魔術士見習い走曲

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「何よ、その変な呼び名はっ!! 誰が異世界ですって!?」
「こっちこそ! あんたにトラブル・クイーンなんて呼ばれる筋合いはないわよっ!!」
 お互いを認識したと同時に始まった女同士の激しい舌戦に、周囲の人々が何事かと驚いた目を向けて来る。
 だがその時すでに二人の目に、周囲の状況は完全に蚊帳の外になっていた。
「はっ! よく言うわ。あなたが過去にどれだけのトラブルを招いたか、一つ一つ数えてあげても構わないわよ? あなたみたいなトラブルメイカーは世界中探したっていないわ!!」
「何よ、あんたこそ所構わず『二人の世界』を作ってさ! 実習中くらい真面目にやれっての!!」
「あーら、羨ましいなら素直にそう言えば?」
「誰が言うかーッ!!」
 女が三人寄ると姦(かしま)しい、とは言うものの、この二人の場合は二人で十分な騒がしさだ。
 激しく言い争う二人を前に、今日はいつに増してツイてないようだ、と耳を押さえながらバートンは一人心の中で呟いた。
 何しろ、在学中からこの二人の仲の悪さは有名で、まさに水と油だと言われていた。
 どちらも周囲にかける迷惑度は似たようなものだったが、我がまま放題の大商人の娘と単純明快な一般庶民の娘とでは、どうしても周囲の認識は少々変わってくる。
 結果的に前者は周囲から浮き、後者の周りには何だかんだと人が集まった。
 だが、バートンから見るとこの二人はどちらかと言うと『似た物同士』で、仲が悪いというよりは単なる同類嫌悪に近い気がする。
 実際、二人は顔を合わせると今のような激しい(低次元な)言い合いを始めたが、それ以外の時は互いの悪口など言った事はなかったのだから──。
(さて…どうしたものかな)
 目の前の騒ぎを収める気概も気力もないが、流石にそろそろ周囲の目が気になる。
 無理にでも引き離せば良いのだろうが── この二人の間に割って入るのはかなりの勇気が伴う行為だ。
 と、その時。その勇気を伴う行動に出た人物がいた。
「そこまで」
 静かな声と共に睨み合う二人の間に男が割って入る。さりげなくユーラを背に庇ったその顔に見覚えはなく、ディリーナの勢いは殺がれた。
「…デリル」
 今までの勢いは何処へやら、憑き物が落ちたようにぽつりとユーラが名を呟くと、男── デリルは振り返り小さく頷いた。
「私の連れが何かご迷惑でもお掛けしましたか?」
 再び顔をディリーナの方へ向けて尋ねてくる。迷惑も何も、昔通りの売り言葉に買い言葉の応酬だったに過ぎない。
 ディリーナは今更のように作り笑いを顔に貼り付けた。
「い、いいええ。あたし達、えーと…昔、同じ時期に《探求の館》にいて…それでええと」
「旧交でも温めていた、と?」
 尋ねる声は何処までも落ち着いたもので、穏やかさすら感じられる。けれども──。
「え? ええ、そうなんですー♪」
(嘘をつくのが下手な奴……)
 途端にしどろもどろになるディリーナを呆れた目で見つめ、ようやくバートンも口を挟む事にした。
「済まない。こいつ、興奮すると手がつけられないんだ」
「ええ、そうな……ちょっとキング!? 何それ!? 人を野生動物みたいに言わないでよ!!」
 途端に元の調子に戻って噛み付いてくるディリーナを無視して、バートンはデリルの背後で何処か複雑そうな顔をしているユーラへ直接声をかけた。
「今日はこの宿に泊まるのか、ユーラ」
「…ええ。そのつもりだけど……」
「ここの山鳩の香草蒸しは絶品だぞ。舌の肥えたお前でも満足すると思う。…ディリーナ、行くぞ」
「へ? …ちょ、ちょっとキング!?」
 そのまま引き摺るように外へ出ようとするバートンに抗議の声を上げるが、その声は受け入られる事はなかった。

