魔術士見習い練習曲
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「な…何、やったの?」 目前で起こった事が信じられずに、ディリーナは呆然とユケに問い質した。 起こった事を簡潔に言えば、洞窟内に蟠っていた魔法力が見事なまでに払拭され、その結果か、他に何が原因があるのか、何らかの作用によって魔族が息絶えたという事なのだろう。 だが、そんな事が可能だなんて、今までディリーナは考えた事も聞いた事もなかったのだ。 魔法力は世界に大気のように満ちるもの。 どんなちっぽけな石ころにも、その力は宿る。その力を消し去るなんてどうやったらできるというのだろう? 「別に…大した事はやってないよ」 苦笑混じりに、ユケは答える。その表情は幾分疲れた様子だったが、それでもディリーナの心を抑える程ひどくはなかった。 その事も手伝って、ほとんど反射的にディリーナは叫ぶ。 「何言ってるのよっ!?」 なんだか、無性に悔しさが込み上げて来た。それを言葉に込めて、ユケにぶつける。 「大した事じゃないって…十分、大した事じゃないの!! ま、魔族を倒すばかりか…魔法力を消し去るなん…っ、そんな力があるんなら、さっさと使いなさいよねーっ!?」 怒りの為か、うまく言いたい事が言葉にならない。 だが実際の所、言葉で非難するよりも一発くらい殴りたい気分だった。そうでもしなければ、収まりがつきそうにない。 何故なら── ユケは自分を騙したのだ。 「そうよ…最初っから…あたしが頑張らなくたって何とかなったんでしょ……!!」 悔しい。 確かに自分は半人前だ。兄の施した刻印でランクが上がってでもなければ、そしてユケが同行者でなかったら…きっと、今頃自分は魔族の餌食になっていた。 それでも、プライドはあるのだ。 「いくら『見てて面白い』からって…こんなのってある……!? そりゃ、こんな事出来るあんたにしてみたら、あたしなんて取るに足らない存在だろうけどね!! それでも…あたしは、あたしなりに必死だったんだからっ!!」 「…リーナ……」 「何よっ、じたばたと足掻いているのを見て楽しかった!?」 きっ、と睨みつけると、ユケは心底困ったような顔でディリーナを見ていた。そしてため息混じりに言葉を紡ぐ。 「ごめん…ばかにするつもりはなかったんだよ。本当に。今回のは、本当に最後の手段みたいなものだったんだ。…信じてもらえないかもしれないけど。上手く行ったのは…リーナがアイツをあそこまで追い詰めてくれていたからだよ。僕には本当に攻撃能力はないんだから」 「…これだけ派手な事やっといて、説得力ないんだけど」 じとりと不信感一杯で睨みつけるが、相手は一瞬前の神妙さを何処に置いて来たのかと言わんばかりの顔で、何処吹く風とばかりにしれっと言い放つ。 「でも本当の事だし。でもまあ…ここに《魔法門》はなかったけど、僕の依頼は何とか終了したよ。よかったよかった」 「全然良くな〜〜い!! …って、何よ? その…『僕の依頼』ってのは。初耳なんだけど」 言われてみれば、ここには渡りに船でついて来たが、ユケが何の為にこんな場所へとやって来たのか、その目的を全く聞いていない事に今更ながら思い当たった。 「あんた…一体、何の為に…いや、そもそもあんた、何者なのよ!?」 急に気になって詰め寄ると、ユケは何時もの人を食ったような笑顔を浮かべて言い放った。 「…秘密♪」 「──…殴っていい?」 押し殺したようなディリーナの言葉に鬼を見たのか、ユケは慌てて手を振った。 「わかった、わかったって! …話すから…その岩、降ろしてくれる? そんなので殴られたらいくら何でも死んじゃうじゃないか」 「当たり前でしょ。殺意は十分あったもの」 「……」 「それで? ユケ、あんたは何者なの?」 取りあえず手にしていた一抱えはある岩を下に降ろして、ディリーナは尋ねた。 もっとも、返答次第ではその岩に活躍の機会が回ってくる事を確信していたが。 「何者って言われても…── 人間、だけど? 一応」 「──」 「…わかった、悪かった。岩、降ろして」 再び無言で岩を持ち上げたディリーナに半ば本気で訴えて、ユケは困ったようにため息をついた。 「うーん、あまり僕の職業については話したくないんだけどなあ……」 「いいから。さっさと話しなさい」 人でなしも怯える眼光でディリーナが睨むに当たって、ようやくユケも観念したらしい。 仕方がないという様子はありありながらも、ぽつりと自身の職業を明かした。 「…解呪士、だよ。知ってる?」 「── 解…呪?」 耳慣れない単語だ。だが、それがディリーナの中で意味を持つのに時間はかからなかった。 