見て、アウラは気付く。
先程までは確かに黄色味を帯びた普通の砂だったのに、今足下に広がるそれは違う。
真っ白の── 砂粒よりも粉に近い微細な粉末。砂よりも硬いが故に、擦れ合って音が鳴っているのだ。
思わず立ち止まったその時、背後から声がした。
「…気付いたか?」
「?」
何に、と問い返そうと振り返ったその時。
アウラはそのただでさえ大きな目を、極限にまで見開く事になった。
「── ここら一面にあるのは、全て生命を終えた後の亡骸…そのなれの果て」
淡々と語る口調はそのまま、そこにいたのは先程までの全身に布を巻きつけていた人物ではなかった。
「世界の始まりから終わりまで、積もり続ける生命の残骸…」
── これが、世の果て…全ての終焉だよ。
そんな呟きを漏らしながら、異形の存在はその瞳を細めて嗤(わら)う。
その狂気すら漂う笑みに気圧されるように、アウラは思わず一歩後ずさった。
その、足が──。
「…っ!?」
後ろに踏み出した足は、そのまま足を受けとめるはずだった白い砂── 骨の粉に飲み込まれる。
底無しであるかのように、あっと言う間にアウラの足は膝まで埋まった。慌てて腕を伸ばすものの、周囲に掴まれるものなど何一つない。
「や……っ!」
砂に飲み込まれる恐怖に悲鳴も掠れる。
目の前の異形は、そんなアウラをただ見つめるばかり。微動だにせず、助けようとする気配もない。
「たすけ……」
きっと無駄だ、と心の底で思いながらも、助けを求める。
…今までだって、そう思って叶えられた例はなかった。助けてくれる手なんて、もう何処にも存在しない。そんな風に思ったはずなのに。
そうこうする間に、もう砂は首の所まで来ている。
次は口、次は鼻── 呼吸を塞がれ、引き摺り込む砂に圧迫された苦しさで涙ぐみながらも、アウラは諦めずにもがいた。
これが夢である事もすっかり抜け落ち、ただ迫る死の恐怖に駆られるまま、必死に砂を掻く。
そうだ、助けてくれる手など何処にもない。ならば…助かりたいのなら、自分の力でどうにかしないとならないのだ。
しかしそんな努力も空しく、ついに目まで砂に埋もれようとした── その刹那。
「── やめた」
「っ!?」
ふっと唐突に身体が軽くなった。
何事かと見れば、再び全身を布で隠した姿に戻った正体の知れない何者かが、先程と同様、軽々とアウラの身体を宙に吊り上げていた。
さらさらと身体に残った砂が落ちる音を聞きながら、アウラは混乱のままその人物を見つめる。
「── っ、は、はあ……っ」
ようやく呼吸が可能になり、貪るように息をつく。
そんなアウラを吊り下げたまま、その人は囁くように問い掛けた。
「…賭けをしようか?」
「は…う……?」
言われた事がよくわからずに、アウラは何度も瞬きを繰り返した。
一体この人(人なのかどうかも実際の所わからないが)は何をしたいのだろう。
ただ、何故か異形の姿を見た後でも、驚きこそすれ恐ろしいとは思わないのが不思議だった。
「この、世界の終焉を変える事が出来るかどうか── ここにお前が紛れ込んだのも、もしかしたらそれが出来るという可能性の一つかもしれない。どうだ?」
「…で、でも……」
言わんとする事はおぼろげながらもわかった気がしたものの、そんな途方もない話を持ちかけられても面食らうだけだ。
アウラは自分が無力なのをよく知っている。毎日生きるのが精一杯で、それ以上の事など出来はしない。
そんなアウラの心を見透かしたのか、その人は言葉を重ねる。
「当然、今のお前に何か出来るとは思っていない。だが、お前がそれを引き受けるのなら、このまま無事に帰してやろう」
「でも、どうやって……!」
「それは…──」
「…!?」
言葉の後半は、不意に吹きつけてきた強風に遮られた。
砂が舞い上がり、紗を下ろしたように相手の姿が見えにくくなる。
反射的に閉じた目を薄く開きながら、アウラは風の向こうを見つめ、言葉を聞き取ろうと耳を欹(そばだ)てた。
「── もし、お前が……」
砂の壁の向こう──その人は、笑ったようだった。
「…を、変える事が出来れば──」
ごおっ!!
「…っ!!」
言葉の途中で、更に風は強まった。
周囲にあった白い骨の砂は、どんどん空へ吸い込まれて行く。吊り下げられていたはずのアウラの身体も浮き上がる程だ。
砂が顔に当たって痛い。手で必死に顔を庇う。
瞬間、視界からその人の姿が消えた時、風の叫びを擦りぬけて、その声は届いた。
「…運命は、変わる」
「!」
聞こえたと同時に、その人はアウラを掴んでいた手を離す。
すぐさま風に攫われ、アウラの身体はあっと言う間に空へと連れ去らわれた。
悲鳴すらも出ないまま、白い砂混じりの風を透かして地上に残るその人を見ると、その人はじっとアウラの姿を見上げていた。
アウラがついに意識を手放す、その瞬間まで──……。