+ + +

 腕を掴(つか)まれたまま、雨が降りしきる中へと連れ出されたディリーナは、宿が見えなくなった辺りでようやく解放された。
 いつの間にか雨自体は小降りになっていたものの、だからと言って濡れたいと思うはずがない。
 かと言って、流石にあれだけやり合ってすぐにまた宿に戻るような間抜けな選択は出来ず。
「もう、何するのよ!?」
 妥協策として自分だけ近くの建物の軒下に避難してから、徐(おもむろ)にきいっと目を吊り上げるディリーナに、雨に濡れるのを気にした様子もないバートンはその糸目を冷ややかに向けた。
「な、何よ」
「ばかだろう、お前」
 ガスッと、容赦のない言葉の刃が頭に刺さった。
「な、な……っ!?」
 あまりの事に反論が追い着かず、陸に打ち上げられた魚よろしく口をパクパクさせていると、バートンは何処か厳しい口調で続ける。
「あの男、魔術師だぞ。それもかなりランクが高い…な。気付いてなかったのかもしれないが── あのままお前が下手な嘘をつき続けていたら、今頃あの宿自体が再起不能になっていたかもしれん」
「── は?」
 それはつまり。
「…もしかして、助けてもらっちゃった?」
「あんなにわかりやすい殺気に気付かないお前が間抜けなんだ」
「〜〜〜〜ッ!?」
 言いたい放題に言われ、反論の一つでもしたいのを必死に押し留める。
 言い返したい。だが場を取り繕うのに精一杯で、それ以外の事には目も向いていなかった事は明らかな事実である。
(くーやーしーい〜〜〜〜〜!!)
 こみ上げる口惜しさを、ディリーナは歯を食いしばって耐えた。
 よりにもよって、『不幸の大王』の呼び名を持つ人間に助けられるとは。しかも間抜け呼ばわりされてしまっては、こちらの立場がないと言うものだ。
 心の中で地団駄を踏みながら、ディリーナはそれにしても、と考えた。
(あの男の人、一体何者……?)
 同じ年頃ではあったが、見覚えのない顔だった。それは間違いない。
 ユーラと言えば十二、三歳の当時でも、とっかえひっかえで付き合う相手が替わる事で有名だったけれども── 交友関係が上下左右にやたらと広かったディリーナが知る中にさえ、あの顔はなかった。
「…ねえ、さっきの人だけど。キングに見覚えはある?」
「いや…ないな。だが、魔術士と言っても同じ時期にランク認定を受けたとは限らない。それに高位の魔術士なら、見た目の年齢だけでは判断は出来ないだろう?」
「何でよ?」
「……。ディリーナ、お前《探求の館》で何を学んだんだ……?」
 素で問い返したディリーナに、バートンは呆れ果てた目を向けた。今までも散々呆れたが、今のは《探求の館》で学ぶ事の初歩の初歩に関する内容だ。
 すなわち、この世界に満ちる魔法力に関わる知識で、仮にも魔術士の一員である以上、知らないではいられない常識中の常識である。
「さては初日から寝てたな、お前」
「ぎくっ。そ、そんな事ないわよー……」
 否定しながらも、明らかにディリーナの目は泳いでいた。
 普段は表情の乏しいバートンの口元に、珍しく人が悪い笑みが浮かぶ。
「ほう……? じゃあ、オレの目を見てその事を誓えるか?」
「ごめんなさい寝てました済みません」
 即座に非を認めるディリーナの妙な素早さに、果たしてそれは実際に寝ていたからなのか、それとも自分の目を見て誓う事が嫌だったのだろうかと、疑問に思ったが、バートンは話を先に進める事にした。
「…まあ、いい。話を戻そう。つまり、ランクが高い魔術士は霊格が高い場合が多く、魔法力の影響を人よりも強く受けやすいという事だな」
「センセイ、済みません。訳がわかりません」
「……。年を取るのが人より遅くなったり、成長が途中で止まったりする奴がいるって事だ。俺達がいた頃の《探求の館》管理者がいい例だ。見た目は六十そこそこだったが、当時ですでに百歳を越えていたらしいからな」
「へー、そうなんだー」
 素直に感心するディリーナに、もはや何も言えずにバートンは重いため息を一つつき。
(…こいつ、これでよくランク認定試験に受かったな……)
 感心半分、呆れ半分の感想を心の内で呟いた。

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