「解呪士…って、ええええっ!? あ、あの解呪士!? 魔術士系職業の天敵!!!」 思わず叫んだディリーナをうるさそうに見ながら、ユケは頷いた。 「そう、それ。…でもさ、どうでもいいけど、人の事を害虫みたいに言わないでくれる?」 「だ、だって…滅多にいないって聞いてたし。どんなにランクが低くても、引き抜きが凄いって── あ」 そこで、ディリーナはようやく、何故ユケが自分の職業をここまで話したがらなかったのかを理解した。 解呪士という職業は結構希少価値のある職業で、どのギルドも欲しがる人材なのだ。 ユケが何処のギルドに属しているのかは知らないが、そのギルドを気に入っていてそこに属する事を希望している場合、他のギルドからのスカウトは鬱陶しい以外の何物でもないに違いない。 もっとも── そういう身分になった事がないので、想像でしかなかったが。 「…それで、今回はどういう依頼だったって言うのよ」 気を取り直して一番知りたかった質問に戻ると、ユケはしばらく考え込んだ後、徐に先程まで触れていた背後の岩壁を示した。 「…亡霊退治、って言ったら信じる?」 「── は?」 一瞬、何を言われたのかわからず、ディリーナの目は丸くなる。それを見て、ユケはくすっと笑うと話を続けた。 「ここはね…リーナの言う通り、確かに元々は水晶窟だったみたいだけど、その後はとある罪人の墳墓になったんだ。その罪人は…まあ、ちょっとその辺ははっきり言えないんだけど、結構大きな国の王族でさ。しかも魔術士としてかなり能力があったらしいんだ」 「…は、墓? ここが!?」 そんな場所に自分はいるのか。思い返して流石のディリーナも蒼白になる。 雄々しく生きるディリーナだが、一応は花も恥らう乙女でもある。幽霊話ははっきり言ってあまり歓迎したいものではない。 だが、そうは言ってもここまで聞いておいて止められるのもちょっと嫌なので、黙ってユケの言葉を待つ事にした。 「…そう、その王族はここで生き埋めにされた。何重にも封印をかけて、力を封じ込んだ上で」 「い、生き埋め……?」 まるで追憶するようにユケは静かに言葉を紡ぐ。 その表情は落ち着いたもので、今更ながらに彼が見かけ通りの年齢でない事を思い出させた。 「でも…その王族の力は、その封印では抑えきれないほどの物だった訳だね。年月が経つにつれ…ここの水晶の力も引き出して、その王族の持っていた魔法力が流れ出した。…呪いとなって。その負の魔法力が魔族まで呼び寄せたみたいだけど」 そしてその『呪い』の要となっている魔法力を無効化する事が、今回のユケの受けた依頼だった。 「先刻、僕が叩いたあの場所の奥に、多分もう完全に朽ち果てているだろうけど、その王族の骸(むくろ)があるんだよ。だから先刻のも、別に魔法力を消した訳じゃなくて、その枷から解き放って、一時的にこの洞窟の外へと追いやっただけなんだ」 いかに解呪士であっても、魔法力を消し去る事は出来ない。 一時的に流れを変える事で無風状態を作る事は可能でも、それ以上は不可能なのだ。 「負の魔法力って…つまりは魔力の事?」 種明かしをするように告げられた事は、ディリーナには少々難解だった。こんがらがった頭で、どうにか疑問をユケにぶつける。 「まあ、そんなものかな。実際にはちょっと違うんだけど…どっちかと言うと魔気に近いんじゃないかな。誰かが何かを魂かけて呪う力は…うん、人より魔族の力に近い気がする」 「── って、ちょっと待って? じゃあ…それが確かなら…ここって、ここ自体が超大規模な呪具って事!?」 自分で思い至った事ながら、想像を絶する事でディリーナは混乱に陥った。 洞窟全てが、呪いという負の魔法力の坩堝(るつぼ)。 呪具は流石にディリーナもあまり手を出さないが、マジックハンターの間では一般の魔法具と同じように扱われているものでもある。 ただし、扱いは魔法具の何倍も最新の注意を払わねばならないとされているが。 「…そんな場所であんな荒業させないでよ……」 下手に呪いの方向を変えてしまうと、変えた人間にその呪いが降ってくるという。そうとは気付かなかったとはいえ、派手に暴れた事に今更ながら青ざめる。 「だって仕方がないよ。あの魔族をどうにかしないと、今頃死んでたし。それに僕はこの手の呪いは平気だからねー」 「そりゃあんたはそうでしょうけどね!」 「リーナもどっちかというと、呪いの方が逃げていくタイプだから大丈夫だって…あ」 「…ふーん?」 思わずつるっと零した言葉にユケが硬直すると同時に、ディリーナがにこやかに微笑んだ。 …その両手が、ごく自然に足元にあった岩に伸ばされたのは言うまでもない。 |