絵コンテ


作  上村浬慧

 【その3】


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カーチ、カチッ、

「火の用心! 火のよーーじん! マーッチ、一本、かーじのも とォーー!」

寒の入り、連れ立って夜回りに向かおうとする子どもたちの声がする。

「憧子ちゃん、夜回りに行こうよ! みんな、もう集まってる。 憧子ちゃんを待ってるよ!」

「分かったわ。待ってて! 母さまに聞いてくるから…。」

真っ白な毛皮のコートに包まれた憧子が現れた。目深く被った帽子の下から切れ長の三日月眉の端がわずかに見えている。 

「憧子ちゃん、銀ぎつねみたいだね。」

こくんと首を振った憧子と彰男は手を繋ぎ、子どもたちの待つ通りの角に向かって走った。

*

 例年にない大雪は、大人たちの手で道の両側にうず高く積まれ、子どもたちの背の高さを優に越えていた。先頭を歩く彰男の持つ提灯の灯りが、闇の中、銀白色に光る雪の壁にそって子どもたちの影をゆらゆらと淡い朱の色に染め出していく。

「ありゃなんだ! 見ろやい! 何か走ったぞ!」

道の先、遠くの方で黒いかたまりがくるくるとうごめいている。子どもたちの群れが急に落ち着きをなくし騒がしくなった。両側は雪の壁、前に進むか後ろに下がるかしかない。四歳のひで子が泣き出した。年少の子たちは不安そうに体を寄せ合った。

「静まれや、何ともない! こんな大雪の年には、きつねが山か  ら下りてくるんだと。きっと、きつねの親子じゃろう。みんな、 静かに! きつねをおどかさんように行くべや。」

ひで子の手を引いているもっこに目配せをした彰男は体を強張らせ、黙り込んでいる憧子のほうを向いてにっこりした。彰男の笑顔は憧子を安心させた。小さな黒いかたまりを見つめながら、憧子は、以前おばあさまが寝物語に聞かせてくださった話を思い出していた。

「夜更けに外に出とる子は、親狐がさらっていぬる。子狐の友だちを探しに来よるからの。」

狐に会える。本当に狐に会えるかもしれない。憧子の胸はどくんどくんと高鳴り出した。

「みんな、しーッ! きつねに会えるわ! わたし、きつねに会 いたい! みんなも会いたいでしょ! ね! 静かに! 静かに行きましょう! もしかしたら、子ぎつねに、本当の子ぎつねに会えるかもしれないわよ!」 子どもたちがしーんとなった。息を潜め、そろそろと子どもたちの群れが進む。

 雪の壁にそって小さな黒い影がすうーっと憧子の毛皮の中に潜り込んだ。コートの中の異様な動きに憧子が戸惑いを見せた。彰男ともっこが心配そうに近付いてくる。コートの中を探っていた憧子がにっこりした。

「子ぎつねよ! きっと子ぎつねよ! わたしを友だちにしたい って! そうよね、お兄ちゃん!」

彰男が大きく息を吐いた。もっこも真っ白な息を吐いた。子どもたちが憧子を遠巻きに囲み、囁きながらつつき合う。

「憧子ちゃんを仲間だと思うとる。毛皮じゃ、毛皮の憧子ちゃんをきつねじゃと思うとる。」

羨ましそうに見つめる子どもたちの目から子狐を守るかのように、憧子は大きく頷いた。

 遠くから、子どもたちを迎える大人たちの朱い提灯が近付いてくるのが見えた。 

(続く)

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[「文学横浜」29号に掲載中]